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第76話『末期に見た奇跡』
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「あんたさ、……教会の懺悔室で、自身の罪を、毎日のように……懺悔していたな。……俺は、あんたの心の苦しみも、葛藤も理解していた。無理して俺の前で、王っぽく、威厳を持って、悪ぶってることも、全部知ってた」
「はは……。私は、運命《ダイス》に魅入られるような……心が……弱い、人間だから……自分の罪の重さに耐えられなかった……神様の前で私の罪を告解しなければ、とてもその重さに耐えきれなかった。……王には向いていなかった、そういうことだ」
「神を信仰すること。それは……別に恥じることじゃないぜ。俺は、まぁ平たく言えば金銭をもらって、人を殺す仕事を生業としている。……それに、今回の任務では更に大きな罪を侵している。教会の司祭に賄賂《わいろ》を渡して買収、間諜《スパイ》として、あんたが懺悔室で告解した情報を、俺に金銭を対価にリークさせるなんて、神を冒涜する最低最悪の大罪を侵したぜ。器の広い、父なる神も、さすがに俺のムチャクチャな犯罪行為にはブチキレてると思うぜ。はははっ。まぁ、俺は罪の数を現在進行系で更新中だ。死んだ後、俺は、すげぇ怒られるんだろうなぁ。主の禁忌を侵しまくるは、教義を知りながら破りまくるは、むしろ冒涜しまくっているからなぁ。でもなぁ、……それでも、なお、俺は神様を信じてるんだぜ? 部下が居なけりゃ、メシの前、寝る間、起きた後、神様に祈りを捧げている。悪神にじゃねぇぜ? ちゃんとした、父なる神にだ。まぁ……死後に俺を赦してくれるとしたら、悪神の方なんだろうがよ、俺はイヤだね。神の敵である俺が、それでもなお信仰する。矛盾してるし、アホくさい話だ。まぁ、だから、あんたが神を信じても、俺だけは馬鹿にしねぇ」
「……そうか、……その言葉が聞けて、よかった。……男の中の男の君が、一緒なら、……恥ずかしくない。これで、私も、……やっと、胸が張れるよ」
「過ちを犯し、その行為に罪の意識を感じるっつーのはな。……断じて弱さじゃない。そう、俺は思うぜ。王は、時に冷酷な判断を下さなければならねぇ。イヤなもんだよな。大を救うため、小を切る。――そんな残酷なこと、頭の体操でも、道徳でも、トロッコなんとかみたいな哲学的命題でもなく、マジで……実践しなきゃいけない。哲学、道徳でも結論が出せない、その問の答えを、選ばなきゃいけない。だけどな……王が取りこぼした、切り捨てた小《民》の死を悼《いた》まず、悔やまないような奴は、胸の痛みを感じない人間は、王以前に人じゃない。おまえがなぁ……懺悔室で、罪を悔やむような、人間じゃなけりゃ、俺はもっと早くに、あんたを殺していたさ」
そうか……ベオウルフ、君も同じだったんだな。
王なんて、なるもんじゃないなぁ。
でも、まぁ、君のような豪快な男と友になれた。
だから、善《よ》し。
「ベオウルフ。君も、酔狂な男だ……命の灯が消えかけている……そんな私を相手に、こうやって語り合う。もう、……私は、君の中で、死んでいるのだろう?」
「人は命の灯が消える、その最後の瞬間まで生者だ。断じて、死者ではない」
「――…………はは……そりゃ、……そうだよなぁ……」
最愛の妻を看取った時を思い出せ。
死が避けられないと知って私は諦めることができたか。
ふふ……。そうだ。そうだった。
人はこの世界から去る、その最後の瞬間まで人だ。
最後の瞬間まで私は、妻の手を握っていた。
だから私は知識ではなく、事実として知っていた。
私も、おかしな理屈《ロジック》を考えついた物だ。
密室殺人――目撃者、証拠物品。
殺すと決めた対象はその瞬間から、死者。
ふふ……いやぁ、本当に馬鹿げた、戯言《たわごと》だ。
