2度と恋愛なんかしない!そう決意して異世界で心機一転料理屋でもして過ごそうと思ったら、恋愛フラグ!?イヤ、んなわけ無いな

弥生菊美

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第12話 神の名

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 忘れ物を届けると青葉が逃げ出すように駆け降りて行く、慌てて止めようとしたが朝食の食器を洗っていた泡の付いた手が空を切る。

またやってしまったと己に苛立つ、まただ、また青葉を怖がらせてしまった…。
この世界は治安が悪いと彼の方から聞かされていた。
心配だから着いて行くと言いたかったのだが、あの怯え様、不機嫌とでも思われたのだろう。

 思わず深いため息が漏れる。
本来であれば神、まして神使など人の目に見えるものではなく、決して人の一生において交わる事のない自分が青葉の瞳に映り、会話を交わし、あの柔い小さな手を、そっと握る事すら出来るのだ。この機会を決して棒になど振りたくない。

 青葉がいつも笑顔で、幸せに生きていける事をずっと願っていた。
青葉は幸せになるべき人間だ。

 だと言うのに、どいつもこいつも人間の男は青葉に近寄るくせに、最後のはあの子を傷つけて去って行く、許せなかった…。

 だが人間を呪った所で青葉が幸せになるわけではない。
それが分からなくなるほど狂ってはいなっかた。

だから…
 
彼の方がこの世界に来ないかと誘いに現れたあの日、絶対に、自分が青葉を幸せにするのだと誓ったのだ。




 主人の隣で他の神使達と書類仕事を手伝っていた時、突然自分と主人以外の全ての世界が白黒になり、時が止まったかのように停止すると、テレビのチャンネルを切り替えた時のように一瞬で世界が切り替わり、何もない真っ白な空間に居た。
 
 何事かと主人と共に辺りを見回せば、青葉を異世界に連れて行った彼の方が目の前に立たれていた。
何故、箸を手に持っているのかは気になっていたが、後で納得した。

「仕事中すまんのー、ちと急ぎでな
すまんがゴコクを何年か?何十年か借りられんかの?」

 この方はいつも突然現れる。
それは昔から変わらない。主人も慣れているためか格上の神だと言うのに、深いため息をつかれた。

「はぁ…貴方様がいらっしゃるのはいつも突然…借りると申されましても、既にゴコクには貴方様から仕入れの仕事を申し付けられているではないですか、ただでさえ家は人気のパワースポット!
その上、神前式も人気で大変!忙しい神社なのですよ!
それを何十年と借りたいと…流石に我が神使をご自分の神使のようにこき使い過ぎではございませぬか?
貴方様なら新たに神使を生み出すくらい容易でございましょう?」

 そう捲し立てると挑むように見上げる主人、人間風に言うならばうちは本当にホワイトな職場だと思う。
主人の言葉に静かに感激しつつ、この方が自分にわざわざ声をかけると言うことは、青葉の事だろうと期待してしまう。

「わかったわかった!わかったから!そう捲し立てるでない!!
高天原に寄った時に神使を増やすように伝えておいてやるから、取り敢えず話を聞いてくれんか」

 箸を持ったまま、主人に向かってドウドウと言わんばかりに手で静めると

「そう言う事でしたら」

 と、あっさり引き下がる主人、感激を返していただきたいと己の主人を横目で見る。

「現金な奴じゃの全く、まぁ、こっちが無理強いをしているのだから仕方ないかの…。
さて…ゴコク、単刀直入に言おう。
青葉の店で働く気はないか?」

思わず目を見開いて神を見上げる。

「まぁ、驚くのは無理ないがの、異世界に行き、人間の下で働くなど通常ではあり得ん事じゃしな、じゃが、青葉の事をお主はずっと気にかけておったであろう?
シューちゃんには悪いが、向こうは日本より治安が悪くての…。
その辺の者を適当に雇い入れるより、お主の方が色々と安心じゃ」

「行きます」

「そうか…そじゃな…即答は無理…えっ!?
行くのかっ!?」

自分の即答ぶりに今度は主人がお前っ…と言わんばかりの目で見つめている。
主人には申し訳ないが神使にも意思がある。
箸を片手に驚く目の前の神の顔を見つめる。

「お主…本当に青葉の事になると別人の様じゃの…まぁ、行くと言うならありがたい!
では行くかゴコク」

そう言うと、主人が「今から!?」と素っ頓狂な声をあげる

「主人、急な話で申し訳ございませんが有給申請をさせて頂きます。
確か80年分ほどあったと思いますので長期休暇を頂きたいと思います。
高天原から引き継ぎが来るまでは、書類仕事等であれば、お送り頂ければ処理致します。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうか…お許し下さい。」

そう言って三つ指をついて深く頭を下げると、頭上から主人の深いため息がかかる。

「ゴコク…お前が私の神使になってからそんなに長く話すのを初めて聞いたぞ…。
そちらの方が驚きだ…主人よりも人間を優先するのはいかがなものかと思うが、その子は確かうちの氏子だった子であろう。
その氏子が…厄介事を押し付けられているのも間違いない。
有給は別の機会にして、出向という扱いで良いですかな?
神産巣日神(カミムスビ)様」

 そう言うと主人は造化三神の1人である神産巣日神を見上げる。
我らが仕える神々の生みの親にして、この世界の創造神のお1人であらせられる神産巣日神様、人間の言い伝えでは天地開闢の後お隠れになったとされているが日本全国、ふらっと現れては神々の様子を見に来て下さっている。
その実、観光と食べ歩きが趣味だから…という噂もなくはない。

話を振られた神産巣日神様は「やれやれと」ため息を吐くと

「それも高天原に話を通しておく、はぁ…考えなしで来てしまった自分を呪うわい。
高天原でも小言を言われるのが目に浮かぶのぉ…」

 そう言って遠い目をする創造神に、少しだけ身の回りの整理の時間をもらい他の神使に出向の旨を伝え、神ですら滅多に経験する事など無いであろう異世界へ青葉の元へ渡ったのだ。

 渡ったと言っても大それた事はなく、また世界のチャンネルが変わったかのように、瞬きをする間に世界が変わるが不自然に静止している白黒の世界、見たこともない家の中、異世界だというのに嗅ぎ慣れた米の炊ける匂いと、それに混じる漬物の匂い。

 「よっこいしょっ」という言葉と共に神産巣日神様が食卓の席に着く、箸を持っていたのはそういう事か…。

ふと視線を前に向ければ、焦がれて止まない小さな背中、突然世界が元の色を取り戻し動き出すと

「それで、神使さんはいつからお願いできますかね?」

あぁ…やっぱり青葉の声…

「もう、来ている」

その言葉に青葉が振り返る。

 全てがスローモーションのように見える。あぁ…どれだけ焦がれていただろうか、青葉の瞳に映ることに、愛だの恋だのそんな物にうつつを抜かす者の気がしれなかった。

だが、今ならわかる…

 青葉を幸せにするのは自分でありたい。
青葉の隣に寄り添ってその笑顔を傍で見ていたい。
隣にいるのは自分で有り続けたい。

 青葉の幸せを願っていたくせに、次から次へと湧き出る己の卑しい欲望に笑いたくなる。

だが…それでも、絶対に誰にも渡しはしない。

この気持ちも青葉も

…絶対に…
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