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15話
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十年前の真実を打ち明けた夜。
暖炉の火が静かに揺れる居間で、ルカはガンツの膝に顔を埋めたまま、しばらく動こうとしなかった。その背中から伝わってくる熱は、単なる体温以上の重みを持ってガンツの肌に染み込んでくる。
ガンツは、自分の大きな掌が、ルカの金色の髪をいまだに撫で続けていることに気づき、慌てて手を引っ込めた。
「……おい、いつまでそうしてやがる。夜も更けた、さっさと寝ろ」
わざとぶっきらぼうに突き放したが、ルカは顔を上げると、潤んだ青い瞳でガンツをじっと見つめてきた。その目には、いつものヘタレた様子はなく、獲物を狙う猟犬のような――あるいは、愛を乞う一途な獣のような、奇妙な鋭さが宿っていた。
「ガンツ様。さっきの、抱き上げてほしいっていうのは、冗談じゃありません。僕は、あなたにとっての『ただの守るべき子供』を、もう卒業したいんです」
「……何を変なことを言ってやがる。あんたは今でも十分、手のかかる子供だろうが」
「違います。僕は、男として、あなたを愛したいと言っているんです」
ルカの声が、鼓膜を直接揺らすように低く響いた。
ガンツは心臓が跳ね上がるのを感じた。SSSランクの傭兵として、死線は何度も越えてきた。心臓の鼓動が早くなるのは、常に命のやり取りをしている時だけだったはずだ。なのに、目の前の細い肩をした王子の言葉一つで、呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
「……バカを言うな。俺はあんたよりずっと年上で、しかもこんな古傷だらけの男だ。第一、あんたは将来、綺麗な嫁でももらって……」
「嫌です!僕が欲しいのは、刺繍が趣味で、不器用で、世界一優しいジャムを作ってくれる、あなただけなんです!」
ルカは叫びながら、ガンツの太い首筋に両腕を回した。そのまま、全体重を預けるようにして押し倒してくる。
ドォン、という鈍い音と共に、ガンツは床に敷かれた厚手の絨毯の上に仰向けになった。背中には絨毯の感触、そして胸の上には、熱を持った王子の体温。
「お、おい!離せ、このバカ王子!」
「離しません!返事をもらえるまで、絶対に、梃子でも動きません!」
ルカは顔を赤くしながらも、必死にガンツを押さえつけようとした。もっとも、ガンツが本気を出せば、指一本で弾き飛ばせる程度の力だ。だが、ガンツの手は、ルカの華奢な肩を突き飛ばすことができなかった。
至近距離で、二人の呼吸が混ざり合う。
ルカの頬には、先ほどまで流していた涙の跡が白く残り、金色の髪がガンツの頬を擽る。
「……ガンツ様。僕は、ヘタレで、何もできなくて、いつもあなたに怒られてばかりです。でも、あなたへの愛だけは、あなたの伝説的な戦歴にも負けないくらい積み上げてきたつもりです」
ルカの指先が、おずおずとガンツの右目の傷に触れた。
「この傷も、あなたが人を守り抜いてきた誇りなら、僕が一生をかけて愛でたい。……僕を、ただの王子ではなく、あなたの隣に立つ一人の男として、見てはくれませんか?」
ガンツは天を仰いだ。
目の前に広がる天井の梁さえも、熱気で歪んで見える。
こいつは、どこまで自分を追い詰めるつもりなのか。戦場では決して見せなかった「隙」を、この王子は笑いながら、泣きながら、土足で踏み越えてくる。
「……あんた、後悔するぞ。俺は一度掴んだ獲物は、死んでも離さねえ性質だ」
ガンツの低い、獣のような声に、ルカは一瞬だけ目を見開いた。
直後、彼は満面の笑みを浮かべ、ガンツの胸に顔を擦り寄せた。
「望むところです!むしろ鎖で繋いで、一生この一軒家から出られないようにしてください!」
「……本物のバカだな、あんたは」
ガンツは溜息を吐き、ようやくルカの背中に大きな手を回した。
ぎゅっと、その細い身体を壊さない程度の、けれど確かな力で抱きしめる。
認めざるを得なかった。自分の胸の奥で、カチリと音を立てて何かが嵌まった感覚を。
それは、失ったはずの感情を取り戻した瞬間であり、SSSランクの元傭兵が、名もなき王子の愛に完全に敗北した瞬間でもあった。
「……わかってんだろ。もうあんたを逃がしてやるつもりはねえからな」
「はい!喜んで受け入れます!」
ルカは嬉しそうに叫ぶと、ガンツの頬に何度も顔を寄せ、その逞しい身体を堪能し始めた。
「おい、調子に乗るな!重いんだよ!」
「えへへ、幸せの重みだと思って我慢してください。ガンツ様、大好きです!あぁ、今の言葉、一万回くらい言ってもいいですか?」
「一回で十分だ。……ほら、火を消すぞ。床で寝るつもりか」
ガンツは顔を真っ赤にしながらルカを引き剥がし、不器用に立ち上がった。
静かに暮らしたいという願いは、今夜、完全に死んだ。
代わりに、騒がしくて、熱くて、どうしようもなく甘い「二人」の未来が、この小さな家の中に根を下ろしたのだ。
暖炉の残り火がパチリとはぜ、二人の絡み合った影を壁に長く映し出していた。
翌朝、ルカが「ガンツ様との添い遂げるための予算案」を書き始めたのは、この熱い一夜のテンションを引きずったままの暴走であったことを、ガンツはまだ知る由もなかった。
