女王は後宮にて溺愛される

黒蜜もち

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氷の王女の誕生

暁の謁見

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早暁の王宮。
石の回廊に夜の冷えが薄く残り、白い鳥が塔の影を横切った。
侍従が扉を押すと香の匂いがかすかに流れ、静かな朝の光が床に広がる。

セレスタリアはまだ朝の衣のまま、椅子の背に指を添えていた。
報せは短く、輪郭は霧のように曖昧だ。
彼女はやわらかい声で言う。

「レオネル、急がせてしまってごめんなさい。今は、まだ私もすべて把握しているわけではないの。――順に聞かせて」


レオネル・ローエン公爵は一歩進み、片膝をついて答えた。


「昨日の午後、我が邸に魔獣が襲撃してきました。張っていた結界を破られて廊下にて交戦、アイリスは避難の最中に離れてしまい魔獣がアイリスのもとへ。カイルとミロがこれを迎撃。カイルは右眼喪失し、生死をさまよいましたが今は安定しています。ミロも重傷ながら容体は落ち着いています、アイリスの身体に外傷なし。――ただし、カイルを失うことの恐怖の感情からか魔力を暴走させました」

「どの程度、荒れたのかしら」

「扉外の結界を二重にしても近寄れず、誰も入れませんでした。落ち着いたのちに部屋にに入ったのですがその時点で……カイルの胸に印を確認しました」

女王は一度だけ長くまばたきをし、すぐに目を戻す。
驚きは深いが声は穏やかだ。

「印の形は?あの子は刻み方などわかっていないはず、術式の純度は?」

「形は六弁の均衡、縁の霜、色合い、位置――図と変わらず、建国の女王と同じものでした。正式な検査を行わねばわかりませんが、お互いの容体は安定しているところをみると正式なものとほぼ変わらないかと」

短い沈黙。セレスタリアは窓の外の薄藍をひと目見て、やさしい息を置く。

「まずは、皆が生きているのね。――それで、今は充分よ。アイリスは?」

「刻印後、魔力枯渇により高熱で今は眠っています。医師からは一週間程度は寝込むといわれています。昨夜は峠を越え、眠りの中で時おり『いかないで』と」

「強くて、まっすぐな言葉だわ」

女王は小さく微笑む。

「カイルは?」

「いまはまだ眠っています、アイリスの魔力で容体は安定しています。数日で目が覚めるかと」

「そう、アイリスはまだ知らないけどやっぱり聖魔力はしっかりと引き継がれている、よかったわ」

微笑は淡くすぐ働く静かな思案へと戻る。

「レオネル。あなたはわたしの寵夫で、アイリスはわたしたちの宝物。言葉はゆっくり選ぶわ。――セディリオかラウルを筆頭候補に、と私は考えていたの。あの子たちの父親はヴァルグラフ子爵、爵位は低いけど私の子で王族の血を引いている。なにより公と制度を支える力があるわ。でも昨夜、あなたが公爵家の後継者に迎えた養子、カイル・ローエンにあの子は印を刻んだ。印は外へ出れば目を引くし、しかも幼い刻印。安定しているか、正式なものか、まずは魔術師団で検査しましょう」

公爵が頷く。
女王は指を軽く組み替えて続けた。

「結果を待ってから公表します。それまでの扱いは、“魔力暴走の事故”で統一。言葉は最小限に。印の件は、わたしの許可があるまでは誰にも知らせないこと」

「御意。邸内にも徹底いたします。検査はどうしますか」

「王城の術院から“音を立てない手”を午前のうちに送るわ。目立つ者は外すようにする。ただ今後もカイルはできる限り外へ出さないで。包帯の下で印が“語る”のを、まだ人に見せないように」

そこまで言って、セレスタリアは視線を柔らかくした。

「それから――セディリオとラウル、そしてエリオンの三人には、このあと私の口から伝えます。三人ともアイリスの異父兄であり候補でもあるのだから、誰かを先に揺らすような伝え方はしないわ」

ローエンが深くうなずく。

「婚約の“順列”については原則を確認しておきましょう。この国では、最初に刻印を受けた者が基本的に筆頭――これは動かさない。今回は、その“最初”がカイルね。だから原則として筆頭格に置く、あくまで候補として。ただし、幼い刻印は揺れやすい。まずは魔術師団で安定性と適合、術式の純度をきちんと見ます。結果と当人たちの意志を聞いたうえで、公表に移る。そこまでは、これまでどおり**“魔力暴走の事故”**として扱って」

女王は一息おいて、やわらかく微笑んだ。

「セディリオは……少し荒れるかもしれないわね」微笑の端に、母の知る心配が影をさす。

「あの子がアイリスに執着しているのは、私がよく知っているの。アイリスの一番になれなかったことで少し魔力が暴走するかもしれない――まあ、王宮が凍ることがなければいいけれど……」

女王は柔らかく視線を戻す。

「もう一度だけ確認するわ。印の件は、私の許可があるまでは話すことは禁ずる。魔術師団の検査――安定・適合・純度を調べたのちに公表。それまでの言い方は“事故”で統一。そして、“原則として初めに刻まれた者が筆頭”――この線は先に置いておく。急がず、でも曖昧にもせずに」

ローエンは胸に手を当て、深く頭を垂れた。

「痛み入ります。直ちに手配を」

「お願いね。……そして、レオネル」

セレスタリアは声をさらにやわらげる。

「遅れたと自分を叱らないで、あの子は生きている。カイルも、ミロも。今は静けさで包み、秩序で支え、言葉で温める時よ」

窓外を朝の白い鳥が二羽並んで渡る。
女王はその軌跡を目で追い、最後の指示を静かに結んだ。

外套の裾が床を撫で、ローエンの足音が回廊へほどけていった。
扉が閉まると、朝の光が一段明るくなる。
セレスタリアは窓辺に立ち、指先でガラスの冷たさをそっと確かめた。

薄い香が揺れ静けさが戻る。
沈黙は盾、調査は秤、そして約束は灯――暁の謁見は、家族と制度の両方を守るためのやわらかな合意で結ばれた。
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