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第22話 ちみっこと夏休み その2
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ダンジョンに挑む為の戦闘訓練が始まった。
初日、アリシアの装備した武器(メリケンサック)にみんな驚いていたが、格闘系だと聞かされて納得したあと「格闘系ヒーラーって新しいジャンルだな」と呟いていた。
ちなみにその他の装備は、アルベルト殿下はショートソード、エリオットがハルバード、シルベスターがクロスボウ、そしてなんとシャロン様はブルウィップと呼ばれる鞭だった。
鞭を振り上げながら「オーッホホホッ!」と叫ぶ様は正にシャロン様のイメージにピッタリで、みんなが密かに「女王様っ!」と呼んでいたのは本人には内緒だ。
「みんな、集まってくれ」
数日の戦闘訓練を終えた後、アルベルト殿下が集合を掛けた。ちなみに我が『精霊の愛し子隊』のパーティーリーダーである。これは全員一致で納得した。
「アリシアの戦闘能力は我々の中でもズバ抜けてるが、如何せん近接戦闘タイプなんで前衛に出すと怪我されるのが怖い。ヒーラーが真っ先に怪我で離脱なんかされたら、それこそパーティーの危機だからな。戦闘経験も浅いらしいんで、それも鑑みこういう布陣にしてみた。何か意見があったら遠慮なく言ってくれ」
前衛 : アルベルト、エリオット
中衛 : シャロン、シルベスター
後衛 : ミナ、アリシア
「異議無しっ!」
全員の声が揃った。いよいよ出陣だ!
◇◇◇
馬車に揺られて約三時間、とある山の麓にポッカリ口を開けているダンジョンに到着した。未調査ということで、まだ名前すらないダンジョンである。
ちなみにアタシ達だけじゃなく、護衛の皆さんもしっかり着いて来ている。王族である殿下の護衛はもちろんのこと、アタシの影の護衛も含め馬車二台に分かれてやって来た。マリーもその中に居る。
ただし、ダンジョンの中に入るのはアタシ達だけで、護衛の皆さんは外で待機となる。じゃないと試練にならないからね。ただマリーは同行出来ないのを残念そうにしてる。
「どうかご無事で...」
常にない緊張した面持ちでそう告げるマリーに笑顔で応える。
「ありがと、じゃ行って来るね」
アタシはポーションや毒消しなどのアイテムが入ったリュックを背負いながら、ダンジョンへと向かう。ちなみにこの世界、魔力を回復するMPポーションのような物は存在しない。
使った魔力は時間が経過すると共に回復するので、魔力切れを起こさない為には効率良く敵を倒す必要がある。以前、シルベスターが言っていた通り、ここが所謂初心者向けダンジョンであるなら、なるべく魔力を使わないよう、雑魚敵は武器で倒すことにしている。
いくら初心者向けダンジョンと言っても、さすがにボスキャラは手強いだろうから、それまで体力と魔力は温存しておきたい。体力が万全であれば魔力の回復スピードが上がる為、各自ポーションは多目に持つことにしている。
ダンジョンの中は思ったより広い。アタシ達全員が横に並んで歩ける程の一本道が奥に続いている。
「さて、まずは灯りを」
そう言って殿下が火魔法を唱えようとした時、その声に被せるように精霊達が応えた。
『灯りなら任せてっ!』
次の瞬間、精霊達から眩い程の光が発せられ、ダンジョン内を照らす。
「おぉっ! これは凄いな! まるで昼間のようじゃないか! 魔力を消費しなくて済むな! これは助かる! 精霊達よ、感謝する!」
殿下にお礼を言われた精霊達は誇らしげだ。確かにこれだけ明るいなら、物陰からこっそり奇襲されるような危険性は減るだろう。アタシ達は歩を進めた。
「しかしずっと一本道だなぁ。シャロン、そろそろ下に降りる階段とか無いのか?」
「......」
「シャロン?...」
入口からしばらく歩いた所で、殿下がシャロン様に問い掛けるが、シャロン様は無言のままだ。この中で一番、空間認知能力に長けたシャロン様でも分からないのかな? アタシもちょっと不安になって来た。だってこれじゃダンジョンじゃなくてまるで...
