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2話
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意識が戻った時、エリオットが最初に感じたのは、信じられないほどの「温かさ」だった。
冷たい雨も、泥の匂いも、凍えるような孤独もない。
肌に触れるのは、最高級のシルクを思わせる柔らかな寝具の質感と、部屋を満たす甘く落ち着いた白檀の香りだ。
「……っ、は、あ……」
重い瞼を押し上げると、そこは見たこともないほど豪華な天蓋付きのベッドの中だった。
部屋を照らすのは、魔法の灯火。揺らめく淡い光が、高い天井と壁一面を埋め尽くす書棚を映し出している。
「目が覚めたか。意外と早かったな」
すぐ傍らから響いた低い声に、エリオットの肩が大きく跳ねた。
視線を向けると、そこには漆黒のローブを脱ぎ捨て、薄手のシャツを纏ったヴィクトールが座っていた。
彫刻のように整った顔立ち。その美しい紅い瞳が、ベッドに横たわるエリオットをじっと見つめている。
「ここは……。僕は、死んだのでは……」
「私の許可なく死ぬことは許さんと言ったはずだ、小鳥」
ヴィクトールが静かに立ち上がり、ベッドの縁に腰を下ろした。
重みでマットレスが沈み、エリオットの心臓が早鐘を打つ。
「身体を拭いて着替えさせた。お前の着ていたあのボロ切れは、あまりに不快だったからな。……すべて捨てておいたぞ」
「着替え……っ、あなたが、ですか……?」
エリオットは自分の体を見下ろした。
確かに、泥まみれだった騎士服はなく、代わりに肌触りの良い純白の寝衣に包まれている。
顔が熱くなる。魔力を失い、ただの人となった自分を、この美貌の魔導師がその手で扱ったというのか。
「……す、すみません。恩に、着ます。すぐに、ここを出ますから……」
這い出そうとするエリオットの肩を、ヴィクトールの大きな手が容易く押さえつけた。
「どこへ行く。帰る場所など、もうお前にはないだろう?」
「それは……」
言葉が詰まる。王宮も、実家も、すべてを奪われた。自分はもう、路頭に迷うだけの無能な元騎士だ。
視界を伏せるエリオットの顎を、ヴィクトールが長い指先でくい、と持ち上げた。
「お前を捨てた連中のことなど忘れるがいい。これからは、私の所有物としてここで生きろ」
「所有物……?」
「そうだ。お前はただ、私に与えられるものを享受し、私の側で息をしていればいい。それ以外のことは、何も考える必要はない」
ヴィクトールは、サイドテーブルに置かれていた銀のカップを手に取った。
中には温かいミルクに蜂蜜を溶かしたような、甘い香りの飲み物が入っている。
「さあ、飲め。冷え切った身体に、滋養が必要だ」
差し出されたカップ。エリオットは戸惑いながらも、その手を受け取ろうとした。
しかし、ヴィクトールはカップを渡そうとはせず、自らエリオットの唇に縁を押し当てた。
「……っ、自分、で飲めます……」
「黙って飲め。……それとも、口移しの方が好みか?」
ヴィクトールの瞳の奥に、冗談とは思えないほど濃密な色が宿る。
エリオットは震えながら、促されるままに温かい液体を口にした。
喉を滑り落ちる甘美な熱。それと同時に、ヴィクトールの指先がエリオットの耳たぶを愛おしげに撫でた。
「いい子だ。……お前は、私が思っていた通りに美しいな。エリオット」
自分の名を呼ばれた瞬間、エリオットの胸の奥がひどく疼いた。
国を救っても、誰も自分にこんな愛おしそうな視線を向けたことはなかった。
王女も、家族も、自分という「機能」を見ていただけだった。
だが、この男の視線は違う。
まるで、エリオットという存在そのものを、魂ごと飲み込もうとするような、深く、暗い執着。
「どうして……。僕にはもう、何もありません。魔力も、地位も……あなたに差し上げられるものなんて……」
「何もいらん。……いや、一つだけあるな」
ヴィクトールが顔を近づける。
鼻先が触れ合うほどの距離。吐息が混じり合い、エリオットは逃げ場を失う。
「お前の、絶望したその顔だ。……私だけが、それを癒してやる。私なしでは生きていけぬよう、芯まで甘やかしてやろう」
ヴィクトールの唇が、エリオットの額に、慈しむような、けれど呪いのような口づけを落とした。
