終焉の召喚術師〜悪魔の蔓延る世界に立ち向かう少年たち〜

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第一章 〜人喰い商都〜④

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「なぁ、エルク。もし、死んだ人間を取り戻せるとしたら……君はどうする?」

別人のように低く乾いた声に、エルクは何も答えずじっと見ていた。

「ある日、家族が何者かに殺されたとする。自分は助かるが、どうしてもその事実を信じたくない」

トムは語りながらも笑みを深くしていった。
それは、話の内容とはまるで逆だ。

「だから…選んだんだよ。死霊術師―――ネクロマンサーの道をな」

「やはりか」と思いながら、エルクは剣を握る手を強めた。

「黒いフードの男が言ったんだ。魂を集めれば生き返らせられるって…」

笑みを見せる口元とは違い、その目はどこまでも壊れていた。
何がそうさせたのかは、問う必要もない。

「最初は信じられなかった。だが…私は家族に会いたいんだ……!!」
「だから人を殺したのか?」

エルクの言葉に、トムはゆっくりと頷いた。

「観光客、老人…みな、自宅の地下室で…な。最初は躊躇ったさ。でも…そのうち慣れてくるんだよ」
「!!」
「続きを聞きたいかい?―――なら、君たちにも彼らに会わせてあげよう」

トムが両手を広げると、床の隙間から黒い影が滲みだした。
呻き声に腐臭、爪で床を引っかく音が部屋を支配していく。
そして再び、奴らが姿を現した。

「フィール!!」

「うん!!」

その瞬間、エルクの後ろに黒い気配が立ち上った。

「ロキ!!来い!!」

その言葉を合図に、エルクの背後の空間がひび割れ、黒い稲妻のような光が奔った。
それは、まるで『空間ごと笑う』ように歪み、闇の裂け目が開く。

「やれやれ、やっと呼ばれたか」

その声は低く響き、軽薄でどこか愉快そうな声だった。
黒の裂け目から漆黒のローブに身を包んだ紳士が、エルクの背後から現れたのだ。
整いすぎた顔立ちに、どこか楽し気な微笑を浮かべている。

「おやおやおや、まるでお葬式みたいな空気じゃないか。いったい何がどうなってるんだ?エルク」
「うっさい!黙って手を貸せ!ロキ!」

エルクの鋭い声に、ロキは肩をすくめて見せた。
その様子を見たトムが、声を震わせながらつぶやく。

「まさか…お前たち……教会の…」

だが、エルクはそのつぶやきに応じなかった。
ただ静かに、グールの群れへ剣を向ける。

「嘘だろ…?その黒い亀裂、まさか…神か……?」

驚愕に目を見開くトム。
その存在に、自然と足が下がっていく。

「知らなかったみたいだね。僕たちが『上』の存在だってこと」

フィールが静かに言い、怯えるトムに向かって言葉を続けた。

「僕たちはただの術師じゃない。教会に属する正式なサマナーだ」
「サマナー…!?精霊や天使たちと契約している者だというのか…!?」
「ま、エルクは『神持ち』だから別格だけどね。神と直接契約ができるのは、ほんの一握りだし」
「…ば…バケモノじゃないか……!」

『バケモノ』と言われたロキは、くすくすと笑い始めた。

「誉め言葉として、受け取っておきましょう」

トムはその場で膝をつき、何かを諦めたかのような雰囲気を見せた。
涙が頬を伝い、床を濡らしていく。
しかし―――

「だが…私はもう…っ……後戻りはできない……!」

そう言った瞬間、床の下のさらに深いところから闇が広がり始めた。
そしてグールが次々と這い出し、空間を黒く染め上げていく。

「ロキ!!」
「はいはい。じゃあ、手を貸してあげようじゃないか」

彼の指先がふわりと宙を舞うと、黒い重力の波が押し寄せ始めた。
その途端、部屋の空気が一気に重くなり、グールたちの動きが鈍ったのだ。

「ぐ…ゔ…っ!!」

呻き声をあげながら動きを封じられるグールを見たエルクは、床を蹴った。
そして、黒刃が一閃した瞬間、空気を裂くような衝撃音と共に最前列のグールの首が飛ぶ。
黒い霧となって崩れ落ちる、その死の気配を切り裂きながら、エルクの目は次を見据えていた。

