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Ⅴ章
50話 盟誓
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アルデバランは不器用だ。言葉を選んだ挙句に「なんで落ち込んでるんだ?」なんて、あまりにも直接的な聞き方をして。
思い返せばあの時もそうだった。フィオラに酷い言葉を放ってしまったあの日も、「独り言なら好きに言え」と言っていたのだから。それを思えば、今のアルデバランはかなり成長してるのではないだろうか。
「私って昔から結構すごかったの」
「どの方面ですごいって意味なんだそれは」
「騎士としての才能はあったし、努力すれば王国一の美姫、なんて呼ばれるくらいの淑女にもなって、初恋の人に婚約を申し込まれた」
遠くを見つめる彼女の髪を夜風が撫でる。ロゼアリアが自慢話をしたい訳でないことくらい、アルデバランも分かっていた。
「でもそれが何だったんだろうって思って。騎士としての私はリエンに勝てなかった。リエンは相手が家族でも友達でも殺意を向ける覚悟があって、私にはそれがなかった」
今までどれだけ狭い世界に生きていたのか思い知らされる武闘会だった。リエンの覚悟に触れ、自分の未熟さを知った。今隣に立つ青年と自身の場所が全然違うことを知った。
「魔窟に落ちても生きて帰ってこれたから、きっとこの先も大丈夫って思ってたけど……私一人じゃ全然駄目だった」
月の光が優しくこちらを照らしている。今日は満月だった。
「……悔しい。勝ちたかった。リエンに、勝ちたかった」
今のままでは駄目だ。アルデバランが過去の罪に向き合う旅路の一端は自分が担うべきだと、自分しか担えないと思っていたのに。このままではアルデバランには届かない。それが悔しかった。
言葉以上に、涙が彼女の悔しさを語る。
(……若いな)
ロゼアリアを見てアルデバランが抱いたのは、そんな感想だった。
まだ青くて若い子供。アルデバランが己の未熟さを思い知って涙を流したのはどれくらい前だろう。もしかしたら、この身体に産まれてからは一度も無いかもしれない。
ロゼアリアが少し眩しかった。この子はもっと成長するだろうという確信があった。傷つきながらも前へ進める。彼女がまだ諦めを知らない子供だから。
それが少し羨ましくて、危ういとも思った。
「……家族や友人、仲間に躊躇いなく刃を向けることだけが本当の強さだとは俺は思わない」
ロゼアリアの持つ輝きは、今のアルデバランにはもう無い。だからアルデバランが言えるのは、遠い昔に犯した過ちだけだ。
「それを本当の強さと呼ぶなら、ブレイズはあんな最期を迎えなかったはずだ」
妹を遠ざけ、友の制止を振り、恩人を葬った。その結末は歴史の通りだ。手繰り寄せられる記憶はもうなく、かつてのアルデバランが綴った記録でしか覚えていない。それすら保存魔法をかけても時の流れには逆らえず、擦り切れ始めている。
「ロゼは何かを守る為なら立ち上がろうとする。それも、強さじゃないのか。俺から見れば今回の敗因は対人戦における場数と経験の差だと思うぞ」
「それは、言えるかも。手合わせは命をかけて戦うものではないし、戦場で倒すのはラウニャドールだったから。あんな風に人と戦ったのは初めてかもしれない」
気持ちが軽くなったのをロゼアリアは感じた。アルデバランの言葉がすっと自分の中に入ってくるのは、彼が人よりずっと過酷な経験をしてきたからだろう。
「ありがとアルデバラン」
「大したことは言ってないだろ」
「それでも、ありがとう」
アルデバランは無闇に慰めたり励ましたりしない。それを分かっているから、アルデバランにならなんでも話せる気がする。
すっかりいつもの調子を取り戻したロゼアリアに、アルデバランも少し表情を緩める。
