[完結]加護持ち令嬢は聞いてはおりません

夏見颯一

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49,夜会の後片付け

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 建国祭は終了し、私達離宮の者はいつもの日常に戻りました。
 離宮の外では未だ建国祭中の暴動の後片付けなどで平常にはほど遠いと伺っております。治安維持を担う騎士達がせわしなく行き交い、暴動時の建物の損害や怪我人がいたことに伴い文官も報告・申請書類が増え、レイ達王子殿下方も猫の手を借りたいほどだとか。
 王城の空気自体が張り詰めた状態が続き、それがいつまで続くのか分からないまま日々が過ぎておりました。

 夜会で会った正気のメイリアは、マナーこそ褒められたものではありませんでしたが、頭の回転も速く自分に不利なことを言われても堂々して言い返した上で相手を言葉だけで無力化する。一番敵に回すと恐ろしい令嬢でした。
「フランドル子爵令嬢のお話は、本当の事でした」
 夜会の間、脇に控えて話を聞いていたディル(仮名)さんは、夜会が終わると直ぐに情報の真偽を確かめるために動いておられたそうです。
「全部?」
「ダイナス公爵家のクラリス嬢についてはやや大袈裟に話していましたが、他は仰っていた通りでした」
「大袈裟、ね。情報自体が正しいからこそ怖い事ね。私もメイリアの話を聞いて、クラリス様は何て酷い方だと思ってしまったもの」
「本当にそこそこ程度の酷い方でしたね」
「主観で程度は変わるでしょうけど、私もそこそこ酷い方でしたという感想ね」
 長男で後継であられたハルト様が出家をされたので、クラリス様が第1王子殿下と婚約を解消しなくてはならなくなったこと自体は同情いたします。その後の第3王子殿下と再婚約の流れは王家とダイナス公爵家で決まり、本来なら第3王子殿下の学園卒業と同時に結婚する予定となっておられたそうです。
 ですが学園で第3王子殿下は私の偽者に傾倒し、結婚の予定は延期となった、という話だと私は思っておりました。
「実際にはダイナス公爵家がクラリス様にまつわる噂を払拭できなかったことが理由なんて、事情も噂も知らない私だから騙せると思ったのでしょうね」
 メイリアがいなければ、私は今も私の偽者にも引っかき回されたクラリス様は気の毒な方だと思っていたでしょう。ディル(仮名)さんを通じてレイに確認を取ったところ、直接第1王子殿下から真実を伺い謝罪されてしまいました。
「私がきちんと拒絶するべき事でしたから……」
 突然変化した状況に追いつけるほど、気持ちとは簡単なものではないのでしょうね。
 結局、第1王子殿下は自分を思い続けるクラリス様の手を振り払うことができなったのです。
 王侯貴族の世界で、道ならざる恋は家の信頼や評判を貶めるため、王族、高位貴族の子弟などは許される立場にはありません。まして、新たに婚約者となられた第3王子殿下を釣り合ってない、第1王子殿下は未だにクラリス様を思っていると不敬な噂を口にする者を近付けただけでなく、それらの発言を喜んでいたとはやはり大問題ではないでしょうか。
 結果、クラリス様は王家、特に王妃殿下に目を付けられ、「王族である第3王子を邪険に扱う者と第1王子との再婚約、結婚はありえない」と突きつけられてしまわれたそうです。
 その前後で第3王子殿下が偽者に求婚した騒動があったために、婚約自体は解消とはならなかったのですが、クラリス様と第3王子殿下は割と冷め切った関係とのことです。
 先日の夜会でも、第3王子殿下は兄弟と一緒に控え室にいらっしゃって、クラリス様を迎えに行っておられませんでしたね。そこにヒントがあったのですか。素人には分かりませんよ。
「クラリス嬢は現在も社交界での評判を挽回できておりませんから、レーニア様に近付いて巻き返しを図ろうとされたんでしょうね。……レーニア様に近付くなんて愚かですよ」
「確かに私は何もできないから無意味よね」
「違いますよ。迂闊に近付くと巻き込まれて大惨事になるのですよ。今回は相手が自爆したので手間なく処罰できて良かったのではないですか」
「私の所為で大惨事になどならないわよ。それに処罰ってどう言う意味よ」
「ははは。クラリス嬢は夜会で会った王女殿下がレーニア様と知ってますよ。王女殿下になったレーニア様を利用して社交界に復帰しようとしたら、メイリア嬢に派手にばらされ失態を演じてしまい、もう居場所もないと引き籠もったんですよ」
 私は何もしておりませんのに、その説明をされると確かに大惨事です。
「別に私は何もしていないのに……」
 一度一緒にお茶しただけの方ですし、親しい仲でもなかったので騙されていたということも割とどうでも良いことです。
 ただ、私のことを利用しようと思われていた方とは今後仲良くは出来ません。
 ……あ、結果出てました。
「ねえ、私と付き合うことで社交界に戻りたかったのなら、付き合いを拒否されたら終わりじゃないの!」
「それが処罰ですよ。ただただ勝手に自滅したんですよ。奇跡的に一歩手前で踏み止まっていたのに、助走付きで跳躍して谷底に消えたんですよ。いや、凄い」
 凄くはないでしょう。ですが、ディル(仮名)さんの言い方が少し面白いと思ってしまう私がおります。
 衆人環視で起こった事故でもなく、夜会の3人でのプライベートな出来事なので表面上は今も何の変化もありません。
 今の私の立場的には真偽を確認する必要がありますから、内密の約束をしても確かめる過程で極一部には洩れてしまいます。第2王子殿下であるレイ、関係のある第1王子殿下……こちらが確認すると同時に相手にも何があったのか伝わってしまいます。
「……もう、クラリス様の話は終了しましょう」
「本人も終了しましたし、次ですね」
 事情を知ったウィルマもディル(仮名)さんを諫めません。
 この先クラリス様がどうなるかは、私の関知することではありません。

