31 / 73
28,会話とはかくも難しいものである
しおりを挟む結局、身嗜みを整える時間は頂けませんでした。
そのまま私がほぼ引きずられながらレイディス様に連れて行かれたのは、貴賓室でも一般の客室のある区画でもない、王城の中でも相当奥まった分かり難い場所にある部屋の前でした。
周囲は窓もなく薄暗く、存在を知っていないと通常は気付かず通り過ぎてしまうような部屋に、どうして隣国の賓客がいらっしゃるのでしょうか。
振り返ると、どうやら正式に王城に勤めているウィルマも詳細を知らないらしく、怪訝な顔をしております。
「嗅ぎ回る狂犬は居合わせた側妃の方について行ったけど、こっちも嗅ぎ回られるのは鬱陶しいからね」
『狂犬』。
前にも聞いた気がします。いえ、気がするような?
……えーと、王妃様とお茶会の前に母が仰ったのは、確か『黒い犬』だったような。あれ、この時に『狂犬』とも仰っていたような。
私にはあまり記憶力がないので全体的にとても曖昧です。
「事情は分かりました」
ウィルマにはレイディス様の仰っていることが通じたようです。
私にはいまいち分からないのですが、口を挟める雰囲気ではなく、ここはとりあえず分かっている顔をすることにしました。
「君は事情を知った方が身の危険があるから、これは詳しく説明しないよ」
知ったかぶりする意味はありませんでした。
教えて頂けない割に、より一層事情が気になる言い方をしてくださり、ありがとうございます。
今日はただでなくてももどき2号と会ったり、美しすぎる側妃様にお目にかかったりして、濃密過ぎる一日になっているのですよ。興奮と心配で私が今夜眠れなかったら、どうしてくださるんですか。
3人で入った部屋の中は、シンプルを行き過ぎて殺風景になっている部屋でした。
その表現でも部屋を過剰に良く評価しておりますね。
一般的には倉庫の役割を本来持っていそうな部屋でした。
縁にいくつか積み重なった木箱には一応埃よけなのか、薄汚れた布が申し訳なくかけられております。床も掃除はほとんどされておらず歩くと砂利っぽい音がして、部屋の中央にポツンとアンティークのテーブルセットと、横に古めいて意匠もバラバラな数脚の椅子が置いてあるだけでした。
そこで待っていたのは、横に従者1人だけを控えさせて椅子に座っている初老の男性でした。
「こちら、隣国の王弟の子息であられるアウリス様だ」
レイディス様に紹介され、にぱっと笑った顔は年齢よりかなり若いというか、悪戯っ子のような顔をされていて妙に親しみを感じました。
「初めまして、レーニア嬢。もう子息と呼ばれるのも恥ずかしい年齢なんだが、うちの国の王も王弟である父も現役でね。未だ私は子息と呼ばれるよ」
レーニアと呼びかけられて私が大変驚いていると、
「肩書きがそれしかないですからね」
「何をしても王弟の息子って呼ばれるだけだし、嫌になってしまうよ。その所為でか息子達にも色々言われるし」
「貴方の場合はその軽い態度が息子さんの気に障るのではないですか?」
「反抗期かな。結構長い間姿も見てないし」
「恐らく父に興味がないからでしょうね」
「昔はお父様、お父様って慕ってくれたのに、時間の流れは残酷だね」
「幼児は一律慕うものですよ。それに成人した息子に幼児のように慕われたら嬉しいのですか」
「息子は可愛いよ。可愛いけどね!」
余人に口を挟む隙間も一切与えないやり取りが続いてますね。
「仕事もしないといけない、母の問題もある、息子も心配! 体が一つではとても足りないよ」
「では、ある程度他の人に任せたらいいでしょう」
「それが出来ないから困っているだよ!」
「知りませんよ。上に立つ者は人を使うのも長けていないといけないのでしょ」
「息子も自分で動いているからね! 足腰弱らせないためにも自分で動かないといけないよね!」
「だから老害引っ込んでろって言われるのですよ」
「伯父さんと父に言ってよ。あっちの方が明らかに年上なのに僕に言うかな!」
「国王である貴方の伯父に物申せないからでしょう」
「やっぱり世知辛い身分……」
私、ここにいる必要があるのでしょうかね。
ポンポン矢継ぎ早に会話するこの2人は相当親しいのでしょうか。
「ねぇレーニア嬢、酷いと思わない? この王子様、きついことばかり僕に言うんだよ」
初老の上目遣いは、どう反応するのが正解なのでしょうか。
レイディス様はアウリス様に呆れ果てた目を向け、
「王弟の子息という呼び名は貴方の持ちネタなのでしょう」
「せめて会話のつかみと言って欲しいな」