人は、その最後の瞬間まで生者だ。
当たり前のことを、何をいまさら。
「あんたは、まぁ……、いろいろ真面目に、難しく考えすぎなんだろうなぁ。俺があんたの隣に居たなら、そんな下らない考え、一笑に付してやったのになぁ。酒の肴《さかな》の馬鹿話の一つとして、笑い話で終わらせられたんだろうが……それが残念だ」
「そうだな……これが……私の悪い癖なんだ。一人で居るとさぁ、こうやって、ろくなこと考えないんだ……もう少し早く君と出会えていれば……いや、……ふふっ……まぁ……その時は、私の死期が、もう少し早まっていただけなのだろうけど……」
「ふふ……まぁ……ベオウルフ。君も、結構……イジワルだったな。……なんだかんだで、君には、……相当、イジられたなぁ……」
「ふっはははっ! いやぁ、……すまん! すまん! まぁ、そのあたりは、所詮、育ちが悪い野蛮な男ってことで、許してくれや。まぁ、ちょいとした俺のイタズラ心が、どうしてもでちゃうんだよな。これは、俺の悪いクセだな。はははっ!」
「……はぁ……懺悔室で話していたことを……君に知られていたなら、あんな格好つけしなくて良かったな。…………さぞや滑稽だっただろうね……悪徳を嗜む冷酷で聡明な、――強き王……ちゃんと、できてたかなぁ」
「73点――いや、87点! あんたは、かなり頑張っていたと思うぞ。……まぁ、すまん。あんたを困らせて、その反応を見て、俺が楽しんでたつーのは、まぁ事実だ。そこが、俺の性格の悪さだ。……俺の親友の、あんただからこそ、つい悪ふざけが過ぎちまった。まぁ、ちょいとやりすぎだったな。いやぁ……すまんかった!」
親友……。君はそう言ってくれるか。
それこそが、奇跡。
神様が最後に私に与えてくれた、御慈悲。
ありがとうございます。
死後、必ず、私の犯した罪を償います。
「……はは……こやつめ……まったく……君は、仕方のない親友だな。ベオウルフ」
軽く拳で、親友の肩を、こづいてみた。
こんな感じのやり取りを一度やってみたかった。
こうやって馬鹿話をしたり、冗談を言ったり。
夢が……叶いました。ありがとうございます。
「はは……。私は、運命《ダイス》に魅入られるような……心が……弱い、人間だから……自分の罪の重さに耐えられなかった……神様の前で私の罪を告解しなければ、とてもその重さに耐えきれなかった。……王には向いていなかった、そういうことだ」
「神を信仰すること。それは……別に恥じることじゃないぜ。俺は、まぁ平たく言えば金銭をもらって、人を殺す仕事を生業としている。……それに、今回の任務では更に大きな罪を侵している。教会の司祭に賄賂《わいろ》を渡して買収、間諜《スパイ》として、あんたが懺悔室で告解した情報を、俺に金銭を対価にリークさせるなんて、神を冒涜する最低最悪の大罪を侵したぜ。器の広い、父なる神も、さすがに俺のムチャクチャな犯罪行為にはブチキレてると思うぜ。はははっ。まぁ、俺は罪の数を現在進行系で更新中だ。死んだ後、俺は、すげぇ怒られるんだろうなぁ。主の禁忌を侵しまくるは、教義を知りながら破りまくるは、むしろ冒涜しまくっているからなぁ。でもなぁ、……それでも、なお、俺は神様を信じてるんだぜ? 部下が居なけりゃ、メシの前、寝る間、起きた後、神様に祈りを捧げている。悪神にじゃねぇぜ? ちゃんとした、父なる神にだ。まぁ……死後に俺を赦してくれるとしたら、悪神の方なんだろうがよ、俺はイヤだね。神の敵である俺が、それでもなお信仰する。矛盾してるし、アホくさい話だ。まぁ、だから、あんたが神を信じても、俺だけは馬鹿にしねぇ」
「……そうか、……その言葉が聞けて、よかった。……男の中の男の君が、一緒なら、……恥ずかしくない。これで、私も、……やっと、胸が張れるよ」
