執着王子のお気に入り姫

暁月りあ

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XV酒場の裏側

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 古びた建物だからか人が歩けば少し軋んだ音を立てる。
 人が降りてくる気配に俺は顔を上げた。

「それで、姫君は寝ましたよ。寝息まで確認しました」
「世話をかける」

 ひょろりとした優男。
 通り過ぎれば10人中9人はそう言うのではないだろうか。
 どこにでもいるような、目立つことなくけれども完全に存在が消えることはない。
 記憶の片隅にも残らないような男。
 それがディンバーという名の男である。
 俺が労うとディンバーはカウンター席に座る俺の隣に荒く腰掛けた。

「貴方の尻拭いも今に始まったことではないですし。それで、どうするんですか。──ラクト殿下」

 互いに遮音の魔法具を手にして、じろりと恨めしげに睨んでくるディンバーへ俺は肩をすくめた。
 王女が消えて俺はすぐに行動に出た。
 闇雲に探すのではなく、情報が集まる場所を作って探そうとした。
 冒険者ギルドや商会ギルドなんかにも勿論『耳』はいる。
 それとは別にある情報も必要だからだ。
 まさか王女自身が飛び込んできたのは嬉しい誤算だったが。

「中々様になってることだしこのまま酒場のマスターでもどうだ?」

 冗談めかしてそういえば、ディンバーは深い溜息を吐く。

「勘弁してください。姫君が逃げたその日から全員拠点を出ていけと言われて驚いたのに。俺達の本分は影です。姫君の護衛ではない」
「だが、お前だけは俺の影だ」

 フィッシェンブルケの者は必ず生涯を見守る影が存在する。
 俺の場合はそれがディンバーだった。
 他の暗部の者たちはディンバーの部下だが父であるフィッシェンブルケ王の配下だ。
 真実俺だけの影と言われるとディンバー以外にはいない。
 俺の権限で俺につけられた暗部を動かすことは出来る。
 けれど、俺が臣籍降下したときにディンバー以外は父上に返還されるのだ。
 それならば真に俺の影とも呼べる存在はディンバーだけとなる。

「生まれたときから知っているのは困ったものですね」
「生まれたときから知られているのも困るが?」

 言い返せばどうしてこう育ったのかとむっとされる。
 ディンバーに育てられてこう育ったのならまだマシだという自負があるのだが、それを口にすればもれなく拳骨が降ってくるだろう。
 俺の言いたいことも理解しているディンバーはそれ以上の追求を避けて天井を仰いだ。

「それで、まんまとここが普通の酒場だと勘違いしている姫君はすぐに保護すべきでは?」
「本当ならそうしたいところなんだが……なにせ陛下が俺にここに残れと」
「はぁ!?」

 ガタッとそのまま仰向けに倒れそうになりながらテーブルを掴んで転倒を防いだディンバーは大きく目を開ける。
 俺からディンバーが離れてからの情報だ。
 知らなくて当然だった。

「兄上が使者として暫くこの国の体制を整えるんだ。その間俺が護衛につくことになった」
「とは言い訳ですよね。14歳の騎士にそんなことをさせるなんてありえません」

 実際に暗部としてはもっと前から働いている。
 しかし、公式には載らない記録のため突然騎士として任されたように見えるだろう。
 未熟な騎士による護衛。
 第2王子を狙うものからすればこれとない標的である。
 実際は10歳の時に実力として正騎士としての試験を合格しているのだが。
 まだその情報は自国でもごく一部しか知らされていないため知る者もいない。
 当時は暗部に所属しているから目立たないようにしているのだと思っていた。
 思えばこのときの為に態と陛下は極秘扱いにしたのかもしれない。

「理由はいくつかあるぞ? 俺を使っての反乱分子を炙り出したりとか、そもそもまだ王女が保護できていないこととかな」
「そんなもの、他のものへさせればよいだけのことです」

 確かに、王子を使ってやることではない。
 それは他国からすればそうだろう。
 フィッシェンブルケ王家では違うというだけ。
 執着に対することを他人任せになんてするはずもない。
 それは陛下自身よくわかっていることだ。
 影であるディンバーもそのことは理解している。
 それでも俺から離れることになるのが不服らしい。

「騎士団長やら魔法師長やら主要な者があちらに残っているからというのもある。俺なら影からでも表からでも兄上を護衛出来るし相手も油断して丁度いい」
「……姫君を今すぐにでも保護するというのは?」

 計画では王女を保護するはずだった。
 ここで保護したとしても本来の流れに戻るだけである。
 ディンバーの不服な点はここが大きい。
 俺としてもそうしたいところだが。

「だが、王女は俺の元に来ることを望まなかった」
「貴方が説明不足なだけでしょう」

 それは最も俺に刺さる指摘だ。
 王女の信頼を得なかった俺がどう説明するというのか。
 カリア様と一緒のときはよかった。
 何を言わずとも何をするか理解できた。
 それは長年ともにいたからこそ説明もいらなかった。
 王女はそうではないというのに、無意識にカリア様と重ねていたということだ。
 それは確かに反省するべきだろう。

「それに、あちらでは王女の安全が保証できないということも大きい」

 反乱分子を炙り出す中、俺の執着の対象を曝け出すのは余りにも馬鹿のやることだ。
 それなら絶対に裏切らないと保証できる相手がいい。
 王家に絶対の忠誠を誓う暗部のように。

「お前にしか預けられない。俺の心臓だからな」
「……その言い方はずるいですよ」

 ここから国がある程度の安定を見せるまで少なくとも3年はかかる。
 反乱分子を抑えて、道筋を立ててはいさよならとはいかないからだ。
 一旦属国になるがそのうち公爵家あたりから適当な人物を立てて独立させると思う。
 今代のフィッシェンブルケ王は国の安寧を求めるだけで大陸統一を望まない。
 なぜなら彼の執着は文化だからだ。
 征服というのは歴史を塗り替えるということ。
 その地域特有の文化や歴史が塗り替えられることを陛下は望まない。
 王太子に怒られるくらい文化保全にも全力を捧げている。
 今回のように根本が腐りかけて国自体が国民が死に絶え、文化を蔑ろにするようなことさえなければ陛下は手出しすることもなかっただろうに。
 そのおかげで俺は執着に会えるのだから不思議なものだが。

「では、納得したところで細かい調整といこうか。ディンバー」
「わかりました」

 やれやれと首を振るディンバーとその後は部下の調整や今後の連絡方法を話し合った。

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