だから彼は忘れていた。ブレイズが世界に刃を向けた最初の理由が、強さを求め始めた最初の理由が、魔法使いを守る為だったということを。
大罪を犯した魔法使いの願いが、初めはどうしようもなく無垢で眩しい子供の願いだったことは、記憶と共に消えてしまっていた。
「明日から帝都で市が開かれるらしい。一緒に行かないか? そろそろリブに土産を買わないとだろ」
「市?」
「ああ。色んな出店がある。明日は皇帝に会うから、行くなら明後日だな」
市。出店。気晴らしにというアルデバランの提案は、ロゼアリアの好奇心を十二分にくすぐった。
「行く!! 明後日ね?」
「ああ」
「楽しみ! でも、私とアルデバランだけでリブのお土産を選んだらオロルックが悲しむかもしれないから、オロルックも誘っていい? あとフィオラも!」
「別に俺に聞かなくとも、ロゼが誘いたかったら誘えばいい」
それならば、ロドニシオも誘おう。こういうものは多い方がきっと楽しい。カカルクとココリリも誘って皆で行こう。
──一夜明けて、皇帝との二度目の謁見。
クシャの放つ覇気は相変わらず威圧的だが、最初と比べると幾分か和らいでいる気がした。
「昨日の武闘会、実に見事であった」
ゆったりとクシャが言う。皇帝の言葉を聞きながら、ロゼアリアはこっそりリエンの姿を探した。
友人になれたのに、武闘会でのやり取りを最後にしたくなかった。もう一度話がしたかった。
闘技場の外では最初に会った時のリエンのままだと、確かめたかったのかもしれない。
(いないみたい……)
くまなく視線を巡らせてもリエンを見つけることはできなかった。クシャの他に皇族はおらず、すぐ傍に顔をしかめたソミンがいるだけ。
「さて……当初の約束通り、貴様らの要求を呑んでやろう。あれを持ってこい」
クシャに命じられた兵士が、書簡を入れた盆を持ってきた。ロゼアリア達の前に差し出されたそれは、ザジャとグレナディーヌの同盟を記した締結書。既にクシャの名前と血判が押されている。もう一枚も、マヴァロに向けて同様の内容が書かれていた。
「これは……一度本国へ持ち帰らねばなりません。私の独断でこの場で締結することは難しいかと」
「グレナディーヌも同じです。これは国王陛下にお渡ししなければ」
カカルクとロドニシオが眉をひそめた。ザジャと同盟。それはつまり、ザジャが窮地に陥った時に駆けつけるということ。もっと極端な言い方をすれば、例えばザジャが今後どこかの国と戦争をするとなった時──シュヴダニアと戦争になった時、前線へ赴かなければいけなくなるということ。
即ち、シュヴダニアを敵に回す可能性があった。
ここまで来たのに、ザジャの協力は得られないかもしれない。ロゼアリア達がそう思った最中、アルデバランが何か考える素振りを見せた。
「もう一枚必要だな。グレナディーヌの魔塔は独立機関でな。いくら国王に命じられようと従わない権利がある。だから、これとは別に魔塔と締約しないか?」
「そうか。そうとは知らず悪かった。ザジャにとっては悪くない提案だ。貴様の意見を呑むとしよう」
面白そうにクシャが言うなり、アルデバランが指を鳴らした。パッと現れた羊皮紙に羽根ペンで文字をつらつらと書いていく。
さすがは三百年存在しているだけあって、アルデバランの文字は達筆だ。その整然とした字体は彼の性格をそのまま表しているよう。
慣れた手つきで自身の名前を記すと、アルデバランは躊躇いなく親指の先を切る。血判を押した書類がクシャの元へと届けられた。
「魔法使いが不当な扱いを受けないなら俺は協力を拒まない」
「ふっ、良いだろう。やはり貴様は面白い小僧だ」
アルデバランの書類に、クシャも署名と血判を押した。
「その二枚は国王に届けるといい。国王が拒んだとて、余は構わぬぞ。既に良い収穫があったからな」
魔塔との締約が気に入ったのか、どこか上機嫌な様子を見せるクシャ。アルデバランの申し出に助けられつつも、彼が人間のために動くなんて、とロゼアリアは少し不安を覚えた。
