役立たずと捨てられた薬草聖女、隣国の冷酷王太子に拾われて離してもらえません!〜元婚約者が「戻ってこい」と泣きついてきても、もう遅いです〜

きみつね

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9.水を使わなければいいんですよね? ええ、お安い御用です

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「は……?」

 私は耳を疑った。
 水を使わずにポーションを作れ? それは料理人に食材を使わずに料理を作れと言うのと同じくらい理不尽な要求だ。

「ポーションとは、薬草の成分を水という媒体に転写することで効果を発揮するものです。水がなければ、薬草の成分は体内に吸収されません。……そんなこと、基礎中の基礎でしょう?」

「ええ、もちろん知っています」

「しかし、私の計算では最高品質のポーションを作るには、不純物を含まない媒体が不可欠です。通常の蒸留水では限界がある。かといって聖水はコストがかかりすぎる。そこで私は、水を使わずに魔力そのもので成分を結合させる無水術式を研究しているのですがね」

 彼は肩をすくめた。

「まあ、理論さえ完成していない夢物語ですが。あなたが伝説級の腕を持つというなら、それくらい可能なのでしょう?」

 完全に嫌がらせだ。
 出来ないことを分かっていて、私に恥をかかせようとしている。

 アレクシス様が怒って踏み出そうとした。
 でも、私はそれを再び制して、ニッコリと微笑んだ。

「分かりました。やりましょう」

「……は?」

「水を使わなければいいんですよね? ええ、お安い御用です」

 私は近くのテーブルの上にあった、乾燥した薬草の葉を手に取った。
 水瓶もフラスコもいらない。
 必要なのは私の手だけ。

(水を使わない、か……。でも……)

 私は目を閉じ薬草に意識を集中させた。
 そして、周囲の空気に漂う気配を感じ取る。

 この空間には、目には見えないけれどたくさんの水の精霊たちが漂っている。
 湿気、とも言うけれど、私にはキラキラした光の粒に見えるのだ。

「お願い……力を貸して」

 小さく囁き、魔力を練り上げる。
 私の周囲の空気が、ふわりと動き始めた。

「な……!? なんだ、湿度が急激に上昇して……!?」

 クラウス団長が慌てて計器を確認する。
 その間にも、私の手元にはキラキラと輝く水球が生まれつつあった。

 大気中に含まれる微細な水分。
 それを魔力で一箇所に凝縮し、純度100%の『純水』を作り出したのだ。

「そ、そんな……まさか大気凝縮魔法!? あれは失われた古代魔法のはず……!」

「はい、どうぞ。最高純度の水です」

 私は出来上がった水球の中に薬草を放り込み、一瞬で成分を抽出した。
 不純物ゼロの水で作られたポーションは宝石のように透き通った青色に輝いている。

「さあ、測定をお願いします」

「ば、バカな……ありえない……」

 クラウス団長は震える手でポーションを受け取り、測定器にセットした。
 スイッチを入れる。

 ピピピッ! という電子音が鳴り響き、針が動き始めた。
 だが、針は止まることなく上昇を続け――。

 ギュイイイィン!!

 不吉な高音が響き渡り、測定器から火花が散った。

「ああっ!?」

 ボンッ!
 小さな爆発音と共に、測定器は黒煙を上げて沈黙した。

「そ、測定不能……!?最大値である純度120%をあっさり振り切ったというのか……!?」

 クラウス団長は煤けた顔で壊れた機械と私の顔を交互に見つめた。
 彼の表情からは、先程までの余裕と傲慢さは消え失せ、ただただ驚愕と混乱だけが張り付いていた。

「ば、馬鹿な……嘘だ、こんなこと……」

 アレクシス様も、「どうだ、見たか」とばかりにドヤ顔で腕を組んでいる。

 これで一件落着――そう思った時だった。
 膝をついたクラウス団長の顔色が、妙に悪いことに気がついた。
 単なるショックのせいではない。
 肌が土気色で呼吸も浅い。そして何より……。

(……この魔力の乱れは……?)

 私は彼の身体から、どす黒い靄のようなものが立ち上っているのが見えた。
 それは魔導師特有の職業病、『魔力欠乏症』特有の症状だ。
 しかも、かなり進行している。

 このままだと魔力を練ることもできなくなり、最悪の場合は命に関わるかもしれない。

 私は彼に歩み寄ると、その肩にそっと手を置いた。

「団長様、立たないでください」

「え……?」

「勝負はまだ終わっていません。……まだ、やることがあります」

 私は真剣な眼差しで彼を見下ろした。
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