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繁栄の巫女(5)
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(※話を一つ抜かして更新してしまったので、前話に抜かしてしまった話を入れています。ご確認ください)
そうして私たちはまた森の出口を目指して歩き出した。
しかし三十分も歩くと、今度はカイルの体力が底を尽きそうになっていた。山を登っているわけでもないのに、カイルは息を切らせて辛そうな顔をしている。
「カイル、大丈夫か?」
「次は私が歩きます。カイルさんは殿下に背負ってもらってください」
「いえ……」
エミリオの背から降りようとするリセをカイルが止める。
「私はリセさんよりずっと重いですから、殿下を疲れさせてしまいます。それに交代したところで、リセさんも長くは歩けないでしょう」
そう言われると、図星だったらしいリセは黙り込む。
「僕が二人を運べればいいんだけど……。体力的には問題なさそうだが、どうやって抱えるかだな」
エミリオよりカイルの方が体が大きいし、二人を同時に抱えたり背負ったりして運ぶのは難しいみたいだ。
私が二人を背に乗せてもいいけど……うーん、でもやっぱり背中に誰かを乗せるのって嫌なんだよなぁ。拒否反応がすごいというか、本能が嫌だと言っている。
(しょうがない。また命星を探してくるか)
選択肢はそれしかない。道中、見つけることができたらいいなと思っていたけど見つけられないので、本格的に探しに行くことにする。
「ミャアア、ミャウミャウ」
三人はここで休んでてと言い残し、私は命星を探しに出た。森の端に向かっていたけど、私だけ森の中心に向かって反対に進む。人間が入り込めない中心部の方が、星が残っている可能性が高いからだ。
人間は夜目がきかないだろうし、日が落ちてしまうと森を抜けるのがさらに困難になるから、夕方までには森を出たい。時間がないし走って探さなきゃ。
(なんで私がこんなに頑張らなくちゃならないんだ)
走って星を探し回りながらそんなことを思う。私、今、生まれてから一番頑張ってる。頑張るの嫌いなのに。
でもリセが死んだらちょっと嫌だし、エミリオとカイルも悪いやつじゃないから、死なせないためには頑張るしかない。
(あー、疲れたー)
そんなに疲れてないけど、すぐに怠けたくなってしまう。猫だもの。
しかし日向ぼっこしてゴロゴロしてたいという欲求を何とか心の中に閉じ込めて、私は森の中を走り回った。
するとほどなくして星の気配を察知する。これはたぶん命星の方だと思う。
気配のする方に行き、地面を探したがどこにもない。しかし確かにこの辺りにある気はするので、今度は木の枝に乗っていないか確かめた。星は空から降ってくるから、生い茂る葉の中に紛れていることも多いのだ。
(あ、あった!)
するとやはり、密集した葉に埋もれてきらりと輝く命星があったので、私はそれを手で叩き落とした。力を入れ過ぎて、一緒に枝もいくつかボキボキ折れてしまった。
しかし問題はここからだ。リセたちがいる場所からここまで、私の足で一直線に走って十五分程度はかかる。その距離を命星をどうやって運ぶか。
爪に引っ掛けてポイポイ飛ばすにはちょっと遠いし、面倒くさそうでやる前からげんなりしてしまう。
(妖精を探すか……)
蝶のような羽を持つ、小さな少女の妖精に運んでもらうのだ。しかし少女の妖精はこの森にたくさんいるとはいえ、彼女たちを探すのもまた面倒だ。もう全部面倒だ。
(あー)
現実逃避したくなってその場にごろんと横になる。頑張りたくないー。なんか眠いー。
一度目を閉じてみたものの、ふと妙案が浮かんでガバリと起き上がる。
(折れた枝に乗せて運ぼう)
私がさっき折ってしまった枝には、葉がたくさん茂っている。そこに命星を乗せて、枝を咥えて運ぶのだ。
さっそく私は大きな爪を使って命星を引っ掛け、ポイと葉の上に飛ばす。端の方だと落ちてしまうから、真ん中の特に葉が密集しているところに爪でちょいちょいと移動させた。
