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20.俺が……俺が絶対に守ってやる
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私は恐怖を押し殺し、震える足でゆっくりと近づいていく。
アレクシス様が背後で剣の柄に手をかけている気配がする。彼がいるから、大丈夫。
あと、三歩。二歩。一歩。
黒竜の鼻先が、私の目の前にある。
焼けるような熱気と、死の臭いが混ざった息が吹きかかる。
「……怖くない……怖くないよ……」
私は自分に言い聞かせるように呟き、そっと手を伸ばした。
そして、その硬く冷たい鱗に触れた。
――ドクンッ!!
瞬間、心臓を直接鷲掴みにされたような衝撃が走った。
視界が白く染まり、私の頭の中に、直接『情景』が流れ込んでくる。
『……兄弟よ……』
それは言葉ではなく感情の奔流だった。
深く、重く、そして限りなく優しい愛の記憶。
その時──私の脳裏にとある景色が流れ込んでくる──。
(ジークフリート様……?)
見えたのは、まだ少年の面影を残す若い頃のジークフリート様だった。
場所はどこかの岩山だろうか。
彼は傷だらけの手で、一つの巨大な卵を抱いていた。
『俺が……俺が絶対に守ってやる』
親にはぐれたのか、捨てられたのか。
孤児だった少年は同じように独りぼっちだった卵に、自分自身を重ねていた。
やがて卵が割れ、真っ黒なトカゲのような赤ちゃんドラゴン――ファフニールが生まれた時。
少年は初めて心からの笑顔を見せた。
『お前の名前はファフニールだ。俺の弟だぞ!』
それからの日々は常に二人と共にあった。
貧しい時も食べるものを分け合った。
寒い夜は小さな体を寄せ合って眠った。
やがて少年は青年になり、帝国軍に入隊する。
ファフニールもまた、見上げるような巨竜へと成長した。
『行くぞ、ファフニール! 俺たちの力を見せてやる!』
『グオォォォッ!!』
戦場での二人はまさに阿吽の呼吸だった。
ジークフリート様が剣を振るえば、ファフニールが炎で敵を掃討する。
ファフニールが危機に陥れば、ジークフリート様が自らの体を盾にして守る。
ある激戦の記憶。
敵の魔法が降り注ぐ中、ジークフリート様は血まみれになりながらも一歩も引かなかった。
その背中には、深い傷跡――今も残る、肩の古傷が刻まれた瞬間だ。
『大丈夫だ……かすり傷だ。それより、お前に傷がないならそれでいい』
彼は痛みに顔を歪めながらも、愛竜の無事を確信して笑った。
その笑顔は、かつて卵を抱いていた少年の頃と変わらない、無償の愛に満ちていた。
――そして、現在。
三十代半ばを迎えて肉体の全盛期を過ぎつつある彼。
隠しているけれど、古傷が痛み夜中に一人で呻く姿。
そして何より――竜との契約を通じて、彼の生命力が削られていく感覚。
『──私の力が大きすぎるのだ』
ファフニールの悲痛な叫びが響く。
『老いていく兄弟にとって、最強の竜を維持する魔力は毒にしかならない……。このままでは兄弟が先に枯れ果ててしまう』
『嫌だ……それだけは嫌だ……』
『ならば、私が消えよう』
『私が死んで契約が切れれば、主は助かる』
「――っ!!」
私は弾かれたように手を離した。
「リリアーナ!? どうした、何をされた!?」
