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第二章
出られなくなっちまったわ!
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「いや~、サーカス、すっげぇ楽しかったなー!」
あの騒動の後、魔獣たちは無事に落ち着きを取り戻し、予定通り公演を行うことができた。本当はチケットが売り切れで入れないところだったのだが、団員の人たちがお礼にと、特別席を用意してくれたのだ。
初めて見るものばかりで、新鮮だったし、面白かった。いつか、キアラにも見せてやりたい。
「ファルークは、これからどうするんだ?」
もうすっかり夕方で、かなり日が落ちかけている。明日は大会に出るのだから、もう滞在先に帰るのだろうと思ってそう尋ねたのだが、返ってきたのは、予想していた内容ではなかった。
「え、もうちょっと遊ぼうかなと思ってるけど」
「……明日は大会に出るんだろ? 大丈夫なのか?」
あのアンドリュー・ロペスとかいう、前夜祭で会った男をキアラに近づけさせないためにも、ファルークには頑張ってもらいたいと思っているのだ。心配でそう尋ねると、ファルークは「あぁ」と今思い出したかのように手を打った。
「忘れてたわ」
「忘れるなよ!」
……こいつに任せて本当に大丈夫なのか、心配になってきた。
「いやぁ。でも、予選が拍子抜けすぎて、正直もういいかな~と思ってるんだよね。やっぱり魔法に関してはマギナリアが一番進んでるってことなのかな……あ、ノアルードも出るのか!? なら、楽しくなるかも!」
キラキラした目を向けられるが、その期待には応えられない。
「いや、オレは出ないよ」
「えー!? なんでだよ。ノアルードなら、予選なんて突破できただろ!?」
ファルークがショックを受けたような顔をする。
「オレはちょっと厄介な身の上なんだよ。目立ちたくないんだ」
「えー、そうなのか。ノアルードと戦えるなら、面白くなりそうだと思ったのに」
ファルークが口を尖らせる。
「……オレは出ないけど、なかなか強い人はいると思うよ。ていうか、優勝して欲しくない奴がいるから、ファルークには頑張ってもらって、優勝してほしい」
「え、なにそれ。なんで?」
「いや、それは……」
……どこまで話すべきだろうか。
オレはもう、ファルークを疑っているわけではない。少なくとも、マギナリア出身の人物であることは間違いないだろう。
王族相応の扱いを求めるわけでもないのだから、王子だと偽る理由もない。つまりファルークは本当のことを話しているだけだと思うのだが、オレ自身のことを話すと、キアラのことも話すことになるため、どうしても慎重になってしまう。
どう話すべきか迷っていると、ファルークの中指に嵌められていた指輪が、突然光りだした。
「うおっ、なんだ、緊急連絡!?」
「え、どうしたんだ?」
「ちょ、ちょっと待って!」
ファルークは人混みを避けて、路地裏へと入り込んだ。オレはそんなファルークの後を追う。
ファルークは周囲に人がいないかを確認すると、魔道具とおぼしき指輪に魔力を込めた。
『ファルーク殿下ぁ~! もう無理ですう~!!』
突然空中に気弱そうな人物の映像が浮かび上がり、ファルークにめちゃくちゃ文句を言い始めた。どうやら映像の彼はファルークの側近らしく、ファルークの公務を代わりに引き受け、本人の不在を周囲に誤魔化し続けていたようだ。
……というか、また見たことのない魔道具だ。もう何が起こっても、深く考えないほうがよさそうだ。
「まぁ、そう言うなって、アディ! やっと建国祭が始まったところなんだからさ。それにおれ、一応明日は大会に出る予定だし。まだ父上にはバレてないんだろ? ならーー」
『なら、どうだと言うの? ファルーク』
「げっ!」
映像の人物が、突如四十代くらいの女性に入れ替わった。ファルークと同じ青い髪をしているところからして、ファルークの母親だろうか。
『あなたって子は、いつもあれほど口を酸っぱくして言い聞かせているのに、マギナリアの王子という自覚がまるでないようですね。またアディに公務を押しつけて、自分は遊んでいるなんて……今すぐに帰らなければ、修練場の無期限使用禁止を言い渡しますからね』
「えぇ!? いや、母上、ちょっと待っ……」
『良いですね。今すぐですよ』
そこで、映像はブツンと切れた。
「……」
「……」
しばらくの沈黙。
そして、くるりと振り返ったファルークが、たはっと笑って、オレの予想通りのことを言う。
「いやー。悪いな、ノアルード! おれ、帰らないとヤバいみたい。明日の大会、出られなくなっちまったわ」
……はああああ!?
明日の大会における優勝候補の男が、あっけらかんと言う。
まずい。こいつが出なかったら、明らかにキアラを狙っているあのアンドリュー・ロペスとかいうキラキラ男が、キアラの側近になってしまう可能性が高いんだが!
キアラにもそう言ってあの場を納得させたし、なにより、それであいつが優勝したら、オレが困る。キアラのそばにあいつがずっと張り付くようになるなんて、絶対に嫌だ。
――くそっ。どうして、こんなことになるんだよ!