そしてそっと横向きの枝を咥えて持ち上げる。顔をしっかり上げると星が落ちてしまいそうなので、少しうつむき加減でいないといけない。
急がなきゃ駄目だけど、全力で走っても星は落ちるだろうから、トコトコとおしとやかな早足で進む。
妙案だと思ったけどこれはこれで面倒くさかったな。
けれど私の頑張りのおかげで、無事に命星をリセたちの元へ届けられた。本当にとても頑張った。
「ンー」
枝を咥えているので上手く鳴けない。私が戻ると、リセとカイルは木にもたれて地面に座り込んでいた。すでに命星を食べているエミリオはまだまだ元気そうで、立ったままだ。
「三日月、戻って来てくれたか。ここで待っているよう言われた気がして待っていたんだが、よかった」
エミリオはホッとして言う。リセとカイルも安堵しているみたいだが、口を開くことさえ疲れるのか黙ったままだ。
私は枝を地面に落として、前足で雑にガサガサ揺らす。すると金色の命星が葉の中からころりと出てきた。
「命星!? すごいな、三日月! 二つ目の命星を見つけてきたのか」
「ミャー」
私は胸を張って鳴く。
そうだ、すごいだろう。もっと褒め称えよ。私、人生で一番頑張ったんだぞ。
「ありがとう! 本当に助かったよ。望みが繋がった。三日月のおかげで僕たちは生きて森を出られるかもしれない」
エミリオは腕を伸ばし、私の鼻の上辺りをなでなでしてきた。こそばゆい。やめろ。
エミリオはリセやカイルの方を振り返って言う。
「これはカイルに食べてもらおう。一番体の大きな君には早く元気になってもらわないと。リセは疲れて辛いだろうが、もう少し頑張れるかい?」
「怪我をしているわけではないですし、私は平気です」
「では、私が……。三日月、ありがとう」
エミリオから命星を受け取ると、カイルは躊躇なくそれを口に入れる。そして一分と経たず、カイルも命星の効果であっという間に元気になった。
「何です、これはッ! 疲れが吹っ飛んで力が溢れてくる! 体が軽くて走り出さずにはいられませんッ!」
元気になったカイルはエミリオよりもうるさくなった。声、でか。
「そうだろう! やはり星はすごいな!」
エミリオも負けじと大きな声で答える。
顔をしかめた私が神経質に耳をピコピコ動かしていると、カイルは早速リセを背負い、荷物を持って歩き出した。
「早く出発しましょうッ! 体力が戻っても日が暮れては歩けなくなってしまいます!」
「そうだな!」
うるさい二人と疲れ切っているリセを引き連れ、私も道案内を再開する。
私がいれば森で迷うことはないし、エミリオもカイルも元気になったし、それからは順調に進むことができた。
とはいえ、なるべく真っすぐ歩いても森の端に着くまでにはおよそ四時間かかった。それでも命星を食べたエミリオたちは早足で歩いていたので、人間にしてはかなり早く着いた方だと思う。
森を抜け、目の前に原っぱが広がっているのを目にすると、三人は喜びの声を上げた。
「やった! 殿下、リセさん! 脱出できましたよ!」
「一時は死を覚悟したけど、本当に助かったんだね」
「よかった……」
カイルが明るく大きな声を上げ、エミリオは安心して息をつき、リセは泣きそうな顔で呟いた。
もう夕方になってしまっていて辺りは薄暗く、オレンジの太陽は地平線にほとんど沈んでいる。あと少しで真っ暗になっていただろうから、ギリギリ間に合ってよかった。
命星の効果もいい感じになくなってきて、エミリオとカイルは無駄に大きな声を出さなくなっている。
「三日月ちゃん、ありがとう……本当にありがとう……」
リセはカイルに背負われたまま、私を見て言う。疲れて声はかすれているけど、本気で私に感謝しているのだと分かった。
「私一人の命だけじゃない。私の大切な殿下や、カイルさんのことも助けてくれてありがとう」
「ああ、本当に感謝する」
エミリオは一歩私に近づいて続ける。
「君が人間だったならたくさん褒美を与えていたところだけど、猫は何をあげれば喜ぶのかな?」
「ミャウ」
欲しいものがあるとすれば、ミルクかな。私サイズの大きなお皿にたっぷり入ったミルクが飲みたい。ヤギならたぶん二、三十頭は必要だと思うんだけど、用意できそう?
「ミャーン」
「何だい? ネズミでも欲しいのかな」
「ミャッ」
私は眉間にしわを寄せて拒否した。ネズミなんかもらっても気持ち悪いだけだ。
と、私とエミリオがそんな会話をしていると、周囲を見回していたカイルが何かに気づいて声を上げる。
「あっ! 見てください、あそこ! 人がいます。それも大勢」
カイルが指さす方を見ると、少し離れた森の外で、人間たちが休む準備をしているところだった。人間は見えるだけで十人以上はいる。
三角の布を五つほど張って、あの中で寝るみたいだ。外ではたき火もしていて、その上に鍋をかけている。いい匂いがするから料理を作っているのだろう。
「あの制服、うちの騎士たちですよ! 昨日はぐれた仲間です!」
カイルは喜びをあらわにして声を弾ませる。確かに彼らはカイルと同じ落ち着いた青の制服を着ていた。
「僕たちのことを今日も探していてくれたんだろう」
エミリオは国の重要人物らしいし、簡単には見捨てられなかったのかな。あるいは王子だとか関係なく、死んでほしくないからずっと探していたのかも。それにカイルやリセのことも諦めることはできなかったみたい。
だって、こちらに気づいた騎士たちはまず私の存在に驚いて武器を構えた後、エミリオたち三人がいることにも気がついてとても喜んだのだ。
「殿下! よくぞご無事で!」
「カイルもリセさんも! よかった!」
駆け寄ってくる騎士たちは、三人が無事でいたことに心から安堵している様子だった。
「心配かけたね」
「いいえ、ご無事でなによりです。お疲れでしょう、あちらのテントでお休みください。お怪我はされていませんか? そしてこの巨大な猫は一体……?」
騎士たちは薄闇の中に佇む私を見上げて言う。エミリオたちが怖がる様子もなく私のそばに立っているので、こちらを警戒しつつも攻撃はしてこない。
「詳しく話すと長くなるんだけど、この猫――三日月のおかげで僕たちは助かったんだ。恩人ならぬ恩猫だから、決して攻撃してはいけないよ。丁重にね」
「殿下がそうおっしゃるなら……」
巨大な子猫の登場とその猫が恩人だという事実に困惑しながらも、騎士たちは素直に頷く。
するとそこで、一人の女性がテントのある方からこちらに駆け寄ってきた。
「エミリオ殿下!」
女性はリセと同じくらいの若さで、肩の長さの黒髪だった。眼鏡をかけていて、顔立ちは何ていうか、薄い。特徴がなく、地味な印象だった。
ま、でも自然界では地味な方が敵に見つかりにくくていいよね。
(もしかしてあれがシズクかな?)
リセと一緒にこの世界に召喚されたっていう、繁栄の巫女。黒くて真っすぐな髪や、少し黄みがかった肌の色はリセと似ているから、やっぱりそうだと思う。
だけど、髪質や肌の色は似ている二人でも着ている服は全然違う。リセは使用人の制服だという簡素な服を着ていて、森で遭難して汚れてしまった今はみすぼらしくも見える。
一方、シズクは上品な服を身にまとっていた。光沢のある白くて丈の長い、ストンとしたドレスなのだが、猫の私でも上等そうだと分かる。あまりひらひらしていないし、一見するとシンプルだけど、布が良いものなんだろうし、青と銀が混じったような色の糸でたくさん刺繡が施されている。
同じ世界から召喚されたのに、『巫女』と『そうじゃない方』で着られる服も違うらしい。
人間って面倒だなぁと思いながら、私はシズクを観察する。シズクも私の存在に驚いて怖がりつつも、まずはエミリオの元に近づいて無事を喜んでいた。
「よかった、本当に心配しました」
「うん。安心してくれ。僕たち三人とも無事だ」
「三人……?」
そこで初めてシズクはカイルの方を見る。薄暗いということもあってカイルのことは目に入っていなかったみたい。
「あら。カイルも無事で――」
シズクはそこでやっと、カイルが背負っているリセの存在に気づく。
そうして私たちはまた森の出口を目指して歩き出した。
しかし三十分も歩くと、今度はカイルの体力が底を尽きそうになっていた。山を登っているわけでもないのに、カイルは息を切らせて辛そうな顔をしている。
「カイル、大丈夫か?」
「次は私が歩きます。カイルさんは殿下に背負ってもらってください」
「いえ……」
エミリオの背から降りようとするリセをカイルが止める。
「私はリセさんよりずっと重いですから、殿下を疲れさせてしまいます。それに交代したところで、リセさんも長くは歩けないでしょう」
そう言われると、図星だったらしいリセは黙り込む。
「僕が二人を運べればいいんだけど……。体力的には問題なさそうだが、どうやって抱えるかだな」
エミリオよりカイルの方が体が大きいし、二人を同時に抱えたり背負ったりして運ぶのは難しいみたいだ。
私が二人を背に乗せてもいいけど……うーん、でもやっぱり背中に誰かを乗せるのって嫌なんだよなぁ。拒否反応がすごいというか、本能が嫌だと言っている。
(しょうがない。また命星を探してくるか)
選択肢はそれしかない。道中、見つけることができたらいいなと思っていたけど見つけられないので、本格的に探しに行くことにする。
「ミャアア、ミャウミャウ」
三人はここで休んでてと言い残し、私は命星を探しに出た。森の端に向かっていたけど、私だけ森の中心に向かって反対に進む。人間が入り込めない中心部の方が、星が残っている可能性が高いからだ。
人間は夜目がきかないだろうし、日が落ちてしまうと森を抜けるのがさらに困難になるから、夕方までには森を出たい。時間がないし走って探さなきゃ。
(なんで私がこんなに頑張らなくちゃならないんだ)
走って星を探し回りながらそんなことを思う。私、今、生まれてから一番頑張ってる。頑張るの嫌いなのに。
でもリセが死んだらちょっと嫌だし、エミリオとカイルも悪いやつじゃないから、死なせないためには頑張るしかない。
(あー、疲れたー)
そんなに疲れてないけど、すぐに怠けたくなってしまう。猫だもの。
しかし日向ぼっこしてゴロゴロしてたいという欲求を何とか心の中に閉じ込めて、私は森の中を走り回った。
するとほどなくして星の気配を察知する。これはたぶん命星の方だと思う。
気配のする方に行き、地面を探したがどこにもない。しかし確かにこの辺りにある気はするので、今度は木の枝に乗っていないか確かめた。星は空から降ってくるから、生い茂る葉の中に紛れていることも多いのだ。
(あ、あった!)
するとやはり、密集した葉に埋もれてきらりと輝く命星があったので、私はそれを手で叩き落とした。力を入れ過ぎて、一緒に枝もいくつかボキボキ折れてしまった。
しかし問題はここからだ。リセたちがいる場所からここまで、私の足で一直線に走って十五分程度はかかる。その距離を命星をどうやって運ぶか。
爪に引っ掛けてポイポイ飛ばすにはちょっと遠いし、面倒くさそうでやる前からげんなりしてしまう。
(妖精を探すか……)
蝶のような羽を持つ、小さな少女の妖精に運んでもらうのだ。しかし少女の妖精はこの森にたくさんいるとはいえ、彼女たちを探すのもまた面倒だ。もう全部面倒だ。
(あー)
現実逃避したくなってその場にごろんと横になる。頑張りたくないー。なんか眠いー。
一度目を閉じてみたものの、ふと妙案が浮かんでガバリと起き上がる。
(折れた枝に乗せて運ぼう)
私がさっき折ってしまった枝には、葉がたくさん茂っている。そこに命星を乗せて、枝を咥えて運ぶのだ。
さっそく私は大きな爪を使って命星を引っ掛け、ポイと葉の上に飛ばす。端の方だと落ちてしまうから、真ん中の特に葉が密集しているところに爪でちょいちょいと移動させた。
そしてそっと横向きの枝を咥えて持ち上げる。顔をしっかり上げると星が落ちてしまいそうなので、少しうつむき加減でいないといけない。
急がなきゃ駄目だけど、全力で走っても星は落ちるだろうから、トコトコとおしとやかな早足で進む。
妙案だと思ったけどこれはこれで面倒くさかったな。
けれど私の頑張りのおかげで、無事に命星をリセたちの元へ届けられた。本当にとても頑張った。
「ンー」
枝を咥えているので上手く鳴けない。私が戻ると、リセとカイルは木にもたれて地面に座り込んでいた。すでに命星を食べているエミリオはまだまだ元気そうで、立ったままだ。
「三日月、戻って来てくれたか。ここで待っているよう言われた気がして待っていたんだが、よかった」
エミリオはホッとして言う。リセとカイルも安堵しているみたいだが、口を開くことさえ疲れるのか黙ったままだ。
私は枝を地面に落として、前足で雑にガサガサ揺らす。すると金色の命星が葉の中からころりと出てきた。
「命星!? すごいな、三日月! 二つ目の命星を見つけてきたのか」
「ミャー」
私は胸を張って鳴く。
そうだ、すごいだろう。もっと褒め称えよ。私、人生で一番頑張ったんだぞ。
「ありがとう! 本当に助かったよ。望みが繋がった。三日月のおかげで僕たちは生きて森を出られるかもしれない」
エミリオは腕を伸ばし、私の鼻の上辺りをなでなでしてきた。こそばゆい。やめろ。
エミリオはリセやカイルの方を振り返って言う。
「これはカイルに食べてもらおう。一番体の大きな君には早く元気になってもらわないと。リセは疲れて辛いだろうが、もう少し頑張れるかい?」
「怪我をしているわけではないですし、私は平気です」
「では、私が……。三日月、ありがとう」
エミリオから命星を受け取ると、カイルは躊躇なくそれを口に入れる。そして一分と経たず、カイルも命星の効果であっという間に元気になった。
「何です、これはッ! 疲れが吹っ飛んで力が溢れてくる! 体が軽くて走り出さずにはいられませんッ!」
元気になったカイルはエミリオよりもうるさくなった。声、でか。
「そうだろう! やはり星はすごいな!」
エミリオも負けじと大きな声で答える。
顔をしかめた私が神経質に耳をピコピコ動かしていると、カイルは早速リセを背負い、荷物を持って歩き出した。
「早く出発しましょうッ! 体力が戻っても日が暮れては歩けなくなってしまいます!」
「そうだな!」
うるさい二人と疲れ切っているリセを引き連れ、私も道案内を再開する。
私がいれば森で迷うことはないし、エミリオもカイルも元気になったし、それからは順調に進むことができた。
とはいえ、なるべく真っすぐ歩いても森の端に着くまでにはおよそ四時間かかった。それでも命星を食べたエミリオたちは早足で歩いていたので、人間にしてはかなり早く着いた方だと思う。
森を抜け、目の前に原っぱが広がっているのを目にすると、三人は喜びの声を上げた。
「やった! 殿下、リセさん! 脱出できましたよ!」
「一時は死を覚悟したけど、本当に助かったんだね」
「よかった……」
カイルが明るく大きな声を上げ、エミリオは安心して息をつき、リセは泣きそうな顔で呟いた。
もう夕方になってしまっていて辺りは薄暗く、オレンジの太陽は地平線にほとんど沈んでいる。あと少しで真っ暗になっていただろうから、ギリギリ間に合ってよかった。
命星の効果もいい感じになくなってきて、エミリオとカイルは無駄に大きな声を出さなくなっている。
「三日月ちゃん、ありがとう……本当にありがとう……」
リセはカイルに背負われたまま、私を見て言う。疲れて声はかすれているけど、本気で私に感謝しているのだと分かった。
「私一人の命だけじゃない。私の大切な殿下や、カイルさんのことも助けてくれてありがとう」
「ああ、本当に感謝する」
エミリオは一歩私に近づいて続ける。
「君が人間だったならたくさん褒美を与えていたところだけど、猫は何をあげれば喜ぶのかな?」
「ミャウ」
欲しいものがあるとすれば、ミルクかな。私サイズの大きなお皿にたっぷり入ったミルクが飲みたい。ヤギならたぶん二、三十頭は必要だと思うんだけど、用意できそう?