「過ちを犯し、その行為に罪の意識を感じるっつーのはな。……断じて弱さじゃない。そう、俺は思うぜ。王は、時に冷酷な判断を下さなければならねぇ。イヤなもんだよな。大を救うため、小を切る。――そんな残酷なこと、頭の体操でも、道徳でも、トロッコなんとかみたいな哲学的命題でもなく、マジで……実践しなきゃいけない。哲学、道徳でも結論が出せない、その問の答えを、選ばなきゃいけない。だけどな……王が取りこぼした、切り捨てた小《民》の死を悼《いた》まず、悔やまないような奴は、胸の痛みを感じない人間は、王以前に人じゃない。おまえがなぁ……懺悔室で、罪を悔やむような、人間じゃなけりゃ、俺はもっと早くに、あんたを殺していたさ」
そうか……ベオウルフ、君も同じだったんだな。
王なんて、なるもんじゃないなぁ。
でも、まぁ、君のような豪快な男と友になれた。
だから、善《よ》し。
「ベオウルフ。君も、酔狂な男だ……命の灯が消えかけている……そんな私を相手に、こうやって語り合う。もう、……私は、君の中で、死んでいるのだろう?」
「人は命の灯が消える、その最後の瞬間まで生者だ。断じて、死者ではない」
「――…………はは……そりゃ、……そうだよなぁ……」
最愛の妻を看取った時を思い出せ。
死が避けられないと知って私は諦めることができたか。
ふふ……。そうだ。そうだった。
人はこの世界から去る、その最後の瞬間まで人だ。
最後の瞬間まで私は、妻の手を握っていた。
だから私は知識ではなく、事実として知っていた。
私も、おかしな理屈《ロジック》を考えついた物だ。
密室殺人――目撃者、証拠物品。
殺すと決めた対象はその瞬間から、死者。
ふふ……いやぁ、本当に馬鹿げた、戯言《たわごと》だ。
人は、その最後の瞬間まで生者だ。
当たり前のことを、何をいまさら。
「あんたは、まぁ……、いろいろ真面目に、難しく考えすぎなんだろうなぁ。俺があんたの隣に居たなら、そんな下らない考え、一笑に付してやったのになぁ。酒の肴《さかな》の馬鹿話の一つとして、笑い話で終わらせられたんだろうが……それが残念だ」
「そうだな……これが……私の悪い癖なんだ。一人で居るとさぁ、こうやって、ろくなこと考えないんだ……もう少し早く君と出会えていれば……いや、……ふふっ……まぁ……その時は、私の死期が、もう少し早まっていただけなのだろうけど……」
「ふふ……まぁ……ベオウルフ。君も、結構……イジワルだったな。……なんだかんだで、君には、……相当、イジられたなぁ……」
「ふっはははっ! いやぁ、……すまん! すまん! まぁ、そのあたりは、所詮、育ちが悪い野蛮な男ってことで、許してくれや。まぁ、ちょいとした俺のイタズラ心が、どうしてもでちゃうんだよな。これは、俺の悪いクセだな。はははっ!」
「……はぁ……懺悔室で話していたことを……君に知られていたなら、あんな格好つけしなくて良かったな。…………さぞや滑稽だっただろうね……悪徳を嗜む冷酷で聡明な、――強き王……ちゃんと、できてたかなぁ」
「73点――いや、87点! あんたは、かなり頑張っていたと思うぞ。……まぁ、すまん。あんたを困らせて、その反応を見て、俺が楽しんでたつーのは、まぁ事実だ。そこが、俺の性格の悪さだ。……俺の親友の、あんただからこそ、つい悪ふざけが過ぎちまった。まぁ、ちょいとやりすぎだったな。いやぁ……すまんかった!」
親友……。君はそう言ってくれるか。
それこそが、奇跡。
神様が最後に私に与えてくれた、御慈悲。
ありがとうございます。
死後、必ず、私の犯した罪を償います。
「……はは……こやつめ……まったく……君は、仕方のない親友だな。ベオウルフ」
軽く拳で、親友の肩を、こづいてみた。
こんな感じのやり取りを一度やってみたかった。
こうやって馬鹿話をしたり、冗談を言ったり。
夢が……叶いました。ありがとうございます。
応援ありがとうございます!
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