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Ⅳ章
32話 初めての飛行船
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いよいよザジャへ向かう日になった。馬車を降りたロゼアリアはオロルック、フィオラと共に集合場所である飛行船の待合室に向かう。
「楽しみだわ!」
飛行船に乗るのも初めてだ。邸宅を出た時から、ロゼアリアの表情は好奇心で輝いていた。それに反して、フィオラはどこか不安そうな表情をしている。
「あんな大きくて重そうな物が、本当に空を飛べるのでしょうか……もし落ちたりしたら……」
そう言って顔を青ざめさせた。
「大丈夫大丈夫。万が一何かあっても、アルデバランがどうにかしてくれるわ」
「お嬢、いつの間にカーネリア卿とそんな仲良くなったんスか?」
オロルックが訝しげに突っ込んでくる。
「だってほら、もう友達だし」
「そうかもしんないっスけど、それじゃあ親密な仲だって周りに誤解されますよ?」
「そ、そう言ったって、別に婚約してる人がいるわけでもないし、アルデバランは人間と婚約なんて絶対しないし、問題ないでしょ」
オロルックはまだ何か言いたげだったが、待合室にいる人物を見つけてロゼアリアが駆け出した。
「ロディお従兄様!」
真っ白な髪にブルージルコンの瞳の青年。その顔立ちは、どことなくロゼアリアに似ているような。
「ロゼ、待ってたよぉ」
ディートリヒの次男、ロドニシオ・ルゲナ・べーチェル。ロゼアリアの従兄であり、剣術の兄弟子でもある。
「ロディお従兄様も一緒なら心強いわ」
「父上と兄さんが『ロゼがどこの馬の骨とも分からん男と外国に行くから、見張っておけ』ってしつこくて。ああ見えて父上はロゼに甘いからねえ」
どこの馬の骨というのは、魔塔の主を務めているとかいう男のことだろうか。まさか、客人であるカカルクをディートリヒがそのように言うはずがない。
「なんだお前ら……随分早いな」
噂をすれば、眠気を隠そうともせずにアルデバランが入ってくる。
「ん……? ロゼの周りには似たような奴がいっぱいいるな」
「ロゼ?」
にこーっと笑顔を浮かべたままロドニシオが首を傾げる。
「へぇ、ロゼねぇ。俺の可愛い従妹を愛称呼びだなんて、よっぽど親しいみたいだねぇ」
「ロディお従兄様、この人は魔塔の主の、アルデバラン・シリウス・カーネリア卿。私の命の恩人なの」
「ああそうだ。で、お前は誰だ?」
アルデバランがロドニシオを見下ろす。背が高い分圧があるのだから、もう少し温厚な態度をとってほしいものだ。
「私の従兄のロドニシオお従兄様。一緒にザジャへ行ってくれるの」
「アルデバラン君、よろしくぅ」
「アルデバラン君?」
唖然とするアルデバランに対し、ひらひらぁっとロドニシオが手を振る。そののらりくらりとした態度は、とても公爵家の人間には見えない。
「すみません、お待たせしてしまいました」
最後にカカルクとココリリが入ってきた。全員揃ったのを見て、ロドニシオがうなずく。
「じゃあ乗ろっか。荷物とかは全部うちの団員が運ぶよ」
遂に飛行船に乗船だ。わくわくした足取りでロゼアリアが乗船場と飛行船に掛けられた橋を渡る。
飛行船の中に入るなり、ロゼアリアは顔を輝かせて辺りを見回した。
「わあ……! とっても広いのね!」
目を見張るのは展望ホール。天井から、そのまま壁の一面までがガラス張りとなっており、飛行中は鳥のように空を飛ぶ感覚を味わえる。
開放感こそすごいが、高所恐怖症の者にとってはひとたまりもないことも確かだ。
展望ホールの中央にはレストランが。カフェテリアとしても機能しており、軽食やスイーツを楽しむことができる。
既に楽しい。空飛ぶホテルだ。どこから見ようか、とあちこちに視線を向けていたら、アルデバランと目が合った。
彼は一言。
「子供だな」
「初めて乗ったんだから、色々見たくなるのは当然でしょ」
