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13.自分たちの都合で捨てておいて、困ったら返せ? ……ふざけるな
しおりを挟む謁見の間。
先ほどまでは温かい空気に満ちていたその場所は今、張り詰めた緊張感に包まれていた。
玉座に座るアレクシス様の隣、一段低い場所に私も立っている。
アレクシス様が「終えrの隣にいろ」と言ってくれたからだ。
彼の大きな手が、私の震える手をこっそりと握ってくれている。
その温かさだけが、今の私の心の支えだった。
「――ベルディ王国よりの使者、入室を許可する」
衛兵の声と共に、扉が開かれる。
入ってきたのは、見覚えのあるベルディ王国の騎士団長と、数名の文官たちだった。
彼らは一様に焦燥しきった顔をしており、その目は血走っている。
彼らは私に気づくと、パァッと顔を輝かせた。
まるで、地獄で仏に出会ったかのような表情だ。
「おお! リリアーナ様! ご無事でしたか!」
「探しましたぞ! さあ、すぐに国へ戻りましょう! 馬車を用意してあります!」
彼らはアレクシス様への礼儀もそこそこに、私に向かって駆け寄ろうとした。
まるで、そこにいるのが「物」であるかのように。
私の意思など、最初から眼中にないのだ。
その無礼な振る舞いに、ピクリ、とアレクシス様の眉が動く。
「控えろ」
静かな、しかし有無を言わせぬ重低音が響いた。
騎士団長たちはそこで初めて目の前の人物――大国の王太子の存在を思い出したかのように、ハッとして足を止めた。
そして慌ててその場に跪く。
「し、失礼いたしました、ヴェルディア帝国王太子殿下。我々は一刻も早く、我が国の聖女をお連れしたく……」
「聖女?」
アレクシス様は、嘲るように鼻を鳴らした。
「いつから彼女が聖女になったのだ? 私の記憶が確かならば、貴国は彼女を『無能』『出涸らし』と罵り、追放したはずだが」
「っ……!」
使者たちの顔が引きつる。
図星を突かれたからだ。
「そ、それは……何かの間違いでして……」
「間違い? 公式に婚約解消と家門除籍を行い、吹雪の中に放り出したことが、間違いで済むとでも思ったのか?」
アレクシス様の声は、徐々に温度を失っていく。
「彼女は貴様らの国に追放されたと聞く。俺はそれを拾っただけだ」
「で、ですが! 彼女はベルディ王国のものです! 返していただかねば困るのです!」
騎士団長が食い下がる。
彼も必死なのだ。手ぶらで帰れば、自身の首が飛ぶかもしれないのだから。
「今は非常事態なのです! 聖樹が枯れ、疫病が蔓延し、国が滅びかけているのです! 彼女の力がなければ救えない! だから……」
「――だからそれを、返還しろ……だと?」
アレクシス様が、スッと瞳を細めた。
その瞬間。
キィィィィィィン……。
耳鳴りのような高音が響き、謁見の間の気温が急激に下がった。
空気が凍りつく。
床や柱に、白い霜が這い上がっていく。
「ひっ……!?」
使者たちが悲鳴を上げて後ずさる。
彼らの吐く息が白く染まり、震えが止まらなくなっていく。
これが、『氷の王太子』と呼ばれる所以。
アレクシス様は国内最強の氷属性の使い手にして、強大な魔力を持つ魔導師なのだ。
「自分たちの都合で捨てておいて、困ったら返せ? ……ふざけるな」
彼から溢れ出る魔力は、物理的な重圧となって使者たちにのしかかる。
立っていることのすら許さない、圧倒的な王者の覇気。
その時だった。
ふと、アレクシス様の視線が私の横顔に向けられた。
私は、目の前に跪く騎士団長の顔を見て、無意識のうちに身体を強ばらせていた。
過去の記憶がフラッシュバックする。
彼には何度も嫌味を言われ、実験室から乱暴に追い出されたことがあったのだ。
「リリアーナ?」
アレクシス様の声に、ハッと顔を上げる。
彼は私の怯えた様子を見逃さなかった。
その瞳の奥で、さらに激情の炎が燃え上がるのが見えた。
「おい、そこの騎士。……貴様、リリアーナに何をした?」
「は、はい……?」
騎士団長が間の抜けた声を上げる。
「リリアーナが怯えている。貴様、過去に彼女に対して何かしらの危害を加えたな?」
「い、いえ! 滅相もございません! 私はただ王命に従って彼女を……少々厳しく指導しただけで……」
「指導、だと?」
アレクシス様が玉座から立ち上がった。
カツン、と靴音が響くたびに、周囲の温度がさらに下がっていく。
「具体的に言え。……どのような『指導』だ?」
「そ、それは……研究室に篭る彼女を外へ引きずり出したり……貴族としての振る舞いがなっていないと、少しばかり言葉で……」
「引きずり出した? 罵声を浴びせたということか?」
「そ、それは……彼女のためを思って……!」
騎士団長の言い訳に、私は思わず身を縮めた。
そう、彼はいつもそう言っていた。「お前のためだ」「王家の恥さらしめ」と。
「……なるほど。よく分かった」
アレクシス様が私の前に立ち、視線を遮るようにして騎士団長を見下ろした。
「貴様のような下衆が生きていていい理由が見当たらない。……殺されたくなければ、今すぐ私の視界から消えろ」
大気が震えた。
アレクシス様の背後に、無数の鋭利な氷柱が出現し、切っ先を騎士団長に向けている。
それは、間違いなく死の宣告だった。
「ひぃっ!? お、お待ちください! 慈悲を……!」
「慈悲だと? 私の大切なリリアーナを傷つけた代償は高くつくぞ」
騎士団長は腰を抜かし、無様に這いつくばった。
しかし、それでも彼は最後の力を振り絞って叫んだ。
「で、ですが! 我が国とて黙ってはいませんぞ! もしリリアーナ様を返還せねば、これは国際問題になります! 我が国の軍事力を行使してでも……!」
愚かにも、彼は脅しをかけてきたのだ。
窮鼠猫を噛むつもりだったのかもしれない。
だが、相手が悪すぎた。
「軍事力、か」
アレクシス様は、鼻で笑った。
まるで、蟻が象に喧嘩を売っているのを見るような目だった。
「勘違いするなよ。我が帝国の平和は話し合いなどで保たれてきたものではない」
彼はゆっくりと、しかし朗々と告げた。
その言葉は、謁見の間の隅々にまで染み渡る。
「我がヴェルディア帝国は、貴様らの軟弱な国とは違う。……北には常に略奪を繰り返す蛮族『氷牙の民』がおり、西には異教徒を排斥しようとする狂信的な『神聖王国』が隣接している」
アレクシス様が片手を挙げると、空中に巨大な氷の地図が投影された。
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「我々は、常にこの強大な敵と戦い続けてきた軍事国家だ。北方の蛮族を氷の要塞で封じ込め、西方の狂信者たちを魔導師団の火力で焼き払ってきた。我が国の兵士一人一人が、貴国の騎士十人に匹敵する実戦経験を持っている」
騎士団長の顔から、完全に血の気が引いていく。
自分たちの国が、いかにぬるま湯に浸かっていたか、そして目の前の帝国がいかに強大な軍事力を持っているかを思い知らされたのだ。
「そんな我が国に対して、軍事力を行使するだと? 面白い。やってみるがいい」
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