6 / 18
徴兵
しおりを挟む
それから、どうやって帰ったのかはっきり覚えていない。
とりあえずルトを放って一人で帰ってきたことはわかる。今一人で毛布にくるまって、ベッドの上にいるから。
「……アイリス」
コンコン、というノックのあと、ルトが気遣わし気に部屋に入ってきた。
「……アイリス、ごめん。俺、アイリスのことが心配で」
わかってるよ。
でも、余計なお世話だよ。
私はシスイに、あんなにはっきり無理だなんて言われたくなかった。たとえ自分でもわかっている事実だとしても。
「……許すから、もうシスイとのことは放っておいて」
「アイリス……」
毛布から少し顔を出してルトを見ると、ルトのぎゅっと握りしめた拳が少し震えていた。
「……アイリス、俺、戦争に行くことになったんだ」
私はガバッと毛布をはね除けてルトを凝視した。
「……うそ」
「本当。三日前に、知らせが来たんだ。俺は、行かないといけない」
ルトは、最初にここへ来た時に比べると本当に大きくなった。ルトは狩りも畑仕事も上手くなって、二人で食べる分にはあまり困らなくなっていた。背は私を追い越したし、筋肉だってついた。
……いつの間にか、徴兵の対象になるくらい成長していたんだ。
私はどうして気づかなかったのかと自分を罵った。
ルトはこんなに成長していたのに、いつまでも可愛くて小さな弟だと思って、そんなことになるなんて考えたこともなかった。
「ルト……嫌だ。行っちゃ嫌」
ルトはもう、私にとってかけがえのない大切な家族だ。
この四年間、二人で力を合わせて生きてきた。
ルトがいなくなるなんて考えられない。
ふるふると首を振って引き留めるけれど、ルトは悲しそうに笑って、受け入れてはくれない。
「俺が行かなかったら、アイリスがどんな目に合うと思う? 俺は行くよ。頑張るから、一人になっても、アイリスも頑張って。……アイリスが夢中になっている『シスイさん』にアイリスを任せて、安心して行きたかったんだけど……精霊王じゃなあ」
ふふ、とルトが苦笑した。
だから、シスイにあんな風に聞いたんだ。
私を任せられる存在なのかって。
でも、シスイは精霊王で、私とは相容れない。
「ルト、嫌だよ。父さんも、戦争に行って帰ってこなかった。ルトだって帰ってこられないかもしれないじゃない」
「……俺の父さんもそうだったよ。でも、行かないと。みんな、徴兵からは逃げられない。逃げたら、残された家族がひどい目に合うからね」
徴兵から逃げ出した人の家族は、若い女性はどこかへ連れて行かれ、老人や子供は殺される。
国の兵士たちは、見せしめとしてそんな惨いことを平気でするのだ。
──本当にこの国は腐ってるよ。
「ルト……!」
私は涙がぼろぼろ出てきて止まらなくて、ベッドから飛び出してルトにしがみついた。
ルトは私を優しく抱き留めてくれた。
「初めて話をした時と逆だね。アイリスからこんな風に抱きつかれることになるとは思わなかったなあ」
くすくすとルトはおかしそうに笑う。
「う、うぅ……っ、ルト……いつ行っちゃうの……?」
「……知らせが来た時には一週間後って言われた」
あと四日!?
私は愕然としてルトを見上げた。
「だから、それまではずっと俺と一緒にいて? アイリス」
悲しそうに笑うルトに、私は涙を流しながら頷くことしかできなかった。
ルトが徴兵に行くまでの四日間は、シスイのところにも行かずルトとずっと一緒に過ごした。
一緒に畑で作業をして、料理をして、狩りに出かけ、ごはんを食べる。
一緒に寝ようと言ったのだけれど、それは拒否されてしまった。「勘弁して」って、ちょっと失礼じゃない? そんなに寝相は悪くないと思うんだけど。
──そして、四日目の朝。
無表情な兵士二人がやってきて、ルトを連れていってしまった。
最後の抱擁をする時、私はやっぱり涙が止まらなくてぐしゃぐしゃの顔になっていたのに、ルトは少しも涙を見せなかった。
「いってきます」
ルトは笑ってそう言った。
大嫌いな戦争に行かなきゃいけないなんて、きっとルトの方が私より何倍も辛いのに。
ルトは私なんかよりも、ずっとずっと成長して、強くなっていたのだ。
私はルトと別れたあと、すぐにシスイに会いに森へ行った。
シスイに会いたくて会いたくて堪らない。
話を聞いて欲しい。辛かったねって、優しく微笑んで欲しい。
会いたいよ、シスイ。
私は歪みを通り抜けて、泉に到着した。
「シスイ……!」
彼を呼ぶと、キラキラと光が集まってきて、シスイの形をとる。
「どうしたの、アイリス。もう泣いているの?」
眉を下げて心配そうに尋ねてくれるシスイに、すでに限界だった私の涙腺は決壊した。
「るっ、ルトが、連れていかれちゃった。戦争に、行っちゃったの。もう会えないかもしれない。嫌だよ、シスイ。大事な家族なの。もう会えないなんて、嫌だあ……」
泣き崩れた私に、シスイは少し手を伸ばしかけて、引っ込めた。
シスイは私に触れることができない。実体がないから。
「……アイリス、泣かないで。僕、アイリスを助けてあげたい。アイリス、僕の加護を受ける?」
とりあえずルトを放って一人で帰ってきたことはわかる。今一人で毛布にくるまって、ベッドの上にいるから。
「……アイリス」
コンコン、というノックのあと、ルトが気遣わし気に部屋に入ってきた。
「……アイリス、ごめん。俺、アイリスのことが心配で」
わかってるよ。
でも、余計なお世話だよ。
私はシスイに、あんなにはっきり無理だなんて言われたくなかった。たとえ自分でもわかっている事実だとしても。
「……許すから、もうシスイとのことは放っておいて」
「アイリス……」
毛布から少し顔を出してルトを見ると、ルトのぎゅっと握りしめた拳が少し震えていた。
「……アイリス、俺、戦争に行くことになったんだ」
私はガバッと毛布をはね除けてルトを凝視した。
「……うそ」
「本当。三日前に、知らせが来たんだ。俺は、行かないといけない」
ルトは、最初にここへ来た時に比べると本当に大きくなった。ルトは狩りも畑仕事も上手くなって、二人で食べる分にはあまり困らなくなっていた。背は私を追い越したし、筋肉だってついた。