あの騒動の後、魔獣たちは無事に落ち着きを取り戻し、予定通り公演を行うことができた。本当はチケットが売り切れで入れないところだったのだが、団員の人たちがお礼にと、特別席を用意してくれたのだ。
初めて見るものばかりで、新鮮だったし、面白かった。いつか、キアラにも見せてやりたい。
「ファルークは、これからどうするんだ?」
もうすっかり夕方で、かなり日が落ちかけている。明日は大会に出るのだから、もう滞在先に帰るのだろうと思ってそう尋ねたのだが、返ってきたのは、予想していた内容ではなかった。
「え、もうちょっと遊ぼうかなと思ってるけど」
「……明日は大会に出るんだろ? 大丈夫なのか?」
あのアンドリュー・ロペスとかいう、前夜祭で会った男をキアラに近づけさせないためにも、ファルークには頑張ってもらいたいと思っているのだ。心配でそう尋ねると、ファルークは「あぁ」と今思い出したかのように手を打った。
「忘れてたわ」
「忘れるなよ!」
……こいつに任せて本当に大丈夫なのか、心配になってきた。
「いやぁ。でも、予選が拍子抜けすぎて、正直もういいかな~と思ってるんだよね。やっぱり魔法に関してはマギナリアが一番進んでるってことなのかな……あ、ノアルードも出るのか!? なら、楽しくなるかも!」
キラキラした目を向けられるが、その期待には応えられない。
「いや、オレは出ないよ」
「えー!? なんでだよ。ノアルードなら、予選なんて突破できただろ!?」
ファルークがショックを受けたような顔をする。
「オレはちょっと厄介な身の上なんだよ。目立ちたくないんだ」
「えー、そうなのか。ノアルードと戦えるなら、面白くなりそうだと思ったのに」
ファルークが口を尖らせる。
「……オレは出ないけど、なかなか強い人はいると思うよ。ていうか、優勝して欲しくない奴がいるから、ファルークには頑張ってもらって、優勝してほしい」
「え、なにそれ。なんで?」
「いや、それは……」
……どこまで話すべきだろうか。
オレはもう、ファルークを疑っているわけではない。少なくとも、マギナリア出身の人物であることは間違いないだろう。
王族相応の扱いを求めるわけでもないのだから、王子だと偽る理由もない。つまりファルークは本当のことを話しているだけだと思うのだが、オレ自身のことを話すと、キアラのことも話すことになるため、どうしても慎重になってしまう。
どう話すべきか迷っていると、ファルークの中指に嵌められていた指輪が、突然光りだした。
「うおっ、なんだ、緊急連絡!?」
「え、どうしたんだ?」
「ちょ、ちょっと待って!」
ファルークは人混みを避けて、路地裏へと入り込んだ。オレはそんなファルークの後を追う。
ファルークは周囲に人がいないかを確認すると、魔道具とおぼしき指輪に魔力を込めた。
『ファルーク殿下ぁ~! もう無理ですう~!!』
突然空中に気弱そうな人物の映像が浮かび上がり、ファルークにめちゃくちゃ文句を言い始めた。どうやら映像の彼はファルークの側近らしく、ファルークの公務を代わりに引き受け、本人の不在を周囲に誤魔化し続けていたようだ。
……というか、また見たことのない魔道具だ。もう何が起こっても、深く考えないほうがよさそうだ。
「まぁ、そう言うなって、アディ! やっと建国祭が始まったところなんだからさ。それにおれ、一応明日は大会に出る予定だし。まだ父上にはバレてないんだろ? ならーー」
『なら、どうだと言うの? ファルーク』
「げっ!」
映像の人物が、突如四十代くらいの女性に入れ替わった。ファルークと同じ青い髪をしているところからして、ファルークの母親だろうか。
『あなたって子は、いつもあれほど口を酸っぱくして言い聞かせているのに、マギナリアの王子という自覚がまるでないようですね。またアディに公務を押しつけて、自分は遊んでいるなんて……今すぐに帰らなければ、修練場の無期限使用禁止を言い渡しますからね』
「えぇ!? いや、母上、ちょっと待っ……」
『良いですね。今すぐですよ』
そこで、映像はブツンと切れた。
「……」
「……」
しばらくの沈黙。
そして、くるりと振り返ったファルークが、たはっと笑って、オレの予想通りのことを言う。
「いやー。悪いな、ノアルード! おれ、帰らないとヤバいみたい。明日の大会、出られなくなっちまったわ」
……はああああ!?
明日の大会における優勝候補の男が、あっけらかんと言う。
まずい。こいつが出なかったら、明らかにキアラを狙っているあのアンドリュー・ロペスとかいうキラキラ男が、キアラの側近になってしまう可能性が高いんだが!
キアラにもそう言ってあの場を納得させたし、なにより、それであいつが優勝したら、オレが困る。キアラのそばにあいつがずっと張り付くようになるなんて、絶対に嫌だ。
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