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第3章 安住の地
第34話 侵攻の末に
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◇
◇
本陣のある高台から見た光景は、信じられないものだった。
森から出てきた魔獣が横一列に並び一斉に魔法攻撃を仕掛けている。その攻撃を受けた軍は川へと追いやられ、逃げ場を失った兵は前後へ逃げる事もできず、炎に焼かれ、岩に潰され、川へと落ちる。
敗北! いやこのままでは、我が軍は壊滅してしまう。
「セイドリアン様! お隠れくだされ! 上空に怪鳥が」
上空を仰ぎ見ると、そこには黒い翼を広げた魔獣。いや、あれはヴァンパイアか!!
周りにいた護衛の者が即座に攻撃したが、反撃を受け倒れる。
「これ以上、攻撃をするな!!」
周りに指示を飛ばす我の頭上から、少女の声が降ってくる。
「君がここの大将かな」
我らが山で捕らえようとしているのは、賢者ではなくヴァンパイアであると、密かに領主様より聞かされている。だからこの大兵力を持ってここまでやって来たのだ。
「まだ戦うと言うなら、徹底して魔獣達に襲わせるよ。君達を含めてね。あの子達もそろそろお腹が空いてきた頃だしね」
戦場では魔獣を含む大攻勢が続いている。大勢はもう決まった。これ以上の戦闘は無意味。生き残った兵だけでも領地へ返してやらねば……。
「ま、待ってくだされ。我らのご無礼、ここにお詫びいたします。平にご容赦を」
ヴァンパイアと言うのが魔獣を従え、これほどの力を持っていたなど夢にも思わなかった。これが人型の魔獣、モンスターと言うものなのか。その者を目の前にして冷や汗が止まらない。
「それなら領地に帰って領主に伝えてくれるかな。この森は魔獣達の森。金輪際入ってくる事は許さないとね」
「はっ。その言葉、確かに伝えまする」
両膝を突き、頭を地面に付けるようにして交戦の意思がないと示す。これは敵の兵力を甘く見た領主様の、そして我々の完全なる敗北。小さな村一つ落とす事さえできなかった。
ヴァンパイアが飛び去った後、戦場にいた魔獣もいつの間にか消え去り、そこには我が兵士達の無残な遺体だけが残されていた。
生き残った兵を引き連れて、領地へと帰還した我を待っていたのは、敵に占領された町と城に掲げられたハウランド家の紋章旗だった。
「セイドリアン卿。おぬしらが辺境の森へ赴いた後、ハウランド子爵率いる軍勢が町に侵入してきてのう。短期間のうちにこの町は占拠されてしまったのじゃ。その電光石火のごとき攻撃に、我々は何もできなんだ」
残してきた守備軍は精鋭ではあったが、隙を突かれ明け方に町の門を突破されるまで、敵の襲来に気付くことができなかったそうだ。数は少なく四百ほどの兵だが、町に侵入された後もその行動は素早く、城の城門も突破され守備軍が壊滅したと。
「領主様……ケファエス様はどうなったのだ」
「ハウランドの領地を攻撃した責任者として、首をはねられたよ。我ら貴族もその領地を没収され、忠誠を誓う者は新たな領地を与えるとの事だ」
ハウランド子爵は、まだ三十を過ぎたばかりの若い領主だが、これほどの事を成すとは思ってもみなかった。
自ら少ない兵と共に領地を出て、ここまで攻め込んできている。我らがあの小さい村と戦闘を始める頃には、この町のすぐ近くまで来ていたことになる。あの村自体を陽動に使ったと言う事か……。
そういえば、村との戦いは冒険者ばかりで正規軍は参加していなかった。ハウランド子爵の領地は小さな領地だが、その全勢力を持って、我らの拠点となるこのタリストの町を一点突破し制圧したのか……。
「おぬし達が遠征先で敗れたことは、皆知っておる。これ以上戦う力は我らには無い。他の貴族もハウランド子爵の軍門に下るつもりじゃ」
若く行動力のある子爵と我らの年老いた領主、その天命は既に決まっていたのかも知れんな。もしかするとハウランド子爵は、あの恐ろしきヴァンパイアも配下に置いていたのか……。いや違うな、あの者は人の手に余るものだ。棲家となる森を攻められ、それに対抗しただけだろう。
あの者が言っていた、『魔獣達の森に入ってくるな』と言う言葉を領主様に伝える事はできなくなったが、我の胸に焼き付けて後々まで語り伝えることとしよう。
我の領地も没収となったが、近くに小さな領地をもらい家族と共に移り住んだ。あの時の戦いは今でも悪夢に出てくる。我の兵として出兵してくれた家族には、できるだけの補償をするようにしている。それで報いる事ができれば良いのだが……。
今は息子達も一人前になり独立した。貴族としての地位を譲る事はできないが、安定した家庭を持って生活している。我は妻と二人、この小さな領地で細々と暮らしているが、これもいいもんだ。
我らを下した、ハウランド子爵様はこの辺りの領地を吸収して、今では辺境伯と呼ばれるまでになっている。その治世も素晴らしく、この地に住む者は豊かになり平和な時代が続いている。
聞くところによると、賢者様の知恵によって治世を成していると言う。あのヴァンパイアの事だろうか……。
直接戦った我だから分かるが、あの力はこの世のものではない気がする。魔獣を従えその破壊力は凄まじかったが、本質はそこではない。もし我が魔獣を従える事ができたとして、あのような立案と指揮ができたであろうか。
一通りではない幾多の場面を事前に思い描いた上で、実戦の場面で対応しなければならないはずだ。あの洗練された軍事行動は、目を見張るものがあった。あらゆる戦場を経験した歴戦の勇者が指揮官にでもなったかのようだった。
その力が今後、我ら獣人に向かない事を祈りたい。あのヴァンパイアであれば、この大陸中を敵に回しても勝利し支配する事が可能ではないかと思ってしまう。
人型の魔獣や悪魔といったものは、神が我ら獣人族に試練を与えるため地上へと遣わしたものだと言われている。四、五百年に一度は、そう言った者達によって世界に危機が訪れると……。
我の見たあのヴァンパイアがそうでない事を神に願う他ない。空で我らを見守るウエノス神様。今のこの幸せをどうかお守りください。
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本陣のある高台から見た光景は、信じられないものだった。
森から出てきた魔獣が横一列に並び一斉に魔法攻撃を仕掛けている。その攻撃を受けた軍は川へと追いやられ、逃げ場を失った兵は前後へ逃げる事もできず、炎に焼かれ、岩に潰され、川へと落ちる。
敗北! いやこのままでは、我が軍は壊滅してしまう。
「セイドリアン様! お隠れくだされ! 上空に怪鳥が」
上空を仰ぎ見ると、そこには黒い翼を広げた魔獣。いや、あれはヴァンパイアか!!
周りにいた護衛の者が即座に攻撃したが、反撃を受け倒れる。
「これ以上、攻撃をするな!!」
周りに指示を飛ばす我の頭上から、少女の声が降ってくる。
「君がここの大将かな」
我らが山で捕らえようとしているのは、賢者ではなくヴァンパイアであると、密かに領主様より聞かされている。だからこの大兵力を持ってここまでやって来たのだ。
「まだ戦うと言うなら、徹底して魔獣達に襲わせるよ。君達を含めてね。あの子達もそろそろお腹が空いてきた頃だしね」
戦場では魔獣を含む大攻勢が続いている。大勢はもう決まった。これ以上の戦闘は無意味。生き残った兵だけでも領地へ返してやらねば……。
「ま、待ってくだされ。我らのご無礼、ここにお詫びいたします。平にご容赦を」
ヴァンパイアと言うのが魔獣を従え、これほどの力を持っていたなど夢にも思わなかった。これが人型の魔獣、モンスターと言うものなのか。その者を目の前にして冷や汗が止まらない。
「それなら領地に帰って領主に伝えてくれるかな。この森は魔獣達の森。金輪際入ってくる事は許さないとね」
「はっ。その言葉、確かに伝えまする」
両膝を突き、頭を地面に付けるようにして交戦の意思がないと示す。これは敵の兵力を甘く見た領主様の、そして我々の完全なる敗北。小さな村一つ落とす事さえできなかった。
ヴァンパイアが飛び去った後、戦場にいた魔獣もいつの間にか消え去り、そこには我が兵士達の無残な遺体だけが残されていた。
生き残った兵を引き連れて、領地へと帰還した我を待っていたのは、敵に占領された町と城に掲げられたハウランド家の紋章旗だった。
「セイドリアン卿。おぬしらが辺境の森へ赴いた後、ハウランド子爵率いる軍勢が町に侵入してきてのう。短期間のうちにこの町は占拠されてしまったのじゃ。その電光石火のごとき攻撃に、我々は何もできなんだ」
残してきた守備軍は精鋭ではあったが、隙を突かれ明け方に町の門を突破されるまで、敵の襲来に気付くことができなかったそうだ。数は少なく四百ほどの兵だが、町に侵入された後もその行動は素早く、城の城門も突破され守備軍が壊滅したと。
「領主様……ケファエス様はどうなったのだ」
「ハウランドの領地を攻撃した責任者として、首をはねられたよ。我ら貴族もその領地を没収され、忠誠を誓う者は新たな領地を与えるとの事だ」
ハウランド子爵は、まだ三十を過ぎたばかりの若い領主だが、これほどの事を成すとは思ってもみなかった。
自ら少ない兵と共に領地を出て、ここまで攻め込んできている。我らがあの小さい村と戦闘を始める頃には、この町のすぐ近くまで来ていたことになる。あの村自体を陽動に使ったと言う事か……。
そういえば、村との戦いは冒険者ばかりで正規軍は参加していなかった。ハウランド子爵の領地は小さな領地だが、その全勢力を持って、我らの拠点となるこのタリストの町を一点突破し制圧したのか……。
「おぬし達が遠征先で敗れたことは、皆知っておる。これ以上戦う力は我らには無い。他の貴族もハウランド子爵の軍門に下るつもりじゃ」
若く行動力のある子爵と我らの年老いた領主、その天命は既に決まっていたのかも知れんな。もしかするとハウランド子爵は、あの恐ろしきヴァンパイアも配下に置いていたのか……。いや違うな、あの者は人の手に余るものだ。棲家となる森を攻められ、それに対抗しただけだろう。
あの者が言っていた、『魔獣達の森に入ってくるな』と言う言葉を領主様に伝える事はできなくなったが、我の胸に焼き付けて後々まで語り伝えることとしよう。
我の領地も没収となったが、近くに小さな領地をもらい家族と共に移り住んだ。あの時の戦いは今でも悪夢に出てくる。我の兵として出兵してくれた家族には、できるだけの補償をするようにしている。それで報いる事ができれば良いのだが……。
今は息子達も一人前になり独立した。貴族としての地位を譲る事はできないが、安定した家庭を持って生活している。我は妻と二人、この小さな領地で細々と暮らしているが、これもいいもんだ。
我らを下した、ハウランド子爵様はこの辺りの領地を吸収して、今では辺境伯と呼ばれるまでになっている。その治世も素晴らしく、この地に住む者は豊かになり平和な時代が続いている。
聞くところによると、賢者様の知恵によって治世を成していると言う。あのヴァンパイアの事だろうか……。
直接戦った我だから分かるが、あの力はこの世のものではない気がする。魔獣を従えその破壊力は凄まじかったが、本質はそこではない。もし我が魔獣を従える事ができたとして、あのような立案と指揮ができたであろうか。
一通りではない幾多の場面を事前に思い描いた上で、実戦の場面で対応しなければならないはずだ。あの洗練された軍事行動は、目を見張るものがあった。あらゆる戦場を経験した歴戦の勇者が指揮官にでもなったかのようだった。
その力が今後、我ら獣人に向かない事を祈りたい。あのヴァンパイアであれば、この大陸中を敵に回しても勝利し支配する事が可能ではないかと思ってしまう。
人型の魔獣や悪魔といったものは、神が我ら獣人族に試練を与えるため地上へと遣わしたものだと言われている。四、五百年に一度は、そう言った者達によって世界に危機が訪れると……。
我の見たあのヴァンパイアがそうでない事を神に願う他ない。空で我らを見守るウエノス神様。今のこの幸せをどうかお守りください。
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