「それがね...この下に空間が無いのよ」
困ったようにシャロン様が答える。
「なにっ? それじゃここは単なる洞窟ってことか?」
「どうやらそのようね。この少し先にかなり広い空間があるみたいだけど、そこで行き止まりみたい」
「なんてこった...道理で魔獣の一匹も出ない訳だ。とんだ無駄足だったな...」
そう、ここまでスライム一匹出て来ない。警戒するアタシ達も拍子抜けしてた。
「やっぱり王国の騎士達じゃダメだな...冒険者ギルドに依頼しておけはこんなことには...」
殿下がブツブツぼやき出した。
「殿下、取り敢えず奥まで行ってみませんか? 何かあるかも知れませんし」
エリオットが取り成す。
「そうだな...行ってみるか...」
殿下が力無く答える。ダンジョンだと思って意気込んで来てみれば、ただの広い洞窟でした、というオチで落ち込むのも分かるが、アタシは逆に何とも言えない不安を感じていた。
「ねえスライ、アリシア、上手く言えないんだけど...この洞窟ってなんか変じゃない?」
「ボクもそう思ってた。洞窟に定番のコウモリとかトカゲとかっていう小動物の姿を全く見掛けないのはおかしいよ」
「あとなんかこの洞窟ってさ、人為的っていうのかな? 自然に出来たような感じがしないんだよね」
やっぱり二人も違和感を覚えていたか。ただし、まだこの段階では不安も漠然としたものだった。
その不安が形となって現れるまでそんなに時間は掛からなかったが...
◇◇◇
「そろそろ最奥に着くわ」
シャロン様がそう言うまで特に異変は無かった。
「やれやれ...やっとか...それじゃさっさと」
殿下が応えた瞬間だった。物凄い殺気が前方から突き刺さる。
「な、なんだ!?」
全員が見構える。前方からゆっくりとやって来るのは、身の丈3mはあろうかという牛頭人身の怪物。その手には武骨で巨大な斧が握られている。
「ミノタウロス...」
誰かが呟いた。そう、ミノタウロスだ。ちょっとしたダンジョンならラスボスとも言える存在。決して初心者向けダンジョンに居るような相手ではない。それが三頭も居る。一頭でも有り得ないのに三頭も。混乱しているアタシ達を嘲笑うかのように怪物は、
「ブホホホォッ!」
と雄叫びを上げながら突進してくる!
「下がってっ!」
混乱から逸早く抜け出したアタシは、みんなの前に出て土壁を構築しガードする。
くっ! 重いっ! 一頭だけでもキツそうなのに三頭同時って...
「ミナっ! 手伝う!」
シルベスターが援護してくれた。危なかった...もうちょっとで破られる所だった...その頃になるとようやく復活したみんなが攻撃を開始する。だが...
「くそっ! コイツ魔法防御が半端ねぇ!」
そうなのだ。火も水も氷も風も、ほとんどダメージを与えられない。唯一通じたのは、
「ハァァァッ!」
身体強化したアリシアの打撃だけ。
「みんなっ! 物理攻撃に切り替えてっ!」
「「「 応っ! 」」」
「スライ、あなたも! ここは私一人でなんとかする!」
「...分かった! ミナ、くれぐれも無理しないで!」
シルベスターが攻撃に加わったことで数の上では有利になった。アリシアの打撃で相手を撹乱し、殿下は剣で、エリオットは槍で、シャロン様は鞭で、シルベスターは弓矢で、それぞれ着実にダメージを与えていく。
アタシは相手からの攻撃をひたすらガードし、味方の攻撃を支援する。ついに一頭のミノタウロスが倒れ、少しだけ息を抜いた時だった。
「キシャァァァッ!」
アタシ達の後方から絶望的な叫びが上がったのは...
挟撃されたっ!
後方から物凄い勢いで迫って来るのはトカゲの頭をした身の丈2m程の人型の怪物『リザードマン』だ。三ツ又の槍を構えながら突進して来る。10頭以上居るだろうか。
アタシは歯軋りしながら決断する。後ろに走りながら叫ぶ。
「リザードマンの攻撃は私がガードするから、みんなはそのまま攻撃を続けてっ! スライ、ミノタウロスの攻撃をガードしてっ!」
「ミナっ!」
シルベスターが後ろで叫んだが気にしてられない。
アタシは目前に迫るリザードマンを睨み付ける。
絶対にここで止めるっ! 一頭たりとも通さないっ!
