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第一章 離宮の住人

伯母を頼りに

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「ついに来たのね……。頑張るのよ、私。失敗は許されないわ」
 
 私は今、大きなカバンを抱えるように持ちながら、一人で王都にある叔母の邸宅の前に来ていた。
 
 ……大きい。それにしても大きいわ。豪華絢爛とはきっとこのことなのね。
 
 王都に到着してから、私は初めて見る華やかな街並みや邸宅に度肝を抜かれまくっていたが、ここは一段と大きく、豪邸と呼ぶにふさわしい屋敷だった。
 
 私は半ば呆然としながら、叔母の住む邸宅を見上げていた。
 
 ロザリア伯母様は、母であるオリビアの姉にあたる。しかし、私は一度しか彼女に会ったことがない。
 
 それというのも、母は身分も劣る頼りない父との結婚を家族に反対され、逃げるように実家の伯爵家を出たからである。
 
 伯母様は私が十歳くらいの時に、初めてうちを訪ねてきた。自分に伯母がいることを初めて知り、当時はとても驚いた。
 
 彼女は母を攫うように結婚した父を未だに許していないようで、敵対心を隠さなかった。そんな伯母様に、母は怒って二度と来ないでと追い返した。
 
 ……あの時は、マリッサも動揺して魔力暴走を起こしてしまって、大変だったのよね。
 
 そんなことがあってから今に至るまで、二人は仲直りができていない。
 
 けれど、私は一度会っただけの、あの伯母のことが嫌いではなかった。
 
 父のことを悪く言ってばかりだった彼女だが、きちんと筋を通さないまま両親が結婚したことは確かなので間違ったことは言っていなかったし、何より言葉の端々や表情から、母を心配する様子が見て取れたからだ。
 
 それに、私がきちんと挨拶をしたり、お茶を出したりした時に見せてくれた、彼女のかすかな笑顔からは、確かに血縁に対する愛情を感じられた。
 
 これらが彼女を頼ろうと思った理由の一端ではあるのだが、何を隠そう一番の理由は。
 
ーー彼女が、地位とお金を持っているからである。
 
 
「侯爵夫人はまもなく参られます。こちらでもう少々お待ちください」
 
「あ、ハイッ」
 
 緊張で声が裏返ってしまった。
 
 なんと言っても、今から会うのは実の伯母とはいえ、社交界で圧倒的な存在感を持つ宰相の妻であり、王宮で侍女長を務めているというサーヴェル侯爵夫人である。しかも、私は五年前に一度しか会ったことがない。果たして顔を覚えてくれているかどうかもわからないのだ。
 
 ……あと、いまだかつてないほど座っているソファが柔らかくて落ち着かないのですけど。一体どんな素材でできているのかしら、これ。もしかして、王都ではこれが普通なのかしら?
 
 感動と驚きに打ち震えながら、ギュッと膝の上に置いた手を握りしめる。
 
 一応こちらへ伺う旨を伝える手紙を母に書いてもらってから来たものの、急ぎだったので、私は返事が来る前に領地を出発した。そのため邸宅内へ入れてくれるかどうかも正直不安だったが、執事は私が名乗るなり、すんなりと入れてくれた。とりあえずは、一安心だ。
 
 父は伯母に頼ることを最後まで渋っていたし、妹たちは不安そうだった。でも、母だけは背中を押してくれた。
 
『あの人が簡単に手を差し伸べてくれるかどうかはわからないけれど、リーシャなら、あの人を説得できるかもしれないわね』
 
 私では無理だと思うからお願いね、と言ってどこか寂しそうな表情を浮かべていた母を思い出す。
 
 ……お母様もきっと、伯母様と仲直りがしたいのよね。いつか、きちんと話し合うことができたらいいのだけれど……。
 
 そんなことを考えていると、先ほどの執事が戻ってきて、伯母の到着を告げた。
 
「待たせたわね」
 
 
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