半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子

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第二章

回想

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 ことの起こりは、魔法の部が始まる前日だ。

 わたしはミリーシャの優勝を見届け、祝福し、心地よい疲れを感じつつも満ち足りた気持ちで皇城へ戻った。すると、ノアがとても困った顔をして待ち受けていたのだ。

「どうしたの、ノア?」
「うん。ちょっと相談したいことがあってさ。できれば陛下も一緒に、今から話できないかな?」

 なんだかただごとではなさそうな雰囲気に、わたしはすぐに場を整えた。



「陛下、急な要望にも関わらず、時間を割いてくださりありがとうございます」
「面倒な前置きはいい。何があった?」

 楽な服に着替えた父とわたしが、ノアと応接室でソファに座りながら向かい合っている。

 父が真剣な表情で問うと、ノアは今日あったことを話し始めた。

 街中で偶然出会った人物が、マギナリアの王子を名乗ったこと。そして彼は、明日の大会に出場予定のマギナリア出身者だったこと。話す内容から、それらを事実であると判断したこと。

 しかし彼は、緊急の呼び出しによって、急遽予定を変更し、すでに帰国してしまったらしい。

 ……え、待って。つまり、明日の武闘会に出場する予定のマギナリアの魔法使いが、出られなくなったということ?

 わたしは自分が置かれている状況が確実に悪化したことに気がついて、固まってしまった。

 わたしは前夜祭で、あのやたらキラキラした自信家のアンドリュー・ロペス卿に、優勝したら側近にしてほしいと言われている。でも、どうにもわたしは彼を好ましく思えない。断りたいけど、優勝した時の願い事にされてしまうと、無下に断れないのだ。

 ……だから、マギナリアの選手が優勝してくれることに望みをかけていたのに!

「お、お父様、どうしましょう。これでロペス卿が優勝したら、わたしはやっぱり、彼を側近にしなければならないのですよね?」

 そう尋ねると、父は困ったような顔をした。

「むう……、そうだな。前夜祭で前もって言われていた願いだから、断るとなると、周囲の反感は避けられないだろうな」
 
 ……やっぱりそうよね。

 勝手に期待していただけだからその彼が悪いわけではないのだが、結果的にわたしは追い詰められてしまったようだ。

「オレも、一応引き留めたんですがーー」

 ノアは、その時のことを思い出すように話を始めた。







「なぁ。どうしても、明日の大会に出場するのは無理なのか?」

 無理そうだとはわかっていても、言わずにはいられなかった。ファルークはきょとんとしてこちらを見る。

「え、そんなにそいつのこと優勝させたくないの? んー。でもなぁ。修練場無期限使用禁止はちょっとなぁ……」

 やはり、ファルークの参加は難しそうだ。どうする。いや、ファルークの都合が悪くなってしまったんだ。ファルークに出てほしいというのは、完全にオレの都合だ。無理に出場させるわけにもいかないし、マギナリアの問題に口を出せる立場でもない。これは、こちらではどうしようもないことだ。

 諦めかけた時、ファルークがいいことを思い付いたというように、明るい声を出した。

「あ、そうだ。ノアルードが代わりに参加すればいいんじゃん!」
「……は?」
「ほら、これやるよ」

 ファルークが差し出したのは、明日の大会の参加証だった。予選を勝ち抜いた者だけが預かれるものだ。当日は、これを持参することで、選手として入場できる。

「え、いや、でもオレは」
「だいじょーぶだって! あんまり目立ちたくないって言うんだろ? でも、ノアルードはあくまで、マギナリアの選手として出場すればいいんだよ。オレは予選でもこのローブを着てたし、同じようなローブで顔を隠して戦えばバレないって。たぶん」

 ……いや、そんな無茶苦茶な!

「ごめんな! 今日は楽しかったぜ! また会おうな~!」
「おい、ちょっ、ファルーク……!?」

 そうして、ファルークはあっという間に走り去っていった。路地裏の奥へ消えた彼を追って、すぐに角を曲がったが、彼の姿はもうどこにもなかった。






「……というわけで、こちらがその参加証です」
「……」
「…………」

 三人で、ノアがテーブルの上に出した参加証を見つめながら、しばし沈黙が落ちた。

 許可証を譲られたからといって、簡単に代われるものでもないと思うんだけどな……?
 そのファルークっていう人、ちょっと変わってる王子なのね。

「陛下。私が明日、ファルークの代わりに出場するのを許可していただけないでしょうか」
「ノア……」

 もしかして、わたしがロペス卿に優勝してほしくないと思ってるから、それを阻止するために?

「ノア。でも、ノアがシェルディアの人に目をつけられるかもしれないのは嫌よ。それに、ロペス卿を側近にしたくないのはわたしのわがままだから、ノアがそこまでしなくても……」

 もし彼が優勝して、側近にしなければならなくなったとしても、それはわたしが我慢すれば済む話なのだ。わざわざノアが目をつけられるようなまねはさせられない。

 でも、ノアは首を横に振った。

「大丈夫。顔を隠して、マギナリア出身の謎の人物として出場すれば、シェルディアのやつらはオレだって思わないはずだし……それに、あいつをキアラの側近にしたくないのは、オレも同じだから」
「え……」

 ……ノアも、ロペス卿とは気が合わなそうってことかしら?

 でも、ノアとして出場するわけじゃないなら、優勝したとしても平気かもしれない。

「もちろん、許可証を譲られたとはいえ予選を勝ち抜いたのはオレじゃないですから、陛下にお伺いを立てようかと」
「……ふむ。では、私が反対すれば、ノアルードは出場しないつもりなのかな?」
「お、お父様?」

 なんだか圧を感じるのは、気のせいだろうか。というか、どういう意図の発言なの?

「……いえ。キアラの望まない結果にならないよう、陛下を説得するつもりです」
「……ふ、そうか」

 小さく笑って、父は立ち上がった。

「キアラのために、しっかりやりなさい。私は今回のことが万が一明るみになっても問題にならないよう、ちょっとした小細工をしてくるよ。だからノアルードは代役だということは気にせず、優勝することだけを考えるといい」
「お父様……! ありがとうございますっ」
「ありがとうございます。精一杯努めます」

 そうして部屋を出て行こうとした父だったが、ドアを出る直前でピタリと動きを止めた。

「やっぱり、みんなで一緒に出よう。二人だけで部屋に残るのは良くないからな」
「もう。お父様ってば……」

 こうして、ノアがマギナリア出身の謎の人物として、大会に出場することが決まったのだった。
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