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13話
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「リト殿、少しお時間を。……実は、貴殿にどうしても受け取っていただきたいものがあるのです」
ある日の定時直前。
僕の執務室に現れたゼノは、まるで伝説の聖剣でも差し出すような厳かな手つきで、一つの小箱を机に置いた。
その目は、いつにも増して血走っており、並々ならぬ気迫が感じられる。
「なんですか、これ。また僕の家の周りに勝手に増設するための、防犯魔法の契約書とかじゃないですよね?」
「違います。これは、私が隣国の最果てにある『火竜の巣』へ赴き、三日三晩不眠不休で魔力抽出を行った末に生成した……私の魔力の結晶、『誓約の魔石』です」
「……火竜の巣? 三日三晩? ゼノさん、あなた一応、この国の最高戦力なんですから、そんな個人的な理由で国境を越えないでください」
僕は呆れながら箱を開けた。
そこには、拳ほどの大きさがある、眩いばかりに真っ赤に輝く宝石が収まっていた。
宝石からは、触れずともわかるほどの膨大な魔力が溢れ出している。
「この石は、私の命そのもの。リト殿がこれを持ち歩いてくだされば、貴殿がどこにいようと私の魔力が貴殿を守り、さらには私の居場所と貴殿の居場所が常にリンクし、いつでも私の愛を直接脳内に――」
「え、これ、魔力が無限に湧き出してるんですか?」
僕はゼノの不穏な説明を遮り、石を手に取って光にかざした。
「ええ、そうです。私の魔力源と直結していますから、どれだけ消費しても枯渇することはありません。……さあ、リト殿。これを胸に抱き、私との絆を感じて――」
「これ、スマホ……じゃない、魔導コンロの予備バッテリーに最高じゃないですか!」
「…………はい?」
ゼノが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「いや、ちょうど困ってたんですよ。僕のログハウス、魔導具を使いすぎるとすぐに魔力切れになっちゃって。これがあれば、お湯も沸かし放題だし、冬場の暖房もつけっぱなしで寝られます。ゼノさん、これ予備のバッテリーとして助かります!」
「ば、バッテリー……。私の命の結晶が、湯沸かし器の動力源に……?」
ゼノはその場に膝をつき、絶望の淵に立たされたような顔で項垂れた。
本来なら、この石を受け取ることは「永遠の愛の誓い」を承諾したも同然という、この国の騎士道における重すぎる儀式なのだが。
「しかも、居場所がリンクするってことは、僕が道に迷ってもゼノさんが迎えに来てくれるってことですよね? GPS機能付きなんて、至れり尽くせりだなあ」
「GPS……。……そうです。そうですとも、リト殿! 貴殿が世界のどこへ逃げようとも、私はこの石の波動を辿り、地の果てまで追いかけますよ……!」
「迷子にならないのは助かります。あ、あとこれ、形がちょうどいいから、ココと遊ぶ時の『光るボール』としても使えそう」
「キャンキャンッ!」
ココが石の放つ魔力に興奮して、ゼノの命の結晶にじゃれつき始めた。
「こ、ココ……貴様! 私の愛の証を噛むな! よだれをつけるな! それはリト殿と私を繋ぐ神聖な――」
「あ、ココ、だめだよ。ゼノさんの『バッテリー』なんだから。大切にしなきゃ」
リトが石を布できれいに拭き、大切そうに懐にしまうのを見て、ゼノは複雑な表情で立ち上がった。
「……大切にしてくださるなら、用途は何でも構いません。リト殿、その石には私の『愛』が詰まっています。どうか、温かいお湯を沸かすたびに、私の情熱を思い出してください」
「分かりました。今夜、早速これで美味しいお茶を淹れますね」
「……ああ、リト殿。貴殿のその無自覚な残酷ささえ、私には愛おしい……」
ゼノは恍惚とした表情で僕を見つめ、フラフラと去っていった。
僕は手に入れた「最強のモバイルバッテリー」に大満足しながら、定時のチャイムと共にログハウスへの帰路についた。
その夜、ゼノが僕の魔石を通じて「おやすみなさい、リト殿。愛しています。今、貴殿の部屋の温度が二十二度であることを確認して安心しました」という念話を送り込んできたため、僕は即座に石を厚手の防音布でぐるぐる巻きにしてタンスの奥に封印したのは言うまでもない。
「便利だけど、やっぱりちょっと『重い』んだよなあ……」
「クゥン(物理的にも精神的にもね)」
暗い部屋で、ココと僕は顔を見合わせた。
スローライフへの道は、また一歩、ゼノの執着によって奇妙な方向へ捻じ曲げられていった。
ある日の定時直前。
僕の執務室に現れたゼノは、まるで伝説の聖剣でも差し出すような厳かな手つきで、一つの小箱を机に置いた。
その目は、いつにも増して血走っており、並々ならぬ気迫が感じられる。
「なんですか、これ。また僕の家の周りに勝手に増設するための、防犯魔法の契約書とかじゃないですよね?」
「違います。これは、私が隣国の最果てにある『火竜の巣』へ赴き、三日三晩不眠不休で魔力抽出を行った末に生成した……私の魔力の結晶、『誓約の魔石』です」
「……火竜の巣? 三日三晩? ゼノさん、あなた一応、この国の最高戦力なんですから、そんな個人的な理由で国境を越えないでください」
僕は呆れながら箱を開けた。
そこには、拳ほどの大きさがある、眩いばかりに真っ赤に輝く宝石が収まっていた。
宝石からは、触れずともわかるほどの膨大な魔力が溢れ出している。
「この石は、私の命そのもの。リト殿がこれを持ち歩いてくだされば、貴殿がどこにいようと私の魔力が貴殿を守り、さらには私の居場所と貴殿の居場所が常にリンクし、いつでも私の愛を直接脳内に――」
「え、これ、魔力が無限に湧き出してるんですか?」
僕はゼノの不穏な説明を遮り、石を手に取って光にかざした。
「ええ、そうです。私の魔力源と直結していますから、どれだけ消費しても枯渇することはありません。……さあ、リト殿。これを胸に抱き、私との絆を感じて――」
「これ、スマホ……じゃない、魔導コンロの予備バッテリーに最高じゃないですか!」
「…………はい?」
ゼノが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「いや、ちょうど困ってたんですよ。僕のログハウス、魔導具を使いすぎるとすぐに魔力切れになっちゃって。これがあれば、お湯も沸かし放題だし、冬場の暖房もつけっぱなしで寝られます。ゼノさん、これ予備のバッテリーとして助かります!」
「ば、バッテリー……。私の命の結晶が、湯沸かし器の動力源に……?」
ゼノはその場に膝をつき、絶望の淵に立たされたような顔で項垂れた。
本来なら、この石を受け取ることは「永遠の愛の誓い」を承諾したも同然という、この国の騎士道における重すぎる儀式なのだが。
「しかも、居場所がリンクするってことは、僕が道に迷ってもゼノさんが迎えに来てくれるってことですよね? GPS機能付きなんて、至れり尽くせりだなあ」
「GPS……。……そうです。そうですとも、リト殿! 貴殿が世界のどこへ逃げようとも、私はこの石の波動を辿り、地の果てまで追いかけますよ……!」
「迷子にならないのは助かります。あ、あとこれ、形がちょうどいいから、ココと遊ぶ時の『光るボール』としても使えそう」
「キャンキャンッ!」
ココが石の放つ魔力に興奮して、ゼノの命の結晶にじゃれつき始めた。
「こ、ココ……貴様! 私の愛の証を噛むな! よだれをつけるな! それはリト殿と私を繋ぐ神聖な――」
「あ、ココ、だめだよ。ゼノさんの『バッテリー』なんだから。大切にしなきゃ」
リトが石を布できれいに拭き、大切そうに懐にしまうのを見て、ゼノは複雑な表情で立ち上がった。
「……大切にしてくださるなら、用途は何でも構いません。リト殿、その石には私の『愛』が詰まっています。どうか、温かいお湯を沸かすたびに、私の情熱を思い出してください」
「分かりました。今夜、早速これで美味しいお茶を淹れますね」
「……ああ、リト殿。貴殿のその無自覚な残酷ささえ、私には愛おしい……」
ゼノは恍惚とした表情で僕を見つめ、フラフラと去っていった。
僕は手に入れた「最強のモバイルバッテリー」に大満足しながら、定時のチャイムと共にログハウスへの帰路についた。
その夜、ゼノが僕の魔石を通じて「おやすみなさい、リト殿。愛しています。今、貴殿の部屋の温度が二十二度であることを確認して安心しました」という念話を送り込んできたため、僕は即座に石を厚手の防音布でぐるぐる巻きにしてタンスの奥に封印したのは言うまでもない。
「便利だけど、やっぱりちょっと『重い』んだよなあ……」
「クゥン(物理的にも精神的にもね)」
暗い部屋で、ココと僕は顔を見合わせた。
スローライフへの道は、また一歩、ゼノの執着によって奇妙な方向へ捻じ曲げられていった。
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