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6章 忘れていた記憶
36.抜けた記憶
しおりを挟むハラリは俺を抱き上げてそのままソファへ移動して、俺を自分の膝の上に乗せていつもの笑顔とは違う優しい笑顔を向けて来た。
それはまるでとても大事な物を見るかのような、安心したようでもあり、切ないようなそんな笑顔。
ハラリらしくないと思いつつも、その表情から目が離せなかった。
「忘れてた物って何だ?」
「俺にも大切な人がいたなって、最近思い出すんだそいつの事。今頃何してんのかなってさ」
「それって前に言ってた恋人の事か?確か男だって言ってたよな」
「良く覚えてたな♪そうそう。俺はそいつに黙って自分探しの旅を勝手に始めちまったんだ。絶対反対されると思ったからな」
「そうだったのかよ!それはダメだろ!」
「はは、その顔で怒られると何も言い返せねぇわ」
「良く分からないけど、その人はずっとハラリの事を待ってるんじゃないか?」
「どうだろうな。いきなりいなくなって怒ってはいるとは思うけど。それに、俺は重罪人の逃走犯だ。元いた世界じゃ指名手配されてるだろうな」
「ハラリ……」
それって、その人に会いたくても会いに行けないって事じゃん。そんなの悲し過ぎないか?
もし俺がハラリの立場で飯野さんにもう会えないなんて死んでも嫌だ!
「まぁあいつの性格なら今頃怒り狂ってるか、他に恋人作って楽しくやってるだろうよ」
「ハラリはその人に会いたいのか?」
「ああ、会いたいな。この旅をしていて一度も思わなかったんだけど、お前ら見てたら恋しくなっちまったよ」
恋人に会いたいと言うハラリの顔は、悲しそうな笑顔で、それだけでその人の事を本当に愛してるんだと伝わって来た。
そして俺は恐る恐る聞いてみた。
「……それじゃあ元の次元に帰るの?」
「帰りたいんだけど、俺は自分で好きな所へ飛べる訳じゃねぇからよ。いつもランダムだからまた会えるかは分からねぇんだ」
「それならずっとここにいなよ!次に行った次元の人達がこうして面倒見てくれるとも限らないんだろ?ハラリさえ良ければずっとここで暮らしていいから」
「それはダメだ。いずれ俺は違う次元へ行くよ」
「何で?違う次元の自分にも会えたんだし、もういいじゃん!目的は達成出来たんだろ?」
「お前には比良里がいる。そんで比良里にはお前がいるだろ。俺の居場所はここじゃねぇ」
「俺と飯野さんはそんな事気にしないって!三人で楽しくやれてるじゃん。俺はずっとこのままハラリといたいよ」
まるでハラリがいなくなりたいと言ってるみたいでとても悲しくなった。
ずっと避けていた事だけど、こうしてハラリからそう言う事を言われるとめちゃくちゃ辛い。
頭では理解してるつもりなんだ。
ハラリが恋人に会いたいという気持ちも、俺と飯野さんから離れなくちゃいけないっていう気持ちも全部。
だけど、だけどさ!俺にとってハラリはあまりにも大きな存在になってるんだよ……
「気持ちは有難ぇけど、俺は長生きは出来ねぇ。次元を行き来するのには大量のカロリーを消費するって言っただろ?それと、体に負担が掛かるから弱っちぃ奴には出来ないって。他にも脳に障害を与えたり、記憶力にも支障が出る場合があるんだ。多分俺は知らない間に支障が出てたみてぇよ?」
「そんな……それなら尚更もう次元越えはさせねぇ!」
「はは、本当にお前は可愛いな。俺の抜けた記憶を思い出させてくれたのは奏多お前だ。ありがとよ」
お礼を言われたけど、何の事だか分からなかった。
それよりもこれ以上ハラリに負担が増える事は辞めて欲しい。そんな大きなリスクを背負って他の次元に行くなんてさせるかよ!
「ハラリが何て言おうが俺は認めないからな!次に俺の前からいなくなったらダメなんだからな!」
俺が本気で言ってもいつものようにヘラヘラ笑っているだけだった。
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