白薔薇姫と黒の魔法使い

七夕 真昼

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Ⅵ章

52話 市めぐりの醍醐味

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「……なんか」

 食べ歩きの最中、アルデバランが居心地悪そうに口を開いた。

「すごく見られてないか?」
「仕方ないでしょ。グレナディーヌ人てだけで目立つし、アルデバランは背が高いから。それに一昨日の武闘会だってあったから、皆気になるのも当然じゃない?」

 むぐむぐとうずらの卵串を頬張りながらロゼアリアが答える。リブリーチェへのお土産を選ぶはずが、ずっと食べ物の屋台ばかり寄っていた。

「たしかにな……おい、食べ過ぎじゃないか? ずっと何か頬張ってるだろ」
「せっかくザジャに来たんだもの。ザジャの物を食べないともったいない」
「夕食が入らなくなっても知らないぞ」
「歩いてたらまたお腹空くから大丈夫。アルデバランこそ、もっと食べた方がいいわ」

 ロゼアリアはついさっきも鶏肉の串を二本も食べていた。甘辛いタレと香辛料を纏った肉の、ぷりぷりとした食感をまだ思い出せる。
 点心と鶏肉の串だけでアルデバランはだいぶ胃袋を満たせたのに、この少女はまだ食べるつもりらしい。

「あ、あのお店はどう? リブは甘いものがいいって言ってたものね?」

 指した先は月餅ユエビンを売る店。黒い漆塗りの建物が格式の高さを醸し出している。

「お父様とお母様のお土産にもよさそう」

 うずらの卵串を全て平らげ、すたすたとロゼアリアが店に入っていった。
 様々な餡を薄皮に包み、美しい模様を刻印したお菓子。早速、どれにしようかとロゼアリアが月餅を眺める。その姿はお土産というより、自分の食べたい物を選んでいるようだった。

 白蓮の餡に黒胡麻餡、桃や柚子を使った果実餡と、種類の多さにわくわくせずにはいられない。

「お父様はあまり甘すぎるものは好まないから……すみません、甘さが控えめの物を選ぶならどれがおすすめですか?」

 ロゼアリアが尋ねたのは、初老の上品な女性。珍しい観光客に顔色を変えることなく、彼女は静かに頷いた。

「甘さが控えめのものでしたら、こちらの胡桃餡や黒胡麻餡、白蓮餡、それから緑豆餡がおすすめでございます」
「じゃあ、それを二つずつと……椰子餡と果実餡、あとは小豆餡を二つずつ。すみません、やっぱり白蓮餡を四つに変更してもいいですか?」
「かしこまりました」

 両親へのお土産をテキパキとロゼアリアが注文する。店主が慣れた丁寧な手つきで用意をしている間、今度はアルデバラン、オロルックと共にリブリーチェの分を選ぶことにした。

「リブはどんな味が好きかしら。全部甘い味だけど……」
「お嬢、塩漬けの卵って気になりません?」
「甘い……かな?」

 木の実の餡や果実餡から味を選んでいく。オロルックが言った塩漬けの卵も気になったが、リブリーチェのお土産には入れなかった。

「アルデバランは選ばなくていいの?」
「ロゼ達に任せる」
「そう?」

 リブリーチェの分も注文した。支払いはアルデバランが受け持ってくれたが、以前の発言から彼の貨幣が魔法で作られたものじゃないかと若干ロゼアリアは怪しんだ。
 お土産を買ったところで、ロゼアリアも自分の分の月餅をいくつか頼む。もちろん、食べ歩き用だ。塩気のあるものを食べた後は甘いものに限る。

 月餅の他にも木の実や穀物を混ぜた蜜果や乾燥させた果実の砂糖菓子を買った。騎士団へのお土産も調達し、満足した様子でロゼアリアがサンザシ飴を食べている。

「あっ」

 紐細工の店の前で、これまで静かにロゼアリア達を見守っていたフィオラが声をあげた。ロゼアリアも歩みを止め、フィオラの視線の先をなぞる。

「フィオラ、あれが気になるの?」
「はい……お嬢様、少し見てもよろしいでしょうか」
「もちろん! あ、そうだ」

 何かを思いついたロゼアリアが、少し離れた所にオロルックを引っ張る。

「なんスかお嬢」
「フィオラが気に入った紐飾りがあったらオロルックが買ってあげるといいんじゃない? 私とアルデバランは他の所行ってるから、二人でゆっくり回ってね。夕方までに迎賓殿に戻れば良いんだし」
「え、お嬢」
「じゃ、また後でね! アルデバラン行こ!」