アレクシス様がすぐに私を抱き支えてくれる。
柵の外ではジークフリート様が不安げな顔でこちらを見ていた。
「聖女殿……? ファフニールは、何と……?」
「……自分を責めていました」
私は涙を拭いジークフリート様を見据えた。
「彼は……ファフニールは、自分があなたを殺してしまうことを恐れています」
「何……?」
「あなたの体にとって、分の存在が負担になっていると気づいていたんです。あなたが夜中に古傷の痛みに耐え、魔力の枯渇に苦しんでいることも全部知っていた」
ジークフリート様の顔色が蒼白になる。
「だから……彼は食事を断ったんです。自分が餓死して衰弱死すれば……契約が強制解除されて、あなたが助かるから」
「……うそだ」
「あなたのことが大好きだから……あなたに生きていて欲しいから……彼は独りで死のうとしているんです!」
私の叫びが冷たい洞窟に反響した。
ジークフリート様は呆然と立ち尽くし、そして――。
「ファフニール!」
自ら鉄柵の鍵をこじ開け、中へと飛び込んできた。
「ジークフリート!?」
彼は私たちが止めるのも聞かず、黒竜の元へ駆け寄った。
そして巨大な頭部にしがみつき、額を押し付けた。
「ガァ……?」
ファフニールが驚いたように目を丸くする。
「ふざけるな……! ふざけるなよ、大馬鹿野郎っ!!」
強面の騎士団長が子供のように顔を歪めて泣き叫んだ。
「誰が俺のために死ねなんて頼んだ! 俺がいつ、お前を邪魔だなんて思った!?」
「グルゥ……」
「お前がいなくなるくらいなら、俺もここで死ぬ! お前が飯を食わないなら、俺も食わん! お前が死ぬときは、俺も一緒だ!!」
彼は剣を放り投げ、黒竜の冷たい体に頬ずりをした。
「三十年だ……三十年、ずっと一緒だっただろう……。俺を置いていくなよ……頼むから……ファフニール……ッ!」
その姿は帝国最強の騎士団長ではなく、友を想う一人の男だった。
黒竜の瞳からも大粒の涙がこぼれ落ちる。
竜と騎士。
二人は互いに体を寄せ合い、最期の時を共有しようとしていた。
(……なんて深い愛情なんだろう)
胸が熱くなる。
でも、ここで終わらせるわけにはいかない。
二人を死なせるわけにはいかない。
私は涙を袖で乱暴に拭うと、アレクシス様を見上げた。
「……アレクシス様」
「ああ。分かっている」
彼は深く頷き、私に微笑みかけた。
「見せてやれ、リリアーナ。お前の『聖女』としての真価を」
「はい……!」
私はポーチから、この日のために用意していた――わけではないけれど、持ってきていた「アレ」を取り出した。
アレクシス様が背後で剣の柄に手をかけている気配がする。彼がいるから、大丈夫。
あと、三歩。二歩。一歩。
黒竜の鼻先が、私の目の前にある。
焼けるような熱気と、死の臭いが混ざった息が吹きかかる。
「……怖くない……怖くないよ……」
私は自分に言い聞かせるように呟き、そっと手を伸ばした。
そして、その硬く冷たい鱗に触れた。
――ドクンッ!!
瞬間、心臓を直接鷲掴みにされたような衝撃が走った。
視界が白く染まり、私の頭の中に、直接『情景』が流れ込んでくる。
『……兄弟よ……』
それは言葉ではなく感情の奔流だった。
深く、重く、そして限りなく優しい愛の記憶。
その時──私の脳裏にとある景色が流れ込んでくる──。
(ジークフリート様……?)
