役立たずと捨てられた薬草聖女、隣国の冷酷王太子に拾われて離してもらえません!〜元婚約者が「戻ってこい」と泣きついてきても、もう遅いです〜

きみつね

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11.薬草の香りだけじゃない。心が安らぐ陽だまりのような匂いだ

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「そろそろ、俺だけの時間をもらってもいいだろう?」

 至近距離で囁かれ、心臓が爆発しそうになる。
 彼の紫水晶のような瞳が、熱っぽく揺らめいている。
 そこには隠しきれない独占欲と、とろけるような甘い色が宿っていた。
 普段の冷徹な氷の王太子からは想像もつかない表情。
 それを向けられているのは、世界で私一人だけなのだ。

 そう思うと、胸の奥が締め付けられた。

「……で、殿下」

 私は頬を染めながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
 それは彼への完全な降伏宣言。

「可愛いな」

 吐息のような囁きが耳朶を打ち、次の瞬間、唇に柔らかい熱が重なった。

「ん……っ」

 触れるだけの優しいキス。
 壊れ物を扱うような慎重さで、彼は私の唇を食む。
 触れ合う唇から彼の大切に想ってくれている気持ちが伝わってきて、身体中の力が抜けてしまいそうだ。

「リリアーナ……」

 一度離れた唇が角度を変えて再び重なる。今度は少し深く、情熱的に。
 私の腰に回された腕に力がこもり、身体が密着する。
 彼の鼓動と私の鼓動が重なり合って、一つのリズムを刻んでいるみたいだ。

 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
 永遠のようにも一瞬のようにも感じる甘美な時間が終わり、彼がゆっくりと顔を離した。
 熱を帯びた瞳で見つめられ、私は息をするのも忘れて見惚れてしまう。

「ここでは落ち着かないな」

 アレクシス様はそう言うと不意に私の身体を軽々と抱き上げた。
 視界が高くなり、私は慌てて彼の首に腕を回す。
 いわゆる、お姫様抱っこだ。

「きゃっ、で、殿下!?」
「暴れるな。落ちたら危ない」

 彼は悪戯っぽく笑うと、そのままスタスタと歩き出した。

「行くぞ。俺の私室なら誰にも邪魔されずに愛でてやれる」

「え、あ、あのっ、衛兵さんが見てます……!」
「見せつけてやればいい。お前は俺のものだと」

 すれ違う衛兵や侍女たちが驚き顔で道を空け、そして生温かい視線で見送ってくる。
 私は羞恥心で顔から火が出そうになりながら、彼の胸に顔を埋めるしかなかった。

 連れて行かれたのは謁見の間からほど近い、王太子専用の休憩室だった。
 休憩室とは名ばかりの豪華な調度品が揃えられた広い部屋だ。
 彼は私を窓際の大きなソファにそっと降ろすと、自分も隣に腰を下ろし、再び私を抱き寄せた。

「はぁ……やっと落ち着ける」

 彼は私の肩に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

「リリアーナ、お前からはいい匂いがする。……薬草の香りだけじゃない。心が安らぐ陽だまりのような匂いだ」

「そ、そうですか……? 調合室にこもっていたので薬臭くないかと心配なんですが」

「それがいいんだ。お前が頑張った証だからな」

 彼は私の髪を指で梳きながら、愛おしそうに呟く。

「リリアーナ。俺の国に来てくれて、本当にありがとう。お前がいなければ、俺は一生、氷のように冷たい心のままだったかもしれない」
「アレクシス様……」
「お前を誰にも渡したくない。クラウスやシャミールが有能なのは認めるが、お前に近づく男は全員排除したくなるくらいだ」

 独占欲たっぷりの言葉。クラウスさんはともかく、シャミールさんはお爺さん的な感じだと思うけど……(見た目は少年だけど)
 けれど、それは私を必要としてくれていることの裏返しだ。
 それがどうしようもなく嬉しくて、私は彼の胸に頭を預けた。

「ずっとここにいろ。一生、俺が守り抜いてやる」

 甘く穏やかな沈黙が流れる。
 窓の外から差し込む陽光が私たちを優しく包み込んでいた。

 幸せすぎて、怖いくらいだ。
 ずっとこんな時間が続けばいいのに。

 ――コンコン。

 そんな私たちの時間を叩き割るように、無粋なノックの音が響いた。
 アレクシス様の眉間が一瞬で不機嫌そうに歪む。

「誰だ。今は取り込み中だと伝えたはずだが」

 ドスの効いた声で問うと、扉の向こうから衛兵の焦ったような声が返ってきた。

「も、申し訳ありません! ですが、緊急事態です! 早馬が到着しました!」
「早馬だと? どこの国からだ」
「はっ! それが……リリアーナ様の祖国、ベルディ王国からです!」

 その国名を聞いた瞬間、私の背筋が凍りついた。
 忘れもしない。私を「役立たず」と罵り、捨てた故郷。

「王国からの使者が、国境に到着したとのことです! 彼らはこう主張しています。『我が国の聖女リリアーナ様を誘拐した卑劣な帝国に抗議する! 直ちに彼女を返還せよ』……と!」

「──ほう」

 アレクシス様の瞳から、甘い色が完全に消え失せた。
 代わりに宿ったのは、全てを凍てつかせるような絶対零度の殺気だった。
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