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第九章 勇者と保護者
10.再びの輪廻の間
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気がつくと、俺は見覚えのある場所にいた。
「ごくろうじゃったのう、ショート、いや朱鳥翔斗」
俺に声をかけてきたのはシルシル。
そう、ここは輪廻の間。
交通事故に遭って、初めてシルシルに出会った場所だ。
ぷかぷか浮かぶ幼女に、俺は言う。
「俺の役割は終わったってことか」
「ふむ。勇者は無事最後の試練を乗り越えた。お主は双子を立派に育て上げたのじゃ。礼をいわせてもらおう」
――育て上げた、ね。
俺は自然と自虐的な笑みを浮かべてしまう。
「うん? どうした? 何か言いたげじゃな」
「俺は何もしちゃいないさ」
「どういう意味じゃな?」
俺は双子に何もしてはいない。
あいつらは勝手に育った。
俺はそれをほんの少し手伝っただけだ。
俺がいなかったとしても、あいつらは立派に育っただろう。
俺がわざわざ転移なんてしなくても、保護者になれるヤツなんていくらでもいたのだ。ゴボダラか、ミリスか、ミレヌか、マーリャか、ダルネスか、レルスか、あるいはライトやソフィネか。
そう言う俺に、シルシルは「なるほどな」と頷く。
「確かにそうかもしれん。じゃが、それでもお主の働きは大きかったとワシは思うぞ」
「そうかね?」
全く自覚がないのだが。
「確かにお主がいなくても、双子は勇者になったかもしれんな。じゃが、これまで幾度となく300年ごとに現れた勇者らは、魔王や魔族との戦いを避ける道を探そうなどとはせんかった。
魔王や魔物を倒すことに長けてはいても、戦う相手をも慈しむ心は持ち合わせなんだよ」
300年ごとに幾度となく繰り返された、勇者と魔王の――あるいは、魔族とそれ以外の種族との戦い。
それに終止符を打つ存在に、双子はなり得る。そう、育ったのは異世界の平和ぼけした世界から保護者を呼び出したからだと、シルシルは語った。
「それも、別に俺のおかげじゃねーよ」
あいつらがそう育ったのは、あいつらだからだ。
「そうかのう。歴代の勇者達はあの2人のように感情豊かではなかった。あのように心の底から笑い、泣き、愛し、楽しむような育ち方はしなかった。
お主はあの双子を勇者としてではなく、ただの子どもとして育てようとしてくれた。じゃからこそ、2人は人間らしく育ってくれた」
それは過剰な評価ありがとうといったところかな。
「さてな。2人がそう育ったのは、あの2人だったからだと思う。あえていうなら、双子だったからじゃないのか?」
「そうかな?」
「そうだよ」
俺には勇者様を育てる力なんて無い。
できたとしたら、せいぜい2人のお子様と一緒に悩んだり、楽しんだり、笑ったり、泣いたりしただけだ。
「なあ、双子はこれからどうなるんだ?」
「そうじゃのう。ワシも未来までは見通せぬからの」
シルシルはそう言って首をひねる。
「ま、確かにお前最初から、言うほど『全知全能』じゃねーもんな」
「むっ!?」
「だってさぁ、本当に全知全能だっていうなら、勇者に直接話しかければ良いわけで」
「むむっ!?」
「つーか、魔王なんて生まれないようにすれば良いし」
「むむむっ!?」
「そもそも、勇者様が最初から立派に育っている状態で生み出せば良いわな」
「むむむむっ!?」
そう。
目の前の空飛ぶ幼女は決して『全知全能の神様』なんかじゃない。
神様ではあるのかもしれないが、俺や双子と同じように、日々迷い、考え、努力し、あるいは寂しがったりする極めて人間的な存在だ。
「ま、ワシなんぞしょせんはあの世界の一部地域を任されているだけの下級神じゃからな」
そういって、ウジウジとしはじめるシルシル。
「シルシル、俺も未来は見通せない。だけど思うよ。アレルとフロルなら大丈夫だ。あいつらなら、きっと魔王と共に歩く未来を作れる」
双子だけじゃない。
ライトがいてくれる。ダルネスも、レルスも、ソフィネもいてくれる。
だから何も心配いらない。
俺は本当にそう思うし、そう思いたかった。
俺はもう、アレルとフロルになにもしてやれないから。
「そうじゃの。ワシもそう信じたい。
それじゃあ、そろそろ、ワシとお主もお別れじゃ」
いよいよ、日本に戻る――か。
「前にも言ったが、お主は例の事故から数日後の世界に戻る。事故の怪我が治ったりはせんが、彼の世界には回復魔法などないようじゃが、その分医学は進んでおるようじゃから大丈夫じゃろう。
分かっておるとは思うが、日本においては魔法や思念モニタなんかは使えないからの」
「ふむ」
「ワシと話せるのはこれが最後じゃ、何か言い残すことはあるかの?」
言い残すことねぇ。
そうだなぁ……特にないけど。
ま、あえていうなら。
「お前も寂しいなら、素直になれよ」
俺の言葉に、シルシルは顔を真っ赤にし。
