SSSランクの元傭兵ですが、国一番の美形王子に「初恋なんです」と詰め寄られて正直めちゃくちゃ邪魔です

たら昆布

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13話

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 嵐の去った翌朝。割れた窓から差し込む陽光は、惨状を晒す室内を容赦なく照らし出していた。
 床に散らばる硝子の破片と、無残に倒れた家具。そして、最強の元傭兵であるガンツの腕の中に収まり、幸せそうに鼻提灯を膨らませている王子の姿。ガンツは重い瞼を持ち上げ、自分の胸板を枕代わりにしている金色の短髪を見下ろした。昨夜、蠍の夢を見るのが怖いと泣きつかれ、根負けして同じ寝台に入れた結果がこれだ。
「――おい、ルカ。いつまで寝てやがる。太陽はとうに昇ってるぞ」
 地響きのような低い声が、静かな寝室に響く。
 ルカは、んぅ、と可愛らしい声を漏らし、さらに深くガンツの懐へと潜り込んできた。鼻の頭をガンツの胸に擦り付け、金糸のような髪が肌を擽る。
「あと五分です、お母様。ジャムが、ジャムが爆発しちゃう」
「誰がお母様だ。あとジャムを爆発させるな。縁起でもねえ」
 ガンツは溜息を吐きながら、ルカの脇腹を軽く突いた。
 ようやく意識が戻ったのか、ルカはぱちりと青い瞳を開けた。至近距離にあるガンツの古傷だらけの顔を見て、一瞬だけ硬直する。その後、爆発したかのように顔を真っ赤に染め、跳ねるように飛び起きた。
「お、お、おはようございますガンツ様!僕、またしても失態を!伝説の傭兵様の腕を痺れさせてしまうなんて、死んでお詫びを!」
「いいから落ち着け。痺れちゃいねえよ。それより、さっさと準備しろ。片付けが山積みだ」
 ガンツは寝台から降り、岩のような背中をルカに向けた。
 その広い背中には、昨夜の乱闘でついた小さな擦り傷があった。ルカはそれを見逃さず、今にも泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「あぁ、ガンツ様!お背中に傷が!僕が守りきれなかったせいで!」
「ただの掠り傷だ、気にするな」
「気にします!僕が薬を塗ります。動かないでください!」
 ルカは必死な顔で薬箱を抱えてきた。ガンツは拒否しようとしたが、ルカの真剣な眼差しに押され、大人しく椅子に腰を下ろした。
 震える指先が、傷口にそっと触れる。ルカの呼吸が背中に当たり、ガンツは無意識に肩を竦めた。戦場で刃を向けられるより、この無防備な王子の指先の方が、よっぽど心臓に悪い。
「……ガンツ様。昨夜、僕を褒めてくれましたよね」
 薬を塗りながら、ルカが消え入りそうな声で呟いた。
「あ?あぁ、薪を投げた時のことか」
「はい。僕、本当はもっと格好良く、剣であなたを守りたかったんです。でも、いざとなったら足がすくんで、薪を投げるのが精一杯で。やっぱり僕は、あなたの隣に立つ資格なんてないんでしょうか」
 ルカの指先が、傷跡をなぞるように止まる。ガンツはしばらく沈黙を守っていたが、やがて鼻を鳴らして、背中越しに答えた。
「資格だの何だの、小難しいことは知らねえよ。だがな、ルカ。背中を預けるってのは、剣の腕が立つ奴にだけすることじゃねえんだ」
「え?」
「俺を助けようとして、あんたは震えながら前に出た。俺の視界が塞がった時、あんたがそこに立っていたから、俺は迷わずにザックスを仕留められたんだ。あれは、俺が初めて、戦場で他人を信頼した瞬間だった」
 嘘ではない。これまでのガンツにとって、仲間とはあくまで契約上のパートナーであり、最終的に自分を守れるのは自分だけだと思っていた。だが、昨夜、ルカの情けない絶叫を聞いた時、不思議と恐怖はなかった。このバカ王子が前にいるなら大丈夫だ、という、根拠のない確信があったのだ。
 ルカは言葉を失ったように、呆然とガンツの背中を見つめていた。
「信頼。僕が、ガンツ様に信頼されたんですか?」
「一度しか言わねえぞ。さっさと終わらせろ。腹が減った」
 ガンツは照れ隠しに声を荒らげたが、次の瞬間、背後から強烈な力で抱きしめられた。
「わぁぁぁん!ガンツ様ぁ!僕、一生あなたの背中に張り付いています!あなたを世界一幸せな隠居生活に導く盾になりますからぁ!」
「おい、傷に触るな!あと離せ、このバカ王子!」
 感極まったルカの号泣が、修繕前の室内に響き渡る。
 ようやくルカを引き剥がしたガンツは、壊れた窓を塞ぐために木材を運び出した。二人での共同作業は、相変わらず効率が悪い。ルカが釘を持てば指を叩き、板を持てば自分の足を挟む。そのたびにガンツの怒号が飛ぶが、ルカは、はい、特別騎士様!と嬉しそうに返事をして、泥まみれになりながらも付いてきた。
「――ガンツ様。僕、気づいたんです」
 夕暮れ時、ようやく窓の仮修繕が終わった頃、ルカが不意に言った。
「あ?何にだ」
「背中を預けるってことは、あなたが前を見ている時、僕が後ろの景色を守るってことですよね。僕、剣は苦手ですけど、あなたが安らげる景色を作るのは得意かもしれません」
 ルカは誇らしげに、少しだけ形の良くなった庭を指差した。そこには、昨夜の襲撃で踏み荒らされたはずの場所に、ルカが植え直した野花が揺れていた。ガンツはその光景を見て、自分の鋼のような心が、また少しだけ溶けていくのを感じた。
「ふん。景色を作る前に、まずは自分の足元を見て歩け」
「あだっ!いつの間にかバケツが!」
 案の定、ルカは躓き、水浸しになっていた。ガンツは溜息を吐きながら、濡れた王子を拾い上げ、タオルを頭から被せた。
 邪魔だ。本当に、この王子は俺の隠居計画をことごとく邪魔してくる。だが、その邪魔な気配が消えた後の静寂を想像すると、胸の奥に冷たい風が吹くような気がした。
 背中を預ける相手。それは、ただ背後を守るだけではない。自分の歩む道の先を、鮮やかに彩ってくれる存在なのかもしれない。
 ガンツはタオル越しにルカの頭を乱暴に撫で、温かいスープを作るために台所へと向かった。背後からは、濡れた仔犬のような足取りで付いてくる、愛おしくて堪らない邪魔者の気配が、しっかりと寄り添っていた。
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