役立たずと捨てられた薬草聖女、隣国の冷酷王太子に拾われて離してもらえません!〜元婚約者が「戻ってこい」と泣きついてきても、もう遅いです〜

きみつね

文字の大きさ
20 / 27

20.俺が……俺が絶対に守ってやる

しおりを挟む
 私は恐怖を押し殺し、震える足でゆっくりと近づいていく。
 アレクシス様が背後で剣の柄に手をかけている気配がする。彼がいるから、大丈夫。

 あと、三歩。二歩。一歩。
 黒竜の鼻先が、私の目の前にある。
 焼けるような熱気と、死の臭いが混ざった息が吹きかかる。

「……怖くない……怖くないよ……」

 私は自分に言い聞かせるように呟き、そっと手を伸ばした。
 そして、その硬く冷たい鱗に触れた。

 ――ドクンッ!!

 瞬間、心臓を直接鷲掴みにされたような衝撃が走った。
 視界が白く染まり、私の頭の中に、直接『情景』が流れ込んでくる。

 『……兄弟よ……』

 それは言葉ではなく感情の奔流だった。
 深く、重く、そして限りなく優しい愛の記憶。

 その時──私の脳裏にとある景色が流れ込んでくる──。

 (ジークフリート様……?)

 見えたのは、まだ少年の面影を残す若い頃のジークフリート様だった。
 場所はどこかの岩山だろうか。
 彼は傷だらけの手で、一つの巨大な卵を抱いていた。

 『俺が……俺が絶対に守ってやる』

 親にはぐれたのか、捨てられたのか。
 孤児だった少年は同じように独りぼっちだった卵に、自分自身を重ねていた。
 やがて卵が割れ、真っ黒なトカゲのような赤ちゃんドラゴン――ファフニールが生まれた時。
 少年は初めて心からの笑顔を見せた。

 『お前の名前はファフニールだ。俺の弟だぞ!』

 それからの日々は常に二人と共にあった。
 貧しい時も食べるものを分け合った。
 寒い夜は小さな体を寄せ合って眠った。
 
 やがて少年は青年になり、帝国軍に入隊する。
 ファフニールもまた、見上げるような巨竜へと成長した。
 
 『行くぞ、ファフニール! 俺たちの力を見せてやる!』
 『グオォォォッ!!』

 戦場での二人はまさに阿吽の呼吸だった。
 ジークフリート様が剣を振るえば、ファフニールが炎で敵を掃討する。
 ファフニールが危機に陥れば、ジークフリート様が自らの体を盾にして守る。

 ある激戦の記憶。
 敵の魔法が降り注ぐ中、ジークフリート様は血まみれになりながらも一歩も引かなかった。
 その背中には、深い傷跡――今も残る、肩の古傷が刻まれた瞬間だ。

 『大丈夫だ……かすり傷だ。それより、お前に傷がないならそれでいい』

 彼は痛みに顔を歪めながらも、愛竜の無事を確信して笑った。
 その笑顔は、かつて卵を抱いていた少年の頃と変わらない、無償の愛に満ちていた。

 ――そして、現在。
 
 三十代半ばを迎えて肉体の全盛期を過ぎつつある彼。
 隠しているけれど、古傷が痛み夜中に一人で呻く姿。
 そして何より――竜との契約を通じて、彼の生命力が削られていく感覚。

 『──私の力が大きすぎるのだ』

 ファフニールの悲痛な叫びが響く。

 『老いていく兄弟にとって、最強の竜を維持する魔力は毒にしかならない……。このままでは兄弟が先に枯れ果ててしまう』

 『嫌だ……それだけは嫌だ……』

 『ならば、私が消えよう』

 『私が死んで契約が切れれば、主は助かる』

「――っ!!」

 私は弾かれたように手を離した。

「リリアーナ!? どうした、何をされた!?」

 アレクシス様がすぐに私を抱き支えてくれる。
 柵の外ではジークフリート様が不安げな顔でこちらを見ていた。

「聖女殿……? ファフニールは、何と……?」

「……自分を責めていました」

 私は涙を拭いジークフリート様を見据えた。

「彼は……ファフニールは、自分があなたを殺してしまうことを恐れています」
「何……?」
「あなたの体にとって、分の存在が負担になっていると気づいていたんです。あなたが夜中に古傷の痛みに耐え、魔力の枯渇に苦しんでいることも全部知っていた」