初日、アリシアの装備した武器(メリケンサック)にみんな驚いていたが、格闘系だと聞かされて納得したあと「格闘系ヒーラーって新しいジャンルだな」と呟いていた。
ちなみにその他の装備は、アルベルト殿下はショートソード、エリオットがハルバード、シルベスターがクロスボウ、そしてなんとシャロン様はブルウィップと呼ばれる鞭だった。
鞭を振り上げながら「オーッホホホッ!」と叫ぶ様は正にシャロン様のイメージにピッタリで、みんなが密かに「女王様っ!」と呼んでいたのは本人には内緒だ。
「みんな、集まってくれ」
数日の戦闘訓練を終えた後、アルベルト殿下が集合を掛けた。ちなみに我が『精霊の愛し子隊』のパーティーリーダーである。これは全員一致で納得した。
「アリシアの戦闘能力は我々の中でもズバ抜けてるが、如何せん近接戦闘タイプなんで前衛に出すと怪我されるのが怖い。ヒーラーが真っ先に怪我で離脱なんかされたら、それこそパーティーの危機だからな。戦闘経験も浅いらしいんで、それも鑑みこういう布陣にしてみた。何か意見があったら遠慮なく言ってくれ」
前衛 : アルベルト、エリオット
中衛 : シャロン、シルベスター
後衛 : ミナ、アリシア
「異議無しっ!」
全員の声が揃った。いよいよ出陣だ!
◇◇◇
馬車に揺られて約三時間、とある山の麓にポッカリ口を開けているダンジョンに到着した。未調査ということで、まだ名前すらないダンジョンである。
ちなみにアタシ達だけじゃなく、護衛の皆さんもしっかり着いて来ている。王族である殿下の護衛はもちろんのこと、アタシの影の護衛も含め馬車二台に分かれてやって来た。マリーもその中に居る。
ただし、ダンジョンの中に入るのはアタシ達だけで、護衛の皆さんは外で待機となる。じゃないと試練にならないからね。ただマリーは同行出来ないのを残念そうにしてる。
「どうかご無事で...」
常にない緊張した面持ちでそう告げるマリーに笑顔で応える。
「ありがと、じゃ行って来るね」
アタシはポーションや毒消しなどのアイテムが入ったリュックを背負いながら、ダンジョンへと向かう。ちなみにこの世界、魔力を回復するMPポーションのような物は存在しない。
使った魔力は時間が経過すると共に回復するので、魔力切れを起こさない為には効率良く敵を倒す必要がある。以前、シルベスターが言っていた通り、ここが所謂初心者向けダンジョンであるなら、なるべく魔力を使わないよう、雑魚敵は武器で倒すことにしている。
いくら初心者向けダンジョンと言っても、さすがにボスキャラは手強いだろうから、それまで体力と魔力は温存しておきたい。体力が万全であれば魔力の回復スピードが上がる為、各自ポーションは多目に持つことにしている。
ダンジョンの中は思ったより広い。アタシ達全員が横に並んで歩ける程の一本道が奥に続いている。
「さて、まずは灯りを」
そう言って殿下が火魔法を唱えようとした時、その声に被せるように精霊達が応えた。
『灯りなら任せてっ!』
次の瞬間、精霊達から眩い程の光が発せられ、ダンジョン内を照らす。
「おぉっ! これは凄いな! まるで昼間のようじゃないか! 魔力を消費しなくて済むな! これは助かる! 精霊達よ、感謝する!」
殿下にお礼を言われた精霊達は誇らしげだ。確かにこれだけ明るいなら、物陰からこっそり奇襲されるような危険性は減るだろう。アタシ達は歩を進めた。
「しかしずっと一本道だなぁ。シャロン、そろそろ下に降りる階段とか無いのか?」
「......」
「シャロン?...」
入口からしばらく歩いた所で、殿下がシャロン様に問い掛けるが、シャロン様は無言のままだ。この中で一番、空間認知能力に長けたシャロン様でも分からないのかな? アタシもちょっと不安になって来た。だってこれじゃダンジョンじゃなくてまるで...
