役立たずと捨てられた薬草聖女、隣国の冷酷王太子に拾われて離してもらえません!〜元婚約者が「戻ってこい」と泣きついてきても、もう遅いです〜

きみつね

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10.そろそろ、俺だけの時間をもらってもいいだろう?

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「あなたの身体、『魔力欠乏症』が進行していますね」

 私が静かに告げると、クラウス団長の肩がビクリと跳ねた。
 彼は顔を伏せたまま、掠れた声で答える。

「……分かりますか。さすがですね」

「知っていたのですか?」

「ええ。魔導師として無理を重ねてきましたから。職業病のようなものです。自分であらゆる治療法を試し、薬も作りました。ですが、どれも効果はなかった。私の魔力回路はもうボロボロなんですよ」

 諦めきった口調だった。
 彼は自分の寿命が長くないことを悟り、それを受け入れているようだった。
 だからこそ最後にこの国の未来のために、正確なデータや事実に固執していたのかもしれない。

「リリアーナ嬢。私の負けです。あなたのような本物が現れたのなら、もう私の役目は……」

「──終わっていません」

 私は彼の手を強く握った。

「治せます」

「……は?」

 クラウス団長が顔を上げる。
 その瞳には、信じられないという色が浮かんでいる。

「な、何を……『魔力欠乏症』は不治の病です。世界中の文献を調べ尽くした私が言うのですから、間違いありません」

「あなたのデータが全て正しいとは限らない……さっき、そう証明したはずですよね?」

 私は悪戯っぽく微笑むと、彼に触れている掌に魔力を集中させた。
 イメージするのは、枯れかけた大地に水を注ぐ光景。
 ひび割れた回路を修復し、再び魔力の循環を取り戻す。

「……っ!?」

 私の指先から、金色の光が溢れ出した。
 それは温かな奔流となって、クラウス団長の身体へと流れ込んでいく。

「あ、あぁ……っ! なんだ、これは……!?」
「回路を繋ぎ直しています。少し熱いかもしれませんが、我慢してくださいね」

 身体の芯から湧き上がる熱に、クラウス団長が苦悶とも歓喜ともつかない声を漏らす。
 どす黒い靄が霧散し、代わりに澄み切ったマナが彼の身体を満たしていく。
 土気色だった頬には赤みが差し、苦しげだった呼吸が穏やかになっていく。

 数秒後。
 私はゆっくりと手を離した。

「はい、終わりました。……深呼吸してみてください」

 クラウス団長は呆然としたまま、恐る恐る息を吸い込んだ。
 そして、自分の身体を見下ろし、指先を動かす。

「……信じられない」

 彼は震える手で、小さな火の玉を空中に生み出した。
 それは以前よりも遥かに純度が高く、力強く輝いている。

「身体が……軽い。魔力の詰まりが嘘のように消えている。……回路が、完全に修復されている……!?」

 彼は眼鏡を外し、涙ぐんだ瞳で私を見つめた。
 研究者としてのプライドも、データへの執着も、今はもう無いようだった。

「私の計算では……治癒にはエリクサーを百本使っても不可能だという結論が出ていました。それを、あなたはたった数秒で……」

「私の手は特別製ですから。薬草まみれなので」

 私が茶目っ気たっぷりに言うと、アレクシス様が背後から満足げに頷いた。

「どうだクラウス。これでもまだ、リリアーナを疑うか?」

「……いえ。愚かでした」

 クラウス団長はその場に深く跪いた。
 額を床に擦り付けるような、最大限の敬意を示す礼だ。

「リリアーナ様。……いえ、聖女リリアーナ様」

 震える声が、静寂の謁見の間に響く。

「私の無礼を、どうかお許しください。あなたの力は本物です。いや、人智を超えています。……私の命も、魔導師としての生涯も全てあなたに救われました」

 彼は顔を上げ、潤んだ瞳で私とアレクシス様を見上げた。

「この命ある限り、私はあなた方に忠誠を誓います。私の持つ全ての知識と技術を、聖女様のためにお使いください。……どうか、私の『師』となってはいただけないでしょうか?」

「はいっ!? し、師ですか!?」

 予想外の申し出に私が目を丸くすると、アレクシス様が可笑しそうに笑った。

「ははは! 偏屈なクラウスが弟子入り志願とはな。……いいだろう。リリアーナ、こいつを使ってやってくれ。頭は固いが、腕は立つ」

「……お手柔らかにお願いしますね、クラウスさん」

「はい! まずは聖女様の魔力データの徹底解析から……いや、専用の実験室を用意せねば!」

 すっかり毒気が抜かれ、熱狂的な信奉者になってしまったクラウス団長を見て、私は苦笑いするしかなかった。
 でも、悪い気はしない。

 一件落着した謁見の間を後にし、私たちは再び廊下を歩いていた。
 隣を歩くアレクシス様が、不意に足を止める。

「……リリアーナ」
「はい?」

 振り返ると、彼はどこか不満げな、けれど甘えるような瞳で私を見つめていた。

「クラウスの前で実力を証明したのは見事だった。……だが、俺は少し焼き餅を焼いている」

「えっ……?」

「皆、お前の魅力に気づいてしまう」

 彼は私を壁際に追い詰めると、逃げ場を塞ぐように両手を壁についた。

「そろそろ、俺だけの時間をもらってもいいだろう?」
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