白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅳ章

35話 盗まれた扇子を追って

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 可視化されたエリューを追う最中、ロゼアリアがアルデバランのローブを引いた。それに気づいたアルデバランが身を屈める。

「なんだ」
「ねえ、ザジャの皇子殿下が犯人で無いと分かったなら、一緒に来てもらう必要は無かったんじゃないの?」
「恩を売るって言ったろ。逃がしてどうする」

 そのためにわざわざ同行させたとは。

 光の粒子が向かう先は客室が並ぶ廊下だった。だが、ここへ来る頃には大半が離散してしまい、どの部屋に真犯人がいるのか分からない。

「オロルック達はここで待ってて」
「けど、お嬢から離れるわけにはいかないっス」
「アルデバランがいるもの。大丈夫よ」
「俺がいなくてもロゼなら問題無いと思うがな」

 何せアルデバランが来るまで、一人で魔窟を生き抜いた少女だ。今更強盗の一人や二人、難なく対処するだろう。

「じゃあ、真犯人を探しに行きましょ」

 アルデバランと共に客室の扉を確認するロゼアリア。扉に耳を付けてみるが、中から物音などは聞こえない。

「貴族が泊まる部屋だもの。そう簡単に中の音が聞こえるはずないわね」

 中を覗けたら楽だが、今度は自分達が警吏隊に捕まるかもしれない。

「まさか、飛行船で盗みなんてする人がいると思わなかった」
「そりゃ、いるだろ。飛行船に乗る客なんて金持ちばかりだ。上手くいけば稼ぎ放題、そのまま国外逃亡できる」
「絶対捕まえなきゃね」

 次々と客室の扉を調べるロゼアリアとアルデバラン。窃盗犯が廊下に出た時に気づけるので、そこまで深くは確認しない。

「ん?」

 次の扉を調べ始めた時、ロゼアリアが小首を傾げた。そっとドアノブに手をかけ、音を立てぬようゆっくり回す。

(──開いた)

 振り返ってアルデバランと視線を交わす。「魔法で仕留めようか?」と彼が目で聞いてきたのを、ロゼアリアは首を振って断った。
 少し扉を開け、隙間から中の様子に耳を傾ける。

「さっすが、貴族サマはお宝大量だなァ」
「三人で山分けしても十分すぎるぜ」
「しかし、ここまで上手くいくなんて飛行船の警備も対したことねーな」

 品性の欠片も無い男達の声がよく聞こえてくる。強盗は三人のようだ。
 身体を離し、ロゼアリアが一度扉を閉めた。

「彼らを捕まえたら一件落着ね」
「どうやって捕まえるつもりだ」
「もちろん、正面突破で。アルデバランはここにいて。もし部屋から逃げた人がいたら、すぐ捕まえてね」

 そう言うとロゼアリアは咳払いを一つして、扉をノックする。

「おば様、こちらにいらっしゃいますか? アフタヌーンティーのお誘いに伺いましたの」

 白薔薇姫のように愛らしい声で呼びかけるが、その表情は騎士団の任務中のように冷静だ。
 再びロゼアリアが扉を開ける。

「おば様? いらっしゃる?」

 もちろん出鱈目だ。この部屋の客人が一体誰なのか、ロゼアリアは知らない。あたかも知人を装いながら、ロゼアリアは部屋の中へと進んでいく。
 突然の来訪に強盗は隠れたのだろう。部屋の中は静まり返り、見たところ人の気配を感じない。

(ベッドの下に一人、クローゼットに一人、それから……後ろのシャワールームにもう一人ね)

 だがロゼアリアの前では無意味だ。散々ラウニャドールの殺気の前に晒された彼女にとって、人間の放つ殺気など手に取るように分かる。

「おば様、鍵を開けたまま外出なさるなんて不用心ですわ。これでは、泥棒・・に入られてしまうもの」

 あえて「泥棒」の語気を強めたロゼアリアの後ろで、シャワールームの扉が開く。背後から迫る男を振り向くこともなく、半歩横にずれると肘を畳んだ。それは男の鳩尾に叩き込まれ、一瞬で相手を無力化させた。
 その様を確認する暇すら与えずに、今度はクローゼットの男が飛び出してくる。だがロゼアリアの表情は変わらない。こちらへと伸ばされた腕を冷静に見返し、その手首を払う。さらにこめかみを打ち、あっという間に二人の男が床に転がった。
 ロゼアリアはというと、けろりとした表情で手を払っている。

