甘灯の思いつき短編集

甘灯

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05 母親を失った少年のもとに現れたのは、亡き母と同じ容姿をしたアンドロイド『レイ』だった。

機械仕掛けの真心

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「ママ!!」

 門扉から庭先に入った『レイ』のもとに、三輪車から降りた息子の悠里ゆうりが駆け寄ってきた。
ギュッと腰辺りに抱きつく悠里を、レイは静かに見下ろす。

(私は御堂みどうれい…この子の母親だ)

 レイは自分に言い聞かせ、出迎えてくれた悠里の頭を優しく撫でた。
すると悠里はくすぐったそうにしながら、レイを見上げた。
とても嬉しそうな顔だった。
しかしその目には薄っすらと涙が溜まっている。
久しぶりに母親に会えて、悠里は嬉し泣きをしていた。

泣くという行為は悲しみが強い時に現れる“人間のバグ”だと聞いたことがある。

(……嬉しい時にも人は泣くのか)

 レイは実に興味深いと思った。
機械仕掛けアンドロイドの自分にまず存在しないものだ。

「えへへ。ママ、おかえりなさい!!」

 悠里は袖で涙を拭いながら笑顔で言う。

「ただいま、悠里」

 そんな悠里にレイはゆっくり・・・・と微笑んだ。

 悠里の母親である『御堂玲』の仕草や喜怒哀楽の表情は『脳内』に刷り込まれている。
しかし人間の表情を真似るというのは機械仕掛けアンドロイドには高度な技術を要することだ。
機械仕掛けアンドロイドは人間のような腱や筋肉を持たない代わりに、脊髄動物の筋構造を模倣した特殊なワイヤーが張り巡らされている。
 現在のロボット製造技術では手足の動きは人間と遜色そんしょくないほど滑らかに稼働させられるのだが、多くの腱が存在する顔だけは未だに動きにぎこちなさを残してしまう。
そのためレイは、御堂玲になりきるために何度も何度も顔の調整をさせられた。
それが功を奏したらしく、レイが母親ではないことを悠里は疑っていないようだ。

「玲…?」

 玄関から出できた男が声をかけてきた。
男の名前は御堂みどうあらた
レイの雇い主だ。

「パパ、ほらね!やっぱり、ママ帰ってきたよ!!」

 悠里が笑顔で言った。

「…うん…そうだね」

 無邪気な息子の姿を見て、新はぎこち無く笑いかけた。

「ママ!お家に入ろう!!」

 悠里に手を引かれて、レイは家の中に入った。


 

 その晩、レイとたくさん話しをした悠里は疲れて早く寝てしまった。
新は眠っている悠里の身体をベッドにそっと寝かせる。

「おやすみ、悠里」

 新がリビングに戻ると、レイが立っていた。

「挨拶が遅れました。アンドロイド派遣会社【Heartfulハートフル】から参りました『レイ』です」

 そう言って、レイは頭を下げた。

「うん。とりあえずそこに座って」

 新に言われた通り、レイは椅子に腰かけた。

「とても良く似てるね、死んだ玲に…」

 新は複雑な顔をした。

「そのように顔をカスタマイズされているので」

 レイは至極当然のように告げた。





   ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇





 御堂玲は3ヶ月前に交通事故で他界した。

 完全自動運転車が主流の時代。
人間が操作するよりも絶対安全が謳い文句の自動運転車であったが、不運なことに誤作動による事故で彼女はまだ20代の若さで亡くなった。
まだ4歳の悠里は突然母親が死んだことを理解できなかった。

『ママは?』

 悠里が泣きそうな顔で言うのが新は辛かった。

『ママはお空に行ったんだよ』

 新がそう言い聞かせても、悠里は信じてくれなかった。

『パパのうそつき!!ママはぜったい帰ってくるもん!!』

 悠里は頑なに母親の死を認めなかった。

 事故当初、瀕死の状態で病院に運ばれた玲は酸素吸入器やその他多くの医療器具のチューブに繋がれていて、とても痛々しい姿だった。
新がそう思うのだから、感受性の強い幼い悠里にはどれほどショックなことだっただろうか。
医師は玲の治療を断念した。
多くの臓器を激しく損傷し、もう手の施しようがなかった。
新は悠里にそのことを伝えられなかった。

