[完結]加護持ち令嬢は聞いてはおりません

夏見颯一

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28,会話とはかくも難しいものである

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 結局、身嗜みを整える時間は頂けませんでした。

 そのまま私がほぼ引きずられながらレイディス様に連れて行かれたのは、貴賓室でも一般の客室のある区画でもない、王城の中でも相当奥まった分かり難い場所にある部屋の前でした。
 周囲は窓もなく薄暗く、存在を知っていないと通常は気付かず通り過ぎてしまうような部屋に、どうして隣国の賓客がいらっしゃるのでしょうか。
 振り返ると、どうやら正式に王城に勤めているウィルマも詳細を知らないらしく、怪訝な顔をしております。
「嗅ぎ回る狂犬は居合わせた側妃の方について行ったけど、こっちも嗅ぎ回られるのは鬱陶しいからね」
 『狂犬』。
 前にも聞いた気がします。いえ、気がするような?
 ……えーと、王妃様とお茶会の前に母が仰ったのは、確か『黒い犬』だったような。あれ、この時に『狂犬』とも仰っていたような。
 私にはあまり記憶力がないので全体的にとても曖昧です。
「事情は分かりました」
 ウィルマにはレイディス様の仰っていることが通じたようです。
 私にはいまいち分からないのですが、口を挟める雰囲気ではなく、ここはとりあえず分かっている顔をすることにしました。
「君は事情を知った方が身の危険があるから、これは詳しく説明しないよ」
 知ったかぶりする意味はありませんでした。
 教えて頂けない割に、より一層事情が気になる言い方をしてくださり、ありがとうございます。
 今日はただでなくてももどき2号と会ったり、美しすぎる側妃様にお目にかかったりして、濃密過ぎる一日になっているのですよ。興奮と心配で私が今夜眠れなかったら、どうしてくださるんですか。


 3人で入った部屋の中は、シンプルを行き過ぎて殺風景になっている部屋でした。
 その表現でも部屋を過剰に良く評価しておりますね。
 一般的には倉庫の役割を本来持っていそうな部屋でした。
 縁にいくつか積み重なった木箱には一応埃よけなのか、薄汚れた布が申し訳なくかけられております。床も掃除はほとんどされておらず歩くと砂利っぽい音がして、部屋の中央にポツンとアンティークのテーブルセットと、横に古めいて意匠もバラバラな数脚の椅子が置いてあるだけでした。

 そこで待っていたのは、横に従者1人だけを控えさせて椅子に座っている初老の男性でした。
「こちら、隣国の王弟の子息であられるアウリス様だ」
 レイディス様に紹介され、にぱっと笑った顔は年齢よりかなり若いというか、悪戯っ子のような顔をされていて妙に親しみを感じました。
「初めまして、レーニア嬢。もう子息と呼ばれるのも恥ずかしい年齢なんだが、うちの国の王も王弟である父も現役でね。未だ私は子息と呼ばれるよ」
 レーニアと呼びかけられて私が大変驚いていると、
「肩書きがそれしかないですからね」
「何をしても王弟の息子って呼ばれるだけだし、嫌になってしまうよ。その所為でか息子達にも色々言われるし」
「貴方の場合はその軽い態度が息子さんの気に障るのではないですか?」
「反抗期かな。結構長い間姿も見てないし」
「恐らく父に興味がないからでしょうね」
「昔はお父様、お父様って慕ってくれたのに、時間の流れは残酷だね」
「幼児は一律慕うものですよ。それに成人した息子に幼児のように慕われたら嬉しいのですか」
「息子は可愛いよ。可愛いけどね!」
 余人に口を挟む隙間も一切与えないやり取りが続いてますね。
「仕事もしないといけない、母の問題もある、息子も心配! 体が一つではとても足りないよ」
「では、ある程度他の人に任せたらいいでしょう」
「それが出来ないから困っているだよ!」
「知りませんよ。上に立つ者は人を使うのも長けていないといけないのでしょ」
「息子も自分で動いているからね! 足腰弱らせないためにも自分で動かないといけないよね!」
「だから老害引っ込んでろって言われるのですよ」
「伯父さんと父に言ってよ。あっちの方が明らかに年上なのに僕に言うかな!」
「国王である貴方の伯父に物申せないからでしょう」
「やっぱり世知辛い身分……」