暖炉の火が静かに揺れる居間で、ルカはガンツの膝に顔を埋めたまま、しばらく動こうとしなかった。その背中から伝わってくる熱は、単なる体温以上の重みを持ってガンツの肌に染み込んでくる。
ガンツは、自分の大きな掌が、ルカの金色の髪をいまだに撫で続けていることに気づき、慌てて手を引っ込めた。
「……おい、いつまでそうしてやがる。夜も更けた、さっさと寝ろ」
わざとぶっきらぼうに突き放したが、ルカは顔を上げると、潤んだ青い瞳でガンツをじっと見つめてきた。その目には、いつものヘタレた様子はなく、獲物を狙う猟犬のような――あるいは、愛を乞う一途な獣のような、奇妙な鋭さが宿っていた。
「ガンツ様。さっきの、抱き上げてほしいっていうのは、冗談じゃありません。僕は、あなたにとっての『ただの守るべき子供』を、もう卒業したいんです」
「……何を変なことを言ってやがる。あんたは今でも十分、手のかかる子供だろうが」
「違います。僕は、男として、あなたを愛したいと言っているんです」
ルカの声が、鼓膜を直接揺らすように低く響いた。
ガンツは心臓が跳ね上がるのを感じた。SSSランクの傭兵として、死線は何度も越えてきた。心臓の鼓動が早くなるのは、常に命のやり取りをしている時だけだったはずだ。なのに、目の前の細い肩をした王子の言葉一つで、呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
「……バカを言うな。俺はあんたよりずっと年上で、しかもこんな古傷だらけの男だ。第一、あんたは将来、綺麗な嫁でももらって……」
「嫌です!僕が欲しいのは、刺繍が趣味で、不器用で、世界一優しいジャムを作ってくれる、あなただけなんです!」
ルカは叫びながら、ガンツの太い首筋に両腕を回した。そのまま、全体重を預けるようにして押し倒してくる。
ドォン、という鈍い音と共に、ガンツは床に敷かれた厚手の絨毯の上に仰向けになった。背中には絨毯の感触、そして胸の上には、熱を持った王子の体温。
「お、おい!離せ、このバカ王子!」
「離しません!返事をもらえるまで、絶対に、梃子でも動きません!」
ルカは顔を赤くしながらも、必死にガンツを押さえつけようとした。もっとも、ガンツが本気を出せば、指一本で弾き飛ばせる程度の力だ。だが、ガンツの手は、ルカの華奢な肩を突き飛ばすことができなかった。
至近距離で、二人の呼吸が混ざり合う。
ルカの頬には、先ほどまで流していた涙の跡が白く残り、金色の髪がガンツの頬を擽る。
「……ガンツ様。僕は、ヘタレで、何もできなくて、いつもあなたに怒られてばかりです。でも、あなたへの愛だけは、あなたの伝説的な戦歴にも負けないくらい積み上げてきたつもりです」
ルカの指先が、おずおずとガンツの右目の傷に触れた。
「この傷も、あなたが人を守り抜いてきた誇りなら、僕が一生をかけて愛でたい。……僕を、ただの王子ではなく、あなたの隣に立つ一人の男として、見てはくれませんか?」
ガンツは天を仰いだ。
目の前に広がる天井の梁さえも、熱気で歪んで見える。
こいつは、どこまで自分を追い詰めるつもりなのか。戦場では決して見せなかった「隙」を、この王子は笑いながら、泣きながら、土足で踏み越えてくる。
「……あんた、後悔するぞ。俺は一度掴んだ獲物は、死んでも離さねえ性質だ」
ガンツの低い、獣のような声に、ルカは一瞬だけ目を見開いた。
直後、彼は満面の笑みを浮かべ、ガンツの胸に顔を擦り寄せた。
「望むところです!むしろ鎖で繋いで、一生この一軒家から出られないようにしてください!」
「……本物のバカだな、あんたは」
ガンツは溜息を吐き、ようやくルカの背中に大きな手を回した。
ぎゅっと、その細い身体を壊さない程度の、けれど確かな力で抱きしめる。
認めざるを得なかった。自分の胸の奥で、カチリと音を立てて何かが嵌まった感覚を。
それは、失ったはずの感情を取り戻した瞬間であり、SSSランクの元傭兵が、名もなき王子の愛に完全に敗北した瞬間でもあった。
「……わかってんだろ。もうあんたを逃がしてやるつもりはねえからな」
「はい!喜んで受け入れます!」
ルカは嬉しそうに叫ぶと、ガンツの頬に何度も顔を寄せ、その逞しい身体を堪能し始めた。
「おい、調子に乗るな!重いんだよ!」
「えへへ、幸せの重みだと思って我慢してください。ガンツ様、大好きです!あぁ、今の言葉、一万回くらい言ってもいいですか?」
「一回で十分だ。……ほら、火を消すぞ。床で寝るつもりか」
ガンツは顔を真っ赤にしながらルカを引き剥がし、不器用に立ち上がった。
静かに暮らしたいという願いは、今夜、完全に死んだ。
代わりに、騒がしくて、熱くて、どうしようもなく甘い「二人」の未来が、この小さな家の中に根を下ろしたのだ。
暖炉の残り火がパチリとはぜ、二人の絡み合った影を壁に長く映し出していた。
翌朝、ルカが「ガンツ様との添い遂げるための予算案」を書き始めたのは、この熱い一夜のテンションを引きずったままの暴走であったことを、ガンツはまだ知る由もなかった。
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