愛を知らずに愛を乞う

藤沢ひろみ

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67.いつもどおり

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 朝、那岐が目覚めると隣に祥月の姿はなかった。

 勤めの為のベッドで夜を明かしたということは、昨晩の出来事は夢ではなかったはずだ。けれどシーツには祥月の温もりは残っておらず、那岐は寂しさを感じた。

 日がな一日のんびりと過ごす那岐と違い、祥月には政務という重要な仕事がある。朝も城に戻る前に身支度を整えるため、早くに起床したのだと分かる。

 それでもこんな時くらい一声掛けて欲しかったと思ってしまうのは、我儘かもしれないと那岐は思い直した。

 寝室の扉がノックされ、那岐を起こすために安住がやってきた。
「おはようございます、那岐様。昨晩はこちらでお休みになられたのですか?」
 自分の部屋ではなく勤めのベッドに座り込んでいた那岐を見て、安住は少し驚いた顔をした。

「ご、ごめん。せっかく整えてくれていたのに、皺くちゃにしちゃって」
「構いませんよ。体調の方はいかがですか? お加減が優れなかったのに、掛布団もなく大丈夫でございましたか?」

 ベッドから降りた那岐に、安住が尋ねた。部屋着を着ているので、勤めがあったとは思われていない。

「体調はすっかり良くなったよ。あまりに眠くて、ここで寝入ってしまったみたいだ」

 安住に言われて初めて、那岐は掛布団を運ぶ前に寝入ってしまったのだと気付いた。祥月よりも先に眠ってしまったということだ。

 祥月が体を冷やしてはいないかと気になった。
 それとも、朝まで一緒にいたわけではなく、夜のうちに自室に帰ったという可能性もあるのではないかと気付く。

「それでしたら、安心いたしました。祥月様がこちらにおいででしたのでもしやと思ったのですが、そうではなかったのですね」

 安住の言葉に、那岐は一瞬どきりとさせられた。
 祥月が館に泊まる時は、館で身支度を整えてから城へ向かう。朝からメイドが世話をしに行っているので、勤めが延期になったのに祥月が館に来ていることは知られているのだ。

 まるで密会していたような気分になり、那岐は少しばかり緊張した。

 祥月が朝この館にいたという事実は、昨晩の出来事が夢ではなかったということでもある。当事者以外の情報に確信を得て、那岐はほっと胸を撫で下ろした。



 何かが変わったようで、何も変わらない一日の始まりだった。

 朝食の後、メイドと一緒に洗濯物を干し、庭の水やりをするついでに雑草や枯れた葉を摘み取る。
 爪の手入れは昨日したので、午後はマッサージだけを受け、本を読んだりメイドの手伝いをしてのんびりと過ごした。

 夜になれば、安住に丁寧に体を洗われる。
 あまりにもいつも通りで、今夜もいつも通りの勤めではないのかと思えた。

 安住が寝室を出て行くと、那岐はいつものように襦袢を着崩した。ベッドに腰を下ろし、息を吐き出す。

 那岐と祥月の関係は、本当に変わったのだろうか。
 勤めの時間が近付くにつれ、半信半疑で落ち着かない。

「もしかして、俺の勘違いだったんじゃ……」
 不安のあまり、那岐は立ち上がりその場を行ったり来たりし始めた。

「だって俺、好きって言われたわけじゃねえもんな。甘い雰囲気どころか、怒ってたぞ」
 乱交のことを文句言い損ねたことを思い出すが、今はいったん置いておくことにする。

「もっと、こう、想いが通じ合った感ある雰囲気っていうか……。あ、でも、好きだとも言われてねえんだから、通じ合ったってのは変か。まさか、本当に勘違い? でもあれって、そういう意味でいいんだよな。俺、合ってる? これからは、恋人ってことでいいんだよな?」

「私はそのつもりだが?」

「うわっ」
 突然現れた祥月に、那岐は驚かされた。自分の独り言のせいで、祥月が入ってきたドアの音にも気付かなかった。

「お前の独り言は大きいな」
「しょ……祥月様」

 いったいどこから聞かれていたのだろうと、恥ずかしくなった。
「来られるの、少し早くないですか?」

 いつもは余裕をもって早めに準備を終えるので那岐はしばらく一人で待つのだが、今夜は安住が退室して間もなくして訪れた。おかげで変な独り言を聞かれてしまうことになった。

「那岐の顔を早く見たかったから、今夜は早くから城を出てきたのだ」

 祥月が微笑み、那岐は思わず頬が熱くなる。
 祥月からそんな言葉を聞く日が来るとは思わなかった。

 嬉しい反面、冷静さもあった。

 それは自分が男だという、どうにもならない事実のせいだ。

「……やっぱり気の迷いだったとか、取り消すなら今のうちですよ。王子様なんですから、相手は慎重に選ぶべきです」

 祥月はゆっくりと那岐に近付いた。
「何故、那岐は身分にこだわる? 愛していれば何でも乗り越えられると教えたのは、お前だ」

 少し違うような気もするが、そんなことを言ったような気もする。

 那岐は少し俯いた。
「……怖いんです」

 性別も立場も身分も、王子の相手としてあまりにも相応しくない。

 本来ならば、天上の月のように手の届かぬ相手だ。こんなふうに受け入れられることを、予想もしていなかった。

 王子である祥月の相手には、然るべき身分の令嬢が相応しい。それなのに、その立場に那岐は立とうとしているのだ。
 不釣り合いで、恐れ多くて、不安を抱かないはずがない。

 祥月の手が、優しく那岐の体に触れた。顔を上げると、祥月の唇と触れ合う。
 那岐の体は考えるよりも先に、唇を薄く開いた。隙間から祥月の舌が入り込んでくる。それを那岐は受け入れた。

 強引ではない愛されるようなキスに、那岐は祥月の首に腕を回してさらに深くキスをした。

 唇が離れ、少し揶揄うように祥月が笑った。
「何も怖がる必要はない。見た目に反して案外、可愛いところがあるのだな」
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