 私、ここにいる必要があるのでしょうかね。
 ポンポン矢継ぎ早に会話するこの2人は相当親しいのでしょうか。

「ねぇレーニア嬢、酷いと思わない? この王子様、きついことばかり僕に言うんだよ」
 初老の上目遣いは、どう反応するのが正解なのでしょうか。
 レイディス様はアウリス様に呆れ果てた目を向け、
「王弟の子息という呼び名は貴方の持ちネタなのでしょう」
「せめて会話のつかみと言って欲しいな」
「国王と王弟が引退されたら使えない話ですよね。速やかに新しいものを考えた方がいいですよ」
「ほんと、はっきり言うね! そんなに僕の息子の結婚相手として王女に婚約を打診したことが気に食わないの」
「いえ、単に貴方の考えが理解できないだけです」
「流石に蔑むような目を向けるのは止めて……僕だって泣くからね」
「初老の涙に物事を動かす力はあるのでしょうか」
「そこまで言うかな!」

 大事なお話が出てきたと思うのですが、本当に口を挟む隙間がありません。
 途方に暮れていると、アウリス様の従者が私に近付いてきました
「私はアウリス様の従者兼護衛兼通訳のディルです。私がご説明いたしましょう」
 世の中には従者兼護衛をされている方がいらっしゃることは一応知っておりましたが、この大陸の国々は共通語を使っているので兼通訳という肩書きは始めて伺いました。
 ディルと名乗られた方は、賢く真面目そうな雰囲気で細身の文官っぽい体格の方でした。この方が護衛も兼任されておられるとは驚きを隠せません。
「初めまして、ディルさん」
「偽名です。覚えなくてもよろしいです」
 ……。
 何故この方は覚えなくても良い偽名を名乗ったのでしょうか。
 私は内心戸惑いました。
「では、なんとお呼びしたら宜しいのでしょうか」
「自分の名前は忘れるので、私の顔で覚えて頂ければ」
 なんとも個性的?な方ですね。
 隣国ではこのような方が多いのでしょうか。
「分かりました。お顔ですね」
「変装で変えるので、お分かりになるか分かりませんが」
 これは……。
 意思疎通が実は困難な方と話し始めてしまったかもしれません。
「では、次にお会いしたとき気付かなかったら、ごめんなさい」
「次に会うことはないでしょうから、お気になさらず」
 流石に気になってくるのですが、私とディルさんは今、第三者から見て会話が成り立っているでしょうか?

「ディル! 遊んでないでレーニア嬢に説明しろ!」
 アウリス様の声が飛んできました。
 遊び……ジョークだったということですか。
「今説明をしているところですよ」
 ……何か説明をされておりましたでしょうか。
 いえきっと、これも隣国流のジョークかもしれません。
「とりあえず、アウリス様とその腹心の部下である我々は、貴女がレーニア嬢であることは存じ上げております。その上で、ソニア王女となった貴女に婚約を打診したというわけです」
「一気に説明したように見えて、過程の説明を滅茶苦茶省略しておられません?」
「そんなことはないですよ」
 私はそこでピンと来てしまいました。
「さては貴方、説明が面倒だったのね!」
「……勘の鋭い方だ」
 何か意思疎通が凄く出来た気がします。
 と言うことは、
「貴方が言いたいのは、私の事情を知っていて、私に婚約を打診したって事ね!」
「そうです!」
 人は互いに解り合えたとき、こんなにも感動するのですね。
「分かったわ!」
「落ち着いてください。何も分かってはおりません」
 私の横のウィルマは冷静でした。

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