初代女王アイリス~精霊王と私とある少年の物語~

侑子

文字の大きさ
11 / 18

開戦、再び

しおりを挟む
 その後、魔術という力を得たアルバトリスタは劇的な回復を遂げていった。

 人間たちが魔力を流し植物を育てたおかげで食糧事情は大きく改善され、民が飢えることはなくなった。
 魔術は『魔石』という鉱物を作ることもでき、それは宝石のように美しくまた様々な効果を持つので経済の流れを大きく動かす素材にもなった。

 そんな素晴らしい力を人々に与えた『精霊王の使者』であるアイリスの人気は、凄まじいものになっていった。

『今の生活があるのはあの方のおかげだ』
『素晴らしい方だよな』
『長い戦争を終わらせてくれたんだ』
『魔術の力も他の人間とは比べ物にならないらしい』
『あの方が王になればいいのに……』

 そんな声が国中のあちこちから聞こえるようになり、国王は自室でイライラとテーブルを叩いた。

「全くふざけた話だ! 国王はこの余であるというのに、あのような生意気なだけの平民の娘が感謝され、あまつさえ『王になればいい』だと!?」
「落ち着いてくださいませ陛下。この国の王は世襲制。次期国王は我が息子と決まっています。馬鹿な国民の戯れ言でございましょう?」

 王妃は魔術師の臣下数人がかりで一週間かけて作らせた魔石の指輪をうっとりと眺めながら、国民の言葉など全く興味がなさそうにそう言った。

「そうだよ。次の国王はボクがなるって決まってるのに、みんなバカなのかなぁ?」

 成人して久しいにも関わらず全く国務に関心を持たない王子も、女性と遊ぶことにしか興味がない。

「そんなことは当然だ! だが、国王である余を崇めずあのような小娘をありがたがるなど、不愉快極まりないと言っているのだ! すぐに魔術で痛い目に合わせろと言ったのに、まだ魔力のコントロールが不十分だのと言って未だに野放しであるのが腹立たしいのよ!」

 国王は再びドンとテーブルを叩いた。

「では十分に準備ができてから処分すればいい話ではありませんか。この美しい魔石を得る技術をもたらしてくれたことは感謝してあげてもいいけれど、もう用済みですもの。陛下のお好きになさればいいわ」
「うん、気の強い子は好みじゃないからボクもいらな~い」
「ふん! 当然だ」

 今に見ていろ、と呟きながら、国王はたるんだ頬を醜い笑みの形に歪めた。


 ──一年後。

 人々にとって魔術はなくてはならない物になっていた。

 少ない労力で水が得られる。
 火が起こせる。
 食べ物などを冷やせる。
 動物を狩れる。

 魔力に目覚めた者は高い地位を約束され、生活の心配をする必要はなくなり、色々な場所で重宝されるようになった。

 魔力の扱いはまだまだ拙いながらも、魔術は国民の生活へすっかり浸透していたのだ。


「──再び戦争を?」

 国王の言葉に耳を疑った宰相は、不覚にも同じ言葉を聞き返してしまった。

 普段ならそんなことをすれば間違いなく嫌みが怒涛のように飛んで来るはずだが、今日の国王は機嫌がいいのか、そのことには触れなかった。

「そうだ。魔力のある者を集めた『魔術師団』もできたことだし、魔術の力があれば隣国のあの鉱山を手に入れることも容易いだろう。魔術であの娘には敵わないと言うのなら、せめてあの土地を手に入れろ」

 いいことを思いついたと言わんばかりに国王はご機嫌にそう言った。

 いくら言っても魔術師たちはあの娘の処分に動こうとしない。
 自分たちに魔力を与えてくれた恩を感じているのか、本当にまだ束になっても敵わないからなのか、それの両方なのか。

 一年が過ぎ、国王もだんだんと頭が冷えてきた。
 あの娘に罰を与えてやれないのは癪だが、それにこだわって魔術によって得られるはずの他の利益を追わないのはもったいないと思うようになったのだ。