「もう一つ、約束があったな。残念ながらそこの娘を手に入れることは叶わなかったが、ソミンの目が戻るならまあ、良いだろう」
一瞬クシャの視線がロゼアリアを捉え、離れた。
思い返せばあの時もそうだった。フィオラに酷い言葉を放ってしまったあの日も、「独り言なら好きに言え」と言っていたのだから。それを思えば、今のアルデバランはかなり成長してるのではないだろうか。
「私って昔から結構すごかったの」
「どの方面ですごいって意味なんだそれは」
「騎士としての才能はあったし、努力すれば王国一の美姫、なんて呼ばれるくらいの淑女にもなって、初恋の人に婚約を申し込まれた」
遠くを見つめる彼女の髪を夜風が撫でる。ロゼアリアが自慢話をしたい訳でないことくらい、アルデバランも分かっていた。
「でもそれが何だったんだろうって思って。騎士としての私はリエンに勝てなかった。リエンは相手が家族でも友達でも殺意を向ける覚悟があって、私にはそれがなかった」
今までどれだけ狭い世界に生きていたのか思い知らされる武闘会だった。リエンの覚悟に触れ、自分の未熟さを知った。今隣に立つ青年と自身の場所が全然違うことを知った。
「魔窟に落ちても生きて帰ってこれたから、きっとこの先も大丈夫って思ってたけど……私一人じゃ全然駄目だった」
月の光が優しくこちらを照らしている。今日は満月だった。
「……悔しい。勝ちたかった。リエンに、勝ちたかった」
今のままでは駄目だ。アルデバランが過去の罪に向き合う旅路の一端は自分が担うべきだと、自分しか担えないと思っていたのに。このままではアルデバランには届かない。それが悔しかった。
言葉以上に、涙が彼女の悔しさを語る。
(……若いな)
ロゼアリアを見てアルデバランが抱いたのは、そんな感想だった。
まだ青くて若い子供。アルデバランが己の未熟さを思い知って涙を流したのはどれくらい前だろう。もしかしたら、この身体に産まれてからは一度も無いかもしれない。
ロゼアリアが少し眩しかった。この子はもっと成長するだろうという確信があった。傷つきながらも前へ進める。彼女がまだ諦めを知らない子供だから。
それが少し羨ましくて、危ういとも思った。
「……家族や友人、仲間に躊躇いなく刃を向けることだけが本当の強さだとは俺は思わない」
ロゼアリアの持つ輝きは、今のアルデバランにはもう無い。だからアルデバランが言えるのは、遠い昔に犯した過ちだけだ。
「それを本当の強さと呼ぶなら、ブレイズはあんな最期を迎えなかったはずだ」
妹を遠ざけ、友の制止を振り、恩人を葬った。その結末は歴史の通りだ。手繰り寄せられる記憶はもうなく、かつてのアルデバランが綴った記録でしか覚えていない。それすら保存魔法をかけても時の流れには逆らえず、擦り切れ始めている。
「ロゼは何かを守る為なら立ち上がろうとする。それも、強さじゃないのか。俺から見れば今回の敗因は対人戦における場数と経験の差だと思うぞ」
「それは、言えるかも。手合わせは命をかけて戦うものではないし、戦場で倒すのはラウニャドールだったから。あんな風に人と戦ったのは初めてかもしれない」
気持ちが軽くなったのをロゼアリアは感じた。アルデバランの言葉がすっと自分の中に入ってくるのは、彼が人よりずっと過酷な経験をしてきたからだろう。
「ありがとアルデバラン」
「大したことは言ってないだろ」
「それでも、ありがとう」
アルデバランは無闇に慰めたり励ましたりしない。それを分かっているから、アルデバランにならなんでも話せる気がする。
すっかりいつもの調子を取り戻したロゼアリアに、アルデバランも少し表情を緩める。
だから彼は忘れていた。ブレイズが世界に刃を向けた最初の理由が、強さを求め始めた最初の理由が、魔法使いを守る為だったということを。
