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第二章 魔塔の魔法使い
対峙
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「僕のことがおわかりになるのですね。意外でしたが、話が早いので好都合です。突然の訪問でご迷惑だとわかっていますが、僕の専属だった彼女をなぜあなたが現在専属にしているのか、どうしてもすぐに伺う必要があると思いまして」
殿下はかろうじて笑顔を浮かべているが、その口調は明らかに刺々しい。
王太子にとって、これは弟が初めて自分のところへ来てくれたという喜ばしい状況のはずだが、彼が待ち望んでいた邂逅は、なぜか剣呑な雰囲気としか言いようのないものになってしまった。
しかもそれは、どうやら私のせいであるらしい。
さすがに王太子に申し訳なくなってきて、私はフォローを試みる。
「第二王子殿下。王太子殿下は、以前わたくしの腕を強く掴んだことを謝罪してくださいました。それに、今ではそれほど横暴に振る舞わなくなりましたし、王太子としてのお仕事も立派にこなしていらっしゃいます。わたくしを専属としたのも、悪い意図があったわけでは……」
「……」
私が王太子を弁護すると、ノラード様はグッと口を引き結んで私を見た。その表情がすごく悲しそうに見えて、私は言葉に詰まってしまう。
「……何か誤解があるようだな。リーシャは俺の専属から外しておくから、二人できちんと話し合って来い」
「え、ですが……」
いいのだろうか、と王太子を見ると、ギロリと半目で睨まれた。「いいから弟の機嫌を必ず直せ。俺を巻き込むな!」という副音声が聞こえた気がした。
今まで、散々彼の弟や婚約者との関係に巻き込まれている身としては少々納得がいかない部分はあるものの、ここは私が大人になるべきだろう。
「……かしこまりました。王太子殿下、今まで長い間、お世話になりました」
王太子の執務室を後にして、私たちは昔一緒に過ごした離宮へと歩を進めていた。
けれど、私たちの間に会話はない。
殿下がずっと地面に視線を落としていて、全くこちらを見ようとしないからだった。
それなのに、彼は今も私の手を放さないでいる。
その手は、七年前とは違ってごつごつしていて、私の手をすっぽりと包んでしまうほど大きい。
……七年も経ったんだもの。そりゃあ、彼も変わるわよね。
以前の彼は、私の言うことをよく聞いてくれる、素直ないい子だった。でもそれは、私が唯一の世話係だったからだ。
今の彼は、魔塔でたくさんの仲間たちに一人前と認められた、一流の魔法使いだ。昔とは、何もかも違う。
昔、ハーヴァという魔塔の魔法使いが言っていたように、彼らは独立した組織形態を持っている。
どの国にも属さず、従わない、まるでひとつの国家のような組織。
その一員であるということは、一国の大臣のような立場を持つということなのだ。
ノラード様は、この国では立場の弱い第二王子だけれど、同時に魔塔の魔法使いという強い立場を持っている。
彼が成長していることが嬉しいはずなのに、なんだか余計に遠い存在になってしまったようで、寂しいとも思ってしまう。
今も、彼が何を考えているのかわからなくて、私はただ大人しくついていくことしかできなかった。
けれど、周囲に木が増え始め、もうすぐ離宮に到着するという時、殿下がピタリと足を止めた。
「……ノラード様?」
「リーシャ。僕、すごくたくさん練習して、魔力を自在に扱えるようになったと思う。もう魔力を暴走させることなんてないから、リーシャに迷惑をかけることもないと思ってた。でも、感情をコントロールするのは、まだ難しいみたいだ」
こちらに目を向けず、殿下が独り言のように話している。
感情のままに王太子の元へ突撃したことを後悔しているのだろうか。
「でも、リーシャのことになると、僕はきっとこれからも冷静ではいられないと思う。この七年間、僕は毎日必死で魔法を学んでいたけど、そんな中でも、一日だってリーシャのことを考えない日はなかったよ」
私の手を優しく握っていた殿下の手に、ギュッと力が込められる。それでも、私が痛くないように気遣ってくれているのがわかった。
彼がそこまで私のことを考えてくれていたなんて思ってもいなくて、私は驚いて彼を見つめたまま動けなくなっていた。
七年前の別れ際に彼が残した言葉や行動は、その後しばらく私の心を揺らしていたけれど、何年か経てば、それも薄らいでいった。
そして五年も経てば、殿下にとって恐らくあれは姉を取られたくない弟のような行動だったのだろうと、私は結論づけた。
すぐに戻ってくると言ったのに、五年経っても帰らないのだから、彼はもう私のことなど忘れてしまったのだとさえ思っていたのに。
「……リーシャはもう、僕のことなんて忘れて、王太子のところにいたかったのかもしれないけど……」
辛そうな表情でそう言う殿下に、私はようやくハッと我に返り、私の手を握る彼の手を、両手で握り返した。
「そんなことはありません! 王太子殿下の専属になったのは、ただお互いの利害が一致したからというだけですもの。ですから、先ほどもすぐに契約を切られたでしょう?」
「……でも、ずいぶんと親しくなっていたみたいだった」
殿下が、視線を逸らしたまま顔をしかめる。
……え。もしかして、これって、拗ねているの?