『ママ、元気になるよね?』

 ガラス越しに母親を見つめる悠里にそう言われた時、新は泣き崩れそうになった。

 その後、玲の葬儀が行われたが悠里は高熱を出して式に参列することが出来なかった。
高熱でうなされて、悠里は母親が死んだ時の記憶が曖昧になっていた。
母親はまだ病院にいるとそう思い込んでいた。
だが何処かで母親がいないことを本当は分かっているのか。
悠里は母親が恋しくなって、頻繁に夜泣きをすることが多くなった。
新は心配になり、悠里をカウンセリングに連れていった。
『母親が居ないこと・・・・・が原因で不安定な精神状態にある』と医師から言われた。
母親に会えないことで、悠里は次第に元気をなくしていった。

『ママは?いつ帰ってくるの?』

 仕事から帰ってきた新に、悠里は何度もそう尋ねてきた。
ベビーシッターの話だと食事をあまり取らず、昼寝してもすぐに起きてしまい、『ママ!ママ!』と泣いてしまうということだった。
そこで新は知人に教えてもらったアンドロイド派遣会社にすがることにした。
そこに依頼すれば、友達でも恋人でも家族でも、依頼人が望む「人」を機械仕掛けアンドロイドが演じてくれると聞いたからだ。
新は玲そっくりの姿をした機械仕掛けアンドロイドを、母親の代わりとして派遣するように依頼したのだった。 





   ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇





「…………」

 新はテーブル越しに座る機械仕掛けアンドロイドのレイを目の前にして、辛い気持ちになった。

ーーなぜなら死んだ玲の事を思い出してしまうからだ。

 死んでも今も変わらず愛して止まない、最愛の妻。
彼女の代わりは他にいない。
姿が同じだろうと、目の前にいるのは偽物だ。
それなのに妻の面影をレイに重ねてしまう。

「…僕の前では本来の君で居てもらっていいよ。でも悠里の前だけは母親を演じて欲しい」

 新はそう告げた。

「…分かった。依頼人がそう言うのであれば、そうさせてもらう」

 レイは通常の素っ気ない口調に戻した。





 翌日から御堂親子と機械仕掛けアンドロイドのレイ、三人での暮らしが始まった。

「わぁ!ママのハンバーグだ!!」

 悠里はテーブルに運ばれたハンバーグを見て、目を輝かせた。

「悠里、ハンバーグ好きだもんね」

 エプロン姿のレイは微笑む。

「その前にちゃんと手を洗って、お席に座って『頂きます』しようね」

 今にも手づかみで食べそうな勢いの悠里を、レイはやんわりといさめる。

「そうだね。悠里、パパと手を洗いに行こうか」

「うん!」

 三人で久しぶりの食卓を囲む。

「うーん」

 レイのハンバーグを一口食べた悠里は不満そうに口を尖らす。

「おいしくなかった?」

 レイは浮かない顔の悠里に尋ねた。

「僕の好きなハンバーグじゃない!!」

 生前の玲が作っていたハンバーグのレシピを知らないレイは、料理本のレシピ通りのハンバーグを作った。悠里はそれが気に入らなかったらしい。

「悠里、ママは一生懸命作ってくれたんだよ?そんな言い方は良くない」

「だって!!」

「悠里、ごめんね。今度はいつもの美味しいハンバーグ作るから」

 新にたしなめられてぐずり始めた悠里に、レイは穏やかに言った。

「うん!!ママ、約束だよ!」

「うん、約束」

 レイはほぼ完璧に玲を真似ていた。
しかし味覚というものがレイには備わっていないこともあるが、生前の玲が作った料理の味だけはどうしても再現が出来なかった。

 

「……前のママだったら!そんなこと言わなかった!」

 一緒に過ごすうちに悠里の癇癪かんしゃくが多くなった。
一緒に過ごす時間が多くなると、どうしても玲を演じることで綻びが生まれる。
一度でも結び目が切れた糸はするすると解けて戻らないように、一度でも不信感が生まれたら元の関係には戻れなくなる。