「しかし、使者さ……使者は、この力は戦争には利用できないと言っていました。精霊たちは戦争が嫌いだからと」
「ハッ! そんなもの、戦争をさせないためのハッタリに決まっておろうが! あやつは魔術の力を与えるのと引き換えにするほど戦争を嫌がっておったのだからな。実際魔術での戦闘訓練はできているのだから、敵に攻撃はできるということだろう!」
「しかし、使者は……」
「使者使者と、いい加減にしろ! この余がやれと言っているのだ! この国の国王は誰だと思っているのだ!? お前らがあの娘には敵わないと言うから、別の提案をしとるんだろうが!」

 宰相は唇を噛みしめ、「かしこまりました」と言ってその場を退出するしかなかった。


 ──一方、アイリスは。

 一時の平和な生活を楽しんでいた。
 毎日のように愛しいシスイの元へ通い、家に帰れば弟同然に愛するルトがいる。

 食べ物には困らない、いつ襲われるか、奪われるか、死ぬかと恐れずに済む生活。

 精霊王の使者と名乗ってしまったので少し周囲からの扱いが仰々しいものになってしまったこと以外は、平穏な日々を送っていた。

 そんな生活が、約一年続いた頃。

 今日もまた、アイリスはシスイのいる泉に訪れていた。

《ははは、アイリスは本当に面白いな。どうしてそんなことを考えるの?》
「何よー、そんなに笑うことないじゃない」

 膨れながら文句を言うアイリスだが、その瞳は恋をする乙女そのものだった。
 そして、彼女の勘違いでなければ、シスイの瞳にも自分と似た想いが宿っていることを、アイリスは感じていた。

 シスイは人間ではないので二人が結ばれることはないとわかっていても、アイリスは幸せだった。

「──アイリス! シスイ! 大変だよ!」
「ルト!?」
「ルト、いらっしゃい」

 ルトも自由にこの泉に来られるようになっていたけれど、アイリスがいる時に来るのは珍しい。
 大概は、シスイに魔術を習いに一人で訪れるだけだったのだ。

「……っ、また、戦争が始まるって……」
「え!?」

 先ほど、宣戦布告がなされた。
 すでに魔術師団が相手国へ攻撃を開始しているらしい。

「そんな、まさかまた戦争を始めるなんて……私がちゃんと、二度としないようにって言わなかったから」

 おろおろと取り乱すアイリスを、ルトは優しく抱きしめた。

「落ち着いて、アイリス。ごめん、俺も思わず焦ってこんなところまで来ちゃって。よく考えたら、アイリスの力があればもしまた戦争になってもきっと大丈夫だよね」
「ルト……」

 アイリスは自分を宥めるように抱きしめてくれるルトに、彼女も少し安心したように体を預けた。

《…………》

 ルトはシスイを見た。そうだよね、と確認したくて。
 けれど、その言葉が口から出ることはなかった。
 シスイの様子に衝撃を受けたからだ。

 シスイははっきりと羨望の眼差しで自分のことを見ていた。
 しかし自分に対する嫉妬や妬みはなく、ただ羨ましい、とその目は語っていた。
 アイリスを抱きしめることができる、ただそのことに対して。

 シスイが少なからずアイリスに好意を持っていることには気づいていた。
 この精霊王という存在は、なんて美しいのだろうか。

 見た目だけでなく、心まで。

 きっと人間が、自分が持つような醜い嫉妬心なんてものは持ち合わせていないんだろう、とルトは苦笑した。

「……でも、確かに困ったことになったかもしれないね」
「え?」

 シスイは思案げに首を傾げた。

「言ったでしょう? 小精霊たちは戦争に手を貸さない。攻撃に向かったのが魔術師団なら、まずいことになっているかもしれないよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

ついで姫の本気

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。 一方は王太子と王女の婚約。 もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。 綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。 ハッピーな終わり方ではありません(多分)。 ※4/7 完結しました。 ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。 救いのあるラストになっております。 短いです。全三話くらいの予定です。 ↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。 4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

えっ私人間だったんです?

ハートリオ
恋愛
生まれた時から王女アルデアの【魔力】として生き、16年。 魔力持ちとして帝国から呼ばれたアルデアと共に帝国を訪れ、気が進まないまま歓迎パーティーへ付いて行く【魔力】。 頭からスッポリと灰色ベールを被っている【魔力】は皇太子ファルコに疑惑の目を向けられて…

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...