……いつの間にか、徴兵の対象になるくらい成長していたんだ。
私はどうして気づかなかったのかと自分を罵った。
ルトはこんなに成長していたのに、いつまでも可愛くて小さな弟だと思って、そんなことになるなんて考えたこともなかった。
「ルト……嫌だ。行っちゃ嫌」
ルトはもう、私にとってかけがえのない大切な家族だ。
この四年間、二人で力を合わせて生きてきた。
ルトがいなくなるなんて考えられない。
ふるふると首を振って引き留めるけれど、ルトは悲しそうに笑って、受け入れてはくれない。
「俺が行かなかったら、アイリスがどんな目に合うと思う? 俺は行くよ。頑張るから、一人になっても、アイリスも頑張って。……アイリスが夢中になっている『シスイさん』にアイリスを任せて、安心して行きたかったんだけど……精霊王じゃなあ」
ふふ、とルトが苦笑した。
だから、シスイにあんな風に聞いたんだ。
私を任せられる存在なのかって。
でも、シスイは精霊王で、私とは相容れない。
「ルト、嫌だよ。父さんも、戦争に行って帰ってこなかった。ルトだって帰ってこられないかもしれないじゃない」
「……俺の父さんもそうだったよ。でも、行かないと。みんな、徴兵からは逃げられない。逃げたら、残された家族がひどい目に合うからね」
徴兵から逃げ出した人の家族は、若い女性はどこかへ連れて行かれ、老人や子供は殺される。
国の兵士たちは、見せしめとしてそんな惨いことを平気でするのだ。
──本当にこの国は腐ってるよ。
「ルト……!」
私は涙がぼろぼろ出てきて止まらなくて、ベッドから飛び出してルトにしがみついた。
ルトは私を優しく抱き留めてくれた。
「初めて話をした時と逆だね。アイリスからこんな風に抱きつかれることになるとは思わなかったなあ」
くすくすとルトはおかしそうに笑う。
「う、うぅ……っ、ルト……いつ行っちゃうの……?」
「……知らせが来た時には一週間後って言われた」
あと四日!?
私は愕然としてルトを見上げた。
「だから、それまではずっと俺と一緒にいて? アイリス」
悲しそうに笑うルトに、私は涙を流しながら頷くことしかできなかった。
ルトが徴兵に行くまでの四日間は、シスイのところにも行かずルトとずっと一緒に過ごした。
一緒に畑で作業をして、料理をして、狩りに出かけ、ごはんを食べる。
一緒に寝ようと言ったのだけれど、それは拒否されてしまった。「勘弁して」って、ちょっと失礼じゃない? そんなに寝相は悪くないと思うんだけど。
──そして、四日目の朝。
無表情な兵士二人がやってきて、ルトを連れていってしまった。
最後の抱擁をする時、私はやっぱり涙が止まらなくてぐしゃぐしゃの顔になっていたのに、ルトは少しも涙を見せなかった。
「いってきます」
ルトは笑ってそう言った。
大嫌いな戦争に行かなきゃいけないなんて、きっとルトの方が私より何倍も辛いのに。
ルトは私なんかよりも、ずっとずっと成長して、強くなっていたのだ。
私はルトと別れたあと、すぐにシスイに会いに森へ行った。
シスイに会いたくて会いたくて堪らない。
話を聞いて欲しい。辛かったねって、優しく微笑んで欲しい。
会いたいよ、シスイ。
私は歪みを通り抜けて、泉に到着した。
「シスイ……!」
彼を呼ぶと、キラキラと光が集まってきて、シスイの形をとる。
「どうしたの、アイリス。もう泣いているの?」
眉を下げて心配そうに尋ねてくれるシスイに、すでに限界だった私の涙腺は決壊した。
「るっ、ルトが、連れていかれちゃった。戦争に、行っちゃったの。もう会えないかもしれない。嫌だよ、シスイ。大事な家族なの。もう会えないなんて、嫌だあ……」
泣き崩れた私に、シスイは少し手を伸ばしかけて、引っ込めた。
シスイは私に触れることができない。実体がないから。
「……アイリス、泣かないで。僕、アイリスを助けてあげたい。アイリス、僕の加護を受ける?」
0
あなたにおすすめの小説
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ついで姫の本気
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。
一方は王太子と王女の婚約。
もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。
綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。
ハッピーな終わり方ではありません(多分)。
※4/7 完結しました。
ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。
救いのあるラストになっております。
短いです。全三話くらいの予定です。
↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。
4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
背徳の恋のあとで
ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』
恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。
自分が子供を産むまでは……
物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。
母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。
そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき……
不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか?
※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる