15 / 23
15話
「……来ない」
朝、ログハウスの扉を開けて、僕は思わず独り言を漏らした。
いつもなら、僕が起きる一時間前(下手をすれば深夜)から家の前でスタンバイし、「おはようございますリト殿! 今日も存在が奇跡ですね!」と叫んでいるはずの銀髪の騎士が、どこにもいない。
「クゥン?」
ココも不思議そうに首を傾げている。
ゼノさんがいない朝というのは、これほどまでに静かなのか。
……なんだか、調子が狂う。
「まあ、いないならいないで、ゆっくり出勤できるからいいんだけど」
僕は鼻歌を歌いながら王都へ向かった。
魔導師団の本部に着いても、やはりゼノの姿はない。
代わりに、デスクに突っ伏して今にも死にそうなエディさんがいた。
「ああ、リト君……。悪いけど、今日は仕事どころじゃないんだ……」
「エディさん、大丈夫ですか? また残業で徹夜?」
「いや、僕じゃない。ゼノだよ。あのバカ、昨日リト君に贈る『最高級の氷結果実』を採るために、吹雪の霊峰へ正装一枚で行きやがって……。今、高熱でぶっ倒れてるんだ」
「……はぁ!? 正装で霊峰に!?」
「本人は『リト殿への情熱があれば凍えることはない』とか言ってたらしいけど、普通に風邪引いたみたいだ。現在、団の医務室で寝込んでるんだけど、うわ言で君の名前を呼び続けてて、看護師が怖がって逃げ出しちゃってさ……」
エディさんが力なく指差した先。
医務室からは、時折「リ……リト……殿……行かないで……私を……置いて……」という、この世の終わりみたいな呻き声が聞こえてくる。
僕は溜め息をついた。
正直、放っておいて定時まで本を読んでいたい。
でも、その風邪の原因が僕への「貢ぎ物」のせいだと言われると、さすがに寝覚めが悪い。
「……ちょっと、様子見てきます」
僕は医務室の扉を開けた。
そこには、いつも完璧に整えられている銀髪を乱し、顔を真っ赤にして苦しそうに呼吸をするゼノがいた。
あの「歩く国宝」が、今はただの弱った男に見える。
「ゼノさん、大丈夫ですか?」
「……っ、リ、リト殿……? ああ……これは、天国のお迎えですか……? 最後に……貴殿の幻を見られるなんて……」
「幻じゃないですよ。ほら、魔力が乱れてます。深呼吸して」
僕はゼノの額に手を当てた。
……熱い。普段、鋼のように硬い彼の体が、今は熱に浮かされて小刻みに震えている。
僕が手を触れると、ゼノはすがるように僕の手を握りしめた。
「行かないで……。リト殿がいない世界なんて……私には、暗闇と同じだ……」
その手は驚くほど力強く、そして、どこか子供のように必死だった。
いつもあんなに自信満々に「愛しています」と叫んでいる彼が、実はこんなにも脆い部分を抱えていたなんて。
「……どこにも行きませんよ。定時まではここにいますから」
「……定時……。ふふ……リト殿らしい……」
ゼノが少しだけ、安心したように口角を上げた。
僕はもう片方の手で、彼の魔力回路を整えるための魔法をそっと流し込んだ。
構築スピードは爆速。でも、今はそれを彼を癒やすためだけに使う。
「(……変だな。早く帰りたいはずなのに、この手を振り払う気になれない)」
腕の中ではココが静かに、ゼノの枕元に寄り添っている。
魔獣ですら、今のゼノには同情しているらしい。
「あーあ。……これじゃ、今日は仕事(昼寝)どころじゃないな」
僕は椅子を引き寄せ、ゼノの手を握ったまま、彼が深い眠りに落ちるまでそのそばにいた。
窓から差し込む光が、少しずつ夕暮れの色に変わっていく。
定時のチャイムが鳴るまで、あと数時間。
僕は初めて、「五時が来なければいいのに」と、ほんの少しだけ……本当に少しだけ、思ったのだった。
朝、ログハウスの扉を開けて、僕は思わず独り言を漏らした。
いつもなら、僕が起きる一時間前(下手をすれば深夜)から家の前でスタンバイし、「おはようございますリト殿! 今日も存在が奇跡ですね!」と叫んでいるはずの銀髪の騎士が、どこにもいない。
「クゥン?」
ココも不思議そうに首を傾げている。
ゼノさんがいない朝というのは、これほどまでに静かなのか。
……なんだか、調子が狂う。
「まあ、いないならいないで、ゆっくり出勤できるからいいんだけど」
僕は鼻歌を歌いながら王都へ向かった。
魔導師団の本部に着いても、やはりゼノの姿はない。
代わりに、デスクに突っ伏して今にも死にそうなエディさんがいた。
「ああ、リト君……。悪いけど、今日は仕事どころじゃないんだ……」
「エディさん、大丈夫ですか? また残業で徹夜?」
「いや、僕じゃない。ゼノだよ。あのバカ、昨日リト君に贈る『最高級の氷結果実』を採るために、吹雪の霊峰へ正装一枚で行きやがって……。今、高熱でぶっ倒れてるんだ」
「……はぁ!? 正装で霊峰に!?」
「本人は『リト殿への情熱があれば凍えることはない』とか言ってたらしいけど、普通に風邪引いたみたいだ。現在、団の医務室で寝込んでるんだけど、うわ言で君の名前を呼び続けてて、看護師が怖がって逃げ出しちゃってさ……」
エディさんが力なく指差した先。
医務室からは、時折「リ……リト……殿……行かないで……私を……置いて……」という、この世の終わりみたいな呻き声が聞こえてくる。
僕は溜め息をついた。
正直、放っておいて定時まで本を読んでいたい。
でも、その風邪の原因が僕への「貢ぎ物」のせいだと言われると、さすがに寝覚めが悪い。
「……ちょっと、様子見てきます」
僕は医務室の扉を開けた。
そこには、いつも完璧に整えられている銀髪を乱し、顔を真っ赤にして苦しそうに呼吸をするゼノがいた。
あの「歩く国宝」が、今はただの弱った男に見える。
「ゼノさん、大丈夫ですか?」
「……っ、リ、リト殿……? ああ……これは、天国のお迎えですか……? 最後に……貴殿の幻を見られるなんて……」
「幻じゃないですよ。ほら、魔力が乱れてます。深呼吸して」
僕はゼノの額に手を当てた。
……熱い。普段、鋼のように硬い彼の体が、今は熱に浮かされて小刻みに震えている。
僕が手を触れると、ゼノはすがるように僕の手を握りしめた。
「行かないで……。リト殿がいない世界なんて……私には、暗闇と同じだ……」
その手は驚くほど力強く、そして、どこか子供のように必死だった。
いつもあんなに自信満々に「愛しています」と叫んでいる彼が、実はこんなにも脆い部分を抱えていたなんて。
「……どこにも行きませんよ。定時まではここにいますから」
「……定時……。ふふ……リト殿らしい……」
ゼノが少しだけ、安心したように口角を上げた。
僕はもう片方の手で、彼の魔力回路を整えるための魔法をそっと流し込んだ。
構築スピードは爆速。でも、今はそれを彼を癒やすためだけに使う。
「(……変だな。早く帰りたいはずなのに、この手を振り払う気になれない)」
腕の中ではココが静かに、ゼノの枕元に寄り添っている。
魔獣ですら、今のゼノには同情しているらしい。
「あーあ。……これじゃ、今日は仕事(昼寝)どころじゃないな」
僕は椅子を引き寄せ、ゼノの手を握ったまま、彼が深い眠りに落ちるまでそのそばにいた。
窓から差し込む光が、少しずつ夕暮れの色に変わっていく。
定時のチャイムが鳴るまで、あと数時間。
僕は初めて、「五時が来なければいいのに」と、ほんの少しだけ……本当に少しだけ、思ったのだった。
あなたにおすすめの小説
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。