【本編完結】ダンジョンに置き去りにされたのでダンジョンに潜りません!

夏見颯一

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69.【綻びを見付ける】

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 帰宅したアイルは、玄関ホールにハーヴィスとディリオン、メージュ達が揃っている事に驚いた。
 数日前からウォーゲンは何処かの領地の異常を訴えられ、様子を見に行っているために不在であり、アイルの帰宅を今か今かと待っていたらしい。
 フィリオンの不在に気付いた従者やメイド達が屋敷内を必死に探しても見つからなかったと、アイルは3人から報告を受けた。
「恐らく外出してしまったのではないでしょうか……」
 ディリオンは申し訳なさそうに言った。
「街に出るくらいなら大丈夫なのでは?」
「不在に気付いてからそれなりに時間が経っております」
 いつも通りハーヴィスは冷静だ。
 アイルは考え込んだ。
 ディリオン兄弟の一番の危険として想定していたのは魔物……『何か』である。
 現在はミネルヴァ夫人がどのような手段を用いたのか兄弟を狙う『何か』はダンジョンから出られなくなっているので、これに関しては今すぐの危険は少ないだろう。
 ならば最も考えられるのは、連れ去りだ。
「従者の服を着ていたので、金銭目的の貴族子弟の連れ去りの可能性は低いでしょうね」
 多くは着ている物で身分が判別される。
 貴族は特に子供でも着る服には気を遣われるので大抵上等な服を着ており、平民と同じ従者の服を着ている者などいない。
 フォルクロア家で彼らが従者の服を着ているのは、実家に荷物を取りに入れず完全に服を用意して貰うのは申し訳なく思ったディリオンが決めた事だ。
「十中八九、フィリオンと分かって狙ったのでしょう」
 心当たりはディリオンにもアイルにもあった。
「ダルディス伯爵の愛人か、後は……」
「私の母達でしょうね。監禁はされておりますが、腐っても伯爵夫人。いかような手でも使うでしょうね」
 ディリオンはもう諦めきっていた。
 母は次男のクラークをダルディス伯爵家の後継にしたいと昔から頻りに口にしており、ディリオンやフィリオンを邪魔に思っていた。
「いや、でも」
「恐らく父はクラークが父の子ではない事は知っていると思いますよ。私の次は愛人の子で、それからクラーク、フィリオンと続いております」
 愛人がどんなに望んでも不貞の子だとはっきりしている愛人の子は後継になれない。ディリオンに何かあったならダルディス伯爵はフィリオンを指名するだろう。
「それに、フィリオンが生まれたから愛人に逃げられたと母は思い込んでおります」
 逃げられたのではなく逃げたのかな?
 少なくとも地下書庫で見た名前には死亡を示す二重線は引いていなかったと記憶しているので、愛人自体は生きているのだろう。
「飽きられたのか、執着が強すぎて逃げられたのか、母の性格を考えるとその辺りの理由でしょう。けれど、母は父の子か愛人の子か分からないフィリオンの所為だと憎んでおりました」
「えええ……女性がどっちの子か分からないって凄いですね」
 メージュが感心したように言った。
 ふーむ、とアイルは唸った。
 これだけの男女のドロドロがあるなら精霊の興味を引いている筈。
「誰か、ダルディス伯爵家のドロッとした話を知っている精霊はいないか?」
 上に向かってアイルが呼びかけると、
『いるよ』
 普段は羽虫妖精が多いために、足下から声が聞こえてアイルも驚いて後退った。
「ノームですか……」
『っぽい見た目にはしているね。ミミズは嫌いだろ』
 珍しく精霊が一般人にも見えるように姿を現したのでディリオンがつい呟いた言葉に、にっこりと精霊は笑った。
 ただし、1人だけ違う部分に食いついた。
「ミミズ」
『たまには人間っぽいのに変身しないと、魔法を忘れるからね』
「ミミズが喋るところを見てみたいです」
『フォルクロアは本当に好きだね? 口も動かないし表情もなく、ミミズがのたうち回っているだけだよ』
 それはそれで見てみたい気もした。
 口にする前にアイルはハーヴィスに力強く肩を叩かれてしまった。
 肩に置かれた手の圧が、変な方向に話が進むのを許さないとハーヴィスの気持ちを代弁していた。
「……ダルディス伯爵家の末弟には関心ある?」
『あるね。愛人の次の子だろ。婚外子ばっか増やしてどうするんだろうな。愛人も流石に今度は伯爵を殴るだろ』
 まさかの兄弟が増えた情報だった。
 どうしようもなく罪深い父親の所業にディリオンは目を伏せた。
「そっちじゃなくて、既に生まれている方の末弟」
『ああ、奥さんの産んだ方ね。孫だけあってヒルダに性格がそっくりだね』
 この精霊は今までの精霊と違って珍しく会話がスムーズだった。
 地面に足が付いているとまともになるのか。羽が生えていたら会話も飛ぶのか。
「孫なんだ」
『孫だよ。ヒルダに似てアッパーが得意になりそうだ』
 ウォーゲンから聞いた気がしたアッパーの話。これは間違いなく確定だろう。
 とは言え、血縁上の父親が誰か判明したとしても、現状の何かが変わるわけではないのだ。
「その子が何処に行ったか分かる?」
『外出して馬車に乗ったのは知ってる。行き先は分からないね』
 そこまで都合は良くないか、とアイル達は落胆した。
「馬車に乗ったのは分かったのか……」
 予想する犯人は馬車を使う相手なので、予想通りではあった。
「他に何か知ってる?」
『あの子を連れて行った相手を見た精霊は逃げたね。バレてない不貞の子なんて精霊大好きなのにね』
 見えないから好かれているのは分からないだろうが、理由は酷い気もした。
「クラーク……」
 監禁されている筈なので、直接動くとは思っていなかった。
 そして、以前から兄弟仲は悪かったが、そこまでするとはディリオンは思いたくはなかった。
「行き先は分からないのが……」
「いえ、それは分かります」
 アイルは断言した。
 恐らくクラークが外に出ているのなら、第2王子達はヴィナスと既に接触している。
 ミネルヴァ夫人に剥がされ掛けた彼らの【魅了】は、今の追い込まれたヴィナスなら絶対に再度強くかけ直している筈だ。
 より強い【魅了】は更に精霊は嫌うだろう。
「【魅了】をかけられた者がいる場所は、精霊が逃げたりして大きな偏りが出ます。偏った場所を探していけば必ずたどり着くでしょう」
 強く掛けた分、見付けやすくなる。
 綻びをようやく見付けた瞬間だった。
 

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