初代女王アイリス~精霊王と私とある少年の物語~

侑子

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拾った少年

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「えっ、精霊王?」

 私は驚いて思わず聞き返した。

「うん、一応そういう存在だよ。土地に魔力を満たして、小精霊たちを生み出しているんだ」

 魔力? 小精霊? 

 その言葉は聞いたことがなかったけれど、昔母さんに、この辺りに語り継がれているおとぎ話を聞いたことがある。

『この土地は精霊に守られている』

 どうやらおとぎ話なんかではなく、実際に精霊というものがいて土地に魔力を満たしてくれていて、この人はその精霊たちの王様らしい。

 やっぱり人間ではなかったのね。わかっていたけれど。

「けど、君が言うように、『戦争』というのが起こっているから、最近はなかなか土地に魔力が行き渡らなかったんだね」
「どういうこと?」
「僕は魔力を、つまり、自然が育つための力をこの辺りの土地に流しているんだ。でも、いつからだったかなぁ。うまく行き渡らなくなっちゃって。その『戦争』で、僕が流した魔力を掻き消してしまっているみたいだね。嫌になるなぁ」

 ぷくっと頬を膨らませる彼がとても可愛い。精霊王にも私と同じように感情があるんだな、とおかしくなった。

「ねえ、私はアイリスっていうの。あなたの名前は?」
「名前?」
「うん。あなたのこと、なんて呼べばいい?」
「ああ、知恵のある生物たちが個を識別するために決めるそれぞれの記号のことだね。僕にはそんなものないよ。僕は精霊王で、『名前』を呼ばれることなんてないもの」

 私は驚いて目を見開いた。感情があって話ができても、精霊王である彼はだいぶ人間とは感覚が違うらしい。

「でも私はあなたを名前で呼びたいから、何かつけてくれない? ずっと『精霊王』って呼ぶのも何か……」
「そう? じゃあ君がつけて。僕は人間の名前なんてわからないから」

 精霊王はにこやかにそう言った。

 えええ!? 精霊王の名前を私なんかがつけていいの!?

 ……でも、今のところこの人を呼ぶのは私だけだし、別にいいか、うん。

「うーんとね、じゃあ、シスイ、でどうかな? 響きが綺麗じゃない?」
「うん、それでいいよ」
「全然興味ないわね……」

 苦笑しながらも、彼の名前を呼べることが嬉しい。

「じゃあ、握手ね」
「握手?」
「そうよ、『よろしくね』っていう挨拶よ。お互い右手を握り合うの」

 シスイはぱちぱちと瞬きをした。

「残念だけど、僕には実体がないからそれは無理かなあ」

 私の差し出した右手に触れるように出されたシスイの右手は、私の手をスイッと通り抜けた。

「わっ!?」
「ね?」

 シスイはクスクスと笑っているけれど、私は驚いてしばらく動くことができなかった。

 そんなシスイと話すのが楽しくて、私は毎日のように泉に通うようになった。

 嫌なことがあっても、お腹が減って辛くても、シスイに会えたらそんなことはすっかり忘れて楽しい時間を過ごせた。

 私はだんだんと、自分の中である気持ちが育ちつつあることに気づき始めていた。

 シスイに会うようになってから半年が経とうとする時、村の入り口で、一人の見知らぬ男の子が倒れているのを見つけた。

「ちょっと、君! 大丈夫!?」

 駆け寄って少年を抱き起こす。

 その子は何日も食べていないみたいに痩せこけていて、薄茶色の髪は汚れていてパサパサだ。着ている服もぼろぼろで、どう見ても行き倒れに見える。

 呼びかけるとその少年は少しだけまぶたを開いた。
 よかった、どうやら意識はあるみたい。

「君、どうしたの? ご両親は? 一人なの?」

 少年は十歳に満たないくらいの歳に見える。普通なら一人のはずはないだろう。

 けれど、少年は弱々しく首を振った。そして、また目を閉じようとする。

「こら、諦めるな! まだ君は生きてるでしょう!」

 私は少年を抱き上げて家に連れて帰った。
 汚れた体を拭いて、残っていたクズ野菜のスープを飲ませ、私のベッドに寝かせてあげた。少年は無気力な様子だったけれど、大人しく言うことを聞いてくれた。

「ねえ、君、名前は?」
「……」

 少年は何も言葉を話さなかった。次の日も、その次の日も。

 けれど、私が出すものはきちんと食べるし、片付けもする。これで体を拭いてね、とタオルと水桶を渡すと、一人できちんと拭いていた。
声が出ないのかもしれない。

 名前を字で書いてもらおうとしたけれど、少年は字が書けないらしく、ふるふると首を振られた。

 今は話せないけれど、いつか急に声を出せるようになるかもしれないし、彼も反応はしてくれるので私は毎日彼に話しかけるようにした。

 四日目には、私の畑仕事を手伝ってくれようとしているのか、作業道具を持って一生懸命主張してきた。彼はとてもいい子のようだ。

「ありがとう」

 頭を撫でてあげると、少し頬を赤くしていた。


 一週間ぶりにシスイのいる泉にやってきた。
 少年の様子が落ち着かないのでしばらく来れていなかったけれど、急に来なくなってシスイは心配していないだろうか。

「やあアイリス」

 いつもと全く変わらない笑顔を見せるシスイに、少しだけ肩を落とした。

 そうだよね、私と会えなくてもシスイは別に寂しくなんてないよね……。

「しばらく来れなかったけど、シスイは変わりない?」
「しばらく? ついさっき会ったじゃない」
「……ええ?」

 どうやら精霊王とは時間の感覚も違うものらしい。

「シスイって何歳なの」と聞いたら「どういう意味?」だって。
 どうやら相当長く生きている……というか存在しているようで、歳を数える概念がないらしい。そりゃあ一週間なんてあっという間だよね。

 私はこの一週間話せなかった分、たくさんシスイと話をした。
 拾った少年のことを話すとシスイは悲しそうな顔をして、少年がだいぶ自発的に動くようになったのだと話すと、「アイリスは偉いね」と笑ってくれた。

 私はもうこの時には、すでに引き返せないほど、人間ではないこの人に恋をしてしまっていた。


 名残惜しい気持ちに蓋をしてシスイに別れを告げ、村へ帰ってきた。

 家のドアを開けると、前からどんっという強い衝撃が私を襲った。
 大して強い衝撃ではなかったけれど、驚いて転びそうになったのをなんとか踏ん張って堪える。
 
 一体なに、と衝撃の正体を確認すると、それはなんと拾った少年だった。

 私の胴体に手を回し、ぎゅうっと力いっぱい抱きついてきているようだけれど、そんなに力は強くない。まだ行き倒れて回復したばかりだもんね。

「どうしたの?」

 頭を撫でながら聞いてみた。家を出る時に「ちょっと出かけてくる」って声はかけたんだけどな。

「う、う……うわあぁぁぁぁー……」
「えええ!?」

 少年はぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、震える手で私の服を握りしめている。

 初めて声を出したことにも驚いたけれど、どうしていきなり号泣!? 何があったの!?

「もう、帰って、こないのかって、思って……」
「………」

 誰かを失う恐怖を、思い出させてしまったのかもしれない。

 ぎゅうっと私の体にしがみつくようにして泣き続ける少年を、私は落ち着くまでぎゅっと抱きしめてあげた。
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