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60.雨の日の憂い
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那岐は雨に濡れる窓を見ながら、長く感じる一日に退屈さを感じ溜め息をついた。
早朝から降り出した雨は、しとしとと絶え間なく降り続いていた。いつも静かな館が、雨のせいでさらに静かに感じる。
雨の日は、いつもよりも出来ることが少ない。洗濯物を干す手伝いも出来ないし、庭園で水やりをすることも出来ないからだ。外に出さえすれば敷地内を散歩することもできるが、わざわざ雨の中を歩こうとも思わない。
那岐は寝室の掃き出し窓の傍にテーブルと椅子を置くと、雨音を聞きながら本を読み始めた。
テーブルの上には、メイドが運んできてくれた砂糖でコーティングされたクルミのお菓子がある。ページをめくり、時折口に放り込む。
穂香は多趣味だ。
爪を磨いたり塗ったり、髪を弄ったり、化粧をしたり、雨の日でテラスに出れずとも楽しむことを知っている。
互いの部屋に行くことができればいいが、愛人同士での部屋の行き来は許されていない。許可されていたとしても男と女が二人きりで部屋にいるというのは、互いにその気がなくともあらぬ誤解を招いてしまう。王子の愛人という立場上、それは出来ない。
結局、那岐は本を読むことでしか時間を過ごす方法を知らない。
「長くここにいるなら、新しい楽しみを作らないとだよなぁ」
クルミを口に放り込み、那岐は窓の外を見た。
「そうだ。また何か仕事させてくれないかな」
ふと名案を思い付き、那岐は仙波の元を訪ねることにした。
那岐が自分から執務室へ行くことは珍しい。訪問すると、仙波は渋い顔をした。
「何じゃ」
多忙を極めていた時は手伝わせたくせに、用が済めばいつも通りの態度だ。
「何かお手伝いすることはないかなぁと思いまして」
にっこりと営業スマイルを浮かべ、那岐は訊ねた。
仙波にしばらく無言で凝視される。机を見れば、以前に比べればそれほど忙しくはないように見える。
「今のところは足りておる」
「そうですか……」
予想通りの返事に残念な気持ちになるが、那岐はふと思い出し仙波に再確認した。
「お忙しくはない……ですか?」
「平常通りといったところだ」
仙波の答えに、それならばと訊いてみることにした。
「あの……。新しい愛人が入ってくるまで、まだしばらくかかるんですか?」
ぴくりと仙波が反応する。無言で圧をかけるような視線を向けられ、那岐は慌てた。
「い、いや。平常通りってのが、暇ってことだとは思ってないですけどね! 平常通りの忙しさだって分かってますとも。ただ状況が気になったものですから!」
仙波は眉間に皺を寄せ、那岐を見た。
「……」
何やら怒っているような不満そうな顔にも見えるが、元々厳しい顔立ちをしているので分かりづらい。
猫の手も借りたい忙しさは過ぎたものの、愛人を探す暇はない程度には忙しいということなのだろう。
仙波は深い溜め息をついた。
「当面は現状のままだ。励みなさい」
重い声色で、仙波は告げた。
当面とはいつまでなのかと問いたい気持ちもあったが、那岐は押し黙った。
「はい……」
少し機嫌が悪そうな仙波を残し、那岐は静かに執務室を出た。
扉の前で小さく溜め息をつくと、仕方なく部屋に戻ることにした。
新しい愛人選びは、難航しているのかもしれなかった。
秘密を持った王子の相手をするのだから、慎重にならざるを得ないのは分かる。それに、愛人として必要な条件もある。
男だから頑丈だ、という理由で選ばれた那岐とは違うのだ。
「次の愛人が決まるまで、弥生に残ってもらえば良かったのに。ったく、気が早いんだよ」
穂香が残されたということは、祥月は美人な女性の方が好みということかもしれない。
今度はどんな愛人が連れて来られるのだろうかと、那岐は鈍色の空を見上げ思った。
早朝から降り出した雨は、しとしとと絶え間なく降り続いていた。いつも静かな館が、雨のせいでさらに静かに感じる。
雨の日は、いつもよりも出来ることが少ない。洗濯物を干す手伝いも出来ないし、庭園で水やりをすることも出来ないからだ。外に出さえすれば敷地内を散歩することもできるが、わざわざ雨の中を歩こうとも思わない。
那岐は寝室の掃き出し窓の傍にテーブルと椅子を置くと、雨音を聞きながら本を読み始めた。
テーブルの上には、メイドが運んできてくれた砂糖でコーティングされたクルミのお菓子がある。ページをめくり、時折口に放り込む。
穂香は多趣味だ。
爪を磨いたり塗ったり、髪を弄ったり、化粧をしたり、雨の日でテラスに出れずとも楽しむことを知っている。
互いの部屋に行くことができればいいが、愛人同士での部屋の行き来は許されていない。許可されていたとしても男と女が二人きりで部屋にいるというのは、互いにその気がなくともあらぬ誤解を招いてしまう。王子の愛人という立場上、それは出来ない。
結局、那岐は本を読むことでしか時間を過ごす方法を知らない。
「長くここにいるなら、新しい楽しみを作らないとだよなぁ」
クルミを口に放り込み、那岐は窓の外を見た。
「そうだ。また何か仕事させてくれないかな」
ふと名案を思い付き、那岐は仙波の元を訪ねることにした。
那岐が自分から執務室へ行くことは珍しい。訪問すると、仙波は渋い顔をした。
「何じゃ」
多忙を極めていた時は手伝わせたくせに、用が済めばいつも通りの態度だ。
「何かお手伝いすることはないかなぁと思いまして」
にっこりと営業スマイルを浮かべ、那岐は訊ねた。
仙波にしばらく無言で凝視される。机を見れば、以前に比べればそれほど忙しくはないように見える。
「今のところは足りておる」
「そうですか……」
予想通りの返事に残念な気持ちになるが、那岐はふと思い出し仙波に再確認した。
「お忙しくはない……ですか?」
「平常通りといったところだ」
仙波の答えに、それならばと訊いてみることにした。
「あの……。新しい愛人が入ってくるまで、まだしばらくかかるんですか?」
ぴくりと仙波が反応する。無言で圧をかけるような視線を向けられ、那岐は慌てた。
「い、いや。平常通りってのが、暇ってことだとは思ってないですけどね! 平常通りの忙しさだって分かってますとも。ただ状況が気になったものですから!」
仙波は眉間に皺を寄せ、那岐を見た。
「……」
何やら怒っているような不満そうな顔にも見えるが、元々厳しい顔立ちをしているので分かりづらい。
猫の手も借りたい忙しさは過ぎたものの、愛人を探す暇はない程度には忙しいということなのだろう。
仙波は深い溜め息をついた。
「当面は現状のままだ。励みなさい」
重い声色で、仙波は告げた。
当面とはいつまでなのかと問いたい気持ちもあったが、那岐は押し黙った。
「はい……」
少し機嫌が悪そうな仙波を残し、那岐は静かに執務室を出た。
扉の前で小さく溜め息をつくと、仕方なく部屋に戻ることにした。
新しい愛人選びは、難航しているのかもしれなかった。
秘密を持った王子の相手をするのだから、慎重にならざるを得ないのは分かる。それに、愛人として必要な条件もある。
男だから頑丈だ、という理由で選ばれた那岐とは違うのだ。
「次の愛人が決まるまで、弥生に残ってもらえば良かったのに。ったく、気が早いんだよ」
穂香が残されたということは、祥月は美人な女性の方が好みということかもしれない。
今度はどんな愛人が連れて来られるのだろうかと、那岐は鈍色の空を見上げ思った。
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