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4話
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「……失敗した」
王都の入り口。高くそびえ立つ城門を見上げて、僕は盛大なため息をついた。
昨日の約束通り、僕は数日ぶりに人里――それもこの国の中心地にやってきた。
腕の中には、これまた約束通り(?)ココが収まっている。
「いいですか、ゼノさん。今日は『顔を出す』だけですからね。一時間したら帰りますよ」
「もちろんです、リト殿! 貴殿の貴重な時間をいただけるだけで、私は幸せの絶頂……ああ、その前に、少しだけ立ち寄りたい場所があるのですが」
ゼノは朝露に濡れた花のような爽やかな笑顔で、僕を誘導した。
着いた場所は、豪華な石造りの建物。
看板には『王立魔導師団・本部』と書かれている。
「……ゼノさん? 僕、ここ一番来ちゃいけない場所だと思うんだけど」
「ご安心を。私の同僚に、貴殿を紹介したいだけです。リト殿の美しさと強さを知らしめ……いえ、共有したいのです」
「嫌な予感しかしない」
引き返そうとした僕の背中を、ゼノが「さあさあ」と優しく(逃げられない力加減で)押して中へ入れる。
大理石のロビーを抜けた先、最奥の執務室。
そこにいたのは、クマのひどい眼鏡をかけた、いかにも「中間管理職」というオーラを纏った男だった。
「ゼノ……。公務を放り出してどこへ行っていたかと思えば、そんな可愛い男の子を連れ込んで……。今度は誘拐か?」
「失礼な。私の運命の人だ。エディ、言葉に気をつけろ。リト殿が不快な思いをされたら、お前の喉元を掻き斬らねばならなくなる」
「挨拶が物騒すぎるんだよ! ……で、そのリト君が、例の『魔狼の群れを消し飛ばした賢者』か?」
エディと呼ばれた男――魔導師団長が、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
しまった。ゼノのやつ、吹聴してやがったな。
「……あれは事故です。ベリーを潰されてカッとなっただけで」
「あのね、リト君。その『事故』で、この国が十年かけても倒せなかった魔物の生息域が更地になったんだよ。君、自分がどれだけとんでもないことしたか分かってる?」
エディはデスクに積み上げられた書類を叩いた。
「今、我が魔導師団は人手不足でね。特に、高密度の魔法構築ができる人材が喉から手が出るほど欲しい。……どうだい、ここで働かないか? 爵位も金も思いのままだ」
キタ。前世で聞き飽きたスカウトの文句。
僕は食い気味に、そして断固として拒絶した。
「嫌です。働きません。僕はココと昼寝する予定で忙しいんです」
「……ココ?」
「この、もふもふです」
僕がココを差し出すと、エディの目が点になった。
一方、ゼノは僕の隣で「私のリト殿を勧誘するなど万死に値するが、リト殿が王都にいてくれるなら私の監視……護衛が楽になるな」とブツブツ不穏な独り言を漏らしている。
「……分かった。なら、こういうのはどうだ?」
エディが悪魔のような微笑みを浮かべた。
「完全予約制の『嘱託魔導師』。出勤は週に三日。仕事は、どうしても他の連中じゃ解けない難解な術式の解体だけ。そして――」
エディは一呼吸置いて、僕に一番刺さる言葉を投げた。
「朝九時出勤、午後五時ちょうどの『定時退社』を保証しよう。残業は一分たりともさせない。ゼノがそれを許さないだろうしね」
「……定時退社」
その響きに、僕の心が激しく揺れた。
前世では一度も叶わなかった、幻の聖域。
「プラスして、王宮の図書室にある『もふもふ魔獣図鑑・極秘版』の閲覧権もつけよう」
「……っ。やります。その条件なら、やります」
僕は、あっさりと釣られた。
社畜の習性とは悲しいものである。「条件が良い」と言われると、ついハンコを押したくなってしまう。
「決まりだ! では、今日からよろしく、リト君」
「……リト殿。定時で帰るということは、五時一分からは、私の自由時間ということでよろしいですね?」
ゼノが僕の肩を抱き寄せ、耳元で低く囁いた。
その目は、仕事が終わった後の獲物を狙う猛獣のそれだった。
「ちょ、五時以降は僕のプライベートですよ!」
「ええ。私のプライベートでもあります。……ふふ、楽しみですね。二人きりの『残業(アフターファイブ)』」
「不吉な言葉を使わないで!!」
こうして僕は、異世界に来てまで「職」に就くことになってしまった。
定時退社という甘い毒に誘われて。
そして、その定時のチャイムは、ゼノという名のストーカーから逃げ回る「鬼ごっこ開始」の合図でもあることに、僕はまだ気づいていなかった。
「キャン!(バカだねぇ、ご主人様)」
