165 / 172
第二章
ファルークの魔法
しおりを挟む
「なんだなんだ、どうなってんだぁ!?」
「オーグのやつが、いきなり狂暴化した!」
「何やってんだ! 誰か、オーグに高純度の魔石でも与えやがったのか!?」
「うわあああ!」
「……おいおい、なんだこりゃあ」
後ろからついてきたファルークが、呆れたような声を出した。
サーカスのテント裏は、大騒ぎになっていた。一体の魔獣が狂暴化し、檻を破壊して暴れていたのだ。そのせいで、他の魔獣も怯えたのか興奮したのか、檻の中でうるさく暴れまわっている。今にも檻が壊れそうな個体もいた。
「ひっ、う、うあ……っ」
「うわああん、兄ちゃん! 兄ちゃんっ!」
さっき見た子供たちが、魔獣のそばで怯えながら泣いている。腰を抜かして動けないようで、そこから逃げる様子もない。
オレは素早く魔法で子供たちを引き寄せ、魔獣から離れたところへ柔らかく着地させた。子供たちは驚いて、目をぱちくりさせている。
……とりあえず、あのオーグを大人しくさせよう。
サーカスの魔獣なので、怪我をさせたり殺したりするのはまずい。オレは土魔法で、オーグのいる地面を陥没させ、固めた土で動きを止めた。だが、興奮状態のオーグは予想以上に力が強く、固めた土がミシミシとひび割れ始めた。
「ちっ」
面倒だが、並列で別の魔法を使うしかないようだ。
しかし、そう思った次の瞬間、後ろからファルークの声が聞こえて動きを止めた。
「ノアルード、ナイス足止め!」
ファルークが、その場から動けずにいたオーグの真上に、黒い球体を出現させた。
「ガアアアアッ!」
「あれは……」
それはまるで、占星術の本で見たブラックホールのようだった。黒い球体はオーグの魔力をぐんぐんと吸い取り、オーグを苦しめている。やがてオーグは、力尽きて動かなくなった。
初めて見る魔法だった。ファルークはやはり、マギナリアの王子なのだろうと実感した。
「いやぁ。おれら、チームワーク抜群じゃね?」
ニカッと笑ったファルークに、苦笑いがこぼれた。
「本当に、ありがとうございました」
サーカスの団員たちがお礼を言う横で、騒動の原因である子供たちがべそをかいている。
「す、すみませんでした……」
「ごめんなさい……」
二人は魔獣を近くで見てみたくて、こっそりとテント裏に忍び込んだらしい。そして、近くで見てみたら、大人しいのでエサをやってみたくなったのだそうだ。魔獣は魔石が好きだと聞いたことがあったので、近くに置いてあった魔石をいくつかあげたらこうなったらしい。
「あのなぁ、魔獣は確かに魔石が好きだが、そんなにポンポン与えるモンじゃねえんだよ! エサはちゃんと別にあるんだ。あれはご褒美用のとっておきだったのに、全部食わしちまいやがって、悪ガキども」
「うう……っ」
「ごめんなさい……」
「……はぁ。しかし、オレらも管理が甘かったし、こっちに非がないとは言えねえ。賠償については、こいつらの親御さんと、しっかり話をさせてもらうしなねえな」
子供たちは、すっかり意気消沈している。イタズラが過ぎた結果とはいえ、これは両親にとても怒られることになるだろう。
「あの、オレはこの子たちがテント裏へ入って行くのを見ていたのに、止められませんでした。何かオレにできることがあれば……」
「いやいや、兄ちゃんたちは被害を最小限に止めてくれたじゃねえか。兄ちゃんたちがいてくれなかったら、きっとテントは完全に壊されて、他の魔獣たちも逃げちまってたかもしれねぇ。感謝することはあっても、責めることなんてねえよ」
「でも……」
おそらく大丈夫だろうと、オレが油断していたのは確かだ。誰かサーカスの関係者が対応するだろう、と。そのせいで、子供たちとその家族にとんでもない賠償金が発生するのかと思うと、心苦しい。
そう思っていると、物腰の柔らかな別の団員が「大丈夫ですよ」と笑った。
「あなたたちのおかげで、設備の被害はそれほどでもありません。次いで、我々にもセキュリティを疎かにしていた責はある。彼らに反省を促す意味でもさすがに無罪放免というわけには参りませんが、常識の範囲内の賠償で済ませるつもりです」
「……そうですか」
少しホッとしていると、ファルークがあっけらかんと口を開いた。
「よかったじゃん。誰も怪我してないし、死んでないんだからさ~。おれが小さい頃にも興味本位で同じことをした経験があるけど、その時は左手が半分なくなって、さすがに痛すぎてヤバかったし、親に死ぬほど怒られたぜ。腕のいい神官に治してもらえたからよかったけど、伝手がなけりゃ、おれは今も左手には二本しか指が残ってなかっただろうな~」
「「…………」」
子供たちが、気を失いそうなほど真っ青になって絶句している。少し可哀想だが、きっとこれからは危ないことを多少控えるようになるだろう。
「我々も、この一件を重く受け止め、以後管理を徹底するように致します」と言ったサーカスの団員も、今回の件は気を引き締めるきっかけになったようだった。
「オーグのやつが、いきなり狂暴化した!」
「何やってんだ! 誰か、オーグに高純度の魔石でも与えやがったのか!?」
「うわあああ!」
「……おいおい、なんだこりゃあ」
後ろからついてきたファルークが、呆れたような声を出した。
サーカスのテント裏は、大騒ぎになっていた。一体の魔獣が狂暴化し、檻を破壊して暴れていたのだ。そのせいで、他の魔獣も怯えたのか興奮したのか、檻の中でうるさく暴れまわっている。今にも檻が壊れそうな個体もいた。
「ひっ、う、うあ……っ」
「うわああん、兄ちゃん! 兄ちゃんっ!」
さっき見た子供たちが、魔獣のそばで怯えながら泣いている。腰を抜かして動けないようで、そこから逃げる様子もない。
オレは素早く魔法で子供たちを引き寄せ、魔獣から離れたところへ柔らかく着地させた。子供たちは驚いて、目をぱちくりさせている。
……とりあえず、あのオーグを大人しくさせよう。
サーカスの魔獣なので、怪我をさせたり殺したりするのはまずい。オレは土魔法で、オーグのいる地面を陥没させ、固めた土で動きを止めた。だが、興奮状態のオーグは予想以上に力が強く、固めた土がミシミシとひび割れ始めた。
「ちっ」
面倒だが、並列で別の魔法を使うしかないようだ。
しかし、そう思った次の瞬間、後ろからファルークの声が聞こえて動きを止めた。
「ノアルード、ナイス足止め!」
ファルークが、その場から動けずにいたオーグの真上に、黒い球体を出現させた。
「ガアアアアッ!」
「あれは……」
それはまるで、占星術の本で見たブラックホールのようだった。黒い球体はオーグの魔力をぐんぐんと吸い取り、オーグを苦しめている。やがてオーグは、力尽きて動かなくなった。
初めて見る魔法だった。ファルークはやはり、マギナリアの王子なのだろうと実感した。
「いやぁ。おれら、チームワーク抜群じゃね?」
ニカッと笑ったファルークに、苦笑いがこぼれた。
「本当に、ありがとうございました」
サーカスの団員たちがお礼を言う横で、騒動の原因である子供たちがべそをかいている。
「す、すみませんでした……」
「ごめんなさい……」
二人は魔獣を近くで見てみたくて、こっそりとテント裏に忍び込んだらしい。そして、近くで見てみたら、大人しいのでエサをやってみたくなったのだそうだ。魔獣は魔石が好きだと聞いたことがあったので、近くに置いてあった魔石をいくつかあげたらこうなったらしい。
「あのなぁ、魔獣は確かに魔石が好きだが、そんなにポンポン与えるモンじゃねえんだよ! エサはちゃんと別にあるんだ。あれはご褒美用のとっておきだったのに、全部食わしちまいやがって、悪ガキども」
「うう……っ」
「ごめんなさい……」
「……はぁ。しかし、オレらも管理が甘かったし、こっちに非がないとは言えねえ。賠償については、こいつらの親御さんと、しっかり話をさせてもらうしなねえな」
子供たちは、すっかり意気消沈している。イタズラが過ぎた結果とはいえ、これは両親にとても怒られることになるだろう。
「あの、オレはこの子たちがテント裏へ入って行くのを見ていたのに、止められませんでした。何かオレにできることがあれば……」
「いやいや、兄ちゃんたちは被害を最小限に止めてくれたじゃねえか。兄ちゃんたちがいてくれなかったら、きっとテントは完全に壊されて、他の魔獣たちも逃げちまってたかもしれねぇ。感謝することはあっても、責めることなんてねえよ」
「でも……」
おそらく大丈夫だろうと、オレが油断していたのは確かだ。誰かサーカスの関係者が対応するだろう、と。そのせいで、子供たちとその家族にとんでもない賠償金が発生するのかと思うと、心苦しい。
そう思っていると、物腰の柔らかな別の団員が「大丈夫ですよ」と笑った。
「あなたたちのおかげで、設備の被害はそれほどでもありません。次いで、我々にもセキュリティを疎かにしていた責はある。彼らに反省を促す意味でもさすがに無罪放免というわけには参りませんが、常識の範囲内の賠償で済ませるつもりです」
「……そうですか」
少しホッとしていると、ファルークがあっけらかんと口を開いた。
「よかったじゃん。誰も怪我してないし、死んでないんだからさ~。おれが小さい頃にも興味本位で同じことをした経験があるけど、その時は左手が半分なくなって、さすがに痛すぎてヤバかったし、親に死ぬほど怒られたぜ。腕のいい神官に治してもらえたからよかったけど、伝手がなけりゃ、おれは今も左手には二本しか指が残ってなかっただろうな~」
「「…………」」
子供たちが、気を失いそうなほど真っ青になって絶句している。少し可哀想だが、きっとこれからは危ないことを多少控えるようになるだろう。
「我々も、この一件を重く受け止め、以後管理を徹底するように致します」と言ったサーカスの団員も、今回の件は気を引き締めるきっかけになったようだった。
105
あなたにおすすめの小説
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~
夏見ナイ
恋愛
「出来損ない」――それが伯爵令嬢リナリアに与えられた名前だった。壊れたものしか直せない【修復】スキルを蔑まれ、家族に虐げられる日々。ある日、姉の策略で濡れ衣を着せられた彼女は、ついに家を追放されてしまう。
雨の中、絶望に暮れるリナリアの前に現れたのは、戦場の英雄にして『氷の公爵』と恐れられるアシュレイ。冷たいと噂の彼は、なぜかリナリアを「ようやく見つけた、私の運命だ」と抱きしめ、過保護なまでに甘やかし始める。
実は彼女の力は、彼の心を蝕む呪いさえ癒やせる唯一の希望で……?
これは、自己肯定感ゼロの少女が、一途な愛に包まれて幸せを掴む、甘くてときめくシンデレラストーリー。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる