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12話
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「リト殿。今夜、王都で最も予約が取れないと言われる最高級レストラン『エトワール』の席を確保しました。……私と、二人きりで行っていただけませんか?」
執務室の窓際で、夕日に照らされたゼノが映画のワンシーンのように誘ってきた。
普段のストーカー気味な彼とは違う、真剣な「男」の顔。
普通の受(うけ)ならここで赤面するところだが、元社畜の僕が反応したのはそこではなかった。
「『エトワール』って、あの……一食で僕の月収が飛ぶっていう、伝説のフルコースの店ですか?」
「ええ。最高の食材と、最高の夜景を用意させました。リト殿にふさわしい場所です」
「……奢りですか?」
「もちろんです。私の全財産を注ぎ込んでも構いません」
「行きます。今すぐ行きましょう」
僕は即答した。
愛だの恋だのはどうでもいい。
「高級な飯をタダで食える」――これ以上の幸福がこの世にあるだろうか。
僕は浮足立つゼノを急かし、定時と同時にレストランへと向かった。
会場は、王都を一望できる時計塔の最上階。
魔法で浮遊するキャンドルが幻想的な光を放ち、周囲には正装した貴族たちしかいない。
僕は一応、ゼノが用意してくれた最高級のシルクのシャツを着てきたが、隣に立つゼノの正装姿があまりに眩しくて、もはや自分が「連れ歩かれているペット」のような気分になる。
「リト殿。今夜の貴殿は、どこの国の王子よりも美しい。……ああ、視線が痛い。皆が貴殿を狙っているようで、今すぐこの店を買い占めて貸し切りにしなかった自分を呪いたい」
「被害妄想が激しいですよ。みんなゼノさんの顔を見てるだけです。それより、メニュー……うわ、何これ、全部漢字(に相当する難しい文字)で読めない」
「私が説明しましょう。まずは『黄金鳥のフォアグラ・トリュフ添え』から……」
料理が運ばれてくるたび、ゼノはうっとりとした表情で語りかけてくる。
「リト殿。こうして二人で食事をしていると、まるで結婚披露宴の予行演習のようですね。……あーん、してみませんか?」
「いえ、フォーク持てるんで大丈夫です。……もぐもふ。……っ! なにこれ、美味すぎて魔力が回復する……!」
「それは良かった。貴殿のその、美味しそうに頬張るリスのような口元……。ああ、愛おしい。一生、私の隣でこうして食べていてほしい。私の愛も、このソースのように濃厚だと気づいていただけますか?」
「このソース、確かに濃厚ですね。あ、パンのおかわりお願いします」
「スルー力が神の領域だ……!」
ゼノがテーブルに突っ伏して震えているが、僕は気にしない。
メインディッシュの『幻の牛のステーキ』が運ばれてきた頃には、僕は完全に食事に夢中になっていた。
ゼノは意を決したように、ワイングラスを置いて僕の手をそっと握った。
「……リト殿。私は、本気なんです。貴殿が『挨拶』だと思っている私の言葉は、すべて私の魂の叫びです。いつか、私の心を受け入れてくれますか?」
夜景、キャンドル、最高の料理、そして国宝級イケメンの真剣な告白。
少女漫画なら、ここでキスをしてエンディングが流れる場面だ。
しかし、僕はナイフとフォークを置くと、真顔でこう返した。
「ゼノさん。……分かってますよ。これ、接待ですよね?」
「…………はい?」
「僕を魔導師団に留めておくための、国を挙げた手厚い接待。……分かってます。こんなに美味しいものを食べさせてもらって、断るなんて無粋なことはしません。明日からも、定時まではちゃんと働きますから」
「違ぁぁぁぁぁう!! 接待でこんなに私情を挟む男がどこにいますか!! 私はただ、貴殿に愛されたいだけだ!!」
ゼノの絶叫が高級レストランに響き渡り、周囲の貴族たちが一斉にこちらを見た。
僕は慌ててゼノの口に、カットしたステーキを放り込んだ。
「ほら、落ち着いてください! お肉冷めますよ! 接待(デート)中に大声出すのはマナー違反です!」
「はふっ、はぐっ……。……美味い。リト殿に食べさせてもらった肉、世界で一番美味い……。もう接待でもいい……いや、良くない!!」
結局、ゼノが泣きながら肉を噛みしめる横で、僕はデザートのパフェまで完食し、大満足でレストランを後にした。
「ごちそうさまでした、ゼノさん。また『接待』があったら呼んでくださいね」
「……次は、私の家で、私自身をフルコースとして用意しておきます……」
「え? ゼノさん、料理できるんですか? 楽しみにしてますね」
「その『料理』の意味を教えてやりたい……っ!」