「国王と王弟が引退されたら使えない話ですよね。速やかに新しいものを考えた方がいいですよ」
「ほんと、はっきり言うね! そんなに僕の息子の結婚相手として王女に婚約を打診したことが気に食わないの」
「いえ、単に貴方の考えが理解できないだけです」
「流石に蔑むような目を向けるのは止めて……僕だって泣くからね」
「初老の涙に物事を動かす力はあるのでしょうか」
「そこまで言うかな!」
大事なお話が出てきたと思うのですが、本当に口を挟む隙間がありません。
途方に暮れていると、アウリス様の従者が私に近付いてきました
「私はアウリス様の従者兼護衛兼通訳のディルです。私がご説明いたしましょう」
世の中には従者兼護衛をされている方がいらっしゃることは一応知っておりましたが、この大陸の国々は共通語を使っているので兼通訳という肩書きは始めて伺いました。
ディルと名乗られた方は、賢く真面目そうな雰囲気で細身の文官っぽい体格の方でした。この方が護衛も兼任されておられるとは驚きを隠せません。
「初めまして、ディルさん」
「偽名です。覚えなくてもよろしいです」
……。
何故この方は覚えなくても良い偽名を名乗ったのでしょうか。
私は内心戸惑いました。
「では、なんとお呼びしたら宜しいのでしょうか」
「自分の名前は忘れるので、私の顔で覚えて頂ければ」
なんとも個性的?な方ですね。
隣国ではこのような方が多いのでしょうか。
「分かりました。お顔ですね」
「変装で変えるので、お分かりになるか分かりませんが」
これは……。
意思疎通が実は困難な方と話し始めてしまったかもしれません。
「では、次にお会いしたとき気付かなかったら、ごめんなさい」
「次に会うことはないでしょうから、お気になさらず」
流石に気になってくるのですが、私とディルさんは今、第三者から見て会話が成り立っているでしょうか?
「ディル! 遊んでないでレーニア嬢に説明しろ!」
アウリス様の声が飛んできました。
遊び……ジョークだったということですか。
「今説明をしているところですよ」
……何か説明をされておりましたでしょうか。
いえきっと、これも隣国流のジョークかもしれません。
「とりあえず、アウリス様とその腹心の部下である我々は、貴女がレーニア嬢であることは存じ上げております。その上で、ソニア王女となった貴女に婚約を打診したというわけです」
「一気に説明したように見えて、過程の説明を滅茶苦茶省略しておられません?」
「そんなことはないですよ」
私はそこでピンと来てしまいました。
「さては貴方、説明が面倒だったのね!」
「……勘の鋭い方だ」
何か意思疎通が凄く出来た気がします。
と言うことは、
「貴方が言いたいのは、私の事情を知っていて、私に婚約を打診したって事ね!」
「そうです!」
人は互いに解り合えたとき、こんなにも感動するのですね。
「分かったわ!」
「落ち着いてください。何も分かってはおりません」
私の横のウィルマは冷静でした。
17
あなたにおすすめの小説
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして”世界を救う”私の成長物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー編
第二章:討伐軍北上編
第三章:魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
背徳の恋のあとで
ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』
恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。
自分が子供を産むまでは……
物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。
母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。
そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき……
不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか?
※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる