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ドワーフとチーズ(2)

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 翌日、私はハロルドのもとに向かうことにした。人間のことならハロルドに聞けばいいじゃん! と思いついたのだ。
 ハロルドなら信頼できると思うし、彼をドワーフの元に連れて行けばいい。そうすればドワーフたちはハロルドから人間の情報を得られる。ハロルドは武器を売りたいというドワーフたちに協力してくれるかもしれないしね。

(こんなことやっても私に何の得もないんだけど……暇なんだよな)

 とにかく暇を潰したいのだ。何の悩みもない私は、自分のことで考えなければならないことは何もないから、昨晩も『ドワーフはどうしたら人間に武器を売って称賛を得られるか』という問題を延々と考えちゃった。
 大変なことや疲れることをするのは嫌だけど、ハロルドをドワーフの元へ連れて行くくらいならそれほど大変なことではないのでいい暇つぶしになる。

(さてと)

 寝床にしている巨大な古木の根元から起き上がり、ぐーっと伸びをする。そして西の端にあるハロルドの家まで行こうとしたところで、私の体が黄色く光った。

(なになに!?)

 混乱しているうちにその場から私の体は消え、一瞬で別の場所に移動していた。

「三日月、よく来てくれた」

 移動した先で目の前に立っていたのはハロルドだ。ハロルドは家の外にいて、私の足元には大きな魔法陣が描かれていた。その魔法陣も光を放っていたが、私がここに着くとほぼ同時に光は消える。

「突然呼び出して済まないな。だが、上手くいってよかった」
(これ、召喚獣として魔法で呼び出された?)

 ハロルドとも召喚獣契約をしているのできっとそうだろう。

「ミャーン」

 召喚したならミルクをくれと、私は鳴いてハロルドに詰め寄った。
 まぁ、召喚されなくても毎日のようにミルクは貰いに行ってるんだけど……。

「ミルクだな。用意しておいたぞ」

 ハロルドが手に持っていた陶器の入れ物を傾け、私の口にヤギのミルクを直接注いでくれる。
 うーん、あっさりしつつもコクがあってやっぱり美味しい。

「では三日月、さっそく頼みを聞いてくれるか?」
「ミ……」

 頼まれ事をするのは気乗りしないけど、ミルクを飲んでしまった手前、一応ちゃんと返事をする。

「今日は森の案内を頼みたい。三日月はドワーフを知っているか? 彼らに会いに行きたいんだが」
「ミャ?」

 ハロルドの方からドワーフのところに行きたいという要望が出たことにびっくりして口をぽかんと開ける。
 ハロルドもドワーフの存在知ってたのか。賢者ってすごいな。

「ドワーフは優秀な職人なのだ。石や木の加工も得意だが、特に鍛冶の腕が優れている」
「ミャン」
 
 知ってるよ、と鳴く私。昨日会ってきたところだもん。

「彼らに会って、新しい斧を作ってもらいたいのだ。ここで生活するには自分で薪も用意しなければならないからな、斧が欠かせない。長年使って刃こぼれした今の斧はもう寿命だ」

 ハロルドは家の壁に立てかけてある古びた斧を指さした。そしてまた私の方を見て続ける。

「ナイフも今使っているもの以外に、新しく何本か欲しいと思っているのだ。しかし金ならあるが、ドワーフは人間の貨幣なんて貰って喜ぶだろうか? 何をあげたら物々交換になるだろう?」
「ミャーン」

 ハロルドが悩んでいたので、私は『チーズ』と答えてあげる。チーズの味が忘れられないって言ってたドワーフがいたからね。彼なら、チーズをあげれば喜びそうだ。
 だけど人間の言葉は猫の私には発音が難しく、チーズと伝えているのにどうしても「ミャーン」になってしまう。

「三日月はどう思う?」
「ミャーン」
「そうか、分からないか」
「ミャーン!」
「いいのだ、ありがとう。自分で考えるさ」
「ミャーン……」

 結局伝わらなかった。ハロルドは「ちょっと待っててくれ」と言って家に入ると、そこでドワーフに渡すものを探しているようだった。
 私は扉の近くまで行ってそこで座ると、悩んでいるハロルドを待つ。

「この絨毯は……森の中を運んで歩くには大きいか。ドワーフの住処までどれくらい歩くか分からないしな。服は、私は良いものを持っていないし、そもそもドワーフの身長に合わないか。リュックに入れて運べて、ドワーフが喜びそうなもの……。――待てよ?」

 気づいたように言うと、ハロルドはガサゴソと何かを漁って、ドワーフへあげる品を用意したようだった。

「待たせたな。行こう、三日月。案内してくれ」

 家から出てきたハロルドは大きなリュックを背負い、剣やナイフを腰に差して、出発の準備ができていた。

「一応数日分の食料は持っているが、半分がなくなってもドワーフの住処に着きそうになければそこで引き返す。まぁ、森には果物も豊富に生っているから、手持ちの食料はなかなかなくならないと思うが……」
 
 心配しなくてもドワーフの里は遠くないよ。彼らも森の西側に住んでいるから。

 そうして私たちは歩き出す。森の中は柔らかい土や落ち葉に足を取られる場所もあれば、土の中から岩が突き出ているところもあるし、木の根に苔が生えて滑りやすい場所もある。
 私の大きくて太い足ならしっかり地面を踏みしめられるけど、人間の小さな足だとつまずいたり転んだりしやすいだろう。
 でも、ハロルドは若くはないのに足取りはしっかりしている。リセたちと比べると、森を歩くことに慣れているみたい。

 そうして一時間近く歩いたところで、私は歩みを止め、地面に寝転がった。

「どうした、三日月? ドワーフの住処に着いたのか?」

 ハロルドは辺りを見回しているが、ドワーフの里にはまだ着いていないよ。何だかごろごろしたい気分だなぁと思ったからごろごろしてるだけ。ここ、木漏れ日がさして暖かいし、お花も咲いてるし。
 私はお腹を見せて仰向けに寝転びながら、鼻の近くに咲いていた白い花の匂いを嗅いだ。うん、お花の匂い!

「三日月……さては歩くのに飽きたな?」

 ハロルドは困ったように言ったが、次には苦笑してこう続ける。

「猫はいまいち頼っていいのか不安になるな。犬と違って、使命感など持ち合わせていなさそうだから。そこが猫のいいところでもあるが」

 猫に命令しても無駄だと悟っているのか、ハロルドは早く行くぞと急かすこともなく、諦めて私の隣で休憩を始めたのだった。

 やがて休憩を終えると、再び二人で歩き出したが、途中で私ははたと立ち止まる。

「今度は何だ? またごろごろしたい気分なのか?」

 ハロルドがしっぽを撫でてくるが、私はちょっと混乱していた。
 どちらに進めばいいか分からないのだ。

(あれ? 何で? ドワーフの里の位置は知ってるし、私は森で迷うことはないのに)

 頭の中にはちゃんと星降る森の地図があるのに、方位磁石をなくしてしまったような感覚。
 けどどうして急に分からなくなったんだろうと考えたところで、とある妖精に関する知識が頭の中に浮かんできた。

 その妖精は小さな可愛らしいオレンジ色のサルで、ひっそりと相手の後をつけてくる。一見すると無害だけど、後をつけられている間は方向感覚が狂ってしまうのだ。そうして相手を森で迷わせる。

(絶対そいつの仕業だ)

 私はキッと目を吊り上げて周囲をきょろきょろ見回す。
 すると木の枝の上に丸い目をしたオレンジのサルを見つけたのでそっちに突進しようとしたが、目が合うとサルは「キャッ!?」と小さく鳴いて逃げてしまった。臆病な性格みたいだ。

「何だ、今のサルは?」

 ハロルドは何も分かっていない。星降る森のことをよく知っていて方向感覚も優れている私でも、少し油断するとこうやって惑わされるんだから、この森は本当に人間にとっては危険なのだ。

(私のおかげで安全にドワーフのところまで行けるんだから感謝してよね!)

 そう言いたくて「ミャミャミャーン!」と鳴いてみたが、伝わらなかった。

「そうだな、可愛いサルだったな」

 そんなこと言ってないんだけど! 
 私は眉間にしわを寄せて「ミー!」と鳴き、不満をあらわにしたのだった。

 
 そんなこんなでドワーフの里に到着した。地下で料理でも作っているのか、地面から伸びている細い筒からは肉が焼けるような香ばしい香りが漂ってくる。

(ここだよ)

 私は昨日ケンタウロスたちと来た小さな洞窟にハロルドを案内した。

「ここがドワーフの? 住むには小さな洞窟だが、周囲の地面から突き出ている煙突のような筒を見るに、彼らは地下に住んでいるのか?」

 ハロルドは興味津々といった様子で周囲を見回しながら言う。そして今度は私に向かって話し出した。

「ドワーフは森の端でたまに人間に目撃されていてな。『ドワーフ』という名前も知られていて、彼らが登場する絵本や劇もあるのだ。だが、実際に彼らがどうやって生活しているか、その目で見た者はいないだろう」

 わくわくしているような、少し弾んだ声でハロルドが言う。ドワーフたちもさすがに初対面の人間を住処に入れるとは思えないから洞窟の中には入れないと思うけど、それでもハロルドは嬉しそうだ。
 新しいことを知るのが楽しいって感じで、おじさんなのに少年みたい。

(じゃあちょっと、呼んでくるね)

 私はドワーフたちを呼びだそうと、縦横一メートルくらいの幅の洞窟に顔を突っ込んだ。

「お、おい、三日月」

 人の家にいきなり顔面を突っ込む私に、ハロルドが少し慌てる。外の光が私の顔で遮断され、洞窟の中は真っ暗になるかと思ったけど、ほんのり明るかった。
 洞窟は奥に続いているのではなく、三メートルほど奥で行き止まりになっているが、そこにどうも階段があって地下に続いているらしい。こちらからは見えないが、階段にランプか何かがあるようで、炎の光がゆらゆら揺れている。だから洞窟内も真っ暗じゃないのだ。

「ミャァァァー!」

 とりあえず大きな声で鳴くと、洞窟と地下に反響して耳がちょっとビリビリした。
 もう一度鳴こうかと思ったが、地下から「何だ何だ?」とドワーフたちの声が聞こえたので黙って待つ。
 バタバタ、ドスドスと乱暴な足音が響いてきて、ドワーフたちが階段を上がってきた。

「うわぁぁ!?」

 階段は狭く、一人ずつしか上ってこれないらしく、まず先頭にいたおじさんドワーフが私を見て野太い悲鳴を上げた。そっちから見たら洞窟の出口いっぱいに私の顔面がみっしりはまっているんだから驚くのも無理はない。
 私はそっと顔を引っ込め、ドワーフたちが外に出てこれるように体をどけた。

「なんだ、三日月か」
「何事かと思ったぞ」
「わしらに何か用か?」

 昨日と同じようにぞろぞろとドワーフたちが出てきたが、彼らは私と一緒にいたハロルドに気づくと、とっさに武器に手をやった。
 
「待ってくれ。私はあなた方に何も危害を加えるつもりはない」

 ハロルドは落ち着いた声で言う。
 しかしドワーフたちの警戒は緩まない。

「人間か?」
「目的は何だ?」
「何故三日月と一緒にいる?」

 男のドワーフたちは厳しい顔をして問い詰めるが、ハロルドはそれも予想していたようで冷静に相手の信頼を得ようとしていた。

「私はハロルド・ウォーカー。最近、星降る森の西の端で生活を始めた人間だ。三日月とは森に来てから偶然出会って仲良くなり、今日、ドワーフの元へ連れて行ってくれと頼んでここまで案内してもらった」
「目的は?」

 ハロルドに息をつく間も与えず、ドワーフのおじさんが無愛想にもう一度質問する。
 するとハロルドは、腰のベルトに携えていたナイフに軽く手をかけて言った。

「素晴らしい鍛冶の腕を持つあなた方に、このナイフの手入れを頼みたいと思って来た」

『素晴らしい鍛冶の腕を持つ』という言葉に、ドワーフたちの警戒は一瞬緩む。やはり褒められると嬉しいらしい。
 しかしすぐに気を引き締め直すと、ハロルドに向かって厳しく尋ねる。

「確かにわしらは鍛冶が得意だが、それをどうして人間が知っている」
「それは……」

 ハロルドはそこでベルトからナイフを取り外し、右手に握った。銀色に鈍く光っている大きめのナイフは、使い勝手がよさそうに見えた。持ち手には植物の柄が彫られていて、ハロルドが長年愛用していたんだろうと一目見れば分かるくらい使い込まれている。
 しかしハロルドがナイフを持ったことでドワーフたちに緊張が走り、彼らも斧や剣といった武器を構えた。

 私はその様子を眺めながらのんびりあくびをする。ハロルドは全く殺気をまとっていないから、ここで戦いが始まるようなことはないと思う。
 実際、ハロルドは穏やかに説明を始めた。

「少し昔話をしてもいいだろうか。私がまだ少年だった頃、星降る森でドワーフと出会ったことがあるのだ。私は好奇心と知識欲ばかり旺盛な子供だったから、この不思議な場所に興味を惹かれて何度も一人で森に入った。さすがに森の奥深くまで進む無茶はしなかったが、森の端の方を歩き回っていたのだ」

 ドワーフたちは武器を持ったまま、静かに話を聞いている。

「するとある日、一人のドワーフに出会ってね。立派なひげを蓄えた、中年の男性だった。私がまだ子供だったからか、彼はあまりこちらを警戒せず言葉を交わしてくれて、そしてこのナイフをくれた」

 ドワーフたちによく見えるように、ハロルドはナイフを差し出した。
 ドワーフたちはそれを受け取りはしなかったが、距離を開けたままナイフを見て、それから仲間同士視線を合わせる。

「この話、昨日も聞いたぞ」

 そしてドワーフたちは、一人の初老のドワーフに顔を向ける。

「ガイエフ、昨日お前さんが言ってた話……」
「確かに、わしの作ったナイフだ」

 白髪混じりの髪とひげを持つガイエフというドワーフは、びっくりした顔でハロルドのナイフを見たまま、仲間の言葉に答えた。
 どうやら彼が昨日話していた、〝昔、出会った人間の少年〟というのは幼い頃のハロルドだったらしい。

(すごい偶然……ってわけでもないか。ハロルドは、昔ナイフをくれたドワーフにまた会えたらいいなとも思ってここに来たんだろうし)

「あなたが?」

 ガイエフを見るハロルドの瞳が喜びに染まっている。

「そうだ。そのナイフにはわしの名前が彫ってある。それにわしも、昔、森の端で人間の少年に会ったことを覚えている」
「なんということだ。また会えたらとは思っていたが、本当に再会できるとは」
「本当にお前さんがあの少年なのか? 随分歳を取ったな」
「五十年経つと人間は老いるんだ」

 ハロルドは笑って答え、ガイエフの方に進み出て握手を求めた。ガイエフも小さくてゴツい手を差し出し、握手に応える。

「まだそのナイフを持っていてくれたのか」
「これは今でもお気に入りのナイフだよ。手入れは自分でしていたから切れ味は落ちてしまっただろうが、それでもよく切れるし、頑丈で、手に馴染む。本当に素晴らしいナイフだ」
「そうか」

 ガイエフは褒められて嬉しそうだ。ハロルドは続ける。

「これを他の人間に貸すと、みんな『俺もこれが欲しい。職人を紹介してくれ』と言うんだ。偶然森で出会ったドワーフに貰ったのだと言うと、みんな羨ましがっていたよ」
「そうかぁ」

 ガイエフは表情を緩めて照れているし、周りのドワーフも自分が称賛されたかのようにニマニマしている。

「よぉし! お前さんの頼みなら、このナイフを手入れしてやろう。任せておけ!」
「本当かい? ありがとう、とても嬉しいよ。よければ新しい斧も欲しいと思っているのだが……」
「作ってやるさ、斧くらい!」

 ガイエフは気前良く分厚い胸を叩いて言う。ドワーフって結構単純な種族なのかも。
 
「ありがとう。感謝する。お礼だが、何か欲しい物があれば言ってくれ。ドワーフの好みが分からなくてね。とりあえず今日はこれを持ってきた」

 そう言うと、ハロルドはリュックから大きな黄色いチーズを取り出した。布に包まれていたそれは円形で、固そうに見える。私が以前一切れ貰ったものと同じチーズなら塩辛いだろうから、少しずつ食べるものなんだろう。

「昔、あなたと出会った時にチーズを渡したことを思い出し、また持ってきた」
「チーズだとッ!?」
「だ、駄目だったか……?」

 ガイエフが大きなリアクションを見せたので、ハロルドはびっくりして自信なさげに言った。

「チーズは口に合わなかったかい?」
「いやいや! むしろとても美味くて、今日までその味が忘れられなかったのだ! また食べたいと思っていた!」

 ガイエフだけでなく、他のドワーフたちも「わしも話を聞いて食べてみたかったのだ」「わしにも分けてくれ」と言い出すと、ハロルドはホッとしたようだった。

「よかった、チーズの味は気に入ってくれていたのか。それならまたたくさん持ってくるよ」
「ぜひ頼む!」
「しかし斧とナイフのお礼がチーズだけでは申し訳ないな。何か他に欲しい物はないか?」

 ハロルドが尋ねると、ガイエフは仲間のドワーフと視線を交わし、少し考えてからおずおずと言う。

「それなら……わしらが人間の街で商売をする手助けをしてほしいのだが……」
「商売? 何を売るんだ?」
「もちろん武器さ。わしらは素晴らしい武器を作れるのだということを、人間にも知ってもらいたいのだ」
「武器か……」

 顎に手を当てて考え込むハロルドのことを、ドワーフたちがじっと見上げている。
 あまり興味のない話題で暇になった私は、よっこらしょと地面に伏せた。するとモグラのような生き物が偶然目の前の地面からひょこっと出てきたので、反射的に叩いたけど、素早く土の中に潜ってしまった。残念。
 私は顎を地面につけ、瞳孔を全開にし、モグラがもう一度出てくるのではないかと穴を注視する。

「手を貸してはくれんか? わしらの作るものはきっと人間に称賛されるが、わしらは人間の街にも行ったことがないし、人間のこともよく知らんのだ」

 ガイエフが再度ハロルドに頼んでいる。
 するとハロルドは悩んでいる素振りを見せながら言う。

「私でよければ力になるが、武器を売るというのは心配だ。あなた方の作る武器は精巧で頑丈で性能が良いから、きっとすぐに人間の権力者が目をつけるだろう。しかしそうなると、戦争で使う武器の製造を依頼される可能性が出てくる。いや、いずれ絶対にそうなるだろう。あなた方は人間の争いに巻き込まれてしまうことになる。一方の国に武器を売れば、そこと敵対する国から恨まれて命を狙われる可能性だってあるのだ」

 モグラが出てくるのを期待して私が穴を見続ける中、ハロルドは自分の顎をさすりながら言う。

「あなた方の目的が金を稼ぐことなら、武器を売るというのは確かに一番儲かるが……」
「いや、わしらは儲けたいわけではない」

 ガイエフは慌てて返す。

「わしらは、わしらの作るものをもっと多くの者に披露して、称賛されたいだけなのだ。今のところ、素晴らしい武器を作っても、自分たちで使うかケンタウロスにやるかしか使い道がないのでな。人間たちのゴタゴタには巻き込まれたくない」
「それなら……」

 ハロルドはまた少し考えてから続けた。

「包丁を売るというのはどうだろう? 包丁は料理人のみならず毎日家庭で使うものだし、需要は高い。よく切れるものほど喜ばれるし、その辺りはあなた方の腕の見せ所だな。魚や肉、パンと、切るものによって刃の形も違うし、工夫の余地があるから作り甲斐もあると思うのだ」
「ふむ、包丁か」
「人間たちはドワーフを見たことがないから、最初は怖がられるかもしれないが、そこは私が間に入ろう。店を開くための手続きもやっておく」
「そんなことまで任せていいのか?」
「いきなりドワーフが人間の街に出てきたら混乱もあるだろうから、それを避けるためにもまずは私が動くよ。色々なツテは持っているからね、信頼してくれ」

 ハロルドがそう言うと、ドワーフたちは「ありがとう」と感謝を口にした。
 まぁ、ハロルドは賢者だからね。よく分からないけど何かすごい人間なんだろうし、頼れると思う。

「あなた方の技術で包丁を作れば、店はきっと繁盛するだろう。『こんなによく切れる包丁見たことない』と、人間たちも喜ぶさ」
「そうだといいが。人間の使っている金が手に入れば、チーズ以外の食べ物も食べてみたいと思う。この森では手に入らない、人間の食べ物を」

 ガイエフが子供のようにわくわくしている様子で言うと、ハロルドは穏やかに笑って返す。

「おすすめの食べ物はたくさんあるよ。この森の中に小麦畑はなさそうだし、小麦を使ったお菓子やパンもあなた方にとっては新鮮に感じるだろう」

 そして話が一旦まとまったところで、ドワーフたちはハロルドを宴に誘った。

「あんたに肉と酒をご馳走したい。良かったら中に――」

 一人のドワーフがそう言って小さな洞窟を指さし、次に決して小柄ではないハロルドを見て、続ける。

「――入るのは無理か。地下は広いんだが、通路は狭いところもあるからなぁ」
「気持ちだけ受け取っておこう。三日月もいることだし」

 私はここでモグラが出てくるのを待ってるから、別に行ってきてもいいけどね。でも飽きたら帰るけどね。

「いやぁ、しかしせっかくの出会いだ。是非とも酒を飲み交わしたい」
「地上に食料を持ってきて、ここで飲み食いするか」
「そうしよう」

 ドワーフたちは何としてでもハロルドとお酒を飲みたいらしく――と言うか何でもいいからお酒を飲みたいだけかもしれない――結局地下からお酒や食料が運ばれてきて、ここで盛大な宴が開かれた。
 食料はほとんど肉ばかりで、生の肉はたき火を起こして焙って食べたりしていたが、お酒はやたらと種類が多く、色々な果実酒が並べられた。

「チーズはどの酒にもよく合うなぁ!」
「金が手に入ったら人間たちの作る酒も買ってみよう!」

 ドワーフたちはそんなことを言い合って盛り上がっていて、ハロルドも勧められたお酒を飲みながら彼らを見て楽しそうに笑っている。
 私はと言うと、お肉をちょっと貰って食べると、後は引き続きモグラが穴から出てくるのを待っていた。
 けれど宴が終わる頃になっても結局モグラは出て来ず、それはちょっとがっかりしたけど、こういう賑やかで楽しい場にいるのは悪くないなと思ったのだった。


 その後一か月ほど経っても、私はしつこくドワーフの里に通って、洞窟前にあるモグラの穴を観察していた。いつかまた出てくるんじゃないかって希望を捨てられないのだ。
 
「なんだ、三日月。また来てるのか」
「いい加減諦めたらどうだ?」

 私がモグラの穴の前でじっと佇んでいると、背後からおじさんドワーフが八人、ぞろぞろと洞窟に戻ってきて言う。先頭にいたのはガイエフだった。
 彼らはそれぞれ荷物を背負っていて、少し疲れた様子だったが表情は明るい。

「ミャウ~」
「今日も包丁がたくさん売れてな。売上でチーズを買ってきたぞ。三日月にもやろう」

 ガイエフが荷物の中から黄色くて丸いチーズを取り出し、一切れ分を私の口に入れてくれた。もちゃもちゃとそれを咀嚼すると、濃厚な旨味が舌に広がる。ちょっと塩辛いけどやっぱり美味しい。

「こうやってチーズを食べられるのも、三日月がわしらの元へハロルドを連れてきてくれたおかげだからな」

 ガイエフはそう言って笑う。他のドワーフたちもみんな機嫌が良いみたいだ。
 一か月前からハロルドが色々手を回して、ドワーフたちは無事に人間の街で店を出すことができた。今はまだハロルドが保護者みたいにドワーフたちについて行ってあげてるらしいけど、『ドワーフの包丁屋』は順調に人間たちに受け入れられてるようだ。

「人間たちもなかなか良い奴らでよかったなぁ」
「みんな最初はわしらを見て、化物を目にしたみたいにぎょっとした顔しとったが、今ではわしらの作った包丁を褒めてくれるしな」

 店が上手くいってるみたいでよかったね。ドワーフたちの包丁が売れれば私もチーズのお土産を貰えるわけだから、商売が順調なのは良いことだ。

「ではな、三日月」
「もうモグラは諦めろ。お前のようなでかい猫が巣穴の前に陣取ってたんじゃあ、とっくにどこかに逃げちまってるぞ」

 ドワーフたちはそう言って洞窟の中に帰っていく。

「ミャウ……」

 私は悔し紛れに空っぽのモグラの巣穴を前足でバンバン叩いた後、日向ぼっこできる場所を探してドワーフの里から去ったのだった。
 モグラァ……。
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