「悠里ごめんね、今度は…」

「ママはいつもそう!今度は上手にやるからって!…でも全然できてないもん!!」

「………」

 悠里の言葉にレイは押し黙った。
決して傷ついてない。
自分は機械仕掛けアンドロイドだから。
悠里は母親である玲を望んでいるのだ。
それを演じきれない自分が責められるのは仕方がないこと。

「ただいま」

 すると新が仕事から帰ってきた。
悠里は新の元に駆け寄ると鼻をすすりながら抱きついた。
新がレイを見ると、彼女は小さく首を振ってみせた。
新は思わずため息をつく。

「…悠里、明日休みが取れたからどこか出かけようか?」

「ほんと!!」

 それを聞いた途端、悠里は泣きやんで目を輝かせた。

「どこがいい?」

「えっとねーー」

 明日出掛けることになり、なかなか寝付けない悠里をなんとか寝かしつけた新はリビングに戻るなり「ごめん…」とレイに小さく謝った。
レイは流しの水を止めて、新に向き返る。

「謝ることはない。私が母親を演じきれないせいだ」

 新は首を振る。

「君は十分よくやっているよ…たまに本当の玲が居るように錯覚するんだ…でも」

「悠里はもう気づいている」

 新の言葉を遮るように、レイは率直に告げた。
新は押し黙って目を伏せる。

「決めるのはお前だ」

 それだけ言うとレイは再び水を出して、食器を洗い始めた。





「わぁー!“ ウチュウオクトパス ”だ!!」

 宇宙に関する展示物が飾られている宇宙博覧会に、御堂親子とレイは来ていた。
宇宙飛行士のヘルメットを被ったタコに似たマスコットキャラクターの姿を見つけた悠里はレイと新の手を離して一人駆け出した。

「悠里!!」

 新はレイに荷物を預けて、悠里の後を慌てて追いかけた。
悠里は楽しげな様子でウチュウオクトパスのくねくねした触手と握手をしている。
やっと追いついた新は悠里を抱きかかえた。
レイはそんな二人の姿をじっと見つめる。

(悠里は私が母親でないことを、もう分かっている…)

 しかし悠里はそれを頑なに認めたがらない。
幼い悠里にとって一番身近な存在で、大好きな母親が突然死んだのだ。
瀕死の母親の姿を見て強いショックを受け、その心はひどく傷ついたはず。
それでも悠里の心が壊れずいられるのは未だに母親は生きていると思い込んでいるからだ。
人間は大きなストレスがかかると、無意識に自分の置かれた立場を都合よくすり替え、自己防衛をする生き物らしい。

“母親を亡くした可哀想な自分は存在しない”

心の奥底にある真実を見ないように、幼い悠里は傷ついた心に蓋をしてなんとか平穏を保とうとしている。
なのに自分は悠里が望む母親にはどうしてもなれない。だから悠里の“虚像”は揺らぎ、不安になってレイに対して憤るのだ。

「ママ!!プラネタリウム、見に行こうよ!!」

 新に抱きかかえられた悠里はレイに無邪気な笑顔を向けていた。

「そうだね。じゃあ、そこまでママと競争だ!!」

 レイは悠里に笑顔で言い返すと急に駆け出した。

「あー!!ママずるい!!パパ早く走って!!」

「えぇ?」

 新は苦笑しながら悠里を抱え直すと、レイの後を慌てて追った。



 その日はあっという間だった。

「楽しかった!」

 帰り道、新に肩車をされた悠里は笑顔で言った。
その頭には左右にバネが付いていて先端に光る星が付いたカチューシャをつけている。
肩車した新が歩く度に、星がピョコピョコと動く様が面白いらしく、悠里は今日の余韻を楽しんでいた。