「さて……貴方はどうする?」

 ベッドに視線を向け、その下に隠れる男へ問うた。

 投降か抵抗か。逃亡はアルデバランによってあえなく阻止されるだろう。

「終わったか?」

 のそのそとアルデバランも部屋へ入ってくる。二対一では分が悪いと踏んだのか、ベッドの下から最後の一人が出てきた。

「アルデバラン、何か拘束できる物を出せる?」
「ああ」

 アルデバランから縄を貰い、三人の強盗を縛る。これで一安心だ。盗品の中から、あの貴婦人の扇子も見つかるだろう。

「チッ……こんなガキに捕まるなんて」

 強盗達にはロゼアリアがただの小娘にしか見えないらしい。恨めしそうにこちらを睨んでくる。

「他に仲間は? 貴方達だけ?」
「さあな。お嬢ちゃんが首突っ込んで、英雄ごっこか?」
「あら、強盗を捕まえたなら、『ごっこ』じゃなくて英雄でしょ?」

 実際、ザジャの皇子を冤罪から救ったのだから英雄で間違っていない。

 三人の強盗は警吏隊に引き渡され、無事に解決に至った。貴婦人の扇子も見つかり、彼女はザジャの青年に謝罪をする。

「本当に、疑ってしまって申し訳ございませんでした」
「いえ、お気になさらず。大切な物が無くなっては、誰も冷静でいられないものです。無事に取り戻せてよかった」
「白薔薇姫様も、ありがとうございます。騎士団の噂は伺っていたけれど、まさか貴女がこんなに勇敢な方だとは知らなかったわ」

 女性がロゼアリアにも頭を下げる。白薔薇姫で無い時にこんな言葉をかけられたのは初めてで、ロゼアリアが気恥しそうに頬を染めた。

「魔塔の主様のご協力を得られたからですよ。私一人では、こんなに早く真犯人には辿り着けませんでした」
「魔塔の主様も、本当にありがとうございます。魔法使いの方が良い方だと知れて良かったですわ」
「それほどのことでもない」

 アルデバランの目的は別にある。貴婦人の扇子が手元に戻ったのは、副産物でしかない。
 ロゼアリア達に何度も頭を下げると、二人の貴婦人はその場を離れていった。

「お嬢、良かったんスか? また社交界でお嬢が話題にされんじゃないスか?」

 白薔薇姫が失脚した時と同じにならないか、オロルックとフィオラは心配しているのだろう。そんな二人にロゼアリアは笑顔を返す。

「別に平気。それに、あのご婦人はしばらくグレナディーヌを離れるでしょ? そんなすぐには話題にならないわ」

 話題にされたとて今更だ。ロゼアリアは当分、あの煌びやかな世界に顔を出すつもりはない。

「では、無事に解決したことですし、僕もこれで」
「待て」

 立ち去ろうとした青年をアルデバランが呼び止める。本来の目的はここからだ。このためにわざわざ面倒な窃盗事件に首を突っ込んだのだから。
 と言ってもアルデバラン自身は首を突っ込む気はなく、ロゼアリアに巻き込まれたのだが。

「少し話さないか?」
「話……とは?」

 青年が訝しげに眉をひそめる。急にそんなことを言われれば、戸惑うのも当然だ。

「そうだな……まず、ザジャの皇族がなんで一人で飛行船に乗ってるのか、とか」

 青年の目が一瞬開かれ、すぐに鋭い光を宿した。先程までの温厚な空気が一変し、彼はこちらに警戒心を向ける。

「そう睨むな。別に取って食おうってんじゃあない。俺達はただ、お前に頼み事がしたいんだ」
「頼み事? 一体どんな」

 青年は警戒を緩めない。アルデバランが一度ロゼアリアを振り返った。

「ロゼ、今日はトマトのケーキを諦めてくれ」
「えっ」

 そんな。この件が片付いたら、と楽しみにしていたのに。

「代わりにりんごのパイでも良いだろ?」

 その言葉でピンと来た。アルデバランは、あのラウンジに行こうと言っている。

「もちろん! トマトのケーキは明日にする!」
「決まりだな。一緒に来てくれるよな? ザジャの皇子サマ」

 アルデバランの口元が妖しく弧を描く。有無を言わせぬ圧力に、青年は一層警戒の色を強めた。
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