白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅳ章

33話 優雅な空の旅

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「大丈夫。だって貴方はアルデバランで、もうブレイズじゃない。ブレイズは魔法使いと人間の戦争の先に起きることを知らなかったけど、貴方は知ってる。それって、大きな違いじゃない?」

 それに、とロゼアリアは続ける。

「今は私がいる。人間を殺すわけないって言った貴方が、もしブレイズみたいに人間を殺そうとしたら私がその前に立って止める」
「……ロゼなら本当にやりかねなさそうだな」
「約束する! だから安心して!」

 胸を張るロゼアリアにアルデバランが強張っていた表情を緩めた。

「分かったよ」
「本気にしてないでしょ」
「まあな」

 それは大人の余裕で、諦めにも似ていた。

「他の奴らと飛行艇中を散策する気なんだろう? 行ってこい」
「アルデバランも一緒に行かない?」
「子供の大冒険に大人が付き添ったらつまらんだろ」

 付き合ってくれてもいいのに。

「子供子供って、私も来年には成人するのに」
「俺から見たら十分子供だ」

 それはそうだろう。アルデバランからすれば、この世界に生きる者は皆子供になる。

 展望ホールへ向かう最中に飛行船の離陸を知らせる放送が響いた。グレナディーヌを離れ、束の間の空の旅が始まる。

「本当に飛んだ! 街がどんどん小さくなってく!」

 巨大なガラス窓に張り付くようにしてロゼアリアが景色を見下ろした。グレナディーヌの国土を見下ろす日が来るなんて思いもしなかった。

「お嬢! ここにいたんスね!」

 オロルック達も展望ホールに来ていたらしい。ロゼアリアと同じように興奮した様子のオロルックと、極力窓の方を見ないようにしているフィオラと合流する。

 展望ホールには多くの旅行客がいた。レストランで食事を楽しむ人も多く、各々が優雅な時間を過ごしている。

「レストランも気になるのよね……」
「お昼時っスから、行ってみます?」
「ロディお従兄様にも聞いてみなくちゃ」

 ロドニシオのことだ。きっと客室でダラダラしているに違いない。従兄を呼びに、一度客室まで戻る。アルデバランは同行せずに、どこかへ行ってしまった。

「ロディお従兄様」

 扉をノックすると、随分ラフな格好に着替えたロドニシオが顔を出した。

「ロゼ、どうしたのお?」
「お従兄様、レストランで一緒に昼食をとらない?」
「いいよお。カカルク君達にも声かけよっか」

 さらにカカルク、ココリリも連れて展望ホールのレストランへ。
 景色がよく見える窓側の席を選んだ。アルデバランは結局、どこに行ったのか分からない。

「空の上で食事なんて、贅沢だよねえ」

 ガラス窓の向こういっぱいに広がる雲を眺めながら、ロドニシオがのんびり呟く。昼食のチキンステーキは絶品だった。

「アフタヌーンティーも気になるわね。後でもう一回来ようかしら」

 今しがた食事を終えたばかりだというのに、レストランの立て看板に目を惹かれるロゼアリア。トマトのケーキなんて、食べてみたいに決まってる。

「嫌だわ、ザジャ人が乗ってるなんて」
「ええ、本当に。警吏隊にはしっかり巡回してもらいたいですわね」

 熱心に立て看板を眺めるロゼアリアの後ろを、二人の貴婦人がそんな会話をしながら通り過ぎていった。

(ザジャ人?)

 興味を引かれたロゼアリアが、客席の方へと視線を向ける。一人で食事をする、黒い髪に黒い目の青年。ロゼアリアとさほど変わらない歳に見える。
 髪と目の両方が黒いこと、そして戦を好む気質から、ザジャの民はしばし他国から批判的な目で見られている。
 だが噂は噂だ。あそこにいる彼が野蛮な人間だという証拠は無い。あれほど「変わり者」と敬遠されていた魔法使いだって、話してみると案外親しみやすかったのだから。

(話しかけてみる? でも、食事中だし……)

 食事の邪魔をするのは悪い。また機会がある時にしよう、とロゼアリアはレストランを離れ、そのまま展望ホールから立ち去った。

 空腹も満たし、念願の飛行船散策だ。オロルックとフィオラを従え、気の赴くままにロゼアリアが船内を歩く。数日に渡る旅を退屈させないためか、飛行船にはいくつか娯楽施設が設けられていた。