「そうだね」

 レイは微笑んだ。

「…ねぇ、悠里」

 レイは急に立ち止まって、悠里に話しかけた。

「なぁに?」

「ママ、行きたい所があるんだ。一緒に行ってくれる?」

「?うん」

 悠里は不思議そうにしながら、コクっと頷いた。



「ここ、なぁに?」

 悠里はレイに手を引かれながら、たどり着いた場所を見渡した。
そこは月明かりに照らされた丘にある霊園だった。

「ここはね。お星さまになった人達が眠る場所だよ」

「え…?」「身体はここで眠っていて、魂はあのお空の上にいるの」

 悠里は足を止めた。

「ママ…僕…帰りたい」

 何かを悟ったのか、悠里が急にぐずり始めた。

「悠里の本当のママも、お空の上いるんだよ」

「なにいってるの!?ママはここにいるでしょ!!」

 途端に悠里は泣き叫んだ。

「悠里…本当の事だよ。悠里のママはもうここにはいないんだ」

 新は悠里の両肩に手を置きながらしゃがみ込むと、ゆっくりと語りかけた。

「うそだよ!!うそだ!!なんで…パパも!そんないじわる言うの!?」

「悠里」

 名を呼ばれて、悠里は弾かれたようにレイを見た。
その顔に表情はない。
呼んだ声もとても冷たいものだった。
レイはおもむろにポケットから小さな折りたたみ式のナイフを取り出した。
そしてを立てると、自身の腕に強く押し当てる。

「!?」

 悠里は新の首に縋りつきながら、その光景を見て大きく目を見開いた。

「ほら、見て」

 レイは悠里の前にしゃがみ込むと、ぱっくりと開いた自身の傷口を見せた。
血はまったく出ていない。
よく見ると無数のワイヤーが見えた。

「私は君の母親ではない。私は機械仕掛けアンドロイドだ」

 レイは抑揚のない声で悠里に真実を告げた。

「うそ…うそだよ…ママ…うそだよね?」

 悠里は新から離れてレイの胸に縋った。だがレイは静かに首を横に振る。

「君の母親はもういないんだ…君は覚えているはずだ。病院の集中治療室で…ガラス越しに…君は母親が亡くなった姿を見たはずだ」

 レイは悠里にゆっくりと言い聞かせる。

 「ひゅう…ひゅう…」

 悠里は苦しそうにレイの胸元を掴んだまま、不規則な荒い呼吸を始めた。

ーー過呼吸の兆候だ 

レイはしゃがんだまま悠里の小さな身体を抱きしめた。

「悠里、ごめん。…でも、君ならきっと乗り越えられるはずだ」

 レイは悠里を抱きしめながら、その小さな背中をゆっくりさすり続けた。
しばらくして悠里の発作が徐々に収まった。

「…新。もう時間だ」

 レイは新に悠里を預けると立ち上がった。

「悠里。私を“ママ”と呼んでくれてありがとう」

 レイは微笑んだ。
その笑みは息子を愛する母親そのものだった。

「レイ」

 レイが去る間際、新が声をかけた。

「本当にありがとう。これから…どのくらい時間がかかっても悠里と一緒に乗り越えていくよ」

「ああ。お前たちなら…きっと大丈夫だよ」

 レイは柔らかく・・・・微笑みかけると、静かに闇の中に消えていった。





            ・
            ・
            ・






「はぁ…挨拶緊張した~」

 悠里は首元のネクタイを緩めながら、婚約者にそう告げた。

「隣に居て、私にも悠里の緊張が伝わってきたよ」

 婚約者は笑った。

ーあれから20年の時が流れた。
婚約者の両親に挨拶を済ませた悠里達は、カフェでひと息ついていた。

「前に話したけど。僕、幼い頃に母を事故で亡くしててさ…当時はとても辛かったけど」

 ふと悠里は店内のガラス越しから外を見た。
ちょうど一人の若い女性が通り過ぎる。
その女性が一瞬こちらを向き、そして微笑んだように悠里には見えた。

「……でもさ、全然寂しくなかったんだ。僕にはもう一人母親がいたから」

 視線を戻した悠里は穏やかな顔をしていた。

「そうなんだ!なら今度、きちんと挨拶しに行かないとね」

 婚約者の言葉に悠里は少し戸惑ったが、すぐに笑みを浮かべる。

「そうだね。君を紹介したら、きっと“母さん”は喜んでくれるね」

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