 ジークフリート様の顔色が蒼白になる。

「だから……彼は食事を断ったんです。自分が餓死して衰弱死すれば……契約が強制解除されて、あなたが助かるから」
「……うそだ」
「あなたのことが大好きだから……あなたに生きていて欲しいから……彼は独りで死のうとしているんです!」

 私の叫びが冷たい洞窟に反響した。
 ジークフリート様は呆然と立ち尽くし、そして――。

「ファフニール!」

 自ら鉄柵の鍵をこじ開け、中へと飛び込んできた。

「ジークフリート!?」

 彼は私たちが止めるのも聞かず、黒竜の元へ駆け寄った。
 そして巨大な頭部にしがみつき、額を押し付けた。

「ガァ……?」

 ファフニールが驚いたように目を丸くする。

「ふざけるな……! ふざけるなよ、大馬鹿野郎っ!!」

 強面の騎士団長が子供のように顔を歪めて泣き叫んだ。

「誰が俺のために死ねなんて頼んだ! 俺がいつ、お前を邪魔だなんて思った!?」
「グルゥ……」
「お前がいなくなるくらいなら、俺もここで死ぬ! お前が飯を食わないなら、俺も食わん! お前が死ぬときは、俺も一緒だ!!」

 彼は剣を放り投げ、黒竜の冷たい体に頬ずりをした。

「三十年だ……三十年、ずっと一緒だっただろう……。俺を置いていくなよ……頼むから……ファフニール……ッ!」

 その姿は帝国最強の騎士団長ではなく、友を想う一人の男だった。
 黒竜の瞳からも大粒の涙がこぼれ落ちる。
 竜と騎士。
 二人は互いに体を寄せ合い、最期の時を共有しようとしていた。

(……なんて深い愛情なんだろう)

 胸が熱くなる。
 でも、ここで終わらせるわけにはいかない。
 二人を死なせるわけにはいかない。

 私は涙を袖で乱暴に拭うと、アレクシス様を見上げた。

「……アレクシス様」
「ああ。分かっている」

 彼は深く頷き、私に微笑みかけた。

「見せてやれ、リリアーナ。お前の『聖女』としての真価を」

「はい……!」

 私はポーチから、この日のために用意していた――わけではないけれど、持ってきていた「アレ」を取り出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。 「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」 第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。 着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。 「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。 行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。 「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」 「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」 氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。 一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。 慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。 しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。 「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」 これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

無表情な黒豹騎士に懐かれたら、元の世界に戻れなくなった私の話を切実に聞いてほしい!!

カントリー
恋愛
懐かれた時はネコちゃんみたいで可愛いなと思った時期がありました。 でも懐かれたのは、獲物を狙う肉食獣そのものでした。by大空都子。 大空都子(おおぞら みやこ)。食べる事や料理をする事が大好きなぽっちゃりした女子高校生。 今日も施設の仲間に料理を振るうため、買い出しに外を歩いていた所、暴走車両により交通事故に遭い異世界へ転移してしまう。 異世界先は獣人の世界ークモード王国。住民の殆どが美男美女で、おデブは都子だけ。 ダーク 「…美味そうだな…」ジュル… 都子「あっ…ありがとうございます!」 (えっ…作った料理の事だよね…) 元の世界に戻るまで、都子こと「ヨーグル・オオゾラ」はクモード城で料理人として働く事になるが… これは大空都子が黒豹騎士ダーク・スカイに懐かれ、最終的には逃げられなくなるお話。 ★いいね・応援いただけると嬉しいです。創作の励みになります。

処理中です...