「お嬢はカジノ行っちゃ駄目っスからね」

 嬉々とした目で部屋を覗き込むロゼアリアを止めるオロルックとフィオラ。今は薄暗いこの部屋が、人で賑わうのはあと数時間先だろう。
 広々とした図書室も見つけたが、オロルックが嫌がったため外から眺める程度にした。

 歩き回ってさらに見つけたのはラウンジ。開放的なレストランとは違い些か閉鎖的だが、それが落ち着く空間を生み出している。他の客を気にせず寛げる席の配置だ。

「あ」

 ロゼアリアが見覚えのある黒い姿を捉え、ラウンジに入っていく。

「アルデバラン、ここにいたの?」

 珈琲と分厚い本をお供にラウンジで過ごすアルデバランに出会った。

 アルデバランが本から目を離し、ロゼアリア達を見る。相席の許可も得ず、ロゼアリアが隣のソファに腰を下ろした。とてもふかふかだ。

「ああ、お前達か」
「もう皆でお昼を食べちゃったわ。貴方がどこかに行ったまま帰って来ないんだもの」
「構わん。で、今は冒険中ってところか?」
「うん。ここ、カジノや図書館もあるのね」

 今見てきたものをアルデバランに話す。聞き流されると思っていたが、意外にも彼はちゃんと話を聞いてくれた。

「なかなか出来が良いだろ? 設計図の時点でかなり修正させたからな」
「この飛行船も魔法道具なの?」
「もちろん。魔法石を使わずにこの巨体を飛ばすとなると、今の十倍は燃料と費用を使わなきゃならん」

 道理で真面目に話を聞いてくれるわけだ。魔塔の魔法使いが褒められるのは満更でもないのだろう。

「魔法石ってすごいのね」
「エリューだけで出来た純粋な魔法石なら、理論上は一度回路に組み込んでしまえば交換の必要は無い。魔法石から出たエリューがまた魔法石まで戻ってくるからな」

 まさしく永久機関。夢のような話だ。

「とはいえ、魔法石が出来る過程で必ず不純物は混ざる。むしろ、その不純物を核に魔法石の結晶は構成されるからな。定期的に魔法石を換えるのが実情だ」
「へえ……」

 小難しい話はよく分からない。オロルックの顔を見てあげてほしい。
 よく分からない話はそこまでにして、ロゼアリアがテーブルの上のメニューを手に取る。なるほど、ここでもアフタヌーンティーを楽しむことができるらしい。

「えっ、りんごのパイもあるの!?」

 マスカルポーネを添えたりんごのパイ。絶対に美味しいに決まっている。

「好きなのか?」
「大好き! 一番好き! 前に話さなかった?」
「そうだっけか」

 困ったことになった。展望ホールのレストランでトマトのケーキを食べると決めていたのに。
 こうなったら、ここで食べて向こうでも食べるしか。

「お嬢様、トマトのケーキかりんごのパイ、どちらか一つですよ」

 さすがフィオラ。ロゼアリアの思考を正確に読み取ってくる。

「だ、だって……」
「トマトのケーキ、たしか数量限定って書いてなかったっスか?」

 なんということだ。オロルックがさらに頭を悩ませにくる。
 数量限定なら、今日はトマトのケーキを食べるべきか。しかし自分が、りんごのパイがあると知って我慢するなんて。

「うーん……」

 メニューとにらめっこを続けるロゼアリア。やっぱり両方食べたい。

「りんごのパイならここはいつでも用意されるぞ」

 アルデバランがそう言うなら、やはり先にトマトのケーキを食べようか。

「じゃあ、レストランに行くわ……アルデバランも一緒に行く? お腹空いてない?」
「別に空いてないが……ここにいるのも飽きたしな。行くか」

 決まりだ。今度はアルデバランも一緒にレストランへ向かう。
 開放的な展望ホールは先程まで優雅な時間が流れていたのだが。

「誤解です! 僕ではありません!」

 何やら慌てた男性の声、それから人だかり。緊迫した空気に、一同は顔を見合わせた。
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