白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅴ章

48話 異端者

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「一つ、教えてやる」

 その場に立つアルデバランを警戒し、ソミンが少し後退る。

「詠唱は時間の無駄だ。おまけに、相手に『今からこの魔法を使う』と宣言するに等しい。そうだろ?」

 アルデバランが一つ、指を鳴らした。飛び退いたソミンの足元に焼け焦げた跡。閃光を遅れて認識した観客が、稲妻が落ちたことに気づく。

「実戦なら無詠唱が基本。相手が上位の魔法使いなら、詠唱した魔法は全て解除されると思え」

 次々と落ちる霆。空に暗雲はなく、雷光だけが発生している。

「それか、詠唱するならせいぜい“フルメル”程度だな」
「それは要素で、詠唱に用いる魔法式じゃないでしょう!」
「魔法式の簡略化、効率化の究極が要素単体での詠唱だ。──“フルメル”」

 落ちるだけだった雷が形を纏い、龍神を成す。バリバリと電気を帯びた龍は、空に走る稲妻をそのままもぎ取ってきたようだった。

「“純氷の龍グラシェス・ドラーコ”!!」

 噛み付かんと口を開いた雷龍にソミンが氷龍で対抗する。雷と氷がぶつかり合い、激しい音を立てた。

(向こうは母なる石ミテラ・エリューの加護を借りてないのに!!)

 金の光を纏うソミンに対し、アルデバランの身体に変化はない。代償なく魔法を使える分、ソミンの方が圧倒的に有利なはずだった。
 魔力を消費せずに強大な魔法を使うなら、限りなく無駄を無くし、工程を省かなければならない。理を弄り回す代償に払うのが魔力。それを払わず、魔法式の操作を誤れば身体が受けるダメージは計り知れない。

 この男は化け物だ。ソミンはそう直感した。魔法式を極限まで効率化し、しかも無詠唱で扱う。化け物でなければなんだというのか。

「詠唱なんてのは元々、魔法式の操作ミスを減らすためのものだ。エリューを精密に操れるなら必要無い」

 ソミンとてそれくらい知っている。だからアルデバランの異常性をひしひしと感じるのだ。
 ソミンの放った流星メテオラを蒸発させるアグニ。簡単に火球の火力を上げながら、同時にこちらへ襲い来るフルメル。それをアルデバランは一言も詠唱せずに立っているだけ。

 魔法使いの最高峰とは、彼のような人を言うのだろう。認めたくなかった。罪人の血筋が魔法使いとして優れているなど認めたくなかった。

 無詠唱で複数の魔法を同時に使うなら、魔力を精密に操るどころか一寸の狂いも許されない。もしほんの少しでも間違えれば、良くて手足、最悪の場合身体が破裂するだろう。理を捻じ曲げる代償というのは本来こういうものなのだ。

「そうだ。面白いものを見せてやる」

 アルデバランが何かを思いついた。

「“グラシェス”」

 それは氷の要素を示す言葉。だというのに。

「っ、熱っ!」

 防御壁を張りながらも、腕で顔を防ぐソミン。灼熱を孕んだ風が渦を巻いていた。

「なんで……」
「魔法式さえ合っていれば魔法は詠唱の影響を受けない。面白いと思わないか?」

 意味が分からなかった。彼の魔法理論は、完全にこちらの常軌を逸脱している。

 魔法の撃ち合いは優劣が無いように見えた。幾度となくぶつかり合い、飛び散り、花火のように輝く様は決闘というよりも派手なショーを彷彿とさせる。

「見世物ごっこはこの辺で良いだろ」

 アルデバランがふと手を止めた。満足気に炎が細められる。

「宣言通り、完膚なきまでに叩きのめしてやる」

 何をするつもりなのか。ソミンがさらに警戒心を引き上げ、アルデバランの次の動作を注視する。

 パチン。

 指を鳴らして現れたのは、無数の火球。なんだ、さっきまでと何も変わらないじゃないか。
 ソミンはアクエールで対応する。

「えっ」

 出したはずの水鞠が、霧となって離散する。その間も火球は迫り、ソミンは転がるようにして避けた。

 (何、今の……どういうこと)

