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32.視察
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視察は、護衛を含め十数名での移動だ。
馬車は二両なので身分的にも那岐は荷馬車の方に乗ると思っていたが、世話係として祥月と同じ馬車に乗ることになった。
祥月と一緒に馬車に乗るのは、乱交パーティーでの気まずさを思い出して居心地が悪い。
あの日の那岐は大勢の前で辱めを受けたことで心から傷つき、帰りの馬車では王子を相手に拗ねて無言を貫いた。
時間が経てば、大人げない態度をとったとも思えるし、愛人相手に何でもしていいと考えている祥月に反省する必要などないとも思えた。
その後も夜に勤めがあったが祥月は謝ることもなく、那岐の態度の悪さにも触れることはなかった。那岐もあえてそのことに触れようとはしなかった。
視察の馬車には祥月の部下も乗っているので、話をしているのは祥月と部下ばかりだ。
仕事の話をしているおかげで、那岐が黙っていられるのは正直気が楽だった。
それでも休憩のつど、お茶を用意したり足を揉んだり、祥月を気遣うことは忘れない。
「祥月様。お茶をどうぞ」
落ち着いた振る舞いでお茶を準備して祥月に運ぶと、とても物珍しそうな目で祥月に見られた。
執事姿といい給仕している様子といい、似合っていないことは言われなくても那岐自身が分かっている。
給仕をしている間、やたらに視線を感じたので、思わず見るなと言いたくなったほどだ。部下の前では睨むことすらできず、那岐は大人しく我慢した。
初めての視察同行は、慣れないことばかりで気疲れの方が多かった。
初日、一行は途中にある領主の屋敷に宿泊した。
那岐は、祥月の護衛たちと相部屋だ。
翌朝は祥月の支度を手伝うという仕事があり、朝も早い。
一日の最後に祥月の入浴の世話をするとその日の仕事は終わりで、旅に慣れないせいもあり那岐はその夜あっという間に眠りに落ちた。
二日目になると少しは慣れて、護衛たちとも喋る余裕が出てきた。
館での食事はいつも一人だが、食事も護衛の者たちと一緒に食べる。
男ばかりで賑やかな食事をすることが遊華楼にいた頃以来に久しぶりで、楽しい時間を過ごすことができた。
祥月だけは領主から食事に招かれているので、庶民の那岐からすれば毎日接待を受けなければならないのは面倒そうであった。
那岐は、館で働いているということになっている。全員、城での祥月しか知らないので疑われることもなかった。
当然、那岐は館での祥月しか知らない。
気にならないはずもなく、那岐は祥月がどのような人物であるかを配下の者たちに尋ねた。
何か残念な答えを期待したわけではないが、素晴らしいだの優秀だの、誰からも誉め言葉しか出てこなかった。
相手が王子ではそれ以外は言えまいと思ったが、皆が心の底から祥月を敬っているということは態度で分かる。
夜の勤めでしか関わりのない那岐にはそんな要素は感じられず、ただ王族という身分に対して形ばかりの態度をとっていた。
那岐とは大違いであった。
そして三日目の夜、祥月は那岐を部屋に呼び、晩酌するように言った。
昼間はリボンで一つに束ねられていた髪も、今は解かれており見慣れた祥月だ。もちろん髪は、世話係の那岐が丁寧にくしで梳いている。
「那岐は、酒は飲むのか?」
グラスは予備と合わせて二個用意されていた。メイドが運んできた酒をテーブルに準備する那岐に、祥月が尋ねた。
「飲めますけど、得意ではないです。面倒くさくなるって言われるので、あまり飲まないようにしてます」
「面倒くさい?」
「前の仕事仲間たちによると、絡むらしいです」
「ほう。なるほど」
祥月が小さく笑う。きっと、酒に強いのだと思った。