それが、エリオットにとっての新たな、そして甘すぎる地獄の始まりだった。
冷たい雨も、泥の匂いも、凍えるような孤独もない。
肌に触れるのは、最高級のシルクを思わせる柔らかな寝具の質感と、部屋を満たす甘く落ち着いた白檀の香りだ。
「……っ、は、あ……」
重い瞼を押し上げると、そこは見たこともないほど豪華な天蓋付きのベッドの中だった。
部屋を照らすのは、魔法の灯火。揺らめく淡い光が、高い天井と壁一面を埋め尽くす書棚を映し出している。
「目が覚めたか。意外と早かったな」
すぐ傍らから響いた低い声に、エリオットの肩が大きく跳ねた。
視線を向けると、そこには漆黒のローブを脱ぎ捨て、薄手のシャツを纏ったヴィクトールが座っていた。
彫刻のように整った顔立ち。その美しい紅い瞳が、ベッドに横たわるエリオットをじっと見つめている。
「ここは……。僕は、死んだのでは……」
「私の許可なく死ぬことは許さんと言ったはずだ、小鳥」
ヴィクトールが静かに立ち上がり、ベッドの縁に腰を下ろした。
重みでマットレスが沈み、エリオットの心臓が早鐘を打つ。
「身体を拭いて着替えさせた。お前の着ていたあのボロ切れは、あまりに不快だったからな。……すべて捨てておいたぞ」
「着替え……っ、あなたが、ですか……?」
エリオットは自分の体を見下ろした。
確かに、泥まみれだった騎士服はなく、代わりに肌触りの良い純白の寝衣に包まれている。
顔が熱くなる。魔力を失い、ただの人となった自分を、この美貌の魔導師がその手で扱ったというのか。
「……す、すみません。恩に、着ます。すぐに、ここを出ますから……」
這い出そうとするエリオットの肩を、ヴィクトールの大きな手が容易く押さえつけた。
「どこへ行く。帰る場所など、もうお前にはないだろう?」
「それは……」
言葉が詰まる。王宮も、実家も、すべてを奪われた。自分はもう、路頭に迷うだけの無能な元騎士だ。
視界を伏せるエリオットの顎を、ヴィクトールが長い指先でくい、と持ち上げた。
「お前を捨てた連中のことなど忘れるがいい。これからは、私の所有物としてここで生きろ」
「所有物……?」
「そうだ。お前はただ、私に与えられるものを享受し、私の側で息をしていればいい。それ以外のことは、何も考える必要はない」
ヴィクトールは、サイドテーブルに置かれていた銀のカップを手に取った。
中には温かいミルクに蜂蜜を溶かしたような、甘い香りの飲み物が入っている。
「さあ、飲め。冷え切った身体に、滋養が必要だ」
差し出されたカップ。エリオットは戸惑いながらも、その手を受け取ろうとした。
しかし、ヴィクトールはカップを渡そうとはせず、自らエリオットの唇に縁を押し当てた。
「……っ、自分、で飲めます……」
「黙って飲め。……それとも、口移しの方が好みか?」
ヴィクトールの瞳の奥に、冗談とは思えないほど濃密な色が宿る。
エリオットは震えながら、促されるままに温かい液体を口にした。
喉を滑り落ちる甘美な熱。それと同時に、ヴィクトールの指先がエリオットの耳たぶを愛おしげに撫でた。
「いい子だ。……お前は、私が思っていた通りに美しいな。エリオット」
自分の名を呼ばれた瞬間、エリオットの胸の奥がひどく疼いた。
国を救っても、誰も自分にこんな愛おしそうな視線を向けたことはなかった。
王女も、家族も、自分という「機能」を見ていただけだった。
だが、この男の視線は違う。
まるで、エリオットという存在そのものを、魂ごと飲み込もうとするような、深く、暗い執着。
「どうして……。僕にはもう、何もありません。魔力も、地位も……あなたに差し上げられるものなんて……」
「何もいらん。……いや、一つだけあるな」
ヴィクトールが顔を近づける。
鼻先が触れ合うほどの距離。吐息が混じり合い、エリオットは逃げ場を失う。
「お前の、絶望したその顔だ。……私だけが、それを癒してやる。私なしでは生きていけぬよう、芯まで甘やかしてやろう」
ヴィクトールの唇が、エリオットの額に、慈しむような、けれど呪いのような口づけを落とした。
それが、エリオットにとっての新たな、そして甘すぎる地獄の始まりだった。
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