「貴族の娘ってのはそんな風にキョロキョロするもんなのか?」
痛いところを突かれる。アルデバランの言う通り、貴族の令嬢ならどんなに興味をそそられる場所に来ても回りをキョロキョロと見渡したりしない。
「まあ、良いんじゃないか」
その一言が完全にはしゃぎ回る子供を見守る大人のそれだった。少しむくれながら、ロゼアリアは先を歩くアルデバランの背中を見つめる。
ザジャ行きを決めたのはもちろん好奇心が大きいが、それだけではない。
管理者に会ったら、月の女神について少し知れるのではないかと思った。
(アルデバランの呪いを解く鍵を見つけてあげたいけど、それを言ったらきっと「余計なことはしなくていい」とか言われそうだし)
二度も命を救ってくれた相手に恩返しをしたいと思うのは当然のこと。それに、アルデバランの秘密を知っているのは自分だけだ。だから力になれるのも自分しかいないと思っていた。
ザジャに着くのは明後日の昼。今日明日寝泊まりする客室を確認した後、散策にオロルックとフィオラでも誘おうとロゼアリアは廊下に出る。
「あ、アルデバラン」
オロルック達より先によく目立つ長身を見つけた。
「ロゼか。ちょうどいい」
手招かれ、首を傾げながらついていく。人の通りが無さそうな場所を選ぶ辺り、彼の正体に触れそうな話なのだろう。
「どうしたの?」
「ロゼには先に話しておこうと思ってな」
「どんな話?」
アルデバランの瞳を見上げる。僅かに輝きを放つ彼の瞳は、光を映さない。ロゼアリアの顔が映ることもなかった。とても不思議だ。
「……グレナディーヌの地下……それも保護結界の地下にラウニャドールが侵食してる可能性がある」
「え!?」
思わず大声を上げ、慌てて口を塞ぐ。一応周囲を確認したが、誰もいなかった。
「それ本当なの?」
「あくまで可能性だ。今魔法使い達に調べてもらってる。だが、最悪は想定しておくべきだ」
「騎士団長達は知ってるの?」
「余計な混乱を招くのも不本意だ。確定するまでは言えない」
アルデバランの話が本当だとしたら、グレナディーヌは。自分達はザジャへ向かってる。けれど、本国には両親がいる。騎士団の部下がいる。伯父や従兄もだ。
もし、ラウニャドールが保護結界の内側に現れたら。
「そう焦るな。俺が知ってて何も手を打ってないわけないだろ」
嫌な考えがぐるぐる回り始めた所に、アルデバランの冷静な声が届く。アルデバランの強さを知ってるからか、彼がそう言うなら何かあっても大丈夫だという気がしてきた。
「そうよね。貴方が何も考えてないはず無いもの。むしろ、どう転んでも対応できるようにしてるはず」
「当然だ。状況が分かり次第、騎士団の奴らにも伝える。無論、杞憂で済むのが一番だがな」
「分かった。協議の時に言えないって言ってたのはこのことだったのね」
「ああ」
だが、アルデバランの表情が憂いを帯びているのを見てロゼアリアは再び心配になる。
「他にも危ないことが起きそうなの?」
「いや……俺の個人的なことだ」
「悩みごとがあるの? なら、私が聞いてあげる」
相談に乗るくらいお安い御用だ。なぜなら、自分だけがアルデバランの秘密を知っているから。相談相手としてこれ以上はいないだろう。
「……正直なところ、他の管理者に会うのが少し怖い」
「そうなの? どうして?」
「……ブレイズは、全ての魔法使いを戦争の罪に問わず、人間と平等な存在である約束の元に断頭台に上がった。他の魔法使いは無理矢理従わされただけで、あの戦争の責務はブレイズ一人で背負うという約束で」
「…………」
「けど、もし、他国で魔法使いがあの頃と同じように扱われていたら? それを知った時に、自分はまたあの時と同じ道を歩むんじゃないか。歴史を繰り返すんじゃないか。そう考えると怖くなる」
静かに語ったアルデバランの手をロゼアリアが握る。指先が少し冷たかった。
(この人は、『自分が全ての罪を負った意味はなんだったんだろう』とは言わないのね)
ロゼアリアも、アルデバランと過ごすうちに彼がどういう人なのか分かってきた。どうしたって彼の天秤は、いつも自分より他の魔法使いに傾いているのだ。
だからこそ、彼を救いたいと思うのかもしれない。
「楽しみだわ!」
飛行船に乗るのも初めてだ。邸宅を出た時から、ロゼアリアの表情は好奇心で輝いていた。それに反して、フィオラはどこか不安そうな表情をしている。
「あんな大きくて重そうな物が、本当に空を飛べるのでしょうか……もし落ちたりしたら……」
そう言って顔を青ざめさせた。
「大丈夫大丈夫。万が一何かあっても、アルデバランがどうにかしてくれるわ」
「お嬢、いつの間にカーネリア卿とそんな仲良くなったんスか?」
オロルックが訝しげに突っ込んでくる。
「だってほら、もう友達だし」
「そうかもしんないっスけど、それじゃあ親密な仲だって周りに誤解されますよ?」
「そ、そう言ったって、別に婚約してる人がいるわけでもないし、アルデバランは人間と婚約なんて絶対しないし、問題ないでしょ」
オロルックはまだ何か言いたげだったが、待合室にいる人物を見つけてロゼアリアが駆け出した。
「ロディお従兄様!」
真っ白な髪にブルージルコンの瞳の青年。その顔立ちは、どことなくロゼアリアに似ているような。
「ロゼ、待ってたよぉ」
ディートリヒの次男、ロドニシオ・ルゲナ・べーチェル。ロゼアリアの従兄であり、剣術の兄弟子でもある。
「ロディお従兄様も一緒なら心強いわ」
「父上と兄さんが『ロゼがどこの馬の骨とも分からん男と外国に行くから、見張っておけ』ってしつこくて。ああ見えて父上はロゼに甘いからねえ」
どこの馬の骨というのは、魔塔の主を務めているとかいう男のことだろうか。まさか、客人であるカカルクをディートリヒがそのように言うはずがない。
「なんだお前ら……随分早いな」
噂をすれば、眠気を隠そうともせずにアルデバランが入ってくる。
「ん……? ロゼの周りには似たような奴がいっぱいいるな」
「ロゼ?」
にこーっと笑顔を浮かべたままロドニシオが首を傾げる。
「へぇ、ロゼねぇ。俺の可愛い従妹を愛称呼びだなんて、よっぽど親しいみたいだねぇ」
「ロディお従兄様、この人は魔塔の主の、アルデバラン・シリウス・カーネリア卿。私の命の恩人なの」
「ああそうだ。で、お前は誰だ?」
アルデバランがロドニシオを見下ろす。背が高い分圧があるのだから、もう少し温厚な態度をとってほしいものだ。
「私の従兄のロドニシオお従兄様。一緒にザジャへ行ってくれるの」
「アルデバラン君、よろしくぅ」
「アルデバラン君?」
唖然とするアルデバランに対し、ひらひらぁっとロドニシオが手を振る。そののらりくらりとした態度は、とても公爵家の人間には見えない。
「すみません、お待たせしてしまいました」
最後にカカルクとココリリが入ってきた。全員揃ったのを見て、ロドニシオがうなずく。
「じゃあ乗ろっか。荷物とかは全部うちの団員が運ぶよ」
遂に飛行船に乗船だ。わくわくした足取りでロゼアリアが乗船場と飛行船に掛けられた橋を渡る。
飛行船の中に入るなり、ロゼアリアは顔を輝かせて辺りを見回した。
「わあ……! とっても広いのね!」
目を見張るのは展望ホール。天井から、そのまま壁の一面までがガラス張りとなっており、飛行中は鳥のように空を飛ぶ感覚を味わえる。
開放感こそすごいが、高所恐怖症の者にとってはひとたまりもないことも確かだ。
展望ホールの中央にはレストランが。カフェテリアとしても機能しており、軽食やスイーツを楽しむことができる。
既に楽しい。空飛ぶホテルだ。どこから見ようか、とあちこちに視線を向けていたら、アルデバランと目が合った。
彼は一言。
「子供だな」
「初めて乗ったんだから、色々見たくなるのは当然でしょ」
「貴族の娘ってのはそんな風にキョロキョロするもんなのか?」
痛いところを突かれる。アルデバランの言う通り、貴族の令嬢ならどんなに興味をそそられる場所に来ても回りをキョロキョロと見渡したりしない。
「まあ、良いんじゃないか」
その一言が完全にはしゃぎ回る子供を見守る大人のそれだった。少しむくれながら、ロゼアリアは先を歩くアルデバランの背中を見つめる。
ザジャ行きを決めたのはもちろん好奇心が大きいが、それだけではない。
管理者に会ったら、月の女神について少し知れるのではないかと思った。
(アルデバランの呪いを解く鍵を見つけてあげたいけど、それを言ったらきっと「余計なことはしなくていい」とか言われそうだし)
二度も命を救ってくれた相手に恩返しをしたいと思うのは当然のこと。それに、アルデバランの秘密を知っているのは自分だけだ。だから力になれるのも自分しかいないと思っていた。
ザジャに着くのは明後日の昼。今日明日寝泊まりする客室を確認した後、散策にオロルックとフィオラでも誘おうとロゼアリアは廊下に出る。
「あ、アルデバラン」
オロルック達より先によく目立つ長身を見つけた。
「ロゼか。ちょうどいい」
手招かれ、首を傾げながらついていく。人の通りが無さそうな場所を選ぶ辺り、彼の正体に触れそうな話なのだろう。
「どうしたの?」
「ロゼには先に話しておこうと思ってな」
「どんな話?」
アルデバランの瞳を見上げる。僅かに輝きを放つ彼の瞳は、光を映さない。ロゼアリアの顔が映ることもなかった。とても不思議だ。
「……グレナディーヌの地下……それも保護結界の地下にラウニャドールが侵食してる可能性がある」
「え!?」
思わず大声を上げ、慌てて口を塞ぐ。一応周囲を確認したが、誰もいなかった。
「それ本当なの?」
「あくまで可能性だ。今魔法使い達に調べてもらってる。だが、最悪は想定しておくべきだ」
「騎士団長達は知ってるの?」
「余計な混乱を招くのも不本意だ。確定するまでは言えない」
アルデバランの話が本当だとしたら、グレナディーヌは。自分達はザジャへ向かってる。けれど、本国には両親がいる。騎士団の部下がいる。伯父や従兄もだ。
もし、ラウニャドールが保護結界の内側に現れたら。
「そう焦るな。俺が知ってて何も手を打ってないわけないだろ」
嫌な考えがぐるぐる回り始めた所に、アルデバランの冷静な声が届く。アルデバランの強さを知ってるからか、彼がそう言うなら何かあっても大丈夫だという気がしてきた。
「そうよね。貴方が何も考えてないはず無いもの。むしろ、どう転んでも対応できるようにしてるはず」
「当然だ。状況が分かり次第、騎士団の奴らにも伝える。無論、杞憂で済むのが一番だがな」
「分かった。協議の時に言えないって言ってたのはこのことだったのね」
「ああ」
だが、アルデバランの表情が憂いを帯びているのを見てロゼアリアは再び心配になる。
「他にも危ないことが起きそうなの?」
「いや……俺の個人的なことだ」
「悩みごとがあるの? なら、私が聞いてあげる」
相談に乗るくらいお安い御用だ。なぜなら、自分だけがアルデバランの秘密を知っているから。相談相手としてこれ以上はいないだろう。
「……正直なところ、他の管理者に会うのが少し怖い」
「そうなの? どうして?」
「……ブレイズは、全ての魔法使いを戦争の罪に問わず、人間と平等な存在である約束の元に断頭台に上がった。他の魔法使いは無理矢理従わされただけで、あの戦争の責務はブレイズ一人で背負うという約束で」
「…………」
「けど、もし、他国で魔法使いがあの頃と同じように扱われていたら? それを知った時に、自分はまたあの時と同じ道を歩むんじゃないか。歴史を繰り返すんじゃないか。そう考えると怖くなる」
静かに語ったアルデバランの手をロゼアリアが握る。指先が少し冷たかった。
(この人は、『自分が全ての罪を負った意味はなんだったんだろう』とは言わないのね)
ロゼアリアも、アルデバランと過ごすうちに彼がどういう人なのか分かってきた。どうしたって彼の天秤は、いつも自分より他の魔法使いに傾いているのだ。
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