夕闇の中、ふらふらと項垂れて歩くゼノと、お腹いっぱいで上機嫌な僕。
二人の距離は、縮まっているようでいて、天文学的なレベルでズレたままなのだった。
執務室の窓際で、夕日に照らされたゼノが映画のワンシーンのように誘ってきた。
普段のストーカー気味な彼とは違う、真剣な「男」の顔。
普通の受(うけ)ならここで赤面するところだが、元社畜の僕が反応したのはそこではなかった。
「『エトワール』って、あの……一食で僕の月収が飛ぶっていう、伝説のフルコースの店ですか?」
「ええ。最高の食材と、最高の夜景を用意させました。リト殿にふさわしい場所です」
「……奢りですか?」
「もちろんです。私の全財産を注ぎ込んでも構いません」
「行きます。今すぐ行きましょう」
僕は即答した。
愛だの恋だのはどうでもいい。
「高級な飯をタダで食える」――これ以上の幸福がこの世にあるだろうか。
僕は浮足立つゼノを急かし、定時と同時にレストランへと向かった。
会場は、王都を一望できる時計塔の最上階。
魔法で浮遊するキャンドルが幻想的な光を放ち、周囲には正装した貴族たちしかいない。
僕は一応、ゼノが用意してくれた最高級のシルクのシャツを着てきたが、隣に立つゼノの正装姿があまりに眩しくて、もはや自分が「連れ歩かれているペット」のような気分になる。
「リト殿。今夜の貴殿は、どこの国の王子よりも美しい。……ああ、視線が痛い。皆が貴殿を狙っているようで、今すぐこの店を買い占めて貸し切りにしなかった自分を呪いたい」
「被害妄想が激しいですよ。みんなゼノさんの顔を見てるだけです。それより、メニュー……うわ、何これ、全部漢字(に相当する難しい文字)で読めない」
「私が説明しましょう。まずは『黄金鳥のフォアグラ・トリュフ添え』から……」
料理が運ばれてくるたび、ゼノはうっとりとした表情で語りかけてくる。
「リト殿。こうして二人で食事をしていると、まるで結婚披露宴の予行演習のようですね。……あーん、してみませんか?」
「いえ、フォーク持てるんで大丈夫です。……もぐもふ。……っ! なにこれ、美味すぎて魔力が回復する……!」
「それは良かった。貴殿のその、美味しそうに頬張るリスのような口元……。ああ、愛おしい。一生、私の隣でこうして食べていてほしい。私の愛も、このソースのように濃厚だと気づいていただけますか?」
「このソース、確かに濃厚ですね。あ、パンのおかわりお願いします」
「スルー力が神の領域だ……!」
ゼノがテーブルに突っ伏して震えているが、僕は気にしない。
メインディッシュの『幻の牛のステーキ』が運ばれてきた頃には、僕は完全に食事に夢中になっていた。
ゼノは意を決したように、ワイングラスを置いて僕の手をそっと握った。
「……リト殿。私は、本気なんです。貴殿が『挨拶』だと思っている私の言葉は、すべて私の魂の叫びです。いつか、私の心を受け入れてくれますか?」
夜景、キャンドル、最高の料理、そして国宝級イケメンの真剣な告白。
少女漫画なら、ここでキスをしてエンディングが流れる場面だ。
しかし、僕はナイフとフォークを置くと、真顔でこう返した。
「ゼノさん。……分かってますよ。これ、接待ですよね?」
「…………はい?」
「僕を魔導師団に留めておくための、国を挙げた手厚い接待。……分かってます。こんなに美味しいものを食べさせてもらって、断るなんて無粋なことはしません。明日からも、定時まではちゃんと働きますから」
「違ぁぁぁぁぁう!! 接待でこんなに私情を挟む男がどこにいますか!! 私はただ、貴殿に愛されたいだけだ!!」
ゼノの絶叫が高級レストランに響き渡り、周囲の貴族たちが一斉にこちらを見た。
僕は慌ててゼノの口に、カットしたステーキを放り込んだ。
「ほら、落ち着いてください! お肉冷めますよ! 接待(デート)中に大声出すのはマナー違反です!」
「はふっ、はぐっ……。……美味い。リト殿に食べさせてもらった肉、世界で一番美味い……。もう接待でもいい……いや、良くない!!」
結局、ゼノが泣きながら肉を噛みしめる横で、僕はデザートのパフェまで完食し、大満足でレストランを後にした。
「ごちそうさまでした、ゼノさん。また『接待』があったら呼んでくださいね」
「……次は、私の家で、私自身をフルコースとして用意しておきます……」
「え? ゼノさん、料理できるんですか? 楽しみにしてますね」
「その『料理』の意味を教えてやりたい……っ!」
夕闇の中、ふらふらと項垂れて歩くゼノと、お腹いっぱいで上機嫌な僕。
二人の距離は、縮まっているようでいて、天文学的なレベルでズレたままなのだった。
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