SSSランクの元傭兵ですが、国一番の美形王子に「初恋なんです」と詰め寄られて正直めちゃくちゃ邪魔です

たら昆布

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12話

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 バズが残していった封筒の中身は、お世辞にも愉快なものではなかった。
 そこには、かつてガンツが壊滅させた「毒蠍の尾」の生き残りが、王宮内の反主流派貴族と手を組み、ガンツの居場所を突き止めたという情報が記されていた。
 夜の帳が下り、静まり返った家。
 ガンツは暖炉の火を見つめながら、膝の上で丸くなって眠るルカの頭を無意識に撫でていた。
「……ったく、嵐の予感しかねえな」
 低い呟きが室内に響く。ルカは夢の中でもガンツの服の裾をぎゅっと握りしめ、幸せそうに寝息を立てている。この無防備な寝顔を守るためなら、かつての仇敵が何百人来ようが蹴散らしてやる。そう決意した矢先のことだった。

 ――パキリ。
 
 庭の枯れ枝を踏み抜く音が、ガンツの鋭い聴覚に届いた。
 一人、二人、いや……十人以上だ。隠密のつもりだろうが、伝説のSSSランクの鼻を欺くには詰めが甘すぎる。
「ルカ、起きろ。来客だ。それも、俺の隠居生活を邪魔しにきた行儀の悪い連中だぞ」
 ガンツが声をかけると、ルカは「ひゃいっ!」と情けない声を上げて飛び起きた。
「ガ、ガンツ様!?もう朝ですか?僕、まだジャムを煮る夢を見ていたのに!」
「朝じゃねえ。……いいか、ルカ。あんたは床下に隠れてろ。俺が片付けるまで、絶対に出てくるんじゃねえぞ」
 ガンツは寝室の床下にある隠し空間を指し示した。だが、ルカは短髪を激しく振り乱し、青い瞳に強い意志を宿して首を横に振った。
「嫌です!僕だって、あなたの騎士としての務めを果たしたいんです!大切な人を一人で戦わせるなんて、王家の恥です!」
「あんたは戦えねえだろうが。いいから隠れろと言ってるんだ!」
 押し問答をしている暇はなかった。
 
 ドォン!という轟音と共に、今度は窓ガラスが砕け散った。
 闇に紛れて室内に飛び込んできたのは、黒装束を纏った男たちだ。その中心には、かつてガンツが右腕を斬り落とした「毒蠍」の副団長、ザックスが立っていた。
「見つけたぞ、血塗れのガンツ!引退して田舎で家庭菜園とは、随分と丸くなったものだな!」
 ザックスは義手の鉤爪をぎらつかせ、下卑た笑みを浮かべた。
「俺の趣味に口を出すな。それと、今はジャム作りで忙しいんだ。……ルカ、下がれ!」
 ガンツは愛用の短剣を抜き放ち、ルカを背後に庇いながら前へ出た。
 しかし、ルカは怯えるどころか、足元に落ちていた薪を両手で握りしめ、震える声で叫んだ。
「下がらないと言ったはずです!ガンツ様を傷つける者は、この僕が許しません!」
「ハッ、そのひょろいガキが王子か?笑わせるな!」
 ザックスの合図で、黒装束たちが一斉に襲いかかる。
 
 ガンツの動きは、かつての戦場そのままだった。
 巨体を揺らし、襲い来る刃を最小限の動きで回避する。短剣が閃くたび、黒装束たちは悲鳴を上げる暇もなく床に転がっていった。だが、ルカを守りながらの戦いは、SSSランクの彼にとっても容易ではない。
「食らえ!」
 ルカが突然、目の前の敵に向かって薪を振り下ろした。
 案の定、重心を崩して盛大に顔面から床にダイブしたが、薪が偶然にも敵の急所に直撃した。
「ぐはぁっ!?」
 敵の傭兵が悶絶しながら倒れ込む。
「……あんた、狙ってやったのか?」
「い、いえ、滑っただけです!でも、倒せれば結果オーライです!」
 ルカは鼻の頭を真っ赤にしながら立ち上がり、再び薪を構えた。そのヘタレ全開でありながら、必死に自分を守ろうとする姿に、ガンツの胸の奥が熱くなる。
 
 ザックスが苛立たしげに鉤爪を振り上げた。
「役立たず共が!死ね、ガンツ!」
 鋭い一撃がガンツの胸元を狙う。ガンツはそれを短剣で受け止めたが、ザックスの義手から仕込まれた粉末が散布された。
「ッ、目潰しか!」
「ガンツ様!」
 視界が白く濁り、ガンツの動きが止まる。その隙を見逃さず、ザックスの鉤爪が再び襲いかかる。
 万事休す。そう思った瞬間、ガンツの前に小さな影が飛び込んできた。
 
 ルカが、ガンツの前に立ち、持っていた薪を力任せに投げつけたのだ。
「ガンツ様に、触るなー!」
 ルカの渾身の投擲は、ザックスの顔面を真っ直ぐに直撃した。
「ぶへっ!?」
 鼻を砕く鈍い音が響き、ザックスは情けない声を上げてひっくり返った。
 視界が回復したガンツは、即座に踏み込み、ザックスの首元に短剣を突きつけた。
「……終わりだ。これ以上、俺の隠居を邪魔するなら、今度は腕一本じゃ済まねえぞ」
 ガンツの放つ圧倒的な殺気に、生き残っていた傭兵たちは一目散に逃げ出した。ザックスも鼻を押さえながら、恨めしげな視線を残して闇の中へと消えていった。

 静寂が戻った室内。
 砕けた窓から吹き込む風が、高ぶった熱を冷ましていく。
「……ルカ、無事か。怪我はねえな」
 ガンツが短剣を収め、背後のルカを振り返った。
 ルカは薪を投げた姿勢のまま固まっていたが、ガンツの声を聞いた瞬間に、決壊したダムのように涙を溢れさせた。
「うわぁぁぁん!怖かったです!ガンツ様が斬られるかと思って、僕、死ぬかと思いましたぁぁ!」
 ルカは全力でガンツの腰に抱きつき、その逞しい胸板に顔を埋めて泣きじゃくった。
「……ったく、さっきの勇気はどこへ行ったんだよ。あんたのおかげで助かった。ありがとな」
「ぐすっ、ひっ……。本当、ですか?僕、役に立ちましたか?」
「ああ。あの投擲は、俺のどんな一撃よりもザックスに効いてたぜ」
 ガンツは不器用な手つきで、ルカの金色の短髪を優しく撫でた。
 ルカは涙でぐちゃぐちゃの顔を見上げ、嬉しそうに鼻を鳴らした。
「……へへ。じゃあ、今夜は一緒に寝てくれますか?一人だと、悪夢を見そうです」
「……今夜だけだぞ。まったく、邪魔な奴だ」
 ガンツは溜息を吐きながらも、ルカを抱き上げ、寝台へと運んだ。
 静かな夜の空気に、甘いジャムの香りと、二人の穏やかな鼓動が混ざり合っていく。
 ガンツは、自分を守ろうと必死だったあの細い背中を思い出し、古傷だらけの顔をわずかに綻ばせたのだった。
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