「ミャーン」
「何だい? ネズミでも欲しいのかな」
「ミャッ」
私は眉間にしわを寄せて拒否した。ネズミなんかもらっても気持ち悪いだけだ。
と、私とエミリオがそんな会話をしていると、周囲を見回していたカイルが何かに気づいて声を上げる。
「あっ! 見てください、あそこ! 人がいます。それも大勢」
カイルが指さす方を見ると、少し離れた森の外で、人間たちが休む準備をしているところだった。人間は見えるだけで十人以上はいる。
三角の布を五つほど張って、あの中で寝るみたいだ。外ではたき火もしていて、その上に鍋をかけている。いい匂いがするから料理を作っているのだろう。
「あの制服、うちの騎士たちですよ! 昨日はぐれた仲間です!」
カイルは喜びをあらわにして声を弾ませる。確かに彼らはカイルと同じ落ち着いた青の制服を着ていた。
「僕たちのことを今日も探していてくれたんだろう」
エミリオは国の重要人物らしいし、簡単には見捨てられなかったのかな。あるいは王子だとか関係なく、死んでほしくないからずっと探していたのかも。それにカイルやリセのことも諦めることはできなかったみたい。
だって、こちらに気づいた騎士たちはまず私の存在に驚いて武器を構えた後、エミリオたち三人がいることにも気がついてとても喜んだのだ。
「殿下! よくぞご無事で!」
「カイルもリセさんも! よかった!」
駆け寄ってくる騎士たちは、三人が無事でいたことに心から安堵している様子だった。
「心配かけたね」
「いいえ、ご無事でなによりです。お疲れでしょう、あちらのテントでお休みください。お怪我はされていませんか? そしてこの巨大な猫は一体……?」
騎士たちは薄闇の中に佇む私を見上げて言う。エミリオたちが怖がる様子もなく私のそばに立っているので、こちらを警戒しつつも攻撃はしてこない。
「詳しく話すと長くなるんだけど、この猫――三日月のおかげで僕たちは助かったんだ。恩人ならぬ恩猫だから、決して攻撃してはいけないよ。丁重にね」
「殿下がそうおっしゃるなら……」
巨大な子猫の登場とその猫が恩人だという事実に困惑しながらも、騎士たちは素直に頷く。
するとそこで、一人の女性がテントのある方からこちらに駆け寄ってきた。
「エミリオ殿下!」
女性はリセと同じくらいの若さで、肩の長さの黒髪だった。眼鏡をかけていて、顔立ちは何ていうか、薄い。特徴がなく、地味な印象だった。
ま、でも自然界では地味な方が敵に見つかりにくくていいよね。
(もしかしてあれがシズクかな?)
リセと一緒にこの世界に召喚されたっていう、繁栄の巫女。黒くて真っすぐな髪や、少し黄みがかった肌の色はリセと似ているから、やっぱりそうだと思う。
だけど、髪質や肌の色は似ている二人でも着ている服は全然違う。リセは使用人の制服だという簡素な服を着ていて、森で遭難して汚れてしまった今はみすぼらしくも見える。
一方、シズクは上品な服を身にまとっていた。光沢のある白くて丈の長い、ストンとしたドレスなのだが、猫の私でも上等そうだと分かる。あまりひらひらしていないし、一見するとシンプルだけど、布が良いものなんだろうし、青と銀が混じったような色の糸でたくさん刺繡が施されている。
同じ世界から召喚されたのに、『巫女』と『そうじゃない方』で着られる服も違うらしい。
人間って面倒だなぁと思いながら、私はシズクを観察する。シズクも私の存在に驚いて怖がりつつも、まずはエミリオの元に近づいて無事を喜んでいた。
「よかった、本当に心配しました」
「うん。安心してくれ。僕たち三人とも無事だ」
「三人……?」
そこで初めてシズクはカイルの方を見る。薄暗いということもあってカイルのことは目に入っていなかったみたい。
「あら。カイルも無事で――」
シズクはそこでやっと、カイルが背負っているリセの存在に気づく。
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