「それがね...この下に空間が無いのよ」
困ったようにシャロン様が答える。
「なにっ? それじゃここは単なる洞窟ってことか?」
「どうやらそのようね。この少し先にかなり広い空間があるみたいだけど、そこで行き止まりみたい」
「なんてこった...道理で魔獣の一匹も出ない訳だ。とんだ無駄足だったな...」
そう、ここまでスライム一匹出て来ない。警戒するアタシ達も拍子抜けしてた。
「やっぱり王国の騎士達じゃダメだな...冒険者ギルドに依頼しておけはこんなことには...」
殿下がブツブツぼやき出した。
「殿下、取り敢えず奥まで行ってみませんか? 何かあるかも知れませんし」
エリオットが取り成す。
「そうだな...行ってみるか...」
殿下が力無く答える。ダンジョンだと思って意気込んで来てみれば、ただの広い洞窟でした、というオチで落ち込むのも分かるが、アタシは逆に何とも言えない不安を感じていた。
「ねえスライ、アリシア、上手く言えないんだけど...この洞窟ってなんか変じゃない?」
「ボクもそう思ってた。洞窟に定番のコウモリとかトカゲとかっていう小動物の姿を全く見掛けないのはおかしいよ」
「あとなんかこの洞窟ってさ、人為的っていうのかな? 自然に出来たような感じがしないんだよね」
やっぱり二人も違和感を覚えていたか。ただし、まだこの段階では不安も漠然としたものだった。
その不安が形となって現れるまでそんなに時間は掛からなかったが...
◇◇◇
「そろそろ最奥に着くわ」
シャロン様がそう言うまで特に異変は無かった。
「やれやれ...やっとか...それじゃさっさと」
殿下が応えた瞬間だった。物凄い殺気が前方から突き刺さる。
「な、なんだ!?」
全員が見構える。前方からゆっくりとやって来るのは、身の丈3mはあろうかという牛頭人身の怪物。その手には武骨で巨大な斧が握られている。
「ミノタウロス...」
誰かが呟いた。そう、ミノタウロスだ。ちょっとしたダンジョンならラスボスとも言える存在。決して初心者向けダンジョンに居るような相手ではない。それが三頭も居る。一頭でも有り得ないのに三頭も。混乱しているアタシ達を嘲笑うかのように怪物は、
「ブホホホォッ!」
と雄叫びを上げながら突進してくる!
「下がってっ!」
混乱から逸早く抜け出したアタシは、みんなの前に出て土壁を構築しガードする。
くっ! 重いっ! 一頭だけでもキツそうなのに三頭同時って...
「ミナっ! 手伝う!」
シルベスターが援護してくれた。危なかった...もうちょっとで破られる所だった...その頃になるとようやく復活したみんなが攻撃を開始する。だが...
「くそっ! コイツ魔法防御が半端ねぇ!」
そうなのだ。火も水も氷も風も、ほとんどダメージを与えられない。唯一通じたのは、
「ハァァァッ!」
身体強化したアリシアの打撃だけ。
「みんなっ! 物理攻撃に切り替えてっ!」
「「「 応っ! 」」」
「スライ、あなたも! ここは私一人でなんとかする!」
「...分かった! ミナ、くれぐれも無理しないで!」
シルベスターが攻撃に加わったことで数の上では有利になった。アリシアの打撃で相手を撹乱し、殿下は剣で、エリオットは槍で、シャロン様は鞭で、シルベスターは弓矢で、それぞれ着実にダメージを与えていく。
アタシは相手からの攻撃をひたすらガードし、味方の攻撃を支援する。ついに一頭のミノタウロスが倒れ、少しだけ息を抜いた時だった。
「キシャァァァッ!」
アタシ達の後方から絶望的な叫びが上がったのは...
挟撃されたっ!
後方から物凄い勢いで迫って来るのはトカゲの頭をした身の丈2m程の人型の怪物『リザードマン』だ。三ツ又の槍を構えながら突進して来る。10頭以上居るだろうか。
アタシは歯軋りしながら決断する。後ろに走りながら叫ぶ。
「リザードマンの攻撃は私がガードするから、みんなはそのまま攻撃を続けてっ! スライ、ミノタウロスの攻撃をガードしてっ!」
「ミナっ!」
シルベスターが後ろで叫んだが気にしてられない。
アタシは目前に迫るリザードマンを睨み付ける。
絶対にここで止めるっ! 一頭たりとも通さないっ!
応援ありがとうございます!
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