 再び迫る火球。今度は氷の結晶を作り出すが、やはりそれも消えてしまう。

「私の魔法が、なんで…………はっ!」

 ソミンの目は、もう何も見ることができない。エリューを通じて周りのものを知覚しているにすぎないのに。
 こちらを見据える炎と、たしかに今目が合った。

──詠唱した魔法は全て解除されると思え。

 脳裏にアルデバランの言葉が思い出される。

「じゃあ……じゃあ、私の魔法が、解除されてる……?」

 尽く魔法式の権限を奪われて、対抗する手段を失っていく。
 攻撃が、防御が、反撃が、一切通用しない。アルデバランの魔法が直撃しないのも、彼の情け故だと理解せざるを得なかった。

 魔法を奪われた魔法使いなんて。大神官という役職を与えられているソミンにとって、魔法を奪われることは存在意義を奪われるに等しい。
 悔しかった。こんな負け方をするなんて。太刀打ちできないほどの強大な魔法で負けるならまだ納得できた。こんな、手足を奪われるような負け方が悔しかった。
 アルデバランは魔法の一切を開示しないため、権限の上書きができない。いくら母なる石ミテラ・エリューに代償を肩代わりさせるとて、見よう見まねで無詠唱を習得できるわけもない。

「今からでも降参するか?」

 赤い目をした悪魔が、そんな囁きをしてくる。

「するわけないじゃない。私はこの国の大神官。他の国の管理者エリュプーパに、それもカーネリアに屈するくらいなら死んだ方がマシよ」
「素晴らしい心がけだな」

 火球が真横を掠めた。彼の魔法は絶対に自分に当たらない。ならば。
 直撃させるつもりで火球の前に躍り出る。もし軌道を外すために他の魔法を使えば、隙ができるだろうと狙って。

「悪いが、これ以上長引かせるつもりはないぞ」

 ソミンの目の前に迫った火球が割れ、黒い格子が生まれる。様々な角度で地面に突き刺さったそれは複雑に絡み合い、ソミンの動きを完全に封じた。魔法が使えなければ、身体の自由も効かない。
 突きつけられた敗北だった。誰がどう見ても分かる敗北だった。

「まだ……っ!」
「いいや、勝負はついた。グレナディーヌとマヴァロの勝ちだ」

 刹那の静寂が過ぎ、闘技場を拍手が包み始めた。多種多様の魔法を披露したこの試合は、多くの観客に興奮を与えたに違いない。





(──遠い)

 割れんばかりの歓声と拍手をぼんやりと耳にしながら、ロゼアリアはそんなことを感じていた。
 つい先ほどまで隣にいたはずのアルデバランが、酷く遠い存在に思える。
 そもそも魔法使いと人間という時点で違う世界の住人。その上向こうは世界に十二人しかいない管理者エリュプーパで、おまけに三百年という人には長すぎる時を生きてきた異端の存在。
 ロゼアリアと対等であるはずがない。頭では分かっていたが、今改めて思い知らされた。

(アルデバランの呪いを解けたらって思ってたけど、もしかしたら私の協力なんていらないかもしれない)

 魔法使いでないロゼアリアでも、ソミンとアルデバランの実力差は見れば分かる。騎士としての能力しかない自分に、一体何ができるだろうか。その騎士としての能力だって、リエンの前では遠く及ばなかったのに。
 魔塔に三百年引きこもっていた魔法使いを引きずり出し、王国との交流をもたらしたことを誇りに感じていたのに。アルデバランの罪の告白を自分だけが知っていることに、優越感すら感じていたのに。

 本当はアルデバランの方がずっと先を歩いていたらしかった。

 武闘会には勝った。けれど喜びは微塵も湧いてこなくて。
 代わりに、どうしようもない虚無感だけがロゼアリアの心に渦巻いていた。
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