大罪を犯した魔法使いの願いが、初めはどうしようもなく無垢で眩しい子供の願いだったことは、記憶と共に消えてしまっていた。
「明日から帝都で市が開かれるらしい。一緒に行かないか? そろそろリブに土産を買わないとだろ」
「市?」
「ああ。色んな出店がある。明日は皇帝に会うから、行くなら明後日だな」
市。出店。気晴らしにというアルデバランの提案は、ロゼアリアの好奇心を十二分にくすぐった。
「行く!! 明後日ね?」
「ああ」
「楽しみ! でも、私とアルデバランだけでリブのお土産を選んだらオロルックが悲しむかもしれないから、オロルックも誘っていい? あとフィオラも!」
「別に俺に聞かなくとも、ロゼが誘いたかったら誘えばいい」
それならば、ロドニシオも誘おう。こういうものは多い方がきっと楽しい。カカルクとココリリも誘って皆で行こう。
──一夜明けて、皇帝との二度目の謁見。
クシャの放つ覇気は相変わらず威圧的だが、最初と比べると幾分か和らいでいる気がした。
「昨日の武闘会、実に見事であった」
ゆったりとクシャが言う。皇帝の言葉を聞きながら、ロゼアリアはこっそりリエンの姿を探した。
友人になれたのに、武闘会でのやり取りを最後にしたくなかった。もう一度話がしたかった。
闘技場の外では最初に会った時のリエンのままだと、確かめたかったのかもしれない。
(いないみたい……)
くまなく視線を巡らせてもリエンを見つけることはできなかった。クシャの他に皇族はおらず、すぐ傍に顔をしかめたソミンがいるだけ。
「さて……当初の約束通り、貴様らの要求を呑んでやろう。あれを持ってこい」
クシャに命じられた兵士が、書簡を入れた盆を持ってきた。ロゼアリア達の前に差し出されたそれは、ザジャとグレナディーヌの同盟を記した締結書。既にクシャの名前と血判が押されている。もう一枚も、マヴァロに向けて同様の内容が書かれていた。
「これは……一度本国へ持ち帰らねばなりません。私の独断でこの場で締結することは難しいかと」
「グレナディーヌも同じです。これは国王陛下にお渡ししなければ」
カカルクとロドニシオが眉をひそめた。ザジャと同盟。それはつまり、ザジャが窮地に陥った時に駆けつけるということ。もっと極端な言い方をすれば、例えばザジャが今後どこかの国と戦争をするとなった時──シュヴダニアと戦争になった時、前線へ赴かなければいけなくなるということ。
即ち、シュヴダニアを敵に回す可能性があった。
ここまで来たのに、ザジャの協力は得られないかもしれない。ロゼアリア達がそう思った最中、アルデバランが何か考える素振りを見せた。
「もう一枚必要だな。グレナディーヌの魔塔は独立機関でな。いくら国王に命じられようと従わない権利がある。だから、これとは別に魔塔と締約しないか?」
「そうか。そうとは知らず悪かった。ザジャにとっては悪くない提案だ。貴様の意見を呑むとしよう」
面白そうにクシャが言うなり、アルデバランが指を鳴らした。パッと現れた羊皮紙に羽根ペンで文字をつらつらと書いていく。
さすがは三百年存在しているだけあって、アルデバランの文字は達筆だ。その整然とした字体は彼の性格をそのまま表しているよう。
慣れた手つきで自身の名前を記すと、アルデバランは躊躇いなく親指の先を切る。血判を押した書類がクシャの元へと届けられた。
「魔法使いが不当な扱いを受けないなら俺は協力を拒まない」
「ふっ、良いだろう。やはり貴様は面白い小僧だ」
アルデバランの書類に、クシャも署名と血判を押した。
「その二枚は国王に届けるといい。国王が拒んだとて、余は構わぬぞ。既に良い収穫があったからな」
魔塔との締約が気に入ったのか、どこか上機嫌な様子を見せるクシャ。アルデバランの申し出に助けられつつも、彼が人間のために動くなんて、とロゼアリアは少し不安を覚えた。
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