 友人の恋路に気を利かせたロゼアリアが、にっこにこでアルデバランを引きずってその場から離れた。ここなら騎士団員に見られる心配も無いのだから、異国の市でデートを楽しめばいい。
 急にロゼアリアに引きずられたアルデバランは、実に不可解そうな顔をしていた。

「おい、置いてっていいのか?」
「いいのいいの。オロルックはフィオラが好きだから、二人きりで回れた方が嬉しいでしょ?」
「ああそう」

 恋愛というものにこれまで関わってこなかったアルデバランには、ロゼアリアの気遣いなど分からないだろう。

 アルデバランを連れてオロルック達からかなり離れたロゼアリア。ここまで来れば、彼らの邪魔をすることも無いはずだ。

「アルデバラン疲れた?」
「疲れた」

 遠慮も何も無い答えがすぐに返ってきた。たしかに歩きっぱなしだったので、一度座ってお茶を飲むことにした。

「えっと、胡麻団子と杏仁豆腐と、あと馬拉糕マーラーカオお願いします」

 当たり前のように注文するロゼアリアを、アルデバランが信じられないものでも見る目で見てくる。

「本当にずっと食ってるな」
「いっぱい歩いたから」
「何かを食べながらな?」

 そう言いつつも、「はしたないからやめろ」とは言わないアルデバラン。ロゼアリアが気兼ねなく食べ歩くのも、彼がそれに苦言を呈さない人だと分かっているからだ。
 今も、馬拉糕を美味しそうに食べるロゼアリアに「腹を壊すなよ」と言う程度。

「本当にお茶だけでいいの? アルデバランも食べる?」
「いや……ロゼがずっと食べてるところを見てるだけで腹いっぱいだ」
「美味しいのに」

 胡麻団子を堪能するロゼアリアを、アルデバランがテーブルに頬杖をついて見守る。たらふく食べるロゼアリアが言えた義理ではないが、彼はなかなか行儀が悪い。

「ロゼはああいう店は見ないのか」

 ふとアルデバランが指した先は、通りを挟んで向かいにある煌びやかな簪や首飾りなどを売る店。先程の紐細工屋もそうだったが、令嬢なら真っ先に飛びつきそうな店にロゼアリアは大して関心を示さない。

 簪屋をちらりと見ただけで肩をすくめるロゼアリア。

「簪を飾る髪が無いし、アクセサリーなんて今の私には似合わない。ネックレスとかブレスレットは邪魔。ピアスは好きだけど、この前投げて壊した。あの、アルデバランに直してもらったやつ」
「あれか」
「アーレリウス様……元婚約者に貰ったやつだったの。婚約破棄の同意書と一緒に送り返した」
「ロゼらしいな。そのために直させたのか?」
「うん」

 あっけらかんと答えるロゼアリアに、もうかつての婚約者への想いは微塵も残っていない。

 穏やかな時間だ。ついさっきまで喧騒の中にいたのが嘘かのように静かで穏やかな時間。

「そういえば聞くけど、お店で使ったお金って本物のお金? 魔法で造ったやつじゃなくて」
「魔法で造ったやつも本物と同等だが。とはいえ、魔塔に金銭なんて腐るほどあるからな。わざわざ作り出す必要がない」
「そうなの?」

 二つの炎をロゼアリアは真正面から見返す。魔塔にそこまで財力があったとは。

「魔法道具の取り引きでかなり報酬が入るうえに、魔法使いは金に興味が無いから研究費用を除けば使い道が無いんだ」
「そうだったんだ……知らなかった」
「それに、魔法で金が造れるなんて知られてみろ……必ず魔法使いを攫って悪用を企む奴が出てくる。だから俺も、無闇に金を造ろうとは思わない」
「アルデバランらしいわね」

 アルデバランを疑ってしまったことを反省する。思えば、彼は何でも魔法に頼ることを疎む魔法使いだった。そんな彼が、魔法を狡いことに使うはずが無いのに。
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