成長して、見上げるほどに背が高くなり、しっかりした立場まで手に入れてずいぶんと遠い存在になったと思っていた彼にも、まだ子供っぽいところが残っていたようだ。
「……ふふ」
「な、なんで笑っ……!」
顔を赤くして眉を吊り上げる殿下の手を、今度は私が引いて、離宮へと足を進める。
「ノラード様。私も、ノラード様のことを忘れてなんかいませんでしたよ。ほら、あれを見てみてください」
殿下はかろうじて笑顔を浮かべているが、その口調は明らかに刺々しい。
王太子にとって、これは弟が初めて自分のところへ来てくれたという喜ばしい状況のはずだが、彼が待ち望んでいた邂逅は、なぜか剣呑な雰囲気としか言いようのないものになってしまった。
しかもそれは、どうやら私のせいであるらしい。
さすがに王太子に申し訳なくなってきて、私はフォローを試みる。
「第二王子殿下。王太子殿下は、以前わたくしの腕を強く掴んだことを謝罪してくださいました。それに、今ではそれほど横暴に振る舞わなくなりましたし、王太子としてのお仕事も立派にこなしていらっしゃいます。わたくしを専属としたのも、悪い意図があったわけでは……」
「……」
私が王太子を弁護すると、ノラード様はグッと口を引き結んで私を見た。その表情がすごく悲しそうに見えて、私は言葉に詰まってしまう。
「……何か誤解があるようだな。リーシャは俺の専属から外しておくから、二人できちんと話し合って来い」
「え、ですが……」
いいのだろうか、と王太子を見ると、ギロリと半目で睨まれた。「いいから弟の機嫌を必ず直せ。俺を巻き込むな!」という副音声が聞こえた気がした。
今まで、散々彼の弟や婚約者との関係に巻き込まれている身としては少々納得がいかない部分はあるものの、ここは私が大人になるべきだろう。
「……かしこまりました。王太子殿下、今まで長い間、お世話になりました」
王太子の執務室を後にして、私たちは昔一緒に過ごした離宮へと歩を進めていた。
けれど、私たちの間に会話はない。
殿下がずっと地面に視線を落としていて、全くこちらを見ようとしないからだった。
それなのに、彼は今も私の手を放さないでいる。
その手は、七年前とは違ってごつごつしていて、私の手をすっぽりと包んでしまうほど大きい。
……七年も経ったんだもの。そりゃあ、彼も変わるわよね。
以前の彼は、私の言うことをよく聞いてくれる、素直ないい子だった。でもそれは、私が唯一の世話係だったからだ。
今の彼は、魔塔でたくさんの仲間たちに一人前と認められた、一流の魔法使いだ。昔とは、何もかも違う。
昔、ハーヴァという魔塔の魔法使いが言っていたように、彼らは独立した組織形態を持っている。
どの国にも属さず、従わない、まるでひとつの国家のような組織。
その一員であるということは、一国の大臣のような立場を持つということなのだ。
ノラード様は、この国では立場の弱い第二王子だけれど、同時に魔塔の魔法使いという強い立場を持っている。
彼が成長していることが嬉しいはずなのに、なんだか余計に遠い存在になってしまったようで、寂しいとも思ってしまう。
今も、彼が何を考えているのかわからなくて、私はただ大人しくついていくことしかできなかった。
けれど、周囲に木が増え始め、もうすぐ離宮に到着するという時、殿下がピタリと足を止めた。
「……ノラード様?」
「リーシャ。僕、すごくたくさん練習して、魔力を自在に扱えるようになったと思う。もう魔力を暴走させることなんてないから、リーシャに迷惑をかけることもないと思ってた。でも、感情をコントロールするのは、まだ難しいみたいだ」
こちらに目を向けず、殿下が独り言のように話している。
感情のままに王太子の元へ突撃したことを後悔しているのだろうか。
「でも、リーシャのことになると、僕はきっとこれからも冷静ではいられないと思う。この七年間、僕は毎日必死で魔法を学んでいたけど、そんな中でも、一日だってリーシャのことを考えない日はなかったよ」
私の手を優しく握っていた殿下の手に、ギュッと力が込められる。それでも、私が痛くないように気遣ってくれているのがわかった。
彼がそこまで私のことを考えてくれていたなんて思ってもいなくて、私は驚いて彼を見つめたまま動けなくなっていた。
七年前の別れ際に彼が残した言葉や行動は、その後しばらく私の心を揺らしていたけれど、何年か経てば、それも薄らいでいった。
そして五年も経てば、殿下にとって恐らくあれは姉を取られたくない弟のような行動だったのだろうと、私は結論づけた。
すぐに戻ってくると言ったのに、五年経っても帰らないのだから、彼はもう私のことなど忘れてしまったのだとさえ思っていたのに。
「……リーシャはもう、僕のことなんて忘れて、王太子のところにいたかったのかもしれないけど……」
辛そうな表情でそう言う殿下に、私はようやくハッと我に返り、私の手を握る彼の手を、両手で握り返した。
「そんなことはありません! 王太子殿下の専属になったのは、ただお互いの利害が一致したからというだけですもの。ですから、先ほどもすぐに契約を切られたでしょう?」
「……でも、ずいぶんと親しくなっていたみたいだった」
殿下が、視線を逸らしたまま顔をしかめる。
……え。もしかして、これって、拗ねているの?
成長して、見上げるほどに背が高くなり、しっかりした立場まで手に入れてずいぶんと遠い存在になったと思っていた彼にも、まだ子供っぽいところが残っていたようだ。
「……ふふ」
「な、なんで笑っ……!」
顔を赤くして眉を吊り上げる殿下の手を、今度は私が引いて、離宮へと足を進める。
「ノラード様。私も、ノラード様のことを忘れてなんかいませんでしたよ。ほら、あれを見てみてください」
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