 夜会ではもう一つ気になるお話を伺いました。
「ライナス伯父様についてどう思う?」
 今回も私は動けないので、実際の所ウィルマやディル(仮名)さんに頼んで情報を集めて貰っていたのですが、不審という程不審も感じられませんでした。精々引っかかりを覚えたのは亡くなった場所のダイナス公爵家がクラリス様の家という事くらいです。
「分からないことが多くて分かりません」
 これにはディル(仮名)さんも匙を投げられました。
 以前父からライナス伯父様の亡くなった経緯を伺いましたが、実は当時その場に居た騎士団員が見たままの話だったようです。王城に保管されている王立騎士団の調査書では、ライナス伯父様がダイナス公爵子息を庇ったことは事実でも、どちらが狙われたのかは断定できないとのことでした。
「犯人を尋問できていれば良かったんですけどね。激怒するオラージュ公爵家への対応に注力しすぎて犯人に自害する隙を与えたなんて、前ダイナス公爵はとんだ愚者ですよ」
 金をケチってスカスカの警備体勢の挙げ句護衛を断り、襲撃者に入り込まれて他家の嫡男を死なせてしまった。これだけでも十分周りの貴族達の失笑の的でしょうし、そこに犯人にはあの世に逃げられたを加えるなんて、あり得ないほど当主の器ではおられない方だったようです。
「本当に何も分からなかったの? 当時のダイナス公爵家の後継の方やライナス伯父様が狙われる理由も」
「前ダイナス公爵は狙われるだけの理由はあったそうですが、それも本当に個人的な話ばかりで、後継であった現ダイナス公爵には悪い噂の影もなかったそうです。当然、ライナス殿にも何も後ろ暗いものはありませんでした」
 現ダイナス公爵の問題はクラリス様の問題ですか……まあ、これは過去には関係ない現代のことですね。
「本当に何もないのね……」
「残念ながら。面白いほど何もありません」
 当然と言えば当然でしょうね。
 当時、騎士団が調査し尽くした結果何も出てこなかったと結論が付いている話ですから。
「あの当時、ダイナス公爵家子息やライナス殿を殺して得をする者はいません」
 捜査もそれで終了しております。
「じゃあ、メイローズ侯爵夫人が陛下を疑っていたのはどうしてかしら?」
 ディル(仮名)さんが分からないからか口を閉ざされると、ウィルマが小さく手を上げて、
「恐らく当時のダイナス公爵家は事件のあおりで子息が婚約破棄となり、元子息の婚約者は側妃として陛下に嫁がれたことで、夫人は陛下の関与を疑っておられるのではないでしょうか」
 そこに繋がるのですか? 現ダイナス公爵の元婚約者は側妃様だったのですか。
 私は頭が痛くなって参りました。
 確か先日母は、側妃様に対しても陛下は執着しておられるようなことを仰っておりましたね。
「でも、ライナス殿が亡くなって、オラージュ公爵との婚約は解消しておりますね」
「そうです。当時陛下は婚約解消となったことで荒れておられましたから、少なくとも陛下がライナス様を殺害するとは思えません」
 解消となり荒れるほど母に執着していた当時の陛下が、公爵家後継を殺す理由はないとの考えには私も同意します。
「では、当時のダイナス公爵家の後継の方が狙われたのかしら?」
「どうでしょう。プロなら対象の殺害を優先しますからね。まして警備の手薄な中、集団で襲って違う相手を殺しただけとは考えられませんね」
 真の狙いはライナス伯父様。
 襲撃者の行動からはそう推測できますが、犯人の自供はなく、ライナス伯父様を殺して何も得をする者もおられません。
「そうね……当時のダイナス公爵家の後継の方が亡くなったら、側妃様は陛下に嫁いだかしら?」
「無理ですよ。その場合、オラージュ公爵と結婚してますよ。あの方は側妃なんて絶対に許さない方ではないですか」
 ……自分の養母とは言え母なのに、他人に指摘されないと気付けないのはちょっと間抜けですね。
「確かにお母様なら側妃なんて認めないでしょうね……」
 一つ一つ状況を考えていくと、その度に矛盾と否定が繰り返されるだけです。
 ここまでどの状況でも陛下が得をしないとはっきりしているのなら、陛下は関与していないと断言できる筈なのです。
 引っかかるとすれば、陛下の異常なまでの執着です。
 何をするか分からないと周囲から警戒される程の執着は、何かを起こしていたのではとの疑いを晴らすことはできません。
「側妃を認めた現王妃の心理も謎ですね」
 止めて下さい。
 意識的に忘れていた存在を思い出させないで下さい。
 陛下は王妃殿下にも執着なさっておりましたね。でも、絶対3人同時に手に入るって状況なんてあり得ないのですよ。
 本当にどれだけ混線している話なのでしょう。
 いい加減、もっとヒントを下さってもいいと思うのですよ。

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