「右にもう一体!!」
「わかってるよ。ほら、行っておいで」

飄々とした声と共に、ロキが指先で空をなぞる。
その軌跡から放たれた黒い波紋が、グールの群れに向かって広がっていく。
重力の渦が床をうねらせ、一体どころか何体ものグールの動きを鈍らせた。

「フィール!!」
「こっちは任せてっ!」

風の精霊たちがフィールを宙に押し上げ、風の流れを操りグールへと突撃する。
両腕にある鉤爪がうなり、突風とともに影を裂いた。

「―――数、多すぎだろ……!」

エルクは舌打ちしながら大剣を構えなおす。
黒い刃が走り、空気を裂くたびにグールが一体、また一体と塵へ還っていく。

エルクとフィールが冷静に、着実にグールを屠(ほふ)る姿を見ていたトムは、ふと昔のことを思い出していた。
それは、まだ愛する二人が生きていたときのことだ。

「もう……もう、いいんだ…」

トムが静かにつぶやくと、グールたちの動きがピタリと止まった。
その目はどこか穏やかで……それでいて絶望のそこに沈んでいる。

「もう…たくさんだ。いくら魂を集めたところで、二人は帰ってこなかった。」
「……」
「わかっていたんだ、途中で…。…それでもやめられなかったんだ……」

その言葉を聞き、エルクは剣を降ろした。
ロキも力を緩め、重力の圧が空気から溶けるように消えていく。

「…君たちは強い。私の犯した罪は、きっと記録に残るだろう、記憶にも…。ならばせめて、自分の手で終わらせよう。」
「……」
「娘と…・・・妻の元へ行くよ」

そう言うとトムは、動きを止めたグールに向かって命じた。

「私を……喰え」

瞬間、呻き声がまた響いた。

「待っ……!!」

エルクとフィールは咄嗟に動こうとしたが、ロキが口を開いた。

「やめときな。これは―――彼の決着なんだろう」

グールたちがトムを覆い、黒い影に埋め尽くされていくのを見ていることしかできないエルクとフィール。
すべてを飲み込んだグールは消え失せ、残されたのは静けさとほのかに香るハーブのにおいだけだった。

「…終わった……のか」

そのまま動くことができないエルクは、低くつぶやいた。

「…教会に連絡だ。記録に残さなきゃいけない。これも…罪も死も……全部だ」

その夜、二人は何も言葉を交わさずに部屋を後にした。
外は…また雨。
細く、静かに降るその雨は、すべてを洗い流すにはあまりにも優しい雨だった。
濡れた石畳が街灯の光を映し、誰もいない通りに水の音だけが残る。

そして、その静けさが彼らの背中を見送ったのだった。

そんな雨が止んだのは、夜が明ける少し前。
静まり返ったラインバーグの外れの高台に、二つの影が立っていた。

「…結局、見つからなかったね」

全身を黒いマントに包み、その影の人物はぼそっとつぶやいた。
その唇は笑っており、目は蛇のような冷たい光を宿している。

「ま、焦ることはないんじゃない?」

隣に立つ影もまた、口角を上げていた。

「収穫はあっただろう?見つかったじゃないか―――『もうひとつの器』の持ち主が」

二人の視線の先には、ちょうど教会の部隊と合流したエルクとフィールの姿があった。
惨状を記録するため、二人はいろいろな人に説明をしながら駆け回っている。

「このあと、彼らを追うかい?」
「ばれないようにな」
「ふふ。旅はまだ…始まったばかりだものね」

どこからともなく現れた黒い霧が、二人の姿を包み込む。
一陣の風が通り過ぎると、もう誰もいなかった。

しかし、その『誰もいない』場所を、エルクは呼ばれたような気がして見ていた。
朝陽にぼんやりと光を返す、水に濡れた石畳の色を。
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