「では、少しなら良いのだな。一杯付き合え」
「いただきます」
用意された酒の瓶を開けると、とても芳醇な香りがした。祥月が手にするグラスに注ぐと、一瞬にして空気が変わる。
那岐がとても好きな香りだ。
この地域は、桃が特産なのだと聞いていた。
「うっま!」
一口飲んで、那岐は感動した。
香りだけではなく、飲んでも口の中に桃が広がるようだ。
「俺、これ凄く好きだ!」
満面の笑みを浮かべ何度も口に含むと、面白そうに祥月が笑う。
「嬉しそうに飲む顔は、まるで子供だな」
一瞬、笑顔が強張ったがすぐに緩めた。
美味しいものを食べて笑顔になってしまうのは仕方がないことだ。それほど酒は美味い。土産に欲しいくらいである。
「桃が好きか?」
「好物なんです。この地域は桃が特産だそうですね。あ、おかわりをいただいても?」
「好きにしろ」
あまりに美味しいので、祥月はまだ一杯目の途中だというのに、那岐は二杯目を自分のグラスに注いだ。
「うん。美味い!」
再び満面の笑みになると、祥月に呆れられた。
「二杯も飲んで大丈夫なのか? 今夜はするつもりだぞ」
那岐は頷き返した。
何をするのかは分かっている。出発前夜に愛人の元を訪れていたとしても、そろそろ呼ばれる頃合いだと予想していた。
いつも体を丁寧に洗ってくれる安住がいないので、ちゃんと自分でいつも以上に丁寧に洗い、香油まで塗った。
ローションも持参している。
借り物なうえ、祥月の寝るベッドなのだ。ベッドが汚れないようにタオルまで持参した。準備万端である。
「たった二杯くらいじゃ酔わないですよ。それに、飲み過ぎで勃たなくても俺には関係ないし……」
後半は、口にして悲しくなった。
祥月に必要なのは、尻だけだ。
ご機嫌で酒を飲んでいたのに、ちびちびとした貧乏くさい飲み方に変わる。
祥月が立ち上がった。つられて顔を上げると、来いと命令された。
グラスに半分ほど残った酒を慌てて一気に喉に流し込み、那岐は寝室に移動した。
馬車は二両なので身分的にも那岐は荷馬車の方に乗ると思っていたが、世話係として祥月と同じ馬車に乗ることになった。
祥月と一緒に馬車に乗るのは、乱交パーティーでの気まずさを思い出して居心地が悪い。
あの日の那岐は大勢の前で辱めを受けたことで心から傷つき、帰りの馬車では王子を相手に拗ねて無言を貫いた。
時間が経てば、大人げない態度をとったとも思えるし、愛人相手に何でもしていいと考えている祥月に反省する必要などないとも思えた。
その後も夜に勤めがあったが祥月は謝ることもなく、那岐の態度の悪さにも触れることはなかった。那岐もあえてそのことに触れようとはしなかった。
視察の馬車には祥月の部下も乗っているので、話をしているのは祥月と部下ばかりだ。
仕事の話をしているおかげで、那岐が黙っていられるのは正直気が楽だった。
それでも休憩のつど、お茶を用意したり足を揉んだり、祥月を気遣うことは忘れない。
「祥月様。お茶をどうぞ」
落ち着いた振る舞いでお茶を準備して祥月に運ぶと、とても物珍しそうな目で祥月に見られた。
執事姿といい給仕している様子といい、似合っていないことは言われなくても那岐自身が分かっている。
給仕をしている間、やたらに視線を感じたので、思わず見るなと言いたくなったほどだ。部下の前では睨むことすらできず、那岐は大人しく我慢した。
初めての視察同行は、慣れないことばかりで気疲れの方が多かった。
初日、一行は途中にある領主の屋敷に宿泊した。
那岐は、祥月の護衛たちと相部屋だ。
翌朝は祥月の支度を手伝うという仕事があり、朝も早い。
一日の最後に祥月の入浴の世話をするとその日の仕事は終わりで、旅に慣れないせいもあり那岐はその夜あっという間に眠りに落ちた。
二日目になると少しは慣れて、護衛たちとも喋る余裕が出てきた。