腕の中のココだけが、憐れみの目で僕を見上げていた。
王都の入り口。高くそびえ立つ城門を見上げて、僕は盛大なため息をついた。
昨日の約束通り、僕は数日ぶりに人里――それもこの国の中心地にやってきた。
腕の中には、これまた約束通り(?)ココが収まっている。
「いいですか、ゼノさん。今日は『顔を出す』だけですからね。一時間したら帰りますよ」
「もちろんです、リト殿! 貴殿の貴重な時間をいただけるだけで、私は幸せの絶頂……ああ、その前に、少しだけ立ち寄りたい場所があるのですが」
ゼノは朝露に濡れた花のような爽やかな笑顔で、僕を誘導した。
着いた場所は、豪華な石造りの建物。
看板には『王立魔導師団・本部』と書かれている。
「……ゼノさん? 僕、ここ一番来ちゃいけない場所だと思うんだけど」
「ご安心を。私の同僚に、貴殿を紹介したいだけです。リト殿の美しさと強さを知らしめ……いえ、共有したいのです」
「嫌な予感しかしない」
引き返そうとした僕の背中を、ゼノが「さあさあ」と優しく(逃げられない力加減で)押して中へ入れる。
大理石のロビーを抜けた先、最奥の執務室。
そこにいたのは、クマのひどい眼鏡をかけた、いかにも「中間管理職」というオーラを纏った男だった。
「ゼノ……。公務を放り出してどこへ行っていたかと思えば、そんな可愛い男の子を連れ込んで……。今度は誘拐か?」
「失礼な。私の運命の人だ。エディ、言葉に気をつけろ。リト殿が不快な思いをされたら、お前の喉元を掻き斬らねばならなくなる」
「挨拶が物騒すぎるんだよ! ……で、そのリト君が、例の『魔狼の群れを消し飛ばした賢者』か?」
エディと呼ばれた男――魔導師団長が、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
しまった。ゼノのやつ、吹聴してやがったな。
「……あれは事故です。ベリーを潰されてカッとなっただけで」
「あのね、リト君。その『事故』で、この国が十年かけても倒せなかった魔物の生息域が更地になったんだよ。君、自分がどれだけとんでもないことしたか分かってる?」
エディはデスクに積み上げられた書類を叩いた。
「今、我が魔導師団は人手不足でね。特に、高密度の魔法構築ができる人材が喉から手が出るほど欲しい。……どうだい、ここで働かないか? 爵位も金も思いのままだ」
キタ。前世で聞き飽きたスカウトの文句。
僕は食い気味に、そして断固として拒絶した。
「嫌です。働きません。僕はココと昼寝する予定で忙しいんです」
「……ココ?」
「この、もふもふです」
僕がココを差し出すと、エディの目が点になった。
一方、ゼノは僕の隣で「私のリト殿を勧誘するなど万死に値するが、リト殿が王都にいてくれるなら私の監視……護衛が楽になるな」とブツブツ不穏な独り言を漏らしている。
「……分かった。なら、こういうのはどうだ?」
エディが悪魔のような微笑みを浮かべた。
「完全予約制の『嘱託魔導師』。出勤は週に三日。仕事は、どうしても他の連中じゃ解けない難解な術式の解体だけ。そして――」
エディは一呼吸置いて、僕に一番刺さる言葉を投げた。
「朝九時出勤、午後五時ちょうどの『定時退社』を保証しよう。残業は一分たりともさせない。ゼノがそれを許さないだろうしね」
「……定時退社」
その響きに、僕の心が激しく揺れた。
前世では一度も叶わなかった、幻の聖域。
「プラスして、王宮の図書室にある『もふもふ魔獣図鑑・極秘版』の閲覧権もつけよう」
「……っ。やります。その条件なら、やります」
僕は、あっさりと釣られた。
社畜の習性とは悲しいものである。「条件が良い」と言われると、ついハンコを押したくなってしまう。
「決まりだ! では、今日からよろしく、リト君」
「……リト殿。定時で帰るということは、五時一分からは、私の自由時間ということでよろしいですね?」
ゼノが僕の肩を抱き寄せ、耳元で低く囁いた。
その目は、仕事が終わった後の獲物を狙う猛獣のそれだった。
「ちょ、五時以降は僕のプライベートですよ!」
「ええ。私のプライベートでもあります。……ふふ、楽しみですね。二人きりの『残業(アフターファイブ)』」
「不吉な言葉を使わないで!!」
こうして僕は、異世界に来てまで「職」に就くことになってしまった。
定時退社という甘い毒に誘われて。
そして、その定時のチャイムは、ゼノという名のストーカーから逃げ回る「鬼ごっこ開始」の合図でもあることに、僕はまだ気づいていなかった。
「キャン!(バカだねぇ、ご主人様)」
腕の中のココだけが、憐れみの目で僕を見上げていた。
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