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53,不安と混乱と困惑と
しおりを挟む次の日の離宮では、朝からウィルマの姿がありませんでした。
「ディルさんもいませんね」
マーガレットが食事の後片付けを終えてしまっても、2人は現れることはありませんでした。
何かあったのなら、ウィルマは連絡ぐらいしますよね。
どうしたのでしょうか。
今日は朝から空気が違うような気がしております。
この離宮は王城の建物とは渡り廊下で繋がっておりますが、基本の建物同士は離れており、いつもだったらとても静かなのですよ。
聞こえない筈のざわめきが、さわさわとここまで空気を震わせ、私の心も不安に揺らします。
レイはどうしているでしょう?
落ち着かない私は月長石のブレスレットを撫でました。
マーガレットと話すこともなく、なかなか来ない2人を待ち続けていました。
昼前になって漸く人が訪れたと思うと、
「本日は離宮からお出になりませんように」
まさかの騎士を伴った侍女長にそう言われました。
何故侍女長が、と言うことよりも騎士が一緒にいることにとても不穏なものを感じずにはいられませんでした。
「何かあったの?」
「申し訳ありません。今は私の口から説明は出来かねます。後ほど参りますウィルマからお聞き下さい」
ああ、ウィルマは大丈夫なようですね。
そこは安堵いたしました。
「今後、離宮の入り口には騎士が警備のために立つことになります。王女殿下の安全のためですので、どうかご了承下さい」
今更感がありますし、何ら安全確保になっていない気もしましたが、私は了承するしかありません。
2人が去った後、
「どう思う?」
「分かりません。ただ、離宮の出入り口が基本的に塞がれたってことでしょうか」
塞がれたと言っても、私が自由に出られなくなっただけですよね。
今までも引き籠もっていたのに、意味が分かりません。
悶々としながら待っていると、それ程待つこともなくウィルマがやってきました。
顔色は若干悪く、つくなり安堵なのかため息をついていました。
「遅かったのね。何があったの?」
「……第3王子殿下が昨夜暗殺されました」
考えもしなかった事に、聞いた私の頭は真っ白になりました。
最後にお目にかかったのは、先日の夜会のクラリス様がエスコートを断ったので友人の所に向かうところでした。
暗殺、なんて……。
『第3王子殿下を要らないと言っているのは王よ』
夜会ではメイリアがそう仰っていたことを思い出しました。
だから陛下が息子を暗殺した……と一瞬考えてしまいましたが、それではあまりに短絡的な発想でしょう。少なくとも私は陛下が何故第3王子殿下を要らないと仰っていた理由を知りません。
「それで……」
「侍女もメイドも含めて、王城に出入りする全員が騎士団から事情聴取を受けています」
「マーガレットは? 受けていないでしょう」
「王城の本館勤務でもなく、出向くこともないので除外されております」
ほっとするも、やはり不安でマーガレットを見ました。
「私は王城の所属ではありません。メイドとしてもオラージュ公爵家所属なので、どうしても別扱いなのでしょう」
「本当に、大丈夫なの?」
「事情聴取されるかは……ディルさんの方が問題ではないですか」
そうです。
ディル(仮名)さんはまだ姿を見せておりません。
レイ達にも何かあったのでしょうか。
不安が募ります。
「やはり一番不審者だから……」
「あれでも見た目的は騙せていましたから、どうでしょう?」
マーガレットは全く心配している様子はありません。
「でも一番やれそうでしょう?」
「あの方は自然死に見せかけて暗殺するタイプですよ。私は闇に葬るタイプです」
……納得するような、論点はそこではないような、私は混乱もしており、困ってしまいました。
「でも見せしめで殺すときは派手に痕跡を残すとイグニスさんが仰っておりましたわ」
「目的は?」
マーガレットは冷静に言います。
目的?
「…………美しさとはときに罪だからでしょう……」
「つまり嫉妬で殺されたのでは、と仰りたいのでしょうか?」
何だか今日のマーガレットはディル(仮名)さんが乗り移ったかのような言い方をします。
「まさか……ディルさんはとっくに殺されて……!」
幽霊となったディル(仮名)さんがマーガレットに乗り移ったのですね!
「早くディルさんが来ると良いですね」
「本当に生きていて下さるなら……」
最後、マーガレットが投げやりに私に言ったことには気付きませんでした。
その日の夜になってから、ディル(仮名)さんは離宮にやって来ました。
ただし、窓から。
「出入り口は騎士がいるからでしょうか?」
「ええ。ちょっと鬱陶しいので」
窓から入る前提だったからか、ディル(仮名)さんは侍女のドレス姿ではなく、初めて会ったときのような従者らしい服装になっておりました。
「レイ達は大丈夫なの?」
「第2王子殿下は第1王子殿下と同じく無事を確認しております。同じ王城内とは申しますが、第3王子殿下とは生活している区画も全く違っておりまして、お二方の生活区画には賊は入った痕跡もありませんでした」
王妃様の子である第1王子殿下と第2王子殿下、側妃様の子である第3王子殿下は実家の発言力と財力の差から、警備の面でも扱いが異なっております。
扱いが一番下なのは、王女ですけどね。
「犯人捜索の指揮は第2王子殿下が執られることになりました。まあ、順当ですよね」
王の代理をしている第1王子殿下にはこれ以上の負担は無理でしょうね。
「本当に、第3王子殿下が亡くなられたの?」
情報だけが飛び込んできているので、私には実感はありません。
「それは間違いないです。側妃も確認されました」
ご自分の息子が殺された胸中を思うと、私の胸も痛みます。
どうして王位に遠い第3王子殿下が殺されなければならないのでしょう?
私にはどうしても理解できません。
そして、フランドル子爵令嬢の言葉が頭を何度もよぎります。
『第3王子殿下を要らないと言っているのは王よ』
ライナス伯父様と同じように、陛下は再び事を犯したのか、私は不安でなりません。
「ディナ様も事情聴取を受けられましたか?」
騎士団の事情聴取で今日のウィルマはかなりお疲れになっておられました。
普段なら夜には退出するウィルマですが、明日何があるか分からないとのことで離宮にこのまま泊まるそうです。
どうやらウィルマはディル(仮名)さんを心配していたようですが、
「私は侍女枠ではないので、受けておりません」
当然と言わんばかりにディル(仮名)さんは仰いました。
侍女、ではない?
話を聞いていた私の思考は止まってしまいました。
どういうことでしょうか?
「侍女ではなかったの?」
尋ねた私の声は、驚きのあまり震えていたかも知れません。
私の夜会に一緒に参加しておりましたよね。
あれは侍女だから参加できたのですよね?
「ええ。私の枠は未だ隣国の従者枠です」
不審者がここにいます。
そう、私は出入り口の騎士を呼ぶべきではないのでしょうか。
いいえ、まずやはり、出入り口を塞いでも安全ではなかったと証明されたという事ではないでしょうか。
遠くの犬の欠伸は私達の耳には届きませんでした。
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