とある雑多な思考錯語

工事帽

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監視社会IF

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「反対だ!」

 ドカン。と大きな音を立てて机が叩かれる。
 さして広くもない会議室には、中央の机を囲んで十数人が席についている。机をその拳で叩いたのは、その中の一人。その男は30代だろうか、思わず机を叩くほど激昂しているのかと思えば、顔は意外に冷静だ。机を叩いたのは恫喝か、パフォーマンスか。罪なき机に救いはないのか。

「そう言うがな。既に過半数の賛同をもらって、監視カメラの設置は決まっただろうに」

 年配の男は面倒そうな顔を隠さずに、もう決まった事だと言う。
 周囲の人達もいささか疲れた顔をしている。それもそのはず、議論は予定時間を大幅に超えて行われていた。
 その上、やっと採決に至ったかと思えば、結果に反発する。
 これでは何の為に決を取ったのか分かったものではない。

 その日の議題は「監視カメラの取り付け」についてだった。

 都心からもそう離れてはいないベッドタウンの一つ。駅前の商店街はその地理的な優位から、日々そこそこの人出を迎えていた。まれにニュースで流れるような、寂れたアーケード街といった雰囲気はない。
 だが、どこにでも問題はあるもので、この商店街では監視カメラの導入を議論するに至った。

 発端は数年前に遡る。
 当時、まだ監視カメラが設置されていなかった頃、一人の少年が行方不明になったのだ。当時はそれこそ大々的に報道された事件だったが、犯人逮捕という華々しい結末を迎えた事で、人々の記憶からは薄れていった。
 ところが最近になって、また同じ事件が起きてしまった。今度は女性だ。その時はまだ報道されなかったのだが、数日前に女性が突然行方知れずとなった事が分かり、再び話題となっている。
 被害者が出た以上、警察も本格的に捜査を始めたようだ。そして容疑者として浮上したのが……。

「だからと言って、あんな場所に監視カメラを設置するなんて正気とは思えませんよ! あれじゃあまるで犯罪者扱いじゃないですか!」

 会議に参加していた若い男性が声を上げる。彼は先程、監視カメラ設置に反対した人物でもある。

「確かに君の言う通りだ。しかしね、君達だって覚えているはずだ。あの少年が行方不明になったことを。それに今度は女性なんだぞ?」

 年配の男性は諭すように彼に語りかける。彼の主張はもっともだと理解しているが、感情的な面も否定できない。

「それでもです。そんな物があったら余計に警戒されるでしょう? そもそも犯罪が起こった訳でもないんですから」
「いや、起こったんだよ。彼女の件だけではないんだ。ほれ、そこにある新聞を見てごらん」

 彼が指差した先には、いくつかの記事が載っていた。どれも似たような内容で、ここ最近の事件事故についてのものだ。そこには今回のケースと似たようなものがいくつかあった。

「…………」

 若者は無言のまま、それを見つめる。

「分かるだろう? 彼女はただ家に帰る途中だっただけだ。なのにこんな風に書かれてしまう。それがどれだけ辛いことか……」

 年配の男性は、やりきれないと言った表情を浮かべる。
 それは彼にとっての本心だった。

「それに……もし彼女が犯人だったとしたらどうするんだね?」
「それは……でも可能性は低いんじゃないでしょうか?」

 若者の言葉にも一理ある。
 事件が起きた場所は、駅から少し離れた商店街と住宅街の境目だ。周りにはコンビニなどもなく、夜ともなれば近くの店は全てシャッターを下ろす。人の姿はほとんど見られなくなる。防犯意識の高い人であれば、わざわざそんな場所を選ぶ事はないだろう。
 しかし、世の中何があるか分からないのもまた事実だ。万全に備えるのは決して悪い事ではない。

「まぁいいじゃないか。取り敢えず監視カメラを設置して様子を見よう。それで何も起こらなかったなら問題なし。何か起きたとしても、それで防げるのならば安いものさ」

 年配の男性は、若者の意見に一定の理解を示しつつも、監視カメラの設置を決定した。
 それから数日後の事である。

 商店街で殺人事件が起きた。

 現場は人気のない路地裏。
 目撃者はなく、被害者の身元は不明。
 警察は懸命の捜索を続けているが、未だに見つかっていない。
 そして、この事件をきっかけに、街のあちこちで同様の事件が起こるようになるのであった。

 商店街での連続殺人事件発生。
 このニュースは瞬く間に街中へと広まった。
 そして誰もが思っただろう。これは誰による仕業なのかと。
 当然の流れだと言えるだろう。犯人が捕まるまで、その恐怖は続く事になる。

 犯人は何故、こんな凶行に及んだのか。
 犯行はいつまで続くのか。
 不安と緊張に包まれた日々が続く中、更なる事件が勃発する。
 商店街の監視カメラの映像に映っていたのは、一人の男。
 その男は、商店街で無差別殺人を犯した後、商店街から離れた場所で女性を殺害。
 その遺体を持ち去ったというのだ。
 映像を見る限り、男の外見年齢は20代前半。黒いパーカーを着た細身の男だったらしい。フードを被っていた為、顔まではハッキリと確認できなかったそうだ。
 その情報は直ちに警察に届けられた。そして、すぐに指名手配されたが、結局見つからなかった。

 その後も事件は続いた。
 犠牲者の数は増える一方で、警察も手を焼いている。
 被害者の中には、政治家や芸能人などの著名人も含まれていた。
 そしてもう一人。犯人だと思われていた男もまた、被害者となった。

 連日連夜、マスコミは事件の事を報道している。
 街を歩く人々は怯えながら日々を過ごしている。もはや街はパニック状態だった。

 そんな中、一人の青年が立ち上がる。
 彼の名前は高坂京介。
 都内で一人暮らしをしている大学生だ。
 彼もまた、この一連の事件について興味を持っていた一人だった。
 彼は友人と共に、独自に調査を開始した。
 程なく、彼は友人と共に、被害者の一人として数えられることになる。

 警察が事件を解決したのは、それから一年後だった。
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