「う、うるさいのじゃ。さあ、お主の魂を肉体に戻すぞ!」
シルシルはそう宣言し――
――そして、俺は懐かしい声を聞く。
「ごくろうじゃったのう、ショート、いや朱鳥翔斗」
俺に声をかけてきたのはシルシル。
そう、ここは輪廻の間。
交通事故に遭って、初めてシルシルに出会った場所だ。
ぷかぷか浮かぶ幼女に、俺は言う。
「俺の役割は終わったってことか」
「ふむ。勇者は無事最後の試練を乗り越えた。お主は双子を立派に育て上げたのじゃ。礼をいわせてもらおう」
――育て上げた、ね。
俺は自然と自虐的な笑みを浮かべてしまう。
「うん? どうした? 何か言いたげじゃな」
「俺は何もしちゃいないさ」
「どういう意味じゃな?」
俺は双子に何もしてはいない。
あいつらは勝手に育った。
俺はそれをほんの少し手伝っただけだ。
俺がいなかったとしても、あいつらは立派に育っただろう。
俺がわざわざ転移なんてしなくても、保護者になれるヤツなんていくらでもいたのだ。ゴボダラか、ミリスか、ミレヌか、マーリャか、ダルネスか、レルスか、あるいはライトやソフィネか。
そう言う俺に、シルシルは「なるほどな」と頷く。
「確かにそうかもしれん。じゃが、それでもお主の働きは大きかったとワシは思うぞ」
「そうかね?」
全く自覚がないのだが。
「確かにお主がいなくても、双子は勇者になったかもしれんな。じゃが、これまで幾度となく300年ごとに現れた勇者らは、魔王や魔族との戦いを避ける道を探そうなどとはせんかった。
魔王や魔物を倒すことに長けてはいても、戦う相手をも慈しむ心は持ち合わせなんだよ」
300年ごとに幾度となく繰り返された、勇者と魔王の――あるいは、魔族とそれ以外の種族との戦い。
それに終止符を打つ存在に、双子はなり得る。そう、育ったのは異世界の平和ぼけした世界から保護者を呼び出したからだと、シルシルは語った。
「それも、別に俺のおかげじゃねーよ」
あいつらがそう育ったのは、あいつらだからだ。
「そうかのう。歴代の勇者達はあの2人のように感情豊かではなかった。あのように心の底から笑い、泣き、愛し、楽しむような育ち方はしなかった。
お主はあの双子を勇者としてではなく、ただの子どもとして育てようとしてくれた。じゃからこそ、2人は人間らしく育ってくれた」
それは過剰な評価ありがとうといったところかな。
「さてな。2人がそう育ったのは、あの2人だったからだと思う。あえていうなら、双子だったからじゃないのか?」
「そうかな?」
「そうだよ」
俺には勇者様を育てる力なんて無い。
できたとしたら、せいぜい2人のお子様と一緒に悩んだり、楽しんだり、笑ったり、泣いたりしただけだ。
「なあ、双子はこれからどうなるんだ?」
「そうじゃのう。ワシも未来までは見通せぬからの」
シルシルはそう言って首をひねる。
「ま、確かにお前最初から、言うほど『全知全能』じゃねーもんな」
「むっ!?」
「だってさぁ、本当に全知全能だっていうなら、勇者に直接話しかければ良いわけで」
「むむっ!?」
「つーか、魔王なんて生まれないようにすれば良いし」
「むむむっ!?」
「そもそも、勇者様が最初から立派に育っている状態で生み出せば良いわな」
「むむむむっ!?」
そう。
目の前の空飛ぶ幼女は決して『全知全能の神様』なんかじゃない。
神様ではあるのかもしれないが、俺や双子と同じように、日々迷い、考え、努力し、あるいは寂しがったりする極めて人間的な存在だ。
「ま、ワシなんぞしょせんはあの世界の一部地域を任されているだけの下級神じゃからな」
そういって、ウジウジとしはじめるシルシル。
「シルシル、俺も未来は見通せない。だけど思うよ。アレルとフロルなら大丈夫だ。あいつらなら、きっと魔王と共に歩く未来を作れる」
双子だけじゃない。
ライトがいてくれる。ダルネスも、レルスも、ソフィネもいてくれる。
だから何も心配いらない。
俺は本当にそう思うし、そう思いたかった。
俺はもう、アレルとフロルになにもしてやれないから。
「そうじゃの。ワシもそう信じたい。
それじゃあ、そろそろ、ワシとお主もお別れじゃ」
いよいよ、日本に戻る――か。
「前にも言ったが、お主は例の事故から数日後の世界に戻る。事故の怪我が治ったりはせんが、彼の世界には回復魔法などないようじゃが、その分医学は進んでおるようじゃから大丈夫じゃろう。
分かっておるとは思うが、日本においては魔法や思念モニタなんかは使えないからの」
「ふむ」
「ワシと話せるのはこれが最後じゃ、何か言い残すことはあるかの?」
言い残すことねぇ。
そうだなぁ……特にないけど。
ま、あえていうなら。
「お前も寂しいなら、素直になれよ」
俺の言葉に、シルシルは顔を真っ赤にし。
「う、うるさいのじゃ。さあ、お主の魂を肉体に戻すぞ!」
シルシルはそう宣言し――
――そして、俺は懐かしい声を聞く。
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