見えたのは、まだ少年の面影を残す若い頃のジークフリート様だった。
場所はどこかの岩山だろうか。
彼は傷だらけの手で、一つの巨大な卵を抱いていた。
『俺が……俺が絶対に守ってやる』
親にはぐれたのか、捨てられたのか。
孤児だった少年は同じように独りぼっちだった卵に、自分自身を重ねていた。
やがて卵が割れ、真っ黒なトカゲのような赤ちゃんドラゴン――ファフニールが生まれた時。
少年は初めて心からの笑顔を見せた。
『お前の名前はファフニールだ。俺の弟だぞ!』
それからの日々は常に二人と共にあった。
貧しい時も食べるものを分け合った。
寒い夜は小さな体を寄せ合って眠った。
やがて少年は青年になり、帝国軍に入隊する。
ファフニールもまた、見上げるような巨竜へと成長した。
『行くぞ、ファフニール! 俺たちの力を見せてやる!』
『グオォォォッ!!』
戦場での二人はまさに阿吽の呼吸だった。
ジークフリート様が剣を振るえば、ファフニールが炎で敵を掃討する。
ファフニールが危機に陥れば、ジークフリート様が自らの体を盾にして守る。
ある激戦の記憶。
敵の魔法が降り注ぐ中、ジークフリート様は血まみれになりながらも一歩も引かなかった。
その背中には、深い傷跡――今も残る、肩の古傷が刻まれた瞬間だ。
『大丈夫だ……かすり傷だ。それより、お前に傷がないならそれでいい』
彼は痛みに顔を歪めながらも、愛竜の無事を確信して笑った。
その笑顔は、かつて卵を抱いていた少年の頃と変わらない、無償の愛に満ちていた。
――そして、現在。
三十代半ばを迎えて肉体の全盛期を過ぎつつある彼。
隠しているけれど、古傷が痛み夜中に一人で呻く姿。
そして何より――竜との契約を通じて、彼の生命力が削られていく感覚。
『──私の力が大きすぎるのだ』
ファフニールの悲痛な叫びが響く。
『老いていく兄弟にとって、最強の竜を維持する魔力は毒にしかならない……。このままでは兄弟が先に枯れ果ててしまう』
『嫌だ……それだけは嫌だ……』
『ならば、私が消えよう』
『私が死んで契約が切れれば、主は助かる』
「――っ!!」
私は弾かれたように手を離した。
「リリアーナ!? どうした、何をされた!?」
アレクシス様がすぐに私を抱き支えてくれる。
柵の外ではジークフリート様が不安げな顔でこちらを見ていた。
「聖女殿……? ファフニールは、何と……?」
「……自分を責めていました」
私は涙を拭いジークフリート様を見据えた。
「彼は……ファフニールは、自分があなたを殺してしまうことを恐れています」
「何……?」
「あなたの体にとって、分の存在が負担になっていると気づいていたんです。あなたが夜中に古傷の痛みに耐え、魔力の枯渇に苦しんでいることも全部知っていた」
ジークフリート様の顔色が蒼白になる。
「だから……彼は食事を断ったんです。自分が餓死して衰弱死すれば……契約が強制解除されて、あなたが助かるから」
「……うそだ」
「あなたのことが大好きだから……あなたに生きていて欲しいから……彼は独りで死のうとしているんです!」
私の叫びが冷たい洞窟に反響した。
ジークフリート様は呆然と立ち尽くし、そして――。
「ファフニール!」
自ら鉄柵の鍵をこじ開け、中へと飛び込んできた。
「ジークフリート!?」
彼は私たちが止めるのも聞かず、黒竜の元へ駆け寄った。
そして巨大な頭部にしがみつき、額を押し付けた。
「ガァ……?」
ファフニールが驚いたように目を丸くする。
「ふざけるな……! ふざけるなよ、大馬鹿野郎っ!!」
強面の騎士団長が子供のように顔を歪めて泣き叫んだ。
「誰が俺のために死ねなんて頼んだ! 俺がいつ、お前を邪魔だなんて思った!?」
「グルゥ……」
「お前がいなくなるくらいなら、俺もここで死ぬ! お前が飯を食わないなら、俺も食わん! お前が死ぬときは、俺も一緒だ!!」
彼は剣を放り投げ、黒竜の冷たい体に頬ずりをした。
「三十年だ……三十年、ずっと一緒だっただろう……。俺を置いていくなよ……頼むから……ファフニール……ッ!」
その姿は帝国最強の騎士団長ではなく、友を想う一人の男だった。
黒竜の瞳からも大粒の涙がこぼれ落ちる。
竜と騎士。
二人は互いに体を寄せ合い、最期の時を共有しようとしていた。
(……なんて深い愛情なんだろう)
胸が熱くなる。
でも、ここで終わらせるわけにはいかない。
二人を死なせるわけにはいかない。
私は涙を袖で乱暴に拭うと、アレクシス様を見上げた。
「……アレクシス様」
「ああ。分かっている」
彼は深く頷き、私に微笑みかけた。
「見せてやれ、リリアーナ。お前の『聖女』としての真価を」
「はい……!」
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