役立たずと捨てられた薬草聖女、隣国の冷酷王太子に拾われて離してもらえません!〜元婚約者が「戻ってこい」と泣きついてきても、もう遅いです〜

きみつね

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16.やあ、リリ店長。今日からここで働くことになった新人の『アレックス』だ。よろしく頼むよ

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 プロポーズ保留事件から、一週間後。
 私は帝都の「下町(ダウンタウン)」と呼ばれる地区に立っていた。

 石畳は少し欠け、路地裏からは活気のある喧騒と、どこか懐かしい生活の匂いが漂ってくる。
 王宮の煌びやかな世界とは無縁の、庶民たちの息づく場所。

 その一角に、こぢんまりとした二階建ての建物があった。

「……うん、いい感じ」

 私はレンガ造りの壁を撫でて、満足げに頷いた。
 元々は古道具屋だったというその物件は、古ぼけてはいるけれど、どこか温かみがある。
 広すぎず、狭すぎず。
 カウンターと、いくつかの棚。そして奥には調合スペース。
 私が求めていた「街の小さな薬屋さん」そのものだった。

(アレクシス様には『もっと広い屋敷を使え』って言われたけど、押し切ってよかった!)

 あの後、アレクシス様が用意しようとしたのは下町とは名ばかりの元貴族の別邸(庭・噴水付き)だったのだ。
 さすがにそれは……ということで、私が自ら頼み込んで、この物件にしてもらったのだ。
 もちろん、セキュリティ面は魔法でガチガチに強化されているらしいけれど見た目は完全に街に溶け込んでいる。

「よし、開店準備しなきゃ!」

 私は気合を入れると頭にリボン付きの三角巾を巻き、シンプルなエプロンを少しきつめに締めた。
 今の私は、王太子婚約者のリリアーナではない。
 田舎から出てきた平民の薬師、「リリ」だ。

 髪型もいつもの丁寧な編み込みではなく、動きやすいポニーテールにまとめている。
 メイクも控えめに。

「いらっしゃいませ! ……うん、声も大丈夫」

 鏡の前で笑顔の練習をする。
 ここでは身分なんて関係ない。
 ただの薬師として、みんなと接することができる。
 それが何より嬉しかった。

 カランコロン♪

 入り口のベルが鳴った。
 記念すべき、最初のお客様だ。

「おはようさん。ここ、新しい薬屋だって聞いたんだけどよぉ」

 入ってきたのは、近所に住む体格の良いおじさんだった。
 左腕をさすりながら、痛そうに顔を歪めている。

「いらっしゃいませ! はい、今日オープンした陽だまり薬局です!どうされましたか?」

「いやぁ、朝っぱらから荷運びしてたら、筋を違えちまってなぁ。湿布か何か、ねぇか?」

「それなら、特製の塗り薬がありますよ。炎症を抑えて、痛みもすぐに引きますから」

 私は棚から淡いグリーンの瓶を取り出した。
 昨日、徹夜で作った自信作だ。

「へぇ、姉ちゃん若いのによく働くねぇ。……おいくらだい?」
「銅貨三枚です」
「安っ!? 大丈夫か、そんな値段で」

 おじさんは目を丸くしながらも、嬉しそうに小銭を置いていった。
 そして、その場で薬を塗ると――。

「……うおっ!? すげぇ、塗った瞬間からポカポカしてきて、痛みが消えたぞ!?」

「ふふ、即効性には自信があるんです。でも、今日は無理しないで休んでくださいね」

「ありがてぇ! こりゃ仲間にも教えてやらねぇとな! ありがとな、嬢ちゃん!」

 おじさんはブンブンと手を振って、元気よく出て行った。

(……嬉しい)

 胸の奥がじんわりと温かくなる。
 私の作った薬で、目の前の人が笑顔になってくれる。
 「聖女」として崇められるのではなく、一人の人間として感謝される。
 これこそが、私が求めていた幸せだった。

 それから数時間。
 お店にはちらほらとお客さんが訪れた。
 擦り傷を作ったワンパク少年、腰の曲がったお婆ちゃん、化粧荒れに悩むお姉さん。
 私は一人一人と言葉を交わし、その人に合った薬を手渡していく。

「ふぅ……」

 お昼過ぎ。
 少し客足が途絶えたところで、私はカウンターに肘をついた。
 心地よい疲労感だ。

 と、その時だった。

 カランコロン♪

 再びベルが鳴る。

「いらっしゃいませー!」

 私は反射的に笑顔を作って顔を上げた。
 しかし、入ってきた人物を見て、その笑顔がピクリと固まった。

「………は?」

 そこに立っていたのは、背の高い青年だった。
 茶色い髪に、地味な黒縁メガネ。
 服装もどこにでもいるような市井の青年の服だ。
 
 ――だけど。
 隠しきれないそのオーラと、整いすぎた顔立ちは、メガネごときでは誤魔化せていない。

「やあ、リリ店長。今日からここで働くことになった新人の『アレックス』だ。よろしく頼むよ」

 彼は――変装したアレクシス様は、爽やかに言い放ち、勝手にカウンターの中に入ってきた。
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