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6話
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「リト殿。今一度、私の魂を込めて伝えます。貴殿を、心から愛しています。私の命も、この地位も、すべてを貴殿に捧げたい」
王都の美しい噴水広場。
任務帰りの夕暮れ時、ゼノはドラマのワンシーンのように僕の前に跪き、僕の手を取って真剣な眼差しを向けてきた。
通りかかる令嬢たちが「キャーッ!」と悲鳴を上げ、街中がザワついている。
だが、僕は至って冷静だった。
というか、最近の調査で確信していたことがある。
「……ゼノさん。その『愛してる』ってやつ、この国では『今日も一日お疲れ様』くらいの意味ですよね?」
「…………はい?」
ゼノの顔が、彫刻のように固まった。
「いや、だってゼノさん、毎日言ってるじゃないですか。前世でもあったんですよ。『アットホームな職場です』って言って、実際は地獄みたいな環境なこと。つまり、それって異世界特有の過剰な接客用語みたいなもんですよね」
「接客……? いえ、私は、本気で貴殿を伴侶として迎えたいと……」
「またまた。そんな国宝級のイケメンが、僕みたいな無職(今は嘱託だけど)に本気になるわけないでしょ。大丈夫です、その『異世界の丁寧な挨拶』、だいぶ慣れましたから」
僕はゼノの手を優しくポンポンと叩き、立ち上がらせた。
異世界人は情熱的だなあ。仕事仲間に「命を捧げる」なんて、前世の社畜精神もびっくりだ。
「さ、挨拶も済みましたし、五時を過ぎたので帰りますね。ココが家で待ってるんです」
「待って、待ってくださいリト殿! 挨拶ではありません! 私は今、求愛を――」
「はいはい、お疲れ様でしたー」
背後でゼノが「嘘だろ……これほど伝わらないものか……」と絶望に打ちひしがれているが、僕は気にせず歩を進める。
歩きながら、僕は腕の中のココに話しかけた。
「ココ、聞いた? ゼノさん、今日も熱心に仕事の挨拶してたよ。聖騎士って大変だね」
「キャン……(ご主人様、天然もここまで来ると罪だよ……)」
ココの呆れたような視線を感じるが、僕は満足だった。
こうして「恋愛」という面倒なカテゴリーを「挨拶」に分類してしまえば、僕の平穏は守られる。
これぞ社畜時代に培った『精神防衛(スルー)スキル』だ。
翌日。
魔導師団に出勤した僕は、団長のエディに呼び出された。
「リト君……。昨日の噴水広場でのこと、聞いたよ」
エディはいつにも増して深い隈を叩きながら、同情に満ちた目で僕を見ていた。
「ゼノが、一晩中、訓練場で地面を殴り続けていたよ。『なぜ伝わらない』『私の魔力が足りないのか』『もっと物理的に囲い込むべきか』ってブツブツ言いながらね」
「熱心ですね、ゼノさん。自主練ですか?」
「……君、わざとやってるなら相当な策士だけど、天然ならゼノが不憫すぎて涙が出るよ」
エディが胃を押さえながら、一枚の書類を差し出してきた。
「まあいい。彼を落ち着かせるためにも、一つ仕事を頼みたい。王宮の宝物庫にある『呪われた魔導具』の鑑定だ。これ、ゼノと一緒にやってくれないか?」
「えー、二人きりですか?」
「頼むよ。君が一緒じゃないと、今のゼノは荒ぶって王宮を半壊させかねないんだ」
そんな迷惑な聖騎士がいるか。
僕は渋々承諾した。定時退社さえ守られるなら、多少の「挨拶」に付き合うくらいは我慢しよう。
宝物庫へ向かう道中、ゼノはいつになく無口だった。
いつもなら「リト殿の歩く姿が聖画のようだ」だの「そのまつ毛の角度が完璧だ」だのうるさいのだが、今日は妙に神妙な顔をしている。
「……リト殿」
「はい?」
「先ほど、エディから聞きました。貴殿は、私の愛を『挨拶』だと思っていると」
「ええ。ゼノさんの優しさですよね。仕事をしやすくするためのコミュニケーションというか」
ゼノが足を止めた。
暗い通路の中、彼のサファイア色の瞳が、怪しく、そして深く光る。
「……分かりました。言葉で伝わらないのであれば、方法は一つしかありません」
ゼノが僕の肩を掴み、そのまま冷たい壁に押し付けた。
いわゆる『壁ドン』というやつだ。
顔が、昨日よりもずっと近い。吐息が触れ合う距離で、彼は低く、掠れた声で囁いた。
「リト殿。私を、ただの『同僚』だと思わせないように……今から、挨拶以上のことをしてもよろしいですか?」
「……? ああ、もっと高度な、魔法騎士流の握手とかですか? いいですよ、勉強になります!」
「…………っ!!」
ゼノはガクリと項垂れ、壁に頭を打ち付けた。
一方の僕は、「さすが聖騎士、壁への衝撃も最小限だな」と感心しながら、彼の背中を優しく撫でてあげるのだった。
「大丈夫ですか? 疲れてるんですよ。さ、定時までに鑑定終わらせましょうね」
「リト殿……貴殿は、ある意味で最強だ……」
ゼノの敗北宣言のような呟きを聞き流しながら、僕は意気揚々と宝物庫の扉を開けた。
僕の異世界スローライフ(鋼のメンタル版)は、今日も絶好調である。
王都の美しい噴水広場。
任務帰りの夕暮れ時、ゼノはドラマのワンシーンのように僕の前に跪き、僕の手を取って真剣な眼差しを向けてきた。
通りかかる令嬢たちが「キャーッ!」と悲鳴を上げ、街中がザワついている。
だが、僕は至って冷静だった。
というか、最近の調査で確信していたことがある。
「……ゼノさん。その『愛してる』ってやつ、この国では『今日も一日お疲れ様』くらいの意味ですよね?」
「…………はい?」
ゼノの顔が、彫刻のように固まった。
「いや、だってゼノさん、毎日言ってるじゃないですか。前世でもあったんですよ。『アットホームな職場です』って言って、実際は地獄みたいな環境なこと。つまり、それって異世界特有の過剰な接客用語みたいなもんですよね」
「接客……? いえ、私は、本気で貴殿を伴侶として迎えたいと……」
「またまた。そんな国宝級のイケメンが、僕みたいな無職(今は嘱託だけど)に本気になるわけないでしょ。大丈夫です、その『異世界の丁寧な挨拶』、だいぶ慣れましたから」
僕はゼノの手を優しくポンポンと叩き、立ち上がらせた。
異世界人は情熱的だなあ。仕事仲間に「命を捧げる」なんて、前世の社畜精神もびっくりだ。
「さ、挨拶も済みましたし、五時を過ぎたので帰りますね。ココが家で待ってるんです」
「待って、待ってくださいリト殿! 挨拶ではありません! 私は今、求愛を――」
「はいはい、お疲れ様でしたー」
背後でゼノが「嘘だろ……これほど伝わらないものか……」と絶望に打ちひしがれているが、僕は気にせず歩を進める。
歩きながら、僕は腕の中のココに話しかけた。
「ココ、聞いた? ゼノさん、今日も熱心に仕事の挨拶してたよ。聖騎士って大変だね」
「キャン……(ご主人様、天然もここまで来ると罪だよ……)」
ココの呆れたような視線を感じるが、僕は満足だった。
こうして「恋愛」という面倒なカテゴリーを「挨拶」に分類してしまえば、僕の平穏は守られる。
これぞ社畜時代に培った『精神防衛(スルー)スキル』だ。
翌日。
魔導師団に出勤した僕は、団長のエディに呼び出された。
「リト君……。昨日の噴水広場でのこと、聞いたよ」
エディはいつにも増して深い隈を叩きながら、同情に満ちた目で僕を見ていた。
「ゼノが、一晩中、訓練場で地面を殴り続けていたよ。『なぜ伝わらない』『私の魔力が足りないのか』『もっと物理的に囲い込むべきか』ってブツブツ言いながらね」
「熱心ですね、ゼノさん。自主練ですか?」
「……君、わざとやってるなら相当な策士だけど、天然ならゼノが不憫すぎて涙が出るよ」
エディが胃を押さえながら、一枚の書類を差し出してきた。
「まあいい。彼を落ち着かせるためにも、一つ仕事を頼みたい。王宮の宝物庫にある『呪われた魔導具』の鑑定だ。これ、ゼノと一緒にやってくれないか?」
「えー、二人きりですか?」
「頼むよ。君が一緒じゃないと、今のゼノは荒ぶって王宮を半壊させかねないんだ」
そんな迷惑な聖騎士がいるか。
僕は渋々承諾した。定時退社さえ守られるなら、多少の「挨拶」に付き合うくらいは我慢しよう。
宝物庫へ向かう道中、ゼノはいつになく無口だった。
いつもなら「リト殿の歩く姿が聖画のようだ」だの「そのまつ毛の角度が完璧だ」だのうるさいのだが、今日は妙に神妙な顔をしている。
「……リト殿」
「はい?」
「先ほど、エディから聞きました。貴殿は、私の愛を『挨拶』だと思っていると」
「ええ。ゼノさんの優しさですよね。仕事をしやすくするためのコミュニケーションというか」
ゼノが足を止めた。
暗い通路の中、彼のサファイア色の瞳が、怪しく、そして深く光る。
「……分かりました。言葉で伝わらないのであれば、方法は一つしかありません」
ゼノが僕の肩を掴み、そのまま冷たい壁に押し付けた。
いわゆる『壁ドン』というやつだ。
顔が、昨日よりもずっと近い。吐息が触れ合う距離で、彼は低く、掠れた声で囁いた。
「リト殿。私を、ただの『同僚』だと思わせないように……今から、挨拶以上のことをしてもよろしいですか?」
「……? ああ、もっと高度な、魔法騎士流の握手とかですか? いいですよ、勉強になります!」
「…………っ!!」
ゼノはガクリと項垂れ、壁に頭を打ち付けた。
一方の僕は、「さすが聖騎士、壁への衝撃も最小限だな」と感心しながら、彼の背中を優しく撫でてあげるのだった。
「大丈夫ですか? 疲れてるんですよ。さ、定時までに鑑定終わらせましょうね」
「リト殿……貴殿は、ある意味で最強だ……」
ゼノの敗北宣言のような呟きを聞き流しながら、僕は意気揚々と宝物庫の扉を開けた。
僕の異世界スローライフ(鋼のメンタル版)は、今日も絶好調である。
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