館での食事はいつも一人だが、食事も護衛の者たちと一緒に食べる。
男ばかりで賑やかな食事をすることが遊華楼にいた頃以来に久しぶりで、楽しい時間を過ごすことができた。
祥月だけは領主から食事に招かれているので、庶民の那岐からすれば毎日接待を受けなければならないのは面倒そうであった。
那岐は、館で働いているということになっている。全員、城での祥月しか知らないので疑われることもなかった。
当然、那岐は館での祥月しか知らない。
気にならないはずもなく、那岐は祥月がどのような人物であるかを配下の者たちに尋ねた。
何か残念な答えを期待したわけではないが、素晴らしいだの優秀だの、誰からも誉め言葉しか出てこなかった。
相手が王子ではそれ以外は言えまいと思ったが、皆が心の底から祥月を敬っているということは態度で分かる。
夜の勤めでしか関わりのない那岐にはそんな要素は感じられず、ただ王族という身分に対して形ばかりの態度をとっていた。
那岐とは大違いであった。
そして三日目の夜、祥月は那岐を部屋に呼び、晩酌するように言った。
昼間はリボンで一つに束ねられていた髪も、今は解かれており見慣れた祥月だ。もちろん髪は、世話係の那岐が丁寧にくしで梳いている。
「那岐は、酒は飲むのか?」
グラスは予備と合わせて二個用意されていた。メイドが運んできた酒をテーブルに準備する那岐に、祥月が尋ねた。
「飲めますけど、得意ではないです。面倒くさくなるって言われるので、あまり飲まないようにしてます」
「面倒くさい?」
「前の仕事仲間たちによると、絡むらしいです」
「ほう。なるほど」
祥月が小さく笑う。きっと、酒に強いのだと思った。
「では、少しなら良いのだな。一杯付き合え」
「いただきます」
用意された酒の瓶を開けると、とても芳醇な香りがした。祥月が手にするグラスに注ぐと、一瞬にして空気が変わる。
那岐がとても好きな香りだ。
この地域は、桃が特産なのだと聞いていた。
「うっま!」
一口飲んで、那岐は感動した。
香りだけではなく、飲んでも口の中に桃が広がるようだ。
「俺、これ凄く好きだ!」
満面の笑みを浮かべ何度も口に含むと、面白そうに祥月が笑う。
「嬉しそうに飲む顔は、まるで子供だな」
一瞬、笑顔が強張ったがすぐに緩めた。
美味しいものを食べて笑顔になってしまうのは仕方がないことだ。それほど酒は美味い。土産に欲しいくらいである。
「桃が好きか?」
「好物なんです。この地域は桃が特産だそうですね。あ、おかわりをいただいても?」
「好きにしろ」
あまりに美味しいので、祥月はまだ一杯目の途中だというのに、那岐は二杯目を自分のグラスに注いだ。
「うん。美味い!」
再び満面の笑みになると、祥月に呆れられた。
「二杯も飲んで大丈夫なのか? 今夜はするつもりだぞ」
那岐は頷き返した。
何をするのかは分かっている。出発前夜に愛人の元を訪れていたとしても、そろそろ呼ばれる頃合いだと予想していた。
いつも体を丁寧に洗ってくれる安住がいないので、ちゃんと自分でいつも以上に丁寧に洗い、香油まで塗った。
ローションも持参している。
借り物なうえ、祥月の寝るベッドなのだ。ベッドが汚れないようにタオルまで持参した。準備万端である。
「たった二杯くらいじゃ酔わないですよ。それに、飲み過ぎで勃たなくても俺には関係ないし……」
後半は、口にして悲しくなった。
祥月に必要なのは、尻だけだ。
ご機嫌で酒を飲んでいたのに、ちびちびとした貧乏くさい飲み方に変わる。
祥月が立ち上がった。つられて顔を上げると、来いと命令された。
グラスに半分ほど残った酒を慌てて一気に喉に流し込み、那岐は寝室に移動した。
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