執着王子のお気に入り姫

暁月りあ

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XXI体力づくり

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 初めて露天市場へ出掛けようとしてから1ヶ月後。

(柔軟はこんなものかな)

 酒場の裏手には共同の井戸があり、その周囲は少しだけ開けている。
 とはいっても2部屋くらいの大きさでそこまでの広さはない。
 早朝と昼間に近所の人が水汲みに来たり洗濯をしたりするくらいだ。
 ぐっぐっと柔軟をした私はここ1ヶ月ほどの日課になった走り込みを始める。
 とはいえ、広さは全然ない。
 本当なら道をランニングした方が気分的にも良いのだが安全面でディンバーから却下されたのだ。
 この場所ならディンバーの寝室や他の家からも見えるし、昼間は井戸端会議もやっているから大人の目もある。つまり、人の目につき易く、安全だからと言われたのだ。

(多分スピナあたりに怒られたのかな)

 1人で市場に行こうとした私だが、途中でスピナに拾われた。
 その後に恐らくスピナからディンバーに注意がいったのかもしれない。
 幼い子供を1人で放置するなんて! と言っている姿が目に浮かぶようだ。
 変態だとは思うものの、そういう安全面はスピナが1番気を遣ってくれている気がする。
 おしぼりを渡しにいく時も私が気付かなかった危ない人にはいかなくていいという指示と代わりにおしぼりを渡してくれるのだ。面倒見の良いお姉さんだと思う。変態だけど。

(スピナって結婚してないのかな)

 面倒見も良く、明るく、いつも一生懸命。
 スタイルも良くてお客さんからも好かれているが、付き合っているような人の影はない。

(余計なお世話か)

 見た目の年齢的に早く結婚しろと突かれる年頃ではあるが、この世界とは違って異世界の自由な記憶もある私からすればこうして考えることすら失礼なことだと考え直した。
 人は自由であるべきだ。
 スピナの人生は私のものでもないし。

(まあ、私の自由はあと3年も無いけどね)

 はははと空笑いで内心にツッコミを入れる。
 急なことに丁度水を汲みに来ていた近所の人がビクッと体を揺らした。
 驚かせて大変申し訳ない。

 決めていた周回を終えたあとは、水を飲んで息を整える。
 その後はディンバーに用意してもらった子供用の木剣を構えた。

(今日も始めますか)

 掌でしっかり握り、素振りを開始する。
 1ヶ月前に始めたのは走り込みからだった。
 体力がないのでまずは基礎づくりが必要だった。
 徐々に慣れてきて1週間前から漸く木剣で素振りを始めたのだ。
 まだ血豆が出来て痛みを感じる時期だけど、辞めるわけには行かない。

(カリアの時にはこの年には既に剣を握っていた)

 カリアの時は魔法という技術を磨くのはもっと後のことだった。
 彼女は剣術を磨くしかなかった。
 自分の身を守るため、生き残るために。
 けれど、今生の私は先に魔法を磨いた。
 純粋にカリアのときよりもひどい虐待で体力づくりをする体力すらなかったのだ。
 何事も必要な数値以下だとそこから育てることも出来ないことを思い知らされた良い例となった。
 そして、今。
 私は自分を鍛えられるだけの環境を与えられるようになった。

(せめて自分の身は守れる程度には勘を取り戻したいな)

 とはいえ、その高みにたどり着くにはちょっとだけの努力では足りない。
 私は知っている。
 カリアは隊を任されるようになって人を育てたこともあるのだ。
 普通の人間がどれくらいの速度で騎士として育つのかくらいも知っている。
 客観的にカリアがどれほどの強さだったのか。
 どれほどの修練を積んでどう成長したのか。
 英雄と呼ばれるまでの血の滲むようなあの努力を知っている。
 流石はスプラウト王家の血筋とも言うべきか。
 普通の人間の鍛え方よりもカリアの鍛え方の方が私の性にあっており、普通よりも体力の付き方が早いことを実感する。

(このままなら再来月くらいには市場に行けるかも)

 言っておくが今まで虐待を受けて体力がなく、更に数ヶ月病人生活を余儀なくされていた6歳の子供は普通ならそんなことは出来ない。私だってわかってる。
 けれど、カリアと同じ血が流れるこの体なら。
 あの虐待を耐え抜けた肉体だ。
 不可能ではない、と思えてしまう。

(まあ、一人では怒られちゃうだろうけど)

 スピナかディンバーを連れて行くことが大前提となるだろう。
 それくらいはわかってる。

(取り敢えず目標は全てのトレーニングを今の倍!)

 この脳筋め、とカリア時代の部下が囁いた気がしたが気にしないことにした。
 こういうのは勢いと筋肉が大切なのだ。

「飯出来たぞー」

 朝にしては少し遅い時間。
 私のトレーニングが終わる時間帯にディンバーが声をかけてくる。
 まるで図ったようなタイミングだが、単純にディンバーの部屋から見える場所なので知っているのだろうか。

「あい!」

 都合がいいので言及はせずに返事をして片付けを行った。
 井戸から水を汲んで手を浸し、魔法を展開する。
 お湯に変えてタオルを濡らすと、汗を掻きやすい首、脇、肩甲骨、膝裏を順番に拭っていく。
 仕事中はお湯を生み出す魔法を使っているが、水を生み出して瞬時に沸騰させるという魔法術式を仕込んでいるため、先に水を用意した方が1工程短縮することもあって魔力消費は少なくて済む。
 というよりも、そちらの方が一般的なのでむしろお湯を瞬時に出現させる魔法を始めてみる人にはよく驚かれるものだ。それを対して魔法も教わっていないような年齢の子供が使っているからこそだとか。

(おかしいな。カリアの時には湯船に毒薬が入れられていることもあったから自分で用意していたし、これが普通だと思ってたんだけど)

 そこまで考えて、普通は毒に関わることが少ないのではと1度目の私が脳内でツッコミを入れていたのであえて無視することにして店に向かうことにした。
 今日の朝ご飯は目玉焼きとベーコンを焼いたものだった。
 軽いサラダも付けてバランスもいい。
 ディンバーのご飯は美味しいのでもぐもぐと遠慮なく食べる。

「うまいか?」
「おいしーよ?」

 にぱあっと、無邪気に答えた。
 美味しいものは美味しい。
 美味しいは正義だと今生で改めて思う。
 きっと1度目の私もカリアもそう思っているに違いない。
 そんな私を見ていたディンバーは私の頬についたパンくずをとりながら、にやりと笑った。

「こういうところは餓鬼だな」
「むぅ」

 口を尖らせながらその後に礼を告げる。
 どういたしまして、と返されながらその後も私を眺めていたディンバーは私へ布巾を渡した。
 速攻で口の周りが汚れていっていたようだ。
 仕方ない。口が小さいので食べづらいのだ。
 もう少し大きくなればもう少し綺麗に食べられるようになる。
 と、思いたいと私は視線を